イアブルとの出会いと二日目終了
仔山羊亭に入ると、一気に賑やかになった。子羊食堂の何倍もの広さの店内の大半の席が既に埋まっていて、楽しげな声がそこかしこから聞こえてくる。
「ワッハハハ!今日は俺の奢りだァ!飲め飲めェ!」
「あ、これおいしー!ねぇ、そっちはどう?」
「ウィーッ、エール追加だぁ!」
「あいよ!待ってな!」
そんな店内を所狭しと駆け回っているのは店員かな。恰幅の良いおばちゃんが居れば、まだ年若い姉ちゃんも居る。ここは厨房も見える造りのようで、料理人のオジサンが腕を振るってる。
「あ、いらっしゃいませ!お一人様ですか?」
と、俺に気付いた店員が近付いてきてそう問い掛けてきた。
「あぁ、一人だ」
「えっと、ただいま満席でして、少々お待ちいただきたいのですが…。それか、相席でよろしければご案内できますけど」
「ん、別に相席でもいいよ」
「でしたら、こちらへどうぞ」
店員に促され、着いていく。案内されたのは入り口から一番遠くに配置されたテーブルだ。そこでは、一人の青年が四人掛けのテーブルを占領していた。
「あの、イアブルさん。ちょっとこちらの席をお借りしますね」
店員が青年にそう告げると、イアブルと呼ばれた青年は振り向かずに告げた。
「ん…、それが約束だからね。気にしなくて良いよ」
「そうですか。…お客様、こちらのお席になりますけどよろしいでしょうか?」
「あぁ、いいよ」
「それではこちらへ。ただいま品書きをお持ちいたしますので、少々お待ち下さい」
店員はそう告げて一礼し、厨房の方へ歩いていった。
とりあえず、席に座るか。青年の向かい側に腰掛ける。
「……見ない顔だね。この店は初めて?」
席に座ると、青年に話し掛けられた。赤茶色の髪に黄色い瞳、猫みたいな顔立ちの青年…というか、少年か? なんか幼く見えるな。
「あぁ、初めてだな」
「そっか、ならいいトコ選んだね。このお店、商業区でもかなり人気のお店なんだよね」
「へぇ、そうなのか。確かに賑わっているし、漂っている料理の香りも中々だな」
すると青年…少年…青少年? がニパーと笑いながら告げる。
「そうそう! このお店の料理はみーんな良い匂いなんだよね! あ、でも、たまに苦ーいのとか酸っぱーい匂いもするけどね。」
「ふぅん。そうか」
にしても、人懐っこい奴だな。リーナを思い出すぜ。
「あ、ボクはイアブルって言うんだ! よろしくね」
イアブルがまたニパッと微笑みながらそう告げた。ん?自己紹介タイムか?
「あぁ、俺は…えっと、ジオ・シュトルクだ」
まだ《幻変視》は残っているからな。こっちで通さないと。
「そっか、よろしくねジオ」
「何をよろしくなのか分からないけど、あぁ」
「あぁ悪いねお客さん、相席になっちゃって。はいこれ、品書きだよ」
とそこで、さっきとは違う店員が品書きを持ってきた。恰幅の良いおばちゃんだ。
「いや、気にしなくていいさ。一人で食うのもいいけど、誰かと食うのも悪くないからな」
「そうかい、それならいいんだけどね。じゃあ、決まったら呼びな!」
「あ、それじゃあボクが食べてる奴にしなよ!おいしいよ!うん決定!」
横からイアブルが口を挟んだ。
「ちょっとイアブル、勝手に決めちゃだめだろう?」
おばちゃん店員が呆れた様に告げる。…ん、でもイアブルはかなりここに通っているみたいだし、頼んでみるか。別に食えないのが出てくる訳じゃないだろうし。
「いや、イアブルと同じので」
「……いいのかい? 他にもたくさん料理はあるんだよ?」
「まぁ、これも何かの縁って事で、イアブルの言葉を信じてみます。…イアブルの奢りで」
「うぇっ!?」
「あいよ! それじゃ会計はイアブルのに合わせとくからね!」
「えぅっ!?」
イアブルがオロオロしている。…このおばちゃん、できるな! そのおばちゃんは、意気揚々と厨房の方へ向かった。…イアブルがじとっと俺を見つめている。
「……ジーオー?」
「ん?どうした?」
「何でボクが払うんですか?」
「ん、気にすんな、俺は気にしてねぇ」
「いや気にしてるのはボクなんだけど…」
イアブルはじとっとした目つきのまま言う。
「…それに、いいの?いくらボクが言ったからとはいえ、これに決める必要は無かったんだよ?」
「ん? それは美味しくないのか?」
「いや、おいしいけど…」
「なら、何の問題もないだろ?」
俺の言葉に、何故かちょっと呆れた様にタメ息を吐くイアブル。
「……なんか、おかしな人だね、ジオさんって」
「…この国には似たような事を言う奴らが多いな」
やれやれ。
「……ジオさんってこの国の人ではないよね? この国には何をしにきたの?」
唐突にそんな事を言い出すイアブル。…興味本位か?
