孤児院にて
「…予想通りだけど、これは酷いな」
カナトとユマに連れられ入った彼らが暮らす孤児院。扉を開いた先には、古めかしい木製のテーブルが中央を占拠している部屋になっていた。入っていきなりこれかよ。入って左側の壁に扉が2つ、奥に1つある。右側は仕切り無しの台所の様だ。色々ボロボロだけど、そこだけはキレイな状態だ。
天井はわりと低くて、俺がユマを肩車する分には大丈夫だけどカナトを肩車したら多分頭がぶつかるな。ちょっとジャンプすれば手が届く。けど床がボロボロだから、実際にやったら床抜けるな。
「あはは…、ですよね」
カナトが苦笑いする。…いや、笑える状況じゃねぇぞこれ。
「左側の扉の向こうは僕達の部屋となっています。そして奥の扉はトイレ、右側は見ての通り台所となっています」
「…ここに入ってるのは、お前達二人だけか?」
ふと思った事を聞く。
「いえ、あと二人います。…今は仕事中ですかね」
「…仕事? 何をやってるんだ?」
俺が聞くと、カナトは少し表情を曇らせながら答えた。
「……えっと、その…、二人はどちらも年頃の女性なので……その…」
「それ以上は言わなくていい。……悪い」
聞かなきゃ良かったな。
「い、いえ、そんな…」
…まぁ、こんな所じゃ、そうそうまともに働き口を探すのも大変だろうしな。…それか、ここを運営してる奴の命令か。
「………」
「あの、アルさん?」
っと、黙ってたらカナトが心配そうにしてる。
「いや、何でもねぇ」
「そう…ですか。ひとまず座って下さい、あまり質は良くないですけどお茶を出しますので」
「いや、無理に淹れなくていいぞ? 質が良くないって言っても、無料で貰った訳じゃねぇだろ?」
カナトの言葉にそう返す。貴重な飲み物を俺なんかに出さなくてもいいって。
「いえ、お呼びしたのはこちらですから、拙くてももてなさせていただきます」
遠慮しようとしたけどカナトは譲らない。…あんまり遠慮してると、むしろダメな感じだな。
「…分かった、それじゃ一杯だけ貰うよ」
俺がそう言うと、カナトはニパッと微笑む。
「…さて、座ろうと思うんだけど…、いい加減降りようぜユマ」
「ぇう?」
いや、ぇう? じゃないから。可愛いなおい。
「ユマ、おもい?」
「いや、全く重くは無いけど」
「じゃあいいね」
おっと、案外図々しいなこの子。てか、何でこんなになついてんだ? 俺、ここまでなつかれる様な事してないと思うんだが。
「むふー」
「……まぁ、いいけどよ」
ユマがしがみついたまま、これまた古めかしい椅子に座る。背もたれも何も無い、ただの丸椅子だ。
「……ユマ、ユマさん、ユマさんや」
「? どしたの、おにぃちゃん?」
状況を説明しよう。ユマは俺の腋の下に腕を通して胸に顔を埋める様に抱き着いている。胸ってか鎖骨の辺りか? そして脇腹辺りに足を廻している。
お分かりだろうか。その状態で椅子に座ったらどうなるか。それはもう見事に騎士団通報レベルの絵面になる。
「やっぱり降りようか。じゃないと俺が社会的に死ぬ気がする」
「? ユマよくわかんないけど、やだ」
おおう逆効果。更にギュッとしがみついてきた。
「うん、あのな、この姿を誰かに見られたら、俺が騎士団に捕まるかもしんないのな」
「……そうなの?」
お、力が緩んだ。この調子だな。
「あぁ。だから悪いけど降りてくれないかな?」
「……わかった」
良かった、分かってくれたか。これで一安心。ユマは腕と足を解いて、向きを変えて、そのまま止まる。今の状況は、俺という背もたれ付きの椅子に座るユマって感じだな。……おい。
「えっと、ユマ?」
「? だっこがだめなんだよね?」
「あぁー…、そう捉えたか」
「おちゃーはー、まーだーかなー♪」
「ちょっ、跳ねるのは止めようぜ…!」
思わず抱き上げる。ボロ布の端から白い布が覗いたかもしれないけど無視して床に降ろす。
「………ぅぅ」
うぉう、一瞬で泣きそうに…! と、とりあえず気を逸らさねぇと。
「え、えっと、ユマの椅子ってどれ?」
「ぇぅ? えっとね………、ユマのはこれだよ」
とてとてと歩いてくユマ。そして自分の椅子の元に辿り着くとえへーと笑う。…よし、うまく逸らせた。
「アルさん、お茶を淹れました」
いいタイミングでカナトがお茶を持って歩いてきた。
「お、そうか! ありがとな!」
「え、えぇ…。…そんなに好きなんですか?」
思わず声が大きくなって、カナトがびっくりしてる。えっと、ごめんな。
「こちらです。…ユマはお水ね」
俺の前にお茶を差し出したカナトが、ユマにただの水が入ったコップを渡した。
「ありがと!」
ニパーと笑って水を飲むユマ。…あれ、物凄い飲みにくいぞ?
