応接間にて
セインス・カースメイル。
ネルディ随一の大貴族カースメイル家の次期当主にして、ネルディ王国が誇る最強の軍団【明光騎士団】の団長を務める、王国一の騎士。その精強さは東大陸中に知れ渡っており、彼と互角の戦いを出来る者は他の三英団の団長しかいないとされている。
その強さを際立たせているのが、東大陸でも二人しかいない4つの魔法系統持ちの事実だろう。多彩な魔法と熟達した剣技。まだ年若い彼が騎士団の団長に任命されたのは、家柄だけではなくその実力があったからこそだろう。
確か、騎士団の紹介文にはそんな事が書かれていた。それを見て、俺は絶対にこいつとは対面することがない様にしようと思った。
だけど、何の因果か俺はよりにもよってセインス自身に招かれて、カースメイル邸の中に通されてしまった。…こんな事なら、あの泥棒を避けてればよかったよ……。
内心で辟易しながら、俺はのたのたとロンウェンの後を着いていく。セインスはあの騎士連中に用があるそうだ。こってり絞ってやってほしいね。
「さぁジオ殿、こちらへ」
「ん、あぁ」
ロンウェンに促され、意識を現実に引き戻す。…無駄に豪奢な扉が視界一杯に広がった。
「……どんだけ金かけてんだよ」
「中へ参りましょう」
とてつもなく凝った装飾が施された扉に手をかけながら、ロンウェンは告げた。そして扉を開く。
「………」
「こちらは応接間となっております。セインス様がお越しになられるまで、少々お待ちいただけますかな?」
「…あぁ、了解」
いいよもう。呆れるのにも飽きたよ。そこら中にちょっとした家が買えるほど価値のある調度品やらがゴロゴロしてるけど、反応すんのが面倒だ。それにただの応接間にしては広すぎる気もするけど、それもいいや。
「ただいま紅茶をお持ち致しますので、席を外させていただきます。何かありましたら、あちらの方に伝えて下さいませ」
「……了解」
ロンウェンが部屋を出る。…ん?呆れ過ぎてロンウェンが何言ってるか聞いてなかったけど、何で部屋を出たんだ?
「……まぁいいか。ひとまずは座らせてもらおう」
一々高級だなこの屋敷。ソファーに座ると沈む沈む。柔らかすぎて逆に座り心地が変。何か違和感。
「………」
ん?磨き抜かれてピカピカつるつるの机の上にあるこの菓子は食べていいのかな?いいんだよな?ここにあるんだし、これは食べて下さいと言っているようなモノだよな。
「………」
…む、美味いは美味いけど、単体だと口が乾くなこれ。…あぁそっか、ロンウェンお茶淹れに行ったのか。聞き流してたけど思い出した。ロンウェンが戻ってくるまではこれ以上食べられないな。ま、いいか。
「………」
さて、お気付きだろう。この応接間だが、俺の他にもう一人居る。いわゆるメイドさんだ。格好は。
「………」
ただ、物凄い剣呑な目つきで睨まれている。生憎と俺はノーマルな人間だから、メイドさんに睨まれても興奮はしない。まるで親の敵でも見るかのような目つきだけど、俺何かしたっけ?
