警戒
「ふっ!」
メリシアは短い吐息と共に剣を引き抜いた。すると、獄魔虎猿牙獣(笑)は小さな呻き声をあげて崩れ落ちる。次第にその体が空気に溶けていく。
改造魔獣とは、複数の獣を一つの器に閉じ込め合成したモノだ。合成された獣は、合わせた獣の特徴を引き継ぎ、更に身体能力等も底上げされる為、強くはなる。だが、そんな自然の摂理に反する様な事をして無事な訳が無く、改造魔獣のほぼ全てが、非常に短命だ。
また、知能が低下する個体も少なくなく、簡単な命令すら理解出来ずに開発者や使役者に襲いかかる個体も多い。
だが、知能さえ低下していなければ、その存在は圧倒的な戦力となる。特に、改造魔獣の個体の優劣を決める位階。その位階が高い改造魔獣ともなれば、軍団の一部隊程度では歯牙にもかけない程の強さを誇る。
とはいえ、そんな高位階の改造魔獣がそうそう造り出せる訳もなく、また、そもそも改造魔獣を造り出す事自体がわりと面倒かつ困難な為、基本的に改造魔獣はあくまでも道具や武器の一環であるとする見解が一般的だ。よほど高位階じゃない限りは、訓練すらまともに出来ないのだ。又、改造魔獣は死ぬと何故かその身体が空気に溶けて消える。何故そうなるのかは、まだ解明されていない。
因みに改造魔獣の位階は、最低がFランク。すぐ死ぬ、弱い、命令を聞く知能がない、何か臭い、見た目がキモい等の特徴を持つモノが、このランクだ。
反対に、最高がAランク。長命、強力、知能が高く、気品があり、何か良い匂いがする、美麗、又は荘厳な姿をしているという特徴がある。
この様に、位階によって能力は様々である。…Aランクの上もあるが、それはもう改造魔獣とは呼べないので、また今度。
「…さて、改造魔獣は始末しましたが、まだ抗いますか?」
剣を払って血糊を落とし、切先を軽薄男に向けつつ、メリシアは問う。
「…は、ハハッ、ち、調子に乗るなよ?この列車には、まだまだ大量の改造魔獣や俺の同志が居るんだ。お、お前一人で制圧出来るわけ……」
「つまり貴方にはもう抗う術は無いという事ですね?」
「ぐっ……」
メリシアの言葉に、顔を歪ませる軽薄男。どうやらもう抵抗する術は無いらしい。…自分は無事なんだし、特攻してみればいいのに。120%返り討ちにあうだけだろうけど。
「…ひとまずは拘束させて頂きます。《幻夢》」
「ぉ…………」
お?《幻夢》だ。俺も良く使う精神魔法だな。…魔法については、今度じっくり説明しよう。今はそんな場合じゃない。
《幻夢》をかけられた軽薄男は、焦点の合わない眼で、ボーッと虚空を見つめていた。
「…これで、半日は動かないでしょう。後は…」
そう言ってメリシアは、どこからともなく取り出したロープで軽薄男をぐるぐる巻きに…いや待て、どこから取り出した!?
「これでよし…と」
謎空間を持っているらしいメリシアは、ぐるぐる巻きにした軽薄男を車両の端に捨て置いて、乗客へ話しかける。
「皆さん安心して下さい、もうこの男に抵抗する思考は残っていません!」
すると、乗客の一人が声をあげる。
「あ、安心できる訳ないだろ!?そいつも言ってたじゃないか!まだ他にも仲間がいるって!」
「そちらも問題ありません。私がこれから奴らを制圧しに行きますから」
あぁ、やっぱり行くのね。でも、それで納得する奴は少ないと思うぞー?
