小包みの正体
「…おや?ティアナ、まだ約束の刻限には些か早いと思うけど?」
セインスは床に転がっているカチューシャを拾い上げて、ティアナに問う。…約束の刻限?
「うっ……、な、なんでこのワタシがめいどのかっこうをしなければならないのです」
「もう忘れたのかな?これは君への罰だよ、ティアナ。…再三に渡って忠告していたにも関わらず、懲りずに禁を破った君への罰として、私がいいと言うまでメイド達の仕事を手伝う。…そう説明したよね?」
「あうぅ……」
何かしら規則を破ったティアナへの罰として、あの格好をさせていたのか。…それ、罰なのか?あんまり効果無い気がするんだけど…。
「ほら、ティアナ」
そう言って、セインスはティアナにカチューシャを差し出す。対してティアナは、物凄く嫌そうにしながらも渋々それを受け取って、頭に着ける。
「…お見苦しい所を見せてしまったね。さぁ、ひとまずはロンウェンの持ってきた紅茶でも飲もうか」
「失礼致しますぞ」
セインスの言葉に、ロンウェンは淹れてきた紅茶を机にそれぞれ置いた。
「これはロア聖国から取り寄せた茶葉でね、すっきりとした後味が特徴的な紅茶だよ」
ロア聖国。東大陸東端に位置する国で、茶葉の名産地として知られる。また、大陸横断鉄道の始点、終点でもある。
「砂糖はお使いになられますかな?」
「……じゃあ、1つ」
「かしこまりました。セインス様は3つでよろしいですな?」
「うん、糖分は頭を働かせるのに必要だからね」
「あ、ワタシは…」
「ティアナ、今の君はどんな立場かな?」
「なんでもな……ありません」
ティアナ、セインスが来てから一気に元気が無くなったな。…いや、俺が悪ノリしてからか?まぁ大人しい方が楽だからこのままでいいや。
「………さて、では改めてお礼を申し上げておこう。…この度は、私の大切な品を取り戻していただき、誠に感謝します」
「私からも、お礼を申し上げます。本当にありがとうございます」
「に、にいさま!?じぃも!?な、なんでこのひとにあたまをさげているの!?」
セインスとロンウェンの行動に、事態をまったく把握していないティアナが狼狽えている。
「…彼は、これを悪漢の手より取り戻してくれたのだ」
そう言って、セインスがあの小包みを取り出した。それには、小さな箱が包まれていた。
「これって…、もしかして!?」
「あぁそうだ」
待てティアナ、勝手に理解するな。俺には何が何だか完全に分からないんだから、お前はそっち側に行くなよ!俺だけじゃん、分からないの。
何て思っていると、考えが伝わったのか、セインスがこちらを向いて説明を始めた。
「ジオ君これはね、このカースメイル家当主の指輪なのだよ。」
「当主の…指輪?」
「そう。代々カースメイル家の当主に受け継がれる指輪で、この指輪が当主の象徴であり、権威の証なのだよ」
へぇ、そんなのがあるんだな。
「…で、それを奪われちゃったんだ、ロンウェンさん」
「は、もしあのままあの不埒者に奪われていたら、私は責任を取らされ処刑されていたやもしれませぬ。…ですから、ジオ殿は私の命の恩人なのです」
「…確かに、当主の証たる指輪を奪われていたら、大変な事になっていだろうな。…ただ、疑問があるんだが、聞いてもいいか?」
「あぁ、どうした?」
「そんな大事な指輪を、何で外に持ち出していたんだ?しかもロンウェンが」
そう、そんなに大切な指輪なら、普通は金庫に保管か当主が着けるか、どこぞに隠すものだと思うけど、何故に持ち出していたのかが気になった。
「それは、宝石の交換の為さ」
「宝石の交換?」
「そう。前まで付いていたのは父に合わせた宝石だった。けれど父は床に臥せっており、余り長くはない。それで、私が代わりを務めているのだが、その仮の時間もあと僅かだから、今の内に交換しておこうと思ってね」
「……ふーん」
それは、少し気が早くないか?いくら病床とはいえ、まだ当主は生きているんだろう?…セインスを疑っちゃうぜ、その状態じゃ。
「おっと、心配ご無用。既に許可は得ているからね」
俺の考えを見透かしたかのようにセインスが言ってくる。俺、そんなに顔に出やすいか?