俺がそう考えていると、それに気付いたのか、カナトが口を開いた。
「あ、大丈夫ですよ。ただ単にユマはお茶が苦手なだけですから」
「……俺、そんなに分かりやすいか?」
「あはは、何となくです」
ホント、早熟だな。…そうならざるをえなかったんだろうけど。
「んじゃ、頂くよ」
「どうぞ」
コップを持ってカナトに言い、飲む。…うん、確かに昨日カースメイル邸で飲んだのに比べると品質はかなり劣っているけど、それでも普通に飲めるな。思っていたよりも旨い。
「…お口に合わなければ無理に飲まなくても大丈夫ですよ?」
おずおずと言うカナト。…大丈夫。
「いや、普通においしいよ。気にしなくても大丈夫だぞ」
「本当ですか?」
「おう。不味かったら遠慮なく不味いって言うからな、俺」
これは本当。遠慮なんてしねぇよ? 例え作ったのが一国の姫でも、不味いのは不味いって言うからな。うん。……いや、少しだけ柔らかく言ったな。
「そう…ですか、良かったです」
心底ホッとした様に言うカナト。やがてトコトコと歩いて自分の椅子に座るカナト。カナトの席は俺の反対側、つまり入口から一番離れた位置で、ユマは左側。つまり俺が座っている席と台所側の席がここにはいない二人の席か。椅子はこの4つしかない。
「…そういや、二人は何であそこに居たんだ? 買い物か?」
そもそもここに来ることになった要因は、商業区の大通りに程近い場所でユマにごうとうさん呼びされた事だったけど、そもそも何であそこに居たのかは知らない。…まぁ、買い物か?
「……えっと、その……買い物…では、無いんですよね…。…その、何というか…」
歯切れ悪く答えるカナト。…こいつらの状況、この孤児院の状況、歯切れ悪い答え。…ふむ、何となく予想はつくな。違うかもしんねぇけど。
「あのね、おやさいもらいにいってたの」
「野菜を貰いに?」
何だ、違ったか。勝手に疑って悪かったなカナト。そう思ってカナトを見ると冷や汗ダラダラ。あ、違うなこれ。
「うん! だれもいないところでえいってもらうの」
「ゆ、ユマ! しーっ!」
ユマがわざわざ動作付きで教えてくれた。…あぁ、つまり無人の畑から盗って…貰ってきてるのな。
「あ、あの、アルさん! そ、その、これはその……」
しどろもどろになるカナト。俺が通報すると思ってるのかね。ハッハッハ。
「心配しなくても、聞かなかった事にしてやるよ」
「えっ?」
「…つーか、言っとくけど俺は『強盗さん』だぜ?」
「あっ…」
「だから、むしろこっちから頼むぐらいだよ。お願いだから騎士団に通報しないでくれ」
わりと本気でそう思う。そしてそう言って頭を下げると、カナトが慌てた声を上げる。
「わわわ! あ、頭を上げて下さい! つ、通報なんて絶対しませんから!!」
「………な? 心配しなくていいだろ?」
ニヤッと笑いながら言うと、カナトは一瞬呆けた後に吹き出した。
「あ、あははははっ! …ありがとうございます、アルさん」
「ん? 何が?」
「…色々が…ですよ」
「………」
いや本当、早熟し過ぎだって。
「? たのしそうだね」
いまいちよく分かっていないユマは、キョトンとしながら呟いた。
「はは、まぁな」
「あはは」
「むー、ずるい…」
しかめ面をするユマ。…だから、可愛いだけだって、ユマがやってもさ。
「………ん?」
「どうしました?」
俺の声にカナトが反応する。
「いや、誰かが近付いてきてるぞ、ここに」
気配を感じた。と言っても、別に悪い気配ではないな。…んー、二人か?
「……あぁ、恐らくあの二人かと」
「って言うと、ここの残りの二人か?」
「はい。帰宅時間はその日によって異なるんですけど、大体今ぐらいなので」
「ふぅん。…ん、つか俺居て大丈夫か?」
完全に知らない人だけど。
「はい。二人には昨日の事は話してあるので」
流石カナト。……ん?
