"彼"は何者か
「……何かもう疲れた。…俺、帰るわ」
「うん? もうかい?」
タメ息混じりに告げると、セインスは僅かに残念そうに言った。
「…つー訳だから、じゃあな」
「はっ。ふ、ふん、ゆびわをとりもどしたのはかんしゃするけど、ワタシはあなたをみとめないからね!」
「はいはい」
「ながすなー!」
ぷりぷり怒ってるけど、声のせいでどうにも緊張感に欠けるんだよなぁ…。
「…ジオ殿、こちらを」
ティアナの憤慨を生暖かく見ていたら、ロンウェンがそう言って一枚の紙を差し出してきた。
「…これは?」
とりあえず受け取り、内容を確認する。
「そちらには、私からの謝辞と推薦文が書かれております故、何か不都合が起きた際に提示していただければ、微小ではありますが助けになれるかと存じますので、お持ちになって下さい」
ふむ、騎士連中と揉めた時に使えそうだな。…でも、そこまで効力あるのか?なんて考えていたら、セインスが口を開いた。
「…ふふ、懸念するのも無理は無いけれど、こう見えてもロンウェンはかなり幅広く顔が利く。君が思っている以上の効力はあると思うよ」
だから人の思考を読まないでくれよ。段々自身無くしてくるからさ。…俺、そこまで分かりやすいのか?
「いえいえ、私などまだまだ…。しかし、微力でもジオ殿の助けとなれば幸いです」
「……まぁ、ありがたく貰っとくよ」
紙をポーチにしまう。
「……んじゃ、帰るわ。今度は泥棒なんかに盗られるなよ」
「えぇ、次はありませんからね」
「は、ハハ…、もちろんでございます」
若干青ざめたロンウェン。…セインス、最大警戒対象だな。
「それじゃティアナ、ジオ君を玄関まで案内してあげなさい」
「ぅぇっ!? な、なぜワタシが…」
「………(ニコッ)」
「さぁついてくるのだジーオ!」
「うん、ジオな」
食って掛かったティアナだったが、セインスのいっそ恐ろしい程の微笑を見た瞬間にあっさり態度を翻して、俺を促しつつ応接間を出た。
「ではまた会おうジオ君」
「またお会いできる日を心よりお待ちしております」
「……おう」
もう会いたくはないけど、社交辞令として一応言っておく。そして俺はティアナが開けた扉から出て廊下に出る。
「…ワタシはあいたいとはおもわないけどね!」
「ふーん」
「……ちょっとはざんねんがりなさいよ」
小さくブツブツ呟くティアナ。すると、突然何かに気付いた様に俺を見る。
「…そういえば、ききたいことがあるんだけど」
「どうした?」
「ずっと、あなたのすがたがびみょーにぼやけているんだけど、それなに?」
む、セインスはともかくティアナも気付いていたのか。とはいえティアナの方は違和感程度だろうけど。
「気にすんな、俺は気にしてねぇ」
「…こたえるきはないのね。……なら!」
「あん?」
ティアナが魔力を練り始めた。どうやら《幻変視》を解く気らしい。…気になったからとはいえ、無理矢理解こうとするのはどうかと思うぞ。
「はぁぁ、《流止》!」
中級流動魔法《流止》。アースハルフィナーで俺も使った流動魔法だな。確かに魔法の効果を止めるにはうってつけだけど、いかんせんランクが足りない。
「……えっ、レジストされた……?」
俺の《幻変視》は上級でティアナの《流止》は中級。ティアナの力量が俺を越えていれば魔法の効果を発揮出来ただろうけど、そんな訳ないからこれは当然の結果だな。
「ったく、問答無用で魔法放つんじゃねえよ。…つーかその躊躇いの無さ、常習だな?」
普通なら、無許可で相手に魔法を放とうとしたら、尻込みするし躊躇する。けど、今のティアナの行動には一切の躊躇いが無かった。それはつまり、慣れているって事だ。
俺がそう言うと、ティアナは不機嫌そうな顔で言った。
「……だったら、なんなのよ」
特に悪びれもせず告げるティアナ。
「……反撃されたらどうする気だよ。…文句なんか言えねぇぞ?」
「ふん、そんなことはありえないわ。ワタシのみぶんをまえに、もんくをいってくるやつなんてかいむだわ」
……こいつ。
「そんな考え、すぐに棄てた方が良いぞ。痛い目に遭ってからじゃ遅いだろ?」
俺がそう言うと、ティアナは少しだけ表情を変えた。怒りでも喜びでもない、哀しみの顔に。
「………いっそいたいめにあえば、きにしてもらえるかもしれないもの」
「………」
しまった、触れない方がいい話題だった。……複雑な事情がありそうだな……。
「んじゃ文句言うなよ?」
「へ?」
俺の言葉に、ティアナは呆けた顔で俺を見た。ポカンとした顔がわりと可愛かったけどそれは置いといて、ティアナの右肩に手を置く。
「え、なにを…」
状況が分からないティアナが狼狽える。…痛い目に遭わせてやるよ。なんせ俺は"悪" だからな。
「《雷迸》(微弱)」
「ぴぴゃっ!?」
下級雷魔法《雷迸》。本来は変則的な雷の線を放つ魔法だけど、そのまま放ったら流石にマズイからかなり出力を抑えて放った。せいぜい身体がピリピリする程度の威力だ。
《雷迸》を受けたティアナは、崩れ落ちる様に倒れ込んだ。
「あっ…はぅ……んぁ………ぁ」
……ん? なんか変だな。
「おい、やっといてなんだけど、大丈夫か?」
何故かビクビク身体を痙攣させながら縮こまるティアナに問い掛ける。心なしか顔が赤い。
「……………………………ふぅ…」
何やらもぞもぞしていたティアナだが、一息吐いたあと、ゆっくりと立ち上がった。
「…大丈夫か?」
俺の言葉にニコッと笑いかけてから、思いっきり手を振りかぶり、
「このへんたい!!!」
「ポハッ!?」
渾身の平手打ちを炸裂させた。
「ばーかばーか!もうくるな!!」
そしてティアナは悪態をつきながら、小走りで何処かに走り去った。
「……変態?」
はたかれた頬を抑えながら呟く。…意味が分からない。《雷迸》は雷魔法の中ではわりと不人気な魔法だけど、それを使ったからって変態はねぇだろ。……それとも、《雷迸》に何か特殊効果があったのか?
