ロットの元へ
「……ん、もう朝か……」
窓から射す陽の光で目を覚ます。相変わらずの何もない部屋だ。ま、このくらいの方がむしろ落ち着くんだけどな。
ベッドから降りて、一回伸びをする。それで大体完全に目が覚める。寝起きはいいほうだ。それから上の服を脱いで、ポーチから取り出した湿った布で軽く体を拭いてから別の服を取り出して着る。わりと気に入ってる灰と白の服だ。その上に黒いベストを羽織って、着替えは終了。
「ん……、小腹空いたな…。何かあったっけ?」
ポーチの中をガサゴソと捜索する。やがてパンが出てきた。………うん、まだイケる気がする。
「あむ」
パンをくわえながら部屋を出る。すると、今日も馬鹿達が罠に掛かって倒れていた。
「………」
「うご…」
馬鹿を踏み越えて進む。酒場にはまだ誰もいなかった。あのロットでさえも。
「まぁいない方がいいんだけどな」
どうもあの優男もどきには嫌なモノを感じる。何を企んでいるんだか。とはいえ、今の所は実害も特にないから、放っておいてる。面倒だし。
そのまま誰もいない酒場を抜け、宿を出る。日射しが眩しいね。
「んー…、今日はどうするかなー…」
昨日は何か色々あって疲れたんだよな。商業区行ったり貴族街行ったり強盗したり追われたり。今日は大人しく観光でもしてるかなー…。
そう考えて、ひとまず商業区に向けて歩き出す。朝だからか、静かなモンだな。…いや、朝に限らず、この辺りはかなり静かだな。…スラムにしては、静か過ぎるよな。
「……ま、静かなのは良いことだ」
特に深く考えずに思考を止める。そしてのたのたと歩く。すると、何処かから声が聞こえてきた。辺りが静かだから余計に響いてるな。
「…ふむ、やることないし、冷やかしにでも行くか」
野次馬根性丸出しで、現場に向かう。どうやら路地の何処かから聞こえてきている様だ。
「…る場合じゃ…」
「…てよゴリダ…」
「…お、おう!…」
「……ゴリダ? ゴリラ? ……ゴリダン?」
何か聞いたことのある声と名前が聞こえてきた気がする。そしてそいつらの気配が近付いてくる。
その姿が現れる。やっぱり三馬鹿だ。
「ゲッ! アルの旦那!?」
「な、何でここに!?」
「お、俺達何もしてないッス!」
うん、ゲンドウ君。その言葉は何かしたって言ってるのと同じことだからな?
「とりあえずゲンドウちょっと来い」
「う、うッス!」
筋肉ゴリラのくせに何を怯えているんだか。俺がそんなに怖いのかね? …あぁそういや、昨日子羊食堂で上下関係をハッキリさせたんだっけ。だからこんなに怯えているのか。
「まぁとりあえず《雷迸》(弱)」
「アバババババ!!??」
「「ゲ、ゲンドウーー!!??」」
あれ?弱じゃ強すぎたか? ふむ、昨日ティアナに《雷迸》を使った時に変態呼ばわりされたから、三馬鹿で実験しようと思ったけど、弱じゃ強すぎるか。
「ま、一旦保留で、ゴリダン。何をしたんだ?」
問われて、体をびくつかせるゴリダン。おぉ可哀想に、よほど恐い事があったんだな。
「あの…その…、つまりですね、…その……」
「さっさと言わねぇとお前も…」
「他所から来た奴に絡んでました!!」
「…他所から来た奴?」
他所って、国の外からか? ん……よく分かんねぇけどひとまず、
「絡むな」
「何でオレレレレレレッ!!??!」
「ギムドーー!!」
ギムドに《雷迸》をそのまま放った。お仕置きだからちょっと強め。大丈夫、死にはしないから。
「す、すみませんでした!! 全面的に俺らが悪いのを認めるのでどうか許して下さい!!」
必死の形相で頼み込んでくるゴリダン。…ここまでされたら、流石にもうやることは1つだよな。
俺は優しくゴリダンの肩に手を置いて、にこやかに、告げる。
「却下☆」
「ですよねェェェェァァァア!!??!」
そうして三馬鹿で実験しつつ、俺の配下として節度ある態度を取れと説教していると、後方から視線を感じた。ハァ、また何処かの誰かが監視でもしているのかね。
「……ん? まーた誰かが見てやがんな。…ったく、その面拝ませてもらうぞ!」
《瞬烈動》を使って監視者? の背後に回り込む。するとそこにいたのは、ぼさぼさした茶色い髪の少女だった。つーか、
「あれ? ゼビュンか?」
「うおわっ!?」
少女がそんな声を上げて俺を見た。そして俺の顔を見て口を開く。
「……兄ちゃん?」
やっぱりゼビュンだった。なにしてんだこんなトコで。
「よう、昨日振り。どうしたんだ? こんなトコでなにしてんだ?」
「あー…いや、ちょっとこっちに用があって。そしたら、なんかあの三人に絡まれてるっぽい人が見えたからさ。大丈夫かなーと思って見てたんだけど…、杞憂だったな」
「そうか。…ん、ちょっと待てよ? なぁゼビュン、もしかしてあいつらに絡まれた他所の奴ってお前か?」
仮にゴリダンが言った他所の奴ってのがこの辺りの奴じゃない奴って意味なら、ゼビュンが当てはまるかもな。だってゼビュンはこの辺りじゃなくて、もう少し商業区に近いとこにいるっぽいし。会ったのが商業区の近くだったってだけで確証は無いけど。
ただ、ゼビュンを認識した途端、三馬鹿が青い顔で逃げ出そうとしているから、当たりかな?