「ん………。まぁ、観光みたいなトコかな」
「ふぅん…?」
俺の言葉に、僅かに目を細めるイアブル。……なんだろう、なんか違和感。…こいつ、なんか隠してるな。俺の直感が、僅かに警鐘を鳴らしている。
「…そっか、それじゃ、楽しんでいってね!」
ニパッと笑ってそう言うイアブル。……ま、ちょっかい出して来ない限りは、別にいいか。
「おう、楽しませてもらうぜ」
「はいお待ち! 何の話か知らないけど、うちの料理も楽しんでいっとくれ」
おばちゃんがそう言って、小皿をテーブルに置いた。
「とりあえず、先にこれをつまんでな。もう少しで他のも出来るからね」
言うだけ言って、おばちゃんはまた離れていく。
「………ふむ、これは?」
「うん? あぁ、ポナ焼きだよ。ここら辺でよく食べられてるおつまみだね」
小皿の中身を吟味していたら、イアブルが教えてくれた。
「小麦の粉と調味料とちょっとした野菜を練り合わせて焼き固めたモノだよ。以外と味が濃いから、あんまり一度に頬張らない方がいいよ」
「…詳しいな」
「これくらいは、皆知ってるよ。この辺りの人はね」
ふむ、この国の郷土料理みたいなモノか?…そこまでじゃないかもしれないけど。
「…ん、これは飲み物が欲しいな。…というか、酒だな」
ホントに、酒のつまみみたいな料理だな。
「え、ジオってお酒飲めるの?」
俺がそんな事を言うと、イアブルが少し驚いた様に声をあげた。あれ? 俺の今の見た目ってそんなに若いか?
「あぁ。……いや、この国での飲酒の年齢は知んないな…、いくつになったらこの国では飲めるんだ?」
「えっと、この国……というか、東大陸の大半の国では、18になったら解禁だけど…」
ふむ、東大陸だとそうなのか。
「なら大丈夫だ。俺はもう20だからな」
「へぇ、ボクと同い年なんだね」
「………ん?」
「………え?」
いま、同い年って言ったか? …誰が? イアブルが、俺と同い年?
「……イアブル、背伸びしたい年頃なのは分かるけど、すぐにバレる嘘を吐くのはどうかと思うぞ」
「いやいや、嘘じゃないから! …おかしいなぁ、いっつもそう言われるんだよねぇ…。そんなに子供っぽいかなぁ…?」
まさかこのような反応…、嘘じゃないのか!? いやどんだけ童顔だよ。5つは歳離れてると思ったぞ。
「……それにしても、ジオってそんな見た目なわりに結構話しやすいね」
「ん? って、そりゃけなしてんのか? 誉めてんのか?」
「あはは」
「いやあははじゃねぇし」
ふむ、確かに今の見た目は陰鬱な青年って感じだしな。…とはいえ、いまさら変えるのも面倒だし、とりあえずはいいや。この先、変える必要がある時に変えればいいや。
「それじゃ、何か飲む? お詫びに奢ってあげるよ」
「つまりけなしてたんだな? おい」
「しまった…」
何てやり取りをしながら、運ばれてきた料理を食べ、時間は過ぎていく。食べ終わった後は約束通りイアブルに奢ってもらい店を出た。もうすっかり夜だな。
「…いやー、楽しかった! また機会があったら一緒に食べようね、ジオ」
ぐぐっと伸びをしながらイアブルが告げる。…ま、確かに楽しかったかな。
「あぁ、また機会があったらな。…っても、お前が普段何処にいるか知らないけど」
「…ん、それもそっか。でも、二日に一回はここで夕飯を食べているから、夜にここに来てくれれば会えると思うよ」
「ホントに常連客だな…」
「まぁね。……任務で疲れてる時、このお店の活気にいやされるんだよね」
「んぁ? 何か言ったか?」
「ううん、何でもないよ。…それじゃ、またね、ジオ」
「おう、またな、イアブル」
そして、イアブルは夜の都に消えていった。………さて、帰るか。
「……ん? …って、またか」
宿に帰ろうと思ったとき、またあいつらの視線を感じた。まったく、懲りないな。
「夜の方が調子がいいんだぜ?」
闇魔法だからな。明るい昼間より暗い夜のが効果が出やすい。ひとまず店の脇の路地に入ってから魔法を使う。
「《隠身》。そして《瞬烈動》」
《隠身》で姿を隠し、《瞬烈動》で一気にその場を離れる。あとは、長らく使いっぱなしだった《幻変視》を解けば、ジオ・シュトルクが消えてアル・レーベンとなる。
「ふぅ、やっとスッキリしたぜ」
《幻変視》を発動している時は、ずっと魔力を消費し続けていたからな。やっと肩の荷が降りた気分だな。
「…しかし、アルでもジオでもメリシアから逃げる必要が出てきたな。かといって他のを考えるのも面倒だし…」
ま、なるようになるか。気にせず獄鳴亭への帰路を辿る。道中柄の悪い奴らに行き合ったけど、特に何も無かったから割愛する。…俺には特に何も無かったからな。俺には。
そんなこんなでのたのた歩いて、獄鳴亭へ戻ってきた。
「…お客様、お帰りなさいませ」
「……わざわざ出張ってきたのか?」
獄鳴亭に着くと、ロットが出迎えてきた。
「もちろんでございます。お客様は大切なお客様ですので」
「ハッ、監視付ける必要があるほどのか?」
「おや、何の事でしょう?」
白々しいな。別にいいんだけどさ。
「とぼけてもいいけどさ、俺の邪魔したら……潰すからな?」
「……ふふ、承知致しました」
ニヤリと作り笑いを浮かべるロット。…胡散臭いけど、余計な事をするような奴じゃなさそうだし、いいか。
「んじゃ、俺は部屋戻るわ」
「えぇ、ごゆっくり」
一礼するロット。構わず部屋に戻る。特に変わってはいない様だ。
「……さて、罠だけ仕掛けて休むか」
多分まだ馬鹿が来そうだから扉の前に罠を仕掛ける。そして扉を閉めてベッドに腰掛ける。
「…何か色々あったな…、…ふわぁ……」
落ち着くと、眠気が襲ってきた。色々運動もしたしな。
「………寝よ」
ポーチを外し、上着だけを脱いで横になる。そして眼を閉じると、すぐに睡魔がやってきた。
こうして、ネルディ王国の二日目が終わった。