「…………」
あ、無視し続けたら今度は泣きそうになってる。…え、なんなのこの人。情緒不安定だな。
「……………ぅ」
おい、ちょっと、涙流す寸前なんだけど。待ってホントになにこの人。物凄く睨んできたと思ったら泣く直前になった。…俺のせいではないよね?…いや、泣きそうなのに関しては俺のせいか。
「……あー、えっと、」
俺が声を発した瞬間、泣きそうな顔が一転、してやったり的な顔に変化した。…そうか分かったおちょくってんなこのメイド。そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ。…俺が何で無視していたか、その理由を言ってやろう。
「どうでもいいけど、下着見えてるぞ」
「!!?」
この応接間には鏡があって、件のメイドさんはその鏡の前に立っていたんだけど、スカートの後ろが少しめくれてて鏡越しにそれが見えちゃうんだよね。だから、紳士である俺は見ない様に無視してたんだけど、そんな態度なら堂々と報告してやるよ。
メイドさんは瞬時にスカートを抑え、そして後側の惨状に気付いて、顔を羞恥に染めた。そしてそのままキッっと俺を睨む。
「おのれ、このくつじょく、わすれんぞ!」
「なにその可愛い声!?見た目と合ってねぇよ!!」
見た目はクールなメイドって感じなのに、声がとてつもなく甘い。実は口パクで、別の誰かが喋っていると言われた方が信じられるぞこれ。
「かわ、かわいいとかいうな!!」
「なにその極甘声…。もはやホラーの領域だよ…」
「おのれ…、ばかにして…」
「迫力ねぇよその声」
顔は激怒したクールメイドなのに、声は気の抜ける可愛い声。…ダメだ、警戒心とか色んなのが吹っ飛ぶ。シリアスブレイカーだなこいつ。
「もうがまんならん!だいたいなんでこのワタシがめいどのかっこうをしなければならないのだ!」
そう怒鳴り散らして、甘声さんは頭のカチューシャを投げてきた。
「ほい」
「よけるな!」
カチューシャを避けたら、更にピーピー騒ぎだした。しかし、妙な事を言ってたな。
「なぁ、お前ってメイドではないのか?」
「おまえだと!?ワタシをだれだとおもっている!」
「え、甘声ぷりぷりメイド」
「…よくいみがわからないけど、ふゆかいなことをいっているのはつたわった。…ワタシはめいどなんかじゃない!」
そして甘声さんは大して主張していない胸を張って、盛大に言い放った。
「ワタシのなまえはティアナ・カースメイル。カースメイルけのじじょよ!ひれふしなさい!」
「…カースメイル家の、次女?」
どうもメイドっぽくないなと思ったら、本当にメイドじゃなかったわ。…つーか、コレとセインスが兄妹?
でも、言われてみれば、確かに見た目はわりと似てなくも無い気がする様なそんな感じだな。セインスより少々薄い金の髪に藍…というか紺色の瞳。ふむ、顔立ちはわりと似てるかもな。
ただし、行動や性格はかけ離れているけど。…まぁ、兄妹っても見通った性格って訳でもないし、普通か。
「さぁひれふしなさい!そしてワタシをはずかしめたことをしぬほどくいるがいいわ!」
「え、やだ」
俺が短く言うと、ティアナが固まる。
「…りかいしていないのかしら?あなたのまえにいるのは、このくにいちのきぞくなのよ?ひれふしてゆるしをこいなさいよ!」
「いや、俺この国の人間じゃないし、おま…君が誰であろうと知った事じゃねぇ。……俺を平伏させたいなら、実力行使でやってみろよ」
たかが大貴族の次女程度に平伏するような感性は持ち合わせていないんでね。
「……なによ、このねくら!」
「………?」
あ、そういや《幻変視》使ってるんだった。セインスは見破っている様だけど、こいつは見破れていないんだな。
「………ちょっと、はんのうしなさいよ…」
ん?まさか今ので俺が傷付いたとでと思ったのか?声に若干覇気がなくなった。ふむ。
「……そうさ、どうさ俺は根暗だよ……。…部屋の片隅で丸くなっているのがお似合いさ…」
そう告げて、俺は部屋の隅に向かい、膝を抱えた。
「ぅえ?ちょ、ちょっと…」
おぉ、狼狽えてる。狼狽えるくらいなら最初から言うなよな。
「あ、あの…、ごめんなさい…。いまのは、いいすぎました…」
…しおらしすぎてむしろ違和感。本当に反省してるのか?そう思ってチラッとティアナを見ると、沈んだ面持ちで俺を見ていた。…演技じゃなくてホントに気落ちしてるