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悪の限りを尽くす…つもり  作者: 雷抖
東大陸編
31/51

襲撃

 メリシアが危機的状況に陥っている頃、その妹であるリーナもまた、ある意味危機的状況に陥っていた。


(………ぁぁぁぁああああ!!)


 ここは貴族街の外れに位置する、テトラス家の邸宅だ。その、自分の家の自分の部屋の中の、貴族としては些か粗末なベッドの上で、リーナはゴロゴロゴロゴロと転がりながら、頭の中で叫んでいた。


(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい………嬉し…、…!! あぁぁ!! 恥ずかしい!!!)


 原因は間違いなく先程の出来事だ。


(……い、いくら、私の心情を察してくれたからって、優しく頭を撫でてくれたからって…、ここまで嬉しいと感じるなんて………!!)


 そう、あのアルのナデナデが、思っていた以上にリーナの心を打ち抜いたのだ。


(………思えば、あんな風に撫でて貰ったのっていつ以来だろう)


 若干冷静になってきた頭で、ふと考える。思えば、父親に頭を撫でられた記憶が、どれだけ思い返しても見つからない。


(………確か、本当に私が小さい頃、もう殆ど記憶に残ってないぐらい小さい頃に撫でて貰ったっきりな気がする……)


 ぼんやりと、考える。リーナとメリシアの父親である、メルーフ・テトラスという人物は、一言で言えば堅物。貴族として真っ当に生きてきた様で、融通は利かないし、ことある事に成績や生活習慣を聞いてくる厄介な人だ。しかもそれは、娘が心配だからではなく、貴族として恥ずかしい事になっていないかという外聞によるものだ。


 そして母親であるシアリー・テトラスという人物は、一言で言えば依存者だ。その対象はもちろん夫であり、娘達には最低限の愛情は注ぐけど、それ以上はまったく頭になく、その頭を常時占めているのは夫だけだ。それどころか、最近ではリーナやメリシアを敵視し始めている。例え娘であっても、むしろ娘だからこそ、愛しい夫へ近付けたくないのかもしれない。


 そんな歪んだ二人から産まれた二人は、幸いな事にその両親の性質を併せ持つような事は無かった。だが、メリシアは父親の、リーナは母親の性質を少しばかり受け継いでいて、それがリーナの悩みの種である。だからこそリーナは表面上は皆に愛想良く振る舞ってはいるけれど、その実、誰にも心を許してはいない。それは、姉であるメリシアにでさえ。むしろ身内だからこそ余計に強く、心の中で壁を築いている。

 それなのに、アルの言葉に、行動に、強く心を掻き乱されていた。もう、そんな魔法を使われたのかと思うほどに。


「………ハァ。こんな気持ちで、明日どう顔を合わせれば…」


 そうしてまた思い出し、悶える。リーナが再起動するのに、あと一時間はかかった。


 さて、その事態を引き起こした当人はと言うと。





「……ハクシュッ! ……誰か噂してんのか?」


 子羊食堂を出た俺はあても無く、のたのたと大通りに向かう道を歩いていた。…ん、そろそろ姿を変えとくか。スラムに近い場所に居る時ならまだしも、大通りをアルの姿でふらつく訳にはいかないからな。もうそろそろこの辺りにも俺の手配書が出回りそうだから、用心のためにもな。


「《闇魅化(やみばけ)》」


 魔法を使ってジオの姿になる。特級闇魔法《闇魅化》。精神魔法の《幻変視(げんへんし)》や熱魔法の《化戯弄(かげろう)》のような、外見を偽る魔法だが、その2つとは違って《闇魅化》は、姿形を完全に変えてしまう。《幻変視》は相手の意識に働きかけて姿を偽り、《化戯弄》は自分の周囲に蜃気楼を作り出して姿を偽るが、《闇魅化》は自分の身体を造り替えるのだ。なので、どれだけ近付かれようが触られようが関係ない。

 また、上級である他2つの魔法とは違いこちらは特級なので、よほど解析に特化した奴じゃない限りは、絶対に見破れない。


 じゃあ何で昨日これを使わなかったのか。それは、単純に消費魔力の問題だ。そもそも上級と特級では効果が段違いなのと比例して消費する魔力も段違いになっている。それこそ、特級の魔法を一発放つ魔力で上級の魔法を十発近く放てるぐらいに。まぁ使う魔法にもよるけど、基本的にはそれぐらいの差がある。

 消費魔力を抑えるには、その魔法を完璧に使いこなした上で幾度も研鑽を積むしかない。ま、要は努力あるのみだな。


 それに、そうやって研鑽を積めば、発動も速くなるし効果も上がる。俺が魔法を唱えたと同時に発動出来るのも、気が遠くなる程の努力をしたからだ。覚えたての魔法は昨日のリーナの様にゆっくり一つ一つの動作を経て発動するモノだけど、極めれば一瞬で発動出来る。


「……って、誰に説明してんだか」


 呟いて、思考を切り換える。…と言っても、特に考えるような事は……。


「いや、明日の事があったな」


 渋々ながらも引き受けたからには、やるだけやんねぇとな。とはいえ、そもそも何をするかが分かんねぇけど。


「中途半端な説明だけしか受けてねぇしな」


 何でか走り去ったリーナ。おかげでどうすりゃいいのかが分かんねぇ。聞いたのは、審査員っぽい誰かが来て、そいつに推薦人として認められればいい……みたいな事だけだ。しかもそれも、俺がそう推理しただけで、合っているかは分からない。


「やれやれ、集合時間も朝としか聞いてないしな」


 もうぐだぐだだ。別に俺に被害は無いからいいけど、これで学院に遅れたりとかしても知らないぞ?


