トレインジャック…のつもり
さて、今回の悪事だが……、トレインジャックをしよう。
と言っても、一からやるわけじゃない。ちょうど【カジーフロット】とかいう連中が列車を乗っ取っているわけだし、便乗させてもらおう。
その為にも、まずはこの車両を出ないといけないんだけど…。
「騎士団の奴が邪魔だよなぁ」
メリシアが制圧に向かってからずっと、俺に気付かれる様にこちらを見張っている騎士。こいつが邪魔で身動きが取れない状況だ。操縦室へ続くドアは残念ながら騎士が座る席の向こうだ。普通に行ったら普通に止められるだろう。
「んー…、窓から…も無理だしなぁ」
完全嵌め込み式かつ超硬度の窓をぶち破るのは困難だ。…そもそも窓から出ても風で吹っ飛ぶのがオチか。なら、どうするか。
「んー…んん?」
突然だが、この列車についてもう一つ捕捉しよう。この列車は、二階建てだ。そして、俺が乗っているのは二階。何が言いたいか、分かるよな?
しかも都合の良いことに、俺の足下には緊急時用の、一階と二階を繋ぐ扉…というか蓋というか、とにかくそんな感じのがある。…まぁ緊急時用だけあって、簡単には開かない様に封印されているけど…。
「《流止》」
流動魔法の一つ、《流止》。これは、色んなモノの流れを止める魔法で、今回は封印を維持する魔力の流れを止めた。結果、封印が機能不全を起こして効果が消える。これで、この…もう蓋でいいや、蓋は只の蓋になった。
「というわけで、ほいっと」
サッと蓋を開けてササッと一階に下りる。
「……った、逃げられ……」
瞬間、上からそんな声が聞こえてきたので、《流止》を解く。
この《流止》のいいところは、あくまでも流れを止めるだけであって流れを無くす訳ではないから、魔法を解けば元通りになる所だ。もちろん例外もあるし、同時に短所でもあるから何とも言えないけど、今回は大丈夫な様だ。
《流止》が解けて、封印は役割を果たすべく、蓋を閉じた。これで、邪魔は消えた。
「…さて。…っと、ここは食堂車か」
五両連なる食堂車。その端の車両に下り立った様だ。しかも都合の良いことに、どうやら人質連中…乗客乗員は全員一つ隣の車両に押し込められている様だ。ラッキー。
「さぁさ、ちゃちゃっと動力炉に行くかな」
そう呟いて《隠身》を唱えつつ、動力炉に向かう。
◆
私の名はメリシア。メリシア・テトラス。ネルディ王国【明光騎士団】第二部隊【閃鈴】に、つい最近ようやく入隊した新人だ。…とはいえ、あくまでも【閃鈴】に入隊したのが最近というだけであって、新人騎士という訳ではない。
そんな私と、指導役のドズダン殿、そして【閃鈴】の隊長であるカルス殿の三人は、オーディア王国での任務の帰りに、大陸横断鉄道、魔導列車アースハルフィナーに乗ってネルディ王国に戻ろうとした。
だがそこで二つの出来事が起こり、現在私は鉄道内を駆けていた。一つは…、まぁ、置いておこう。それよりももう一つの方が今は重要だ。
盗賊団【カジーフロット】。ネルディ王国で今最も有名な悪党共。奴らがこともあろうにこのアースハルフィナーを乗っ取ったというのだ。これは騎士として見過ごす訳にはいかない。私達の乗っていた車両に来た痴れ者を叩き伏せ、私は怯える乗客達にこの騒動を止めると宣言した。ドズダン殿が乗客の一人を装って私に一人で大丈夫なのかを確認してきたが、問題はない。
敵は改造魔獣を使役していたが、所詮は盗賊。Dランク程度の改造魔獣が関の山だろう。現に、最初に蹴散らした改造魔獣も、道中に切り伏せた改造魔獣も、EランクやDランクのモノばかりだ。
仮にBランクのモノがいたとしても、一体二体なら私一人で十分倒せる。この騒動を解決すれば、【閃鈴】の評価も上がるだろう。…憧れた【閃鈴】。その【閃鈴】についてまわる不名誉な称号。それを晴らす事が出来るかもしれない。
私は、改めてこの騒動を止める為に、駆けた。目的地は、もう目の前だ。
◆
「…んで?こいつは結局何なんだ?」
男が無造作に足下に転がる人物を蹴りつけて問う。
「…って、皆やられちまったんだっけか。敵が強かったのかこいつらが弱かったのか…」
辺りの惨状を見渡しながら、男は呟いた。
アースハルフィナーの動力炉。妖しい朱の光を放つその物体を背に男は、カジーフは、足下の人物を持ち上げる。
「ぅ…ぁ…」
「やれやれ、美人さんが勿体無いねェ…」
「…こ、んな…筈……では…」
