地下での戦闘
「……ぅ…」
目を開く。するとそこは、真っ暗な空間だった。床はゴツゴツとした岩の様な感触で洞窟を思わせる。…何故、こんな所に?
疑問が浮かんだけど、すぐに思い出す。そういえば、あの不審な岩の傍で誰かに殴られた様な気がする。
「ッ!」
そこまで考えた所で、後頭部に鈍い痛みが走った。痛みに顔をしかめつつ、目を凝らす。すると徐々に辺りが見えてきた。
どうやら地下牢の様な場所に閉じ込められてしまった様ね。格子状の柵を掴む。そう簡単に壊れそうもない。
「………はぁ、失態だわ」
よりにもよって捕まってしまうなんて。
「…いえ、反省は後ね。まずはここから出ないと」
とは言ったものの、どうやって出ようか。魔法は封じられているだろうし、剣も取り上げられている。甲冑がそのままなのがちょっと気になるけれど。…いえ、やる前から決めつけるのはよくないわね。一回試してみましょう。
「《種火》」
下級熱魔法の《種火》を唱える。するとボッという小さな音と共に、掌に収まるサイズの小さな火が、指の先に現れる。問題なく発動した様ね。
「…えっと、魔法は普通に使えるのかな?」
少々拍子抜けしつつ、《種火》を消して、違う魔法を使う。
「《腕昇》」
下級の強化魔法を唱え、柵に手をかける。そして力を込めると、ミキバキという音と共に柵が砕けた。これで外に出られるようになったけど、今の音を聞いた敵がやってくるだろうから、急いで脱出しないと。
決断し、牢を出てそのまま道なりに進む。途中途中分岐点があったけど、迷わずまっすぐ突き進む。そして行き止まりだったら戻って別の道へ。
遠くなのか近くなのか反響していてよく分からないけど、敵の怒号が聞こえてくる。どうやら逃げたのがバレてしまった様ね。
そのままひたすら洞窟の様な道を走っていると、やがて段々と明るくなってきた。どうやら出口が近いみたいね。同時に、背後から敵が迫ってきているのも感じる。…ちょっとだけ足止めをしておこうか。
「《砂城》」
中級の土魔法である《砂城》は一見ただの砂で作られた城に見えるけど、実は中に石の矢が詰まっていて、接近してきた相手目掛けて射出される罠の様な魔法。
そんな《砂城》を残して駆ける。やがて広い空間に出た。
「ここは…?」
広々としたその空間には、私が通ってきたのと同じ様な通路へと繋がる穴がいくつかあって、私から一番離れた通路から、光が漏れていた。あそこが出口のようね。
よくよく見てみると、その通路の傍に見慣れた剣が、無造作に立て掛けられていた。あれは、私の剣! そして急いで向かおうとした矢先、それぞれの通路から獣の気配を察知する。
「ゴガァァァ!!」「グラァァァ!!」「ゲギョッゲギョッ!!」
「……そう簡単には行かない…か」
通路から飛び出てきたのは、三体の改造魔獣だった。異形の犬の様な改造魔獣が二体と、気色悪い色をした蜥蜴の様な改造魔獣だ。
「…まったく、面倒ですね…」
呟き、犬と蜥蜴を睨む。蜥蜴の方はともかく、犬の方はネームドの改造魔獣のようね。ネームドとは実在している魔獣を模した改造魔獣の事で、その性能は本物には劣るものの、同ランクの改造魔獣とは一線を画す強さを持つ。因みに、以前倒した恥ずかしい名前の改造魔獣がいたけど、あれはネームドではなく、ただそう名付けただけの痛い改造魔獣です。
今眼前にいるのは、ヘルハウンドね。ヘルハウンドとは黒犬型の魔獣で、地の底に住まうとされている非常に獰猛な魔獣の事。改造魔獣としての位階はCランクだけど、実際の強さはBランクと変わりない。
私が単独で倒せるのは、Bランクの改造魔獣が三体といった所ね。あの蜥蜴のランクは分からないけど、多分何とかなる。…ただし、剣を装備している時は…なんだけどね。
「……どうにか剣を取り戻さないと、マズイわね…」
じりじりと詰め寄ってくるヘルハウンドと蜥蜴。…先手必勝ね。
「…ハァァ、《光烈灯》!!」
「グギャウッ!!?」「ギャイゥッ!!?」
上級光魔法の《光烈灯》。目が眩む程の閃光を発する魔法で、相性によっては相手の視覚を永久に奪う事もある。弱点としては、一定以上の距離を取られると効果が半減する、明るい場所だと少々効果が落ちる等。でもその分、こういった暗い場所だと十全に効果を発揮する。
《光烈灯》をマトモに見たヘルハウンド達は、混乱して闇雲に転げ回っている。…今の内に!