 とか思いながら歩いていると、唐突に何者かの気配を感じた。ここはまだ大通りではなく、その途中の閑散とした区画だ。当然、人通りも少ない。


「………この場所でってのが、少し気になるな」


 もう少し歩くと、洗濯館に着く。俺が昨日この姿で訪れたあの洗濯館だ。ロンウェンとの邂逅の場所であり、そのロンウェンからセインスの指輪を奪った奴と衝突したあの場所。確か、あの盗っ人は騎士団に引っ張られていったと、どっかで聞いたな。


「……気配的に、監視ではねぇな」


 ジオの姿は、セインスによって監視の手を向けられているけど、今俺を陰から視ている奴は、殺気を放っている。監視者ではないだろ。

 気付かれない様に戦いの準備を整えると、気配の主が一瞬で俺に接近してきた。そして、


「…っ!」

「………」


 何の躊躇いも無く振るわれたナイフを辛うじて避ける。襲撃者がそのまま再びナイフを振るおうとしてきたので、その場を飛び退いて距離を取る。


「…おいおい、こんな真っ昼間からそんな厚着して、暑くねぇの?」


 襲撃者を見ると、全身を隈無く黒い装束で覆っていた。肌が露出している部分なんて、目元ぐらいしかない。


「それに、誰かを襲うときは黒い服を着なきゃいけない決まりでもあんのか? いい加減ちょっと見飽きてきたぞ?」


「………」


 少々小馬鹿にするように言ってみたけど、特に反応は無い。これこそ本物の暗殺者って感じだな。


「………《隠身(いんしん)》」


「…何だ、結局三流か」


 薄暗がりや闇夜ならともかく、こんな真っ昼間に《隠身》を使っても、効果は半減するだけだ。現に、俺には多少ぼやけた程度に襲撃者の姿が見える。最近、手応えのある敵に遭わないからちょっと期待したんだけど、ダメか。


「………」


「残念だけどあんたの姿は見えてるからな? 無駄な事しないでさっさとどっか行けば、今なら見逃してやるぞ?」


 わりと本心から言ったけど、襲撃者はその場を動かない。…何か違和感を感じるな…。


「………馬鹿め、後ろだ」


「あん?」


 襲撃者の言葉に、後ろを振り向く。しかし、特に誰も見当たらない。そして俺が後ろを振り向いた瞬間、襲撃者が距離を詰めてきて、ナイフを俺に向けて突き出した。


「がっかりだよ」


 わざと後ろを向いてあげたんだけど、結局はただ向かってきただけか。期待外れだったな。


「ほい」


「……!」


 突き出されたナイフを蹴り上げ、そのまま襲撃者の胸部を蹴り飛ばす。


「ガハッ…!?」


「《隠身》に《疾脚(しっきゃく)》か? 確かに使える魔法だけど、相手と時間が悪かったな」


 吹き飛んだ襲撃者に向けて告げる。これが、相手が俺ではなく別の誰かで、夜中だったなら、話は違ったかもしれない。…まぁ、相手が俺だったら、夜中でも結果は変わんないけど。


「さて、何処の誰だか、教えて貰おうかな?」


「グッ……」


 どうにか逃げようとしている襲撃者だけど、そう簡単に逃げられる程軽く蹴ったつもりはない。普通にあばらの何本かは折れている筈だ。もぞもぞと地を這う襲撃者に近付く。


「さぁ、まずはその顔を見せて貰おうか」


「………」


 襲撃者の肩を捕まえ、身体を振り向かせる。そして顔を覆う黒い布を剥ぎ取った。


「………は?」


 黒い布が取り払われた下にあった顔は、一見少年に見える、しかし実際は少女のモノだった。


「ゼビュン……」


「………」


 そう、襲撃者はゼビュンだった。


「お前…何で…」


 驚愕し、後退るジオに、ゼビュンが言った。


「馬鹿め」


「え……、ぅあっ…!」


 ドンッという音と共に、ジオの左胸から刃が生える。いや、生えたのではなく、背中から貫かれたのだ。


「ゴハッ…!」


 ジオの身体から急速に力が抜けていき、横向きに地面に倒れ込む。


「ゼ…ビュ……」


「残念だが、不正解だ」


「!?」


 襲撃者がそう言った瞬間、襲撃者の姿がブレる。そして現れたのは、ゼビュンとは似ても似つかない何者かだった。


「これは《幻視(げんし)》という魔法でな。自らの姿を相手が知る人物に偽る事が出来るのだよ、ジオ・シュトルク君」


「なっ…!?」


「残念ながら俺にはその姿は分からないが、その様子を見るに効果はちゃんと現れていたようだな」


「く……そ…」


 力無く言うが、何かをする余力は残っていない様だ。クク、油断して不用心に近付いてくるからだ。ま、所詮はガキという事か。


「何故……俺を……」


 消え入るような声で、ガキが問い掛けてくる。


「うん? 何故かって? それは、貴様に邪魔をされたからだよ。…漸く、あの指輪を奪えると思ったのに…」


「指…輪…」


「おっと、口が滑ったな。さて、いつまでもこうしてはいられないからな。名残惜しいがさよならだ」


「や……やめ…」


 恐怖に染められた顔でガキが言う。それを無視して、足を上げる。


「じゃあな」


「まっ…ぎゅぱっ」


 容赦なく、ガキの首を踏み潰す。ぐちゃりとした感触と共に、ガキの命が消えた。未だピクピクと動く身体を蹴り飛ばして、相棒に話し掛ける。


「さて、邪魔をしてくれたガキは始末したし、さっさとこの場を離れるか」


「あぁ、そうだな」


 こうして、ジオ・シュトルクは死んだ。俺達が、殺した。クククッ!

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