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悪の限りを尽くす…つもり  作者: 雷抖
東大陸編
34/51

地下での死闘

迫りくる尻尾を身を屈む事で回避し、一気に詰め寄る。そしてその勢いのまま剣を振り抜くけれど、俊敏な動きでそれを避ける大蜥蜴。


「くっ…、まさかここまで身軽だったなんて」


 自らもその場を飛び退き距離を取る。ヘルハウンドを倒してから既に二十分は経っている。けれど、未だにあの大蜥蜴に決定打を浴びせられない。与えた傷なんて微々たるモノだ。それもこれも、全てはあの大蜥蜴の異様な俊敏性にある。

 ヘルハウンドを軽く凌駕する速度で迫ってくる上に、避ける速度は更に速い。幸いなのは、攻撃の時はかなり速度が落ちるということね。


「…ランク的にはCかBなんでしょうけど、俊敏性だけならAランクに届いているかもしれない……。まったく、冗談じゃないわね…」


 ヘルハウンドのただのお供かと思っていたら、むしろこちらが本命だったといった所かしら。厄介なのは、俊敏性だけではないわ。それだけなら広範囲を巻き込む魔法を撃ってしまえばいいだけだから。


「でもこいつには下級や中級程度の魔法じゃ効き目がないし、上級の範囲攻撃は光魔法しか扱えないのに……」


 光魔法は陽光の力で威力を増す。反対に、暗い場所では効果を発揮しにくいという弱点がある。例外として《灯光(ともしび)》などの辺りを照らす魔法は十全に効果を発揮するけれど、それ以外の魔法はダメ。

 洞窟内でもかがり火とかで明るくなっていれば話は別なんだけど、残念ながらこの部屋には最低限見える程度の明かりしか無い。光源に乏しい。


「ゲギョッ!!」


「っ!!」


 壁を這い、飛び掛かってきた大蜥蜴を避ける。そう、この大蜥蜴、壁や天井もお構いなしに縦横無尽に這い回っているのだ。流石にその時は速度が落ちるけれど、横や上からの攻撃は中々に避けづらい。本当に厄介な相手だ。場所が悪い。


「………ォォォ!!」


「…マズい…、時間を取られ過ぎた…」


 出口から一番遠い、私がこの部屋に来た通路から、追っ手の声が聞こえてきた。足止めのお陰かそれなりに時間は稼げていたけど、結局追い付かれてしまったみたいね。


「……撤退しようにも、大蜥蜴が邪魔過ぎるわね」


 通路に飛び込もうモノなら、背後から攻撃されて終わりね。…まぁ、もしあの時撤退していても追い付かれていたでしょうから、判断が間違っていた訳ではないけど。


 どうしたものかと考えている内に、通路から次々と人影が現れ……?


「ブモォォォ!!」「フゴッ! フゴッ!」「グルブヒヒ…!」


「………人間じゃなかったのね」


 そう。通路から次々と出てきたのは、醜悪な外見に鼻を刺す嫌な臭いを漂わせる人型の改造魔獣、オークだった。その数、八体。所々血が滲んでいたりしている辺り、罠にしっかり嵌まったみたいね。


