ゼビュンの処遇
「…そういや、何でロットに会いに行くんだ?」
獄鳴亭に向かう道すがら、ふと気になった事を聞いてみる。
「あー…、なんと言うか、今まで居た地区に居られない事情が出来ちまってな、それで別の地区であるここに来ようと思って、地区長のロットに会いに行こうと…な」
あぁ、そういうことか。それで三馬鹿はゼビュンを他所の奴って言ってたのか。なるほどね、一概にスラムって言ってもある程度区分けされてんだな。…つーか、ロットって地区長だったんだ。ただの宿屋と酒場のマスターじゃないのな。
「でも、他の地区に移動ってそんな簡単に出来んのか?」
そうやって区分けされてるんなら、勝手な移動とかはダメなんじゃないのか?
俺がそう問うと、ゼビュンは表情を少し曇らせる。
「…いや、簡単ではないな。俺様が前に居たトコではかなりの金を取られたし、その前に居たトコなんかじゃしばらくこき使われたし」
「何回も移動してんのな」
一体何をしたんだか。…ホントに何したんだ?
「なぁ、逃げ出す様な事、何をしたんだ?」
瞬間、ゼビュンの動きが止まる。冷や汗だらだらだな。…お前何した。
「…あー…いや」
「………」
「…えっと……」
「………」
「……うぅ…」
俺がじっとゼビュンを半睨みしてると、ゼビュンは観念したように話し出した。
「……じ、実は、その地区に1つしかない共同井戸をぶっ壊した…」
「……おぉう」
それは…まずいのか? あ、でも、商業区の井戸を勝手に使ったら罰則があるし、わりと生命線か。で、それを壊したから逃げてきたと。
「ゼビュン」
「うっ…」
俺が声を掛けると、ゼビュンは怯える子供みたいに縮こまった。…そういやまだ子供だよな。
「俺の配下になんねぇ?」
「ふぇ?」
俺の言葉が理解出来なかったのか、そんな可愛らしい声を出すゼビュン。何だよ、俺が怒るとでも思ったのか? だって俺は悪党だぜ。むしろ誉める。
「は、配下って…?」
「配下じゃなくても、単純に仲間でもいいけど、とにかく俺と手を結ばないか? そうすれば、俺の手伝いをしてもらう代わりに、俺がお前を守ってやるよ」
「ま、守る…? で、でもそれじゃ兄ちゃんに迷惑が…」
「そんなの、迷惑でもなんでもねぇよ。なんせ俺は強いからな! …それに、仲間を守るのは、部下を守るのは、隊長の義務だ」
「隊長?」
っと、余計な事まで言っちまった。
「いや。とにかく、どうする?」
俺がそう問い掛けると、ゼビュンは考え込む。その姿を横目に見ながら、俺も考える。勢いで仲間に誘ったけど、果たして俺に守り切れるのか。結局またこの手で…。
いや、今考える事じゃないな。
やがて、ゼビュンは覚悟を決めた様に顔を上げる。
「分かった。兄ちゃんの仲間になるよ」
「…俺が言った事だけど、良いのか?」
「おう、一人で居るのも飽きてきたトコだしな。…ちゃんと、守ってくれよ?」
そう言って、ゼビュンはニヤリと笑う。
「……あぁ、任せろ」
俺も、ニヤリと笑う。
「さて、ちょうど獄鳴亭に着いたぜ」
「ご、獄鳴亭? 凄い名前だな…」
なんやかんや話していたら、獄鳴亭に到着してた。ま、そんなに離れてもなかったしな。
「でもロットが居るかどうかは分かんねぇぞ?」
さっきここを出た時は居なかったみたいだしな。
「いや、場所が分かっただけでも十分だ。…ありがとな、兄ちゃん」
「ん、あぁ」
何となく気恥ずかしくなって、誤魔化す様に扉を開ける。
「おや、お早いお帰りですね、お客様」
すると、ロットが待ち構えていた。何だか、作り笑いがいつにも増して嘘くさい。
ロットは俺に挨拶してきた後、後ろにいるゼビュンを見て笑みを深める。…嫌な予感がするぞ。
「そちらの方が、ボルガネ管轄の共同井戸を破壊したゼビュンですね?」
「!」
ボルガネっつーのが誰かは知らねぇけど、ゼビュンの反応を見る限りゼビュンが居たトコの地区長なんだろう。…しかし、対応がやけに早いじゃねぇか。
「お客様、よろしければ彼を…いえ、彼女をこちらへ引き渡していただけますか?」
「!!」
ん、ロットは気付いてたのか? それとも誰かに聞いていたのか? …とにかく、俺の答えはとっくに決まってる。
「やだ」
「でしょうね」
ロットのこのお見通し的な言葉がムカつくな。でも、分かっていたなら何で聞いたんだ?
