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悪の限りを尽くす…つもり  作者: 雷抖
東大陸編
33/51

ごうとうさん

「………待て、何かおかしい」


「うん?」


 黒装束の片割れの声に、もう一人が振り向く。


「どうしたんだ?」


「…こいつの死体を調べようとしてるんだが、何故かぼやけるんだ」


「ぼやける?」


「あぁ…、…何なんだこれは…?」


 目を擦りもう一度見てみると、更に姿がぼやけていく。そんな異常事態に、辺りを警戒する黒装束B。ゼビュンの姿をしていた黒装束Aは、怪訝そうな顔で死体を覗き見る。


「……確かに、ぼやけているな」


「……何処からか魔法を受けているかもしれない、油断するなよ」


「分かった」


 黒装束Bの言葉に同調し、周囲の気配を探る黒装束A…。


 …さて、もうお気付きだろう。そう、今喋っているのは俺だ、アルだ。うん、《闇魅化(やみばけ)》は諸事情により解いている。理由は、いくら俺でも得意でもない特級の魔法を同時には扱えないからだ。


 そして《闇魅化》を解除して使ったのは特級状態魔法の《拍昼夢(はくちゅうむ)》って魔法だ。《拍昼夢》の効果は周囲の生物全てに思い通りの幻覚を見せる魔法で、これを受けたモノは魔法に掛かった事に気付かないまま緩やかに活動を止めていき、やがて何も出来なくなる怖い魔法だ。俺が扱える状態魔法の中でもかなり強力な奴だ。


 まぁ正直ここまでやんなくてもどうにでもなったけど、何となく《痺縛(ひばく)》程度じゃ効かなそうだったし、特級の魔法はちょいちょい使っていかないとすぐに腕が落ちるから、これでいいやーって感じだな。


「ま、それはそれとして、こいつらどうするかな」


 目の前に転がっている黒装束達を見ながら呟く。こいつらが今見ている幻覚は俺も認識出来るから、こいつらの目的も分かったしな。やっぱ昨日のアレは突発的に起こった事ではなかったのか。はぁ、どうも面倒事に自ら投じやすいな、俺。


「ま、とりあえずその辺に転がしとくか」


 黒装束達を持ち上げ、道の端に放り投げ、顔に落書きして放置する。因みに書いたのは黒装束Aが鼻眼鏡で黒装束Bはぐるぐるほっぺだ。うん、馬鹿みてぇ。


「うし、誰かが来る前に逃げよっと」


 そそくさとその場を離れる。その内誰かが発見して騎士団に通報するだろ。あ、《拍昼夢》は効果を薄めといたから外部からは簡単に解けるぞ。


 そのまましばらく進んでいると、段々と人が増えてきた。大通りの傍まで来たからな。


「あ! ごうとうさんだ!」


「ぶはっ!?」


 何処からかそんな声が聞こえてきて、思わず噴き出した。そして声がした方を見ると、昨日あの宝飾店に捕まっていた女の子が、俺をしっかりと見据え、俺に向けて確かに指を指していた。当然、周りの人の目が俺に集中する。…《闇魅化》解くんじゃ無かったぜ……。


 あの女の子の後ろから、あの最年長っぽい男の子が慌てて出てきて、口を開く。


「こ、こら、その呼び方はダメだって!」


「? なんで?」


「その呼び方をするとあの人が困っちゃうんだよ」


「そうなの?」


「うん。だからダメだよ」


「わかった!」


 うん、説明してくれたのは有り難いんだけどさ、その内容、この場じゃ悪い方に誤解されてるぞ。更に周りの目が鋭くなった。もう逃げてやろうか。


「おにーちゃーん!」


「むしろそっちのがアウト!」


 満面の笑みで駆け寄ってくる女の子。でもな、さっきの今でそれは、一番ダメな奴だからな?