息も絶え絶えに、メリシアは数分前を思い出す。
道中の敵を切り伏せて辿り着いた動力炉。そこには五人の下っ端と二体の改造魔獣、盗賊の頭であるカジーフ、そして、五人の下っ端に剣で貫かれている乗客が居た。
下っ端が喚くのを無視して瞬く間に五人の下っ端と二体の改造魔獣を倒したメリシアは、そのままの勢いでカジーフに斬りかかった。…そう、斬りかかった筈だ。しかし次の瞬間、メリシアは床に倒れた。何が起きたのか、体にまったく力が入らない。
「いやァ。半信半疑だったけど、話に乗って正解だったね」
言って、カジーフはメリシアの後方を見る。メリシアは残る力を総動員して後ろを見た。そこには……
「アル…さん…?」
◆
「…フゥン?つまり、早い話が俺達と手を組みたいって事か?」
「んー、そうなるかな」
現在俺は、アースハルフィナーの動力炉の前に居た。ここに来るのに多大な労力を使ったが、ぶっちゃけ地味なので割愛する。だって戦闘とかはなかったしね。
「ま、あんだけの警備と罠を抜けて来たんだ、実力に疑いはねぇ…が」
「信用もない」
「その通りだ。いやぁ、相手が馬鹿じゃねぇのは良いなァー。こいつら、腕は悪くねぇんだが、頭の方がな」
「頭!そりゃねぇぜ!」
「ガキに言い負かされたのは誰だったか…」
「おっと、見廻りに行かねぇと…」
そう言って、緑の布を頭に巻き付けた盗賊は慌てて動力炉を出る。
「…な?」
「大変そうだな」
「あぁ、大変さ。部下は脳筋ばっかだし、話し相手は素性が知れねぇしな」
そう言って、カジーフは鷹の様な鋭い眼で睨む。
「お前の目的は何だ?そもそもお前は誰だ?【明光騎士団】とか【オーディア魔法騎士団】の手のものか?…答えろ」
周りの盗賊達が、剣を突きつける。その向こうには、二体の改造魔獣が佇んでいた。
「生憎、どっちでもないね。それに、目的はさっきも言った通り、あんたらと一緒だよ」
「それを、信じろと?」
「…ま、無理だよな」
「あぁ、無理だな」
カジーフが手下に目配せをする。それを受けて、手下達は一斉に剣を突き刺す。
「………。…まぁ、何の対策もしていねぇとは思って無かったが、そりゃないだろ」
剣は俺の着ている服を貫通したが、俺の肌のほんの少し手前で止まっていた。
「…《護布》…いや、《護影装》か」
「お、知ってるんだ。博識だな」
「……ホントにお前何者だよ。それ、強化魔法の中でも特に習得が困難な魔法だろ」
《護影装》。身体の表面を、影の様な膜で覆う魔法。言葉にするとあまり凄そうではないけど、この魔法、恐ろしく防御力が高い。何せ、大きめの街が消し飛ぶ程の爆発に巻き込まれても、傷一つつかないのだから。弱点…というか難点は、あくまでも身体を護るのであって、服は効果対象外な為、爆発とかに巻き込まれると、変態が出現してしまう事だな。影の様な膜も、半透明に近いので、わりと透け透けだ。俺は露出狂ではないので、そうなると戦闘を続行出来なくなる。男のヌードの何が楽しい。
因みにカジーフが最初に言った《護布》だと、防御力はそんなにないけど、服も護ってくれるので、オススメだ。…まぁ、ちょっとした攻撃魔法くらいしか防げないから、不測の事態に弱い。
「さて、もう一回聞こうか。俺も混ぜてくれない?」
「…端から見たら、スゲェ状況だよな。剣刺されてる奴が脅してて、剣刺してる方が脅されてんだもんな」
「ん?脅してはいないぜ?お願いしてんだよ」
「…ハァ、あぁもう分かった。その願い了承してやるから、追撃は勘弁してくれ」
「む、良く気付いたな」
密かに発動準備していた《痺縛》を止める。
「…これだよ……。あぁお前ら、もう…」
その時、動力炉に繋がる唯一の通路から、手下が走ってきた。
「お、お頭!て、敵が……」
「《幻夢》」
「あふぁ……」
「…あん?」
《幻夢》をかけられ倒れた盗賊を一瞥もせず、メリシアは動力炉内に入った。
「さぁ、観念しなさ…!?」
そしてメリシアは、五人の盗賊に剣を突き刺された(ように見える)乗客を見つけてしまった。つーか俺だけど。
「…もはや慈悲など無用ですね。…裁きを受けなさい!!」
「なっ、何だテメェ!?やんのゴゲバッ!!?」
そしてメリシアは瞬く間に盗賊五人とわりと空気だった改造魔獣二体を蹴散らしてカジーフに迫る。
「……《痺縛》」
「…え?…あっ」
悪いね、メリシア。カジーフと手を組んじゃったから、助けない訳にはいかないんだよ。