「あぁ、確かにさっき絡まれたな。と言っても、ロットに会いに行くって言ったらそそくさとどっか行ったけど」
そういや、昨日もロットの根城である獄鳴亭に、何かあったら来いと言ったらなんか凄い顔してたしな。…苦手なのか? 分からなくもない。
でも、とりあえず今はそんなことどうでもいい。
「お前ら、事もあろうにゼビュンに絡んでたんだな」
「あ、あわば、あわばばばば……」
「あ、死んだなこれ」
「さらばリーナちゃん…。来世で会おう…」
泡吹きそうなゴリダンに何かを悟ったギムド、そしてキモいゲンドウ。…お前、もう色々ダメだな。
「お、おい兄ちゃん、俺様別に気にしてないし、これ以上何もしなくていいからな?」
ゼビュンが若干青ざめながら言う。おいおい、そんな顔で言ったって説得力無いぞ? …俺じゃないよな、原因。
「……ハァ、仕方無い。おい三馬鹿、ゼビュンに感謝しろよ」
瞬間、三馬鹿の顔が輝いた。
「あ、ありがとうございます!」
「このご恩は忘れやせん!」
「あざッス! あざッス!」
「お、おいやめろよ…」
お、ゼビュンがちょっと照れてる。可愛いな。
「ありがとうございます、ゼビュンの兄貴!」
「ホント、助かりやした兄貴!」
「あざッス! 兄貴!」
「…………………………おう」
ゴリダン達の言葉に、物凄く複雑そうな顔をするゼビュン。いやお前ら、ゼビュンは女の子だぞ?
「ゴリダン、ギムド、ゲンドウ」
三馬鹿の名前を呼ぶ。途端、輝きが収まる。
「な、何でしょう…」
「お前達を救ったのはゼビュンだ。だから感謝するのは当然だし、そこには文句はねぇ。……けどな」
一旦区切り、魔力を循環させながら続きを言う。
「性別間違えちゃ意味ねぇだろうが! 《惑妖睡》!!」
「性別!? …って一体ぁふぅ……」
「ゴリダぁふぅ……」
「まさかおんぁふぅ……」
特級状態魔法《惑妖睡》。幻惑、昏睡の効果がある不可視の霧を放つ魔法で、この霧に触れると幻覚を引き起こし、この霧を吸い込むと睡魔に襲われる。よほど状態魔法の耐性が高くない限りは確実にその二つを引き起こし、いつ覚めるとも分からない悪夢に魘される事になる。これは《護影装》でも防げず、もし防ぎたいなら、特級の熱魔法で蒸発、もしくは凍結させるか、特級の風魔法や流動魔法で吹き飛ばすしかない。とりあえず上級以下じゃ話にならない。
「まったく、何で間違えるかな、こんな可愛い子を」
「だ、だから可愛いとか言うな! それに、俺様はわざと男に見せてるんだよ。だからあいつらの対応は正しいんだよ」
頬を赤く染めながら怒るゼビュン。…でもさ、
「兄貴って言われて、すげぇ複雑そうな顔してたじゃん」
「あれは…! ………兄ちゃんが、俺様を女の子扱いするから悪いんだ…。…前は、別に平気だったのに…」
小さく何かをボソボソ言ってるゼビュン。あんまり触れないほうがいいか?
「ま、それはひとまず置いとこう。確かロットに用があるんだよな? 何処に居るのか分かってるか?」
するとゼビュンは顔を横に振る。
「いや、知らねぇ。宿屋をやってるって聞いたから、一件一件調べてみようかと」
「なるほどね、実は俺が今泊まってる宿屋が、ロットの宿屋なんだけど…」
「うぇっ!? そ、それマジか!?」
「うん。だから、案内するぜ。今度は俺が」
そう言うと、ゼビュンは一瞬ポカンとしたあと、少し表情を和らげて口を開く。
「おう、頼んだぜ兄ちゃん」
「あぁ、頼まれた」
こうして、俺とゼビュンは連れ立って獄鳴亭へと向かう。あ、大丈夫。《惑妖睡》は解いたから、三馬鹿もその内目を覚ますだろ。