「あ、ちょっと!」


 男の子が慌てて走ってくる。しかし追いつく前に女の子が俺の元に到着…


「わー!!」


「うわっと!」


 女の子がいきなり飛び込んできた。何とかキャッチしたけど、危うく避けるトコだった。もし避けてたら怪我してたな。あと、周りの目がいよいよヤバい。


「ハァ…、鬱だ」


「むふー!」


「あぁ、気楽だな、元凶ちゃんよ」


 この騒ぎを引き起こした元凶たる女の子は、俺の胸に顔を埋めて満足げにしている。そして男の子が到着した。流石にこちらは飛び込んできたりしない。


「まったく…。ごめんなさい、恩人さん」


「…何かそれ、お爺さんに聴こえるからちょっと止めてくんない?」


「では何とお呼びすれば?」


「……とりあえず、この場を離れようぜ」


 何か遠くから騎士団っぽい連中が近付いてきてんだよね。男の子にそう言うと、頷いてくれた。女の子は未だにしがみついている。…え、寝てんの? いや、寝てはいないか。


「分かりました。では何処に行きましょう?」


「…ひとまずは誰も居ないトコに行きたいね。わりとすぐに」


「では僕達の家に行きましょう。こちらです」


 そう言って男の子が俺の手を引いて走り出す。


「いや、家って…」


「大丈夫です。家といっても孤児院ですから」


「うん、大丈夫な根拠が分かんねぇけど、もういいや」


「ふはー」


「あと君はいつまでしがみついている気かな?」


 女の子にそう言うけど、特に反応がない。あ、降りる気は無いんだな? 了解です。…はぁ。


 そうして路地をしばらく走ると、やがてこじんまりとした教会の様な建物が見えてきた。


「あそこです」


「………」


 速度を緩めて告げる男の子。しかし俺が何も反応しないのが気になったのか、振り返って問い掛けてくる。


「あの、どうかしましたか?」


「……いや、何でもねぇよ」


 首を傾げる男の子。……うん、別に、何でもない。


「ここまでくれば、ひとまずは大丈夫です」


「……さっきも気になったけど、何が大丈夫なんだ?」


 俺の問い掛けに、男の子の表情が僅かに翳る。そして、ゆっくりと口を開く。


「…この孤児院は、見離されていますから」


「…見離されている?」


「はい。ここは数ある孤児院の中で、一番スラムに近い環境なんです」


 その言葉に、改めて二人を見る。確かに、着ている服は所々穴が空いていたりほつれていたりと服というか布って感じだな。


「…つーかここ、孤児院がいくつもあんのかよ」


「えぇ。ボクが知っているだけでも三ヵ所はありますね」


「…へぇ」


 これもまた、この国が抱える問題ってトコか。でも、孤児院がそんなにあんなら、待遇はともかく浮浪児が出る事はねぇか?


「でも、ボク達はまだ運が良い方です。数ある孤児院にすら入れずにスラムに堕ちる子もいますから」


「いんのかよ」


 どんだけだよ。


「……以前は、ここまで酷くは無かったんですけどね」


「…てか、お前一体何歳よ」


「ボクですか? あぁ、そういえばまだ自己紹介していませんでしたね。ボクはカナトといいます。ええと、多分十歳だと思います。誕生日がよく分からないので恐らくですけど」


 カナトは特に気にせず普通に答えた。…ま、こんな環境じゃ、大人にならざるを得ないよな。


「んで、一向に離れる気配の無い君は?」


 未だにしがみついている女の子に問い掛ける。つーか、さらっと流してたけどこの子握力凄いな。だって俺別に支えてねぇんだぜ?


「わたしはユマだよおにぃちゃん。えっとね、ななさいだよ」


「あ、もうその呼び方は確定なのな」


「うみゅ?」


 首を傾げるユマ。その頭を撫でながら、俺も一応自己紹介する。


「俺はアルだ。ま、好きに呼んでくれ」


「アルさんですね」


「おにぃちゃん」


「……うん、もういいや」


 そしてカナトは孤児院の扉に手を掛けて俺を見る。


「とりあえず、中に入りましょう」


 そうして、俺達三人は孤児院の中へと入った。

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