「…オークか……、ランクは確かDだったかしら。普段なら瞬殺出来るのだけど…」


 今普通にオークに斬りかかれば、大蜥蜴に攻撃されて終わり。ならやるべきは一つ。


「………。…《燕烈動(えんれつどう)》」


 上級強化魔法の《燕烈動》。飛燕の如き速さを得る魔法。効果は一瞬だけど、その一瞬でオークの背後に回る事は容易だ。


「ギュゴッ!?」


「…耳障りね」


 私の姿を見失ったオークの無防備な背中を一突きし、絶命させる。


「ブモォォォ!!」


 私に気付いた他のオークが怒り狂って襲い掛かってきた。


「さぁ、こっちよ」


 見た目通り鈍重なオークを率いて部屋を走り回る。オークの後ろには大蜥蜴も着いてきている。やがて壁際まで辿り着く。


「ブルモォォ!!」「ブルヒッヒヒ!!」「プギャァァ!」


「………」


 逃げ場を失った様に見えたのか、オーク共は愉悦の声をあげる。同時に汚らわしい、おぞましい目つきで私の身体を視姦(みまわ)し、下卑た鳴き声をあげる。


「残念だけど、ご期待には沿えないわ」


《焦剣》を発動し、一足で豚の眼前まで移動して、そのまま大蜥蜴に向けて蹴り飛ばす。


「ハァァッ!」


「ブギュァッ!!?」


 肥大化した腹部はぐにょっとした感触で、グリーブ越しでさえ不快な気分になる。


「フッ…!」


 気分はさておき、大蜥蜴がオークに気を取られている今が、最大のチャンスだ。限界まで素早く距離を縮め、《焦剣》を纏った剣を振るう。


「グゲキョッ!?」


「よしっ!」


 狙い通りオークに気を取られた大蜥蜴は回避が遅れ、右の前足を斬り飛ばされた。これで何とか…!


「ッッ!!」


 全身を迸る危険信号に、脇目も振らずその場に屈み込む。一瞬後に、背中の上スレスレを、何かが通った。


「ブヒョッ!?」


「あれは、大蜥蜴の舌?」


 そう、私の上を通ってオークを巻き取っているのは、大蜥蜴の口から伸びた薄紫の舌だった。


「ブ…ギョ…ォォ……」


「うっ…!」


 何と、大蜥蜴の舌に巻かれたオークの身体が、見る見る内に溶けていく。


「…溶解効果ありの舌……。ホント、厄介過ぎるわね……」


 溶かされる前に斬っておこうと思った瞬間、凄まじい速さで舌が戻る。オークを伴ったまま。


 そして大蜥蜴は、オークを咀嚼した。


「……食事とは、余裕ね…」


 剣を構え、異変に気付く。大蜥蜴の右前足、先程斬り飛ばした部分が脈動しているのだ。


「グルゲッゲッ!」


「まさか…」


 嫌な予感は的中し、ズルッと大蜥蜴の右前足が再生する。…食べる事で、再生する……。


「…本当に、悪い冗談ね」


 背後から迫ってきた二体のオークの首をはねながら呟く。


「ゲギョッ!!」


「なっ…!」


 大蜥蜴がその場で飛び上がり、一回転して尻尾を叩きつけてくる。辛うじて尻尾は避けられたけど、衝撃で飛び散った床の破片が礫となって私の身体を打ち付ける。ついでにオークが一体弾け飛ぶ。


「ぐ…ぁ…」


 既に甲冑は大破し、その下の服をも破り、所々素肌が露出しているけれど、そんな事に構っている暇はない。


「グゲギョッ!!」


「うぐ…ふ…」

「ブギョッ…!!?」


 半回転した大蜥蜴は横薙ぎに尻尾を振るい、私とオークを盛大に吹き飛ばす。


「うぐ……ごはっ!!」


 身に付けている衝撃緩和の魔道具によって何とか五体満足でいるけど、深刻なダメージが蓄積されている。これで魔道具が無かったら、あのオークみたいにグシャグシャになっていたかな。

 閲覧禁止なオークの残骸が辺りに飛び散っている。残るオークはあと二体。


「ごぼっ…! …ぅぐ、《天療慈(てんりょうじ)》……」


 血塊を吐き出し、それでも何とか、扱える中で一番の治癒魔法を唱える。上級治癒魔法《天療慈》。半径1メートル以内限定ではあるけど、致命傷に近い怪我をも癒せる魔法。けれどその分消費する魔力も多く、私では全快時でも四回しか使えない。


「…いよいよ本格的に、マズいかな…」


 既に魔力は一割程度しか残っていない。下級ならともかく、中級の魔法だと七、八発程度。上級は魔力消費の少ないのを一発撃って底を尽きるわね。状況は非常に悪い。


「だけど、諦めたりは、しない!」


 立ち上がり、大蜥蜴を睨み付ける。相変わらず何処を見ているか分からない眼だけど、私を見据えているのを感じる。


「さぁ、いくわ…」


「ブッギョォォォ!」


 決意新たに斬り込もうとした所で、一切空気を読んでいない豚が飛び掛かってきた。


「………」


 無言で首を斬り飛ばし、もう一度大蜥蜴を睨む。


「さぁ! 行くわよ!」


「………グゲ」


 何故か、哀れまれた気がする。

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