「ゲギョォォォ!!!」
「なっ!?」
走り出した瞬間、蜥蜴の尻尾による攻撃を受けて、数メートル吹っ飛んだ。何とか着地しつつ、しかし膝をつく。今ので甲冑の左脇部分が砕かれて、肋骨が折れたみたい…。
「ゲホッ! …ぐ、《癒膜》」
吐血しながら、治癒魔法を唱える。中級治癒魔法の《癒膜》は淡く光る膜を張る魔法で、その膜の中ではどんどん傷が癒えていく。とはいえ中級だから、傷が癒える速度は決して速く無い。
「ヘルハウンドに目眩ましが効いて、少し油断してしまったわね…」
砕けた甲冑は直らないけど、折れた肋骨は大分治ってきた。《癒膜》を維持したまま、少しずつ後退る。ちょうど剣がある方角に吹き飛ばされたようね。不幸中の幸いといった所かしら。
「グルルルル…」「ゴルルルル…」「ゲギョッゲギョッ!」
「……くっ、ヘルハウンドも正気に戻ったみたいね…」
未だに目は見えていない様だけど、嗅覚でこちらを捉えているようね。だけどこちらも、ひとまずは治った。《癒膜》を解いて、別の魔法を発動する。
「《疾脚》!」
強化魔法で脚力を強化し、一気に剣の元へ。同時に、ヘルハウンド達が向かってくる。
「「ゴルガァァァァ!!!」」
「間に合えっ!」
何とか剣を取り戻し、そのまま通路に飛び込む。
「ガガァァァ!!」「ギャインッ!?」
通路はそれほど大きくなく、一体は入れたけれど、もう一体のヘルハウンドは壁に激突した。
「《疾脚》解除、そして《焦剣》!!」
先程から何故一々魔法を解除しているかというと、二重では魔法を発動出来ないから。魔法を重ねて発動しようとしても、普通はうまく発動しない。でも熟練した魔法使いなら重ねて発動出来るらしいし、実際、セインス団長は魔法を二重行使できる。
中級熱魔法の《焦剣》は、剣に超高温を付加する魔法で、一応剣が無くても、剣の形をした魔法となるけど、剣に付加した方が数倍効果が高い。
「セァア!」
振り向き、ヘルハウンドに駆け寄り、噛みつく為に大きく広げたであろう口へ剣を滑り込ませ、そのまま一直線に身体を断ち切る。
「ギァォ……」
ズシャァ! とヘルハウンドは地面に倒れ込む。上半身と下半身が分かたれているけれど、傷口が焼かれているのであまり血は出ない。
やがて、ヘルハウンドの身体が空気に溶ける様に消えていった。
「ハァッ!」
「グギャッ!?」
壁に激突し、フラフラしていたもう一体のヘルハウンドの首を斬り飛ばす。残るは、あの蜥蜴だけね。…でも、あの蜥蜴を無視してこのままここを脱出するのも一つの手よね。
「……いえ、敵に背を向けて逃げるのは騎士として恥ずべき事」
遠巻きにこちらを窺っている蜥蜴を睨み、剣を構える。そして《焦剣》を保ったまま、ゆっくりと蜥蜴へ近付いていった。
「さぁ…、覚悟しなさい!」
そして、一気に距離を詰めて、剣を振るった。




