リーナの頼み
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「……どうして、こうなった…」
とある場所で俺はそう呟いた。その言葉に、俺の正面にいる人物が答える。
「フン! 今更自分の行動を後悔しているのか? だが、もうそれは遅すぎるな。何故ならば、今この場に貴様がいてこの私がいるからだ」
ゴテゴテした装飾品にまみれたその人物は、そう言って俺に儀礼用かと思うほど美麗な細身の剣を突き付けた。
「さぁ、余計な問答はもはや不要。その身に私の魔導の力を刻み付けてくれるわ!」
一方的に告げて、そいつは剣を構える。そして全身に張り巡らせた魔力が剣までも覆う。
「《凍焦剣》!!」
そいつが魔法名を唱えると、剣を覆う魔力が変化した。それは凍えるほど冷たく、焦げるほど熱いオーラとなって剣の表面を満遍なく包み込んだ。
対する俺は、武器はおろか魔法を防ぐ防具すら無い状態で立ち尽くしている。
「では行くぞ。精々足掻いてみろ、テトラスの推薦人よ!!」
そんな風に決起に逸っている相手を見ながら、俺は何度目になるか分からない問い掛けを、頭の中で行っていた。
本当に、何でこんな事になったんだろう。
◆
「お願いアルさん! もう頼れるのはアルさんしか居ないの!」
「…藪から棒に何だよ断る」
「即答!?」
昼飯を食べに子羊食堂に来た俺は、入ってすぐにあからさまに落ち込んでるリーナを発見した。
とはいえ、別にそこまで親しくもないし腹が減っていたので普通に無視してベアンドに注文しようとしたら、俺の来店に気付いたリーナがそう言ってきたのだった。
「…おいアル、せめて話ぐらい聞いてやれよ」
今日も相変わらず熊なベアンドが若干非難めいた口調で言ってきた。あと、昨日とはうってかわって満席な店内の全ての客(男のみ)が、ゲンドウみたいな感じで睨んできやがった。
「いや、だって確実に面倒事の匂いがするんだもん。昨日疲れたから今日はお気楽にいきたいんだよ」
まぁ、今日はもう既にちょっと疲れてるけど。
「話聞くだけならいいだろう? なんなら今日の昼飯代を無しにしてもいいから」
「……余計に話聞きたく無くなったぞそれ。絶対に話聞くだけじゃ済まない感じじゃんそれ。」
とはいえ、このままだと店内で乱闘が発生しそうだ。テーブル席に座ってる奴らが限界っぽいし。……仕方無い、聞くだけ聞いてやるか。
「…はぁ。…んで、何の話だ?」
俺が問うと、リーナは顔をぱぁっと明るくさせて俺を見た。無駄にキラキラしてんな。
「えっと、どこから話せばいいかな……。とりあえず、アルさんは魔導総戦って知ってる?」
「…確か、それぞれの国の代表達が魔法で戦う競技会みたいな奴だよな。あと、全年齢じゃなくて成人前の学生が対象の」
うろ覚えだけとそんな感じだった筈だ。俺はそんなの出てないからな。…行った事はあるけど。
俺の話で合っていたのか、リーナは頷きながら続ける。
「そうそう、流石に知ってるよね」
「で、その魔導総戦がどうした。言っとくが俺はもう成人してるから出らんねぇぞ」
「いや、違うって。アルさんに出てほしい訳じゃないから。出るのは私…って、まだ決定してないけど」
「ん? リーナが代表なのか?」
確かリーナはまだ中級の魔法しか使えないよな。…それで大丈夫なのか?
とか思っていると、リーナが首を横に振る。
「ううん…。まだ決まっていないの。明日代表者を決める戦いをして、それに勝った人が代表として選ばれるの」
「へぇ…。ん? でも確かこの国には、王立学院と騎士錬成院の2つの学校があるよな? 確かリーナは王立学院だったと思うけど、騎士錬成院の方でも代表者を決めてるんじゃないのか?」
だとしたら、学院代表になったあとにもう1つの学校の代表者と戦って国代表になる必要があるんじゃ?