「それで、お客様。彼女をどうなさるおつもりですか? 先程も言いましたが私は彼女をボルガネに引き渡すつもりなので、私を当てには出来ませんよ?」
あぁそっか、そりゃそうだよな。確かに、ロットがダメならどうしよう。
「それに、彼女を匿うつもりなら、お客様をこれ以上お泊めすることも出来ません。もう一度問いますが、どうなさるおつもりですか?」
「……へぇ」
俺も追い出すってか。ま、別にいいけどさ。…でも、その態度が気に食わないな。
俺とロットの間に火花が生じる。それに慌てたゼビュンが口を挟む。
「ま、待てよ兄ちゃん! 俺様が行けばいいだけだろ!」
「うん却下。…つーか、ただ単にロットが気に食わないだけだから、もうそれは関係ないんだよな」
「ほう、私が気に食わない。奇偶ですね、私もです」
「あれ、俺様蚊帳の外?」
ゼビュンが何か言ったけどそれは置いとく。
「へぇ、んじゃ戦るか?」
「いえ、戦りません。勝算の低い戦いはしない主義でして」
「何だ、つまんねぇ」
しかし、勝算の低い戦い…ね。無い、じゃなくて低いか。ロットにも気を付けといた方がいいな。
「…それで、どうなさいます?」
「んー…、じゃあ逆に聞くぜ、どうすれば俺達を見逃してくれる?」
俺の言葉に、また笑みを深めるロット。
「そうですね。では、一度だけ私の頼みを聞いて下さい。それを約束して下さるなら、私は彼女に干渉しません」
むしろこの状況を待ってたんじゃねぇのかってくらいスラスラ言いやがった。頼み…ねぇ、何を頼まれるか怖いけど、ま、仕方無いか。
「了解。一度だけ頼みを聞いてやるよ。…で、何だ?」
「いえ、今はまだその時ではないので…。しかし、約束を守っていただけるとの事なので、お客様はこれまで通りの対応をさせていただきます。ゼビュンさんの事を売ったりもしないので、ご心配なく」
「不安で一杯だけど、とりあえず信じとくよ」
ホントに不安しかねぇけどな。
「…えっと、つまりどういう事だ?」
ゼビュンが遠慮がちに聞いてきた。オロオロしてたから理解出来なかったのか。
「つまり、お前は心配しなくていいって事だ」
「ま、そういう事ですね。ゼビュンさんもこちらにお泊まりになられますか? お客様のお仲間ということなので、割引きさせていただきますけど。」
「……いや、そこまで世話になるつもりはねぇ。自分のねぐらぐらいは自分で探すさ」
「そうですか」
特に追求せず、ロットは口を閉じた。
「えっと、兄ちゃん」
「んぁ、何だ?」
「その…、何か良く分かんねーけど、兄ちゃんが取りなしてくれたんだよな。…ありがとう」
ゼビュンはそう言って、柔らかく微笑む。
「おう。…何か困った事があったら遠慮なく言えよ?」
「へっ、それは俺様の言葉だっての。兄ちゃんは新参者だからな、分かんねー事があったら呼んでくれ。…んじゃ、ねぐらが決まったら教えにくるからなー!」
そう言って、ゼビュンは元気に出ていった。残ったのは男二人。
「…んじゃ、俺は俺で適当にぶらつくか」
「お客様」
獄鳴亭を出ようとした俺にロットが声を掛けてきた。
「……お忘れ無きよう。1つ貸しですからね」
「……分かってるよ」
何を頼まれるか分かんねぇけど、仕方無い。
「あ、そうだ。一応言っとくな」
扉に手を掛けた所で、そう呟く。
「何でしょう」
「……俺の仲間や配下に手ぇ出したら、壊滅させてやるから、そのつもりでな」
「………承知致しております」
忠告だけして、外に出る。既に太陽が真上まできていた。