「な!?む、無理に決まってるだろ!?あ、あんた一人でどうこう出来る問題じゃないだろ!ちょっと腕が立つくらいで…、つーか、あんた何者だよ!?」
…ん?【閃鈴】の騎士だって聞いてた筈だよな?…あいつ、【明光騎士団】を知らないのかね。…あぁいや、聞こえてなかったのか。悲鳴と雄叫びでうるさかったし、少し離れた所にいたら、聞こえないか。
「…私は、ネルディ王国【明光騎士団】第二部隊【閃鈴】所属の、メリシア・テトラスです!」
「なっ……!?【明光騎士団】!?」
あぁ、騎士団自体は知ってんのね。なら、単純に聞こえてなかっただけか。
そして、メリシアはこの車両内の全員に聞こえる様に自らの所属と名前を告げた。途端、乗客達は強ばっていた表情を弛めた。…凄い効果だな。
「【明光騎士団】の名にかけて、この事態の解決を約束します。…ですので皆さん、安心して下さい」
流石は三英団ってか?ヒスってた乗客も大人しくなったし。
「…なぁ、ちょっといいか?」
と、そんな状況の中、一人の乗客が手を挙げた。
「…なんでしょう?」
「いや、決して【明光騎士団】の騎士であるあんたをみくびってる訳じゃないんだが、あんた一人で、あー…【カジーフロット】だっけ?連中をどうにか出来るのか?」
うん、マトモな疑問だな。軽薄男が余りにも三下感半端なかったから忘れがちだけど、そもそもこの列車、そんな簡単に乗っ取れる様な代物じゃないんだよな。
この列車を乗っ取ろうと思ったら、心臓部である動力炉のマスター情報を書き換えればいいんだけど、まず動力炉に唯一繋がる操縦室を抜けなきゃなんないし、その操縦室も厳重な警備と魔法による防壁を突破しないと辿り着けないし、例え動力炉に辿り着いても、マスター情報を書き換えるには、今のマスターの魔力を流さなきゃいけないから、まず今のマスターを連れてこないといけないし、マスター情報の書き換えは、鉄道が通る国全ての責任者達の同意契約魔方陣がいるし………、ってな具合で途方もなく面倒だから俺は諦めた。つまりやろうとは思った。
そんな面倒な事を、…まぁ正規の手段ではないだろうけど実行して成功させた奴らだ。一筋縄ではいかないだろう。
「…確実に、とは言い切れません。…ですが、私も一人ではありません。この列車の中には、私と同じ【明光騎士団】の団員が乗っています。万が一私が目的を果たせずとも、彼らが必ずや敵を制圧してくれるでしょう」
やっぱり他の団員も乗っていたか。…まぁ、少なくともメリシア以外に二人は分かっているけど、それだけじゃないだろ。
「…そうか。他にも仲間がいるんだな。…なら、大丈夫か?」
男はそう言って乗客の一人へ戻る。…今の奴が、分かってる団員の一人だけどな。何で乗客の振りしてんだろ…なんてね。相手の戦力が未知数なんだ。全団員が事態の収拾に向かって敗北したら眼も当てられない。だから、数人は乗客に混ざって様子を見た方がいい。…てなとこか?
ま、今の会話はそれの他に、一人でいけるか?的な確認をするためのものでもあったんだろうな。
「では、行きます」
「が、頑張れ!」
「気を付けて!」
「俺らの命運、託したぞ!」
乗客の期待を一身に背負って、メリシアは動力炉のある車両に向けて歩き出す。途中で俺の横を通りすぎ……
「…余計な騒ぎを起こさないで下さいよ?」
る直前、俺の耳にそんな声が届いた。
メリシアを見ると、彼女は振り返らずに歩き去っていた。
「…やっぱり、何か警戒されてんなぁ」
最初から今まで、ずっと様子を窺われていた。しかも、メリシアがいなくなったと思ったら、今度はもう一人の騎士に見張られている。
こっちの騎士は、わざと俺に気付かれる様に様子を窺っている。…余計な騒ぎねぇ。
「…なーんか、ここまでやられると、むしろ反発したくなってくるよな」
…ふむ、ちょうど国境も越えたみたいだし、ここらで一つ悪事を働いてみるかな。