「ううん、今回は騎士錬成院は参加しないの。だから、王立学院で代表になった人が国の代表になるの」
「ふぅん…。で、魔導総戦の代表者決定戦が明日なのは分かったけど、それと俺と何の関係があるんだ?」
俺は、アル・レーベンは魔導総戦なんかとはまったく関係ないぞ。
「えっとね、魔導総戦の代表者に選ばれるには3つの決まりをクリアしないといけないの」
「3つの決まり?」
「まず1つ目は、中級以上の魔法を5つ以上扱える事。…私は4つしか扱えなかったけど、昨日アルさんに教えてもらってなんとか5つになったから、これはクリア」
「以外と切羽詰まってたんだな」
そうは見えなかったけど……あぁいや、だから魔法が成功した時にあんなに喜んでいたのか。勝手に納得。
「うん。だから本当にありがとねアルさん。…それで2つ目は、公式の試練を突破した人。魔導総戦を取り仕切っている団体があるんだけど、そこから送られてきた試験を突破するの」
「あぁ、改造魔獣討伐だっけか」
「あれ、よく知ってるねアルさん。アルさんも試験受けたことあるの?」
…口が滑った。
「まぁ、俺はいいとして、リーナはどうなんだ?」
「私? もちろん倒したよ。…と言っても、わりとギリギリだったけど」
ふむ、確か試験に使われる改造魔獣のランクはCだった気がする。確かに、中級しか扱えないリーナにはキツいかもな。…でも、それも突破したって事は。
「つまり、残ってるもう1つの決まり…つーか条件が、俺への頼みと繋がってるって事か?」
「そう! だからアルさん…」
肯定したリーナはそこで一旦切り、真剣な眼差しで俺を見据える。…そしてその表情を見て後ろのうるさい奴らがうるさくなる。黙れタコ共。
「私と一緒に学院に来て!」
「え、嫌だ」
瞬間、空気が凍る。前も後ろも固まった。横のベアンドだけは「ま、だろうな」とか言って平常運転だけど。
「あ、アルさん~……」
「涙目上目遣いはやめろ反則だ」
リーナみたいな美少女のその攻撃は世の男性の半数以上を射止め、一部の危ないオトモダチの活火山を大噴火させる。…そして背後からバタバタとその一部共が鼻血を吹いて倒れた。その顔は恍惚としていて、一瞬踏み潰そうかなと思った。わりと本気で。
「つーか、また話が飛んだぞ。そもそも最後の条件は何なんだよ」
「あ…そ、そっか、確かにそうだよね。…えっとね、3つ目の条件は、推薦人の有無」
「あぁ? そんなのあったか?」
俺が知る限り、推薦人どうこうなんてモンは無かった。つーか推薦人って何だよ。
「これは今回から導入された決まりなの」
「推薦人が魔導総戦に何の関係があるんだよ」
「えっと、1つ目の決まりでその者の魔法の知識を、2つ目の決まりでその者の魔法の練度を測っているんだって」
あぁ、それはうっすら記憶にあるな。…で、推薦人は何を測るんだ?
「そして3つ目の決まりで、その者の繋がりを測る……らしいよ」
「……………」
(我が組織では人間関係を重視しているのデス。当人が無能でも、その友人が有能なら、何かあった時にその友人の力を借りる事が出来るかもしれないからデス。また、この組織に友人が居れば、その者が我等の敵と勝手に敵対してくれるかもしれませんからねぇ。国王の友とか、最高の囮になるのデス)
確かそんな事を言ってたっけ。…なるほど、その考えを押し通す事が出来るほどの立場にまで登り詰めたって事か。
確かに言ってる事に一理あるかもしんねぇけど、まぁセコいよな。なんつーか、小悪党っつーか。
「…話は分かった。だけど、尚更意味が分からなくなったな。何で俺なんだよ。その推薦人ってのは、誰でもいいって訳じゃねぇんだろ?」
アイツが定めた条件なら、推薦人は有能な奴じゃねぇとダメな筈だ。
「…本当なら、お姉ちゃんに頼むつもりだったんだけど…」
「あぁ、メリシアな。確かにあいつなら問題ねぇだろうけど、何かあったのか?」
「それが、昨夜急に緊急の仕事が入ったとかで、数日は戻らないの…」
緊急の仕事? …俺じゃないよね。
「なら、帰ってきてからじゃ……ダメなんだろうな、その様子じゃ」