「……ふむ、今度三馬鹿で実験するか」
何故か分からないけど、おぞましい光景が広がりそうだ。
「とりあえず、《治球》っと」
赤くなっているであろう頬を治療する。ぶっちゃけ避けるなりいつもの《護影装》を使うなりすれば良かった事だけど、あれを避けてはいけない、そんな気がした。
「……さて、出るか」
いつの間にか玄関まで辿り着いていた。…一応、ちゃんと案内はしてくれたんだな。そんな事を思いながら、俺はカースメイル邸を出た。
◆
「………それで?"彼"は一体何者なんだ?」
カースメイル邸応接間。セインスとロンウェンが真剣な顔で会話していた。
「……諜報部隊からの報告によると、"不明"だそうです」
ロンウェンの言葉に、セインスは片眉を上げる。
「…それはつまり、彼らをして素姓が分からないという事だね?」
「…は、調べた結果、ジオ・シュトルクなる人物が入国した形跡はありません。また、赤い髪に藍の瞳の人物もです」
「ほう…。考えられるとすれば密入国者か、または…」
「……または?」
ロンウェンはその穏やかな見た目とは裏腹に熟達した戦士だが、魔法に関してはあまり得意ではない。だからこそ、"彼"の欺きに気付けていなかった。
「そもそも別人か…だ。爺は気付いていないだろうけれど、彼は自身に何かしらの魔法を掛けていた。それも、恐らく上級の魔法だ」
セインスは人並み外れた高位の魔法を扱えるが、解析はあまり得意ではない。故に、"彼"が魔法を行使していたのは分かったが、それがどういった効果なのかまでは分かっていなかった。屋敷の前での問答は、かまかけのようなモノだったのだ。わりとあっさり引っ掛かったけど。
「……彼が何者かは分かりませんが、それも時間の問題でしょう。いずれ諜報部隊の者が何かしら掴む事でしょう」
そう、今現在"彼"には、二人の監視者が着いている。これで、今までの事は分からずとも、これからの事を知ることは出来るだろう。"彼"の目的と正体が。
「……"彼"は、"奴"の手の者なのでしょうか?」
「……さて、どうだろうな。この《神晶石》は一応、正規の手段で入手したモノだけどな」
「…ですが、金と引き換え、その後で強奪。そうすれば、"奴"は何も失わずに金を得る事が出来るではありませんか」
「…それなら、"奴"の配下は"彼"が倒した不埒ものって事になるな。実際、奪われているのだし…。まぁ、わざとなんだろうけど」
セインスの言葉に、ロンウェンは頷く。
「えぇ、このロンウェン、あの程度の輩に遅れを取る程耄碌はしておりませぬ。」
「だろうな。それで、泳がせようと思った矢先に"彼"が解決してしまったと」
「えぇ、その通りでございます。数日前から、何者かが指輪を狙っているのは分かっていましたので、囮の指輪を持って待ち構えておりました」
「囮の指輪ね、あれもそれなりに高価なのだから、奪われていたらそれなりの被害にはなったぞ」
実はロンウェンが持っていた指輪は囮である偽の小包みだったのだ。とはいえ、囮でもすぐにバレては意味が無いので、それなりに高価な宝石が填まった指輪ではあったが。
「もちろん、奪い返すつもりではありました。…そんな考えも、無駄になりましだが」
セインスは立ち上がり、窓の外を見る。そこに"彼"の姿は無い。
「……ジオ・シュトルク…か」
恐らく偽名だろう。だが、その名が気になる。
(シュトルク……いや、まさかな…)
突飛な考えを打ち消し、振り返る。すると、何処からともなく二人の人物が姿を現した。
「お前達、どうした? "彼"を追跡していたのでは?」
ロンウェンの問いに、非常に暗い面持ちで、監視者は答えた。
「……申し訳ありません。監視に気付かれ、逃げられてしまいました」
「……我らも全力を追いましたが、神隠しの様に消え去ってしまい、見失ってしまいました…」
「………どうやら、一筋縄ではいかなそうだな」
「……どのような罰も覚悟しております…」
「いや、仕方無い。相手の力量を見誤った私の責だ。…別命があるまで、待機していてくれ」
「「ハッ」」
答え、その姿を消す二人。
「……やれやれ、厄介な相手が一人増えたな」
呟き、一枚の報告書を取り出す。そこには、【カジーフロット】が裏で手を引いていたとある宝飾店検挙の詳細が書かれていた。そして、その解決に関わった一人の青年の事も。
(……アル・レーベン。カルスが気にかけている人物だったか。……【カジーフロット】だけで既に手一杯気味なのに、面倒な事だ)
深くタメ息を吐きながら、【明光騎士団】の団長は、これからの事を思案し始めた。
「…ふむ、紅茶をお持ちいたしますな」
ロンウェンは思考の海に潜った主を見て、そう告げて部屋を出た。
外は既に朱く染まっていた。
多分というか絶対、矛盾があったり誤表現がある気がする…。そのうち直そう。