「……さぁ、この話はこれくらいでいいかな?本題に移りたいんだけど」
「本題?」
何かあったっけ?
「お礼だよ。君の行いには感謝の言葉だけでは足りないからね、粗末だけどお礼の品を用意したから、受け取って欲しい」
「え、いや、そこまでの事は……」
俺の言葉を遮り、セインスは告げる。
「そこまでの事を、したんだよ。……君が思う以上に、この指輪には価値がある」
「…王国一の貴族の当主を表す指輪。その価値は、量り知れませんからね」
「………。分かったよ、…それで?何をくれるんだ?」
こういった事は余り深く追及しない方がいいからな、諦めてさっさと事を終わらせよう。
「……これを」
セインスが懐から小さな布の小袋を取り出し、机に置く。
「……中、見てもいいか?」
「もちろん」
布の小袋を手に取る。手で隠せる程度の大きさなのに、それなりに重量がある。意を決して小袋を開くと、そこには…
「……これは、奮発し過ぎじゃないのか?」
白く輝く硬貨が五枚入っていた。白金貨。銅貨の百万倍の価値の硬貨だ。それが五枚。即ち、五百万イースという事になる。これはいくらなんでも有り得ないだろう。
五百万イースなんていったら、平民の平均生涯収入の十四倍強だ。いくら王国一の貴族とはいえ、そんなポンと出せる金額ではない。
現に、ティアナは驚きの余り固まっている。
「そんなことはないさ。…この指輪に填められた宝石、知っているかな?」
「…宝石?」
言われて、指輪を見る。薄く透き通る藍色の水晶の様な宝石だ。まるでセインスの瞳の様な………半透明の藍色の水晶?
「………いや、まさか…」
俺がつい洩らしてしまった言葉を、セインスは聴き逃さなかった。
「…へぇ、知っているんだね。……君の正体が実に気になるね」
…しまった。余りにも予想外過ぎる品に、つい反応してしまった…。セインスは穏やかながらもうすら寒い笑みを浮かべる。
「聞かせてもらってもいいかな?君が思う、この宝石の正体を」
どうする?ここで見当違いな答えを言うのも1つの手だけど…。………いや、外れているかもしれないし、言ってみるか。
「……《神晶石》…じゃ、ないよな……まさか」
俺の答えに、笑みを深めるセインス。…嘘だろ……。
「ご明察。これは、大魔導時代に創られたとされる5つの《神晶石》の1つ、《源なる神晶石》さ」
「………はは、なんだそれ…」
有り得ない…。何でそんな貴重を通り越して国宝ともいえるようなモノを持ってんだよ。
《神晶石》とは、遥かな昔、魔法の全てを究めたとされる大魔導時代に創られたと言われる、その時代の叡智全てを込められた魔法の水晶だ。その水晶に込められた知識を読み取る事が出来れば、出来ない事は無いとまで言われる至高の品。
だが、その知識の解析は今の魔導技術では非常に困難であり、とある国である《神晶石》が解析されているが、一切の進展が無いと聞く。
そして《神晶石》には種類がある。それは、魔法系統と同じ種類である。即ち、源・天・地・聖・邪の五種類だ。その因果については様々な憶測が飛び交っているけど、真相は分かっていない。
そんな旧き時代の秘宝、それが《神晶石》なのである。間違っても、一貴族の当主に受け継がれる様な代物ではない。例えそれが王国一の貴族だとしてもだ。
「…なるほどね。確かにそんな代物なら、白金貨五枚は過剰じゃないな。…むしろ少ないくらいだけど」
「…そうだね、まさか君がコレを知っているとは思わなかったからね。…要望があれば、もっと金額を増やすけど?」
「………いや、いい。…あんまりありすぎても、面倒事の種にしかならないし」
はぁ、思ってた以上の面倒事の種を知っちまったな……。厄日だ。