「うん…。明日の代表者を決める戦いの時に団体の人が来て、推薦人の実力を確かめるんだって。事前に誰が推薦人かとか言ってもそれが本当か分からないから……」
「そりゃ、随分徹底してるこって」
もうむしろそっちがメインなんじゃねーのかって感じだよな、それ。やりそうやりそう。
「それで、お姉ちゃんがどうしても明日には間に合いそうもなくて、だけど私はお姉ちゃんと違って魔法を扱える知人があんまりいなくて……」
「で、俺に行き当たったと」
「うん……」
そういう事情ね。やっと繋がったよ。…しかし、どうなんだかな。いくらなんでも俺を頼らざるを得ない程魔法を扱える奴がいないのか? それこそ、メリシアの騎士仲間とかでもいいんじゃ? …つーか、メリシアは完全にほっぽり出して仕事に行ったのかよ。薄情だな。
「お姉ちゃんも少ない時間で色んな人に頼み込んでいたんだけど、同じ部隊の人はそもそもお姉ちゃんと一緒に行くから無理だし、他の部隊の人とは折り合いが悪いらしくて、拒否されたんだって……」
薄情とか言ってすみませんでした。…それにしても、【閃鈴】と他の部隊が仲悪いって噂は本当だったんだな。
「アルさんは、自分が扱えない光魔法を私に教えられるぐらい魔法について詳しいでしょ? だから、アルさんに頼もうと思ったんだけど……、やっぱり、ダメだよね……」
最後の方は消える様な声音で、リーナは俯いた。…ここで、いつもの俺なら「うん、ダメだな」とか容赦なく言って、沈んだリーナを横目に昼飯を食っていただろう。…別にそれでもいいな。
「……………。…1つだけ、約束しろ」
「え……?」
俯いていたリーナが顔を上げた。
「俺がやることに、質問も追求もするな。…それが約束出来るなら、力になってやるよ」
「………ホントに、いいの?」
「…返事は、はいかいいえだけだ」
リーナは一瞬考え、すぐに首を横に振って俺を見つめる。そして、言った。
「はい」
「交渉成立…だな」
俺がそう言った途端、リーナの眼から一筋の涙が。
「あ、これ、これは、違うの! その、凄い不安で、それで丸く収まったから、安心しちゃって……」
しどろもどろになりながらあたふたと弁解するリーナに、少しばかり和んだ俺は、気付いたらリーナの頭を撫でていた。
「え……」
「……大丈夫。やるからには、全力でお前を推薦する。だからもう、気を張らなくていい」
思えばリーナの明るさは、ただ明るいというよりも、何か不安な事を忘れる為のモノに思えた。無理して明るく振る舞っても、疲れるだけだ。
「そ、そんな…んじゃ、ないよ…。あの、その、私……」
「………」
「…わ、私…は…」
その言葉を最後に、黙り込むリーナ。…心なしか顔が赤いな。因みに、特に振り払われていないため、何故か撫では続行中。止め時を見失った。
しかし、柔らかいな…。まるで絹の様な肌触りで、いつまでも撫で続けられるな。
とか思っていたら、なにやらにやけ気味のリーナがハッとして口を開いた。…ふむ、そんなに俺が推薦人を引き受けたのが嬉しかったのか?
「あ、あ、あの、アルさん……、も、もうそろそろその、手を…その…」
「ん? あぁ、悪い。止め時を見失っちまってな」
「あ……」
リーナの頭から手を離すと、何故か少し残念そうに声を洩らすリーナ。やがてコホンと咳払いをして、頬が赤いまま口を開く。
「…では、明日の朝、ここでまた会いましょう。アルさんには特に用意してほしいモノはないので、動きやすい服装で来ていただければそれでいいです。それでは失礼します」
「え、おう」
早口にそう言ったリーナは、そそくさと食堂を出ていってしまった。
「………。…ハッ! おいリーナ! まだ今日の仕事は終わってねぇぞ!?」
ベアンドが慌ててカウンターを飛び越えて外に出るが、既に辺りにはいない様だ。というか身軽だなオッサン。
「…にしても」
引き受けたはいいけど、具体的に何をどうするかとか聞いてねぇんだけど、俺は明日何をすればいいんだ?
「…とりあえず、飯食うか」
ベアンドを呼び戻して適当に料理を注文し、俺は明日の事を考える。
因みに、俺とベアンド以外の連中は、全員恍惚とした顔で失神していたので、とりあえず店の外に投げ捨てた。危ないオトモダチが多いねまったく。