「何て説明したんだ?」
「え? 僕達を助けてくれた人と」
「……俺の特徴とか、言った?」
「……………あ」
言ってないのね。そうしている内に、あちらさんは既に扉の前。そして扉が開く。
「ただい……ま…」
「? どしたの、立ち止まっ……て…」
扉の向こうには、二人の少女が。二人共、俺を見て固まってる。…えっと、
「………や、やぁ、お邪魔してるよ」
片手を上げてそう言った。後から思えば、もう少しマシな事を言えば良かったな。
帰ってきたら自分の席に見知らぬ誰かが座っていて、口ごもりながらお邪魔してるとかほざいてる。そりゃあ誰だって不審者だと思うわな。…まぁこの二人はその斜め上を行ったけど。
「「この、卑怯者!!!」」
「……………、………はい?」
え、何いきなり。卑怯者?
「いくら私達が断ったからって、家にまで来てカナト達を人質にするなんてやり過ぎでしょ!!」
「そんな事をするから、誰も相手をしてくれないってどうして気が付かないのかな。バカなのアホなの?」
「…え、いきなり何この罵倒の嵐。…俺、何かしたか?」
いくら飄々としているからって、傷付かない訳じゃないんだからね! …いかん、おかしくなった。
「この変態!」「陰険!」
「………何故にここまで言われてんだ俺」
ちょっと意味分かんない。あと泣きそう。内心泣きそうな中、二人が魔力を練り始めた。…って、魔法使えんの?
「この変態め、店長直伝の魔法を喰らわせてやる! いくよ、スニア!」
「オッケーあれだね、ミスラ!」
「……って、ちょっ、ちょっと待って!」
漸く事態が飲み込めてきたカナトが慌てて静止を促す。…けど、多分無意味だと思うなこの流れ。
「大丈夫よカナト! あなた達は私達が守るから!」
「準備完了! 覚悟しろ変態!」
「………もういいや。とりあえず来いよ」
何か色々面倒くさくなったので、とりあえず撃たせよう。話はそれからだな。
「「ハァァァ!!《雷砕》!!」」
「あ、雷魔法か。ならいいや」
下級雷魔法《雷砕》。魔法の雷で対象を砕く魔法だ。…まぁ下級魔法だから砕けるのも軟らかい土壁とかだけどな。人に当てたら、耐性無しなら気絶する程度の威力はある。…でも残念ながら雷魔法は…というか、天系統は俺には通用しない。超、耐性があるからな。
「あー…、いいマッサージだな」
「「なっ!?」」
痛みは全くなく、ピリピリとした刺激のみがあって、いい感じに筋肉が解れるね。そして全く意に介していない俺を見て、二人が目を見開いている。…てか、下級魔法を過信するなよ。
「さて、んじゃちょっと話を…」
「かくなる上は!」
「あれをやるしか!」
「え、まだやんの?」
決意新たに魔力を練る二人。いや、話聞けよ。
「「これでも……!!」」
「そこまでーーー!!!」
二人が魔法を放とうとした時、カナトが俺達の間に割り込んだ。…これで、収まるか?
「ふ、二人共、この人は昨日僕とユマを助けてくれた人ですよ!」
「え?」「へ?」
「だから、一回落ち着いて! その魔法も消して!」
カナトの必死の説得により、めでたしめでたし…とは、ならないなこれ。だってあの魔法、もう暴発寸前だし。
「で、でも…もうここまできたらどうにも…!」
「あ、あわわ…、どどどどうしよう…!」
「うぇぇぇ!? ど、どうすれば…!?」
わたわたしてんなー。そんな三人を見ながら場所を移動し、一旦外に出る。
「おーい、消せそうにないなら、こっちに放てー。俺がどうにかするから」
「え、で、でも…」
「暴発する前にさっさと来い!」
迷っていた二人だけど、どうにもならないのは分かっているからか、悲痛な顔で魔法を俺に放った。
「ごめんなさい!」「死なないでね!」
「「《雷閃》!!!」」
「中級魔法で死なないでとか言われてもなぁ…」
中級雷魔法《雷閃》。突き抜ける雷を放つ魔法で、岩壁をも貫く威力のそこそこの魔法だ。常人なら運が悪いと死ぬ一撃だけど、やっぱり俺には効かない。
「ほい」
軽い声と共に雷を蹴っ飛ばす。すると、雷は空に向かって突き抜けていった。おー、飛んだな。
「………え?」「………へ?」
今度はポカンと口を開いて呆然としている。まぁあれだ、もっと精進しな。
「がし」
「うん、空気読もうぜ」
ユマが俺の背中に飛び付いてきた。…一気に全部ぶち壊したな。
感想とか、期待してみたり……なんてね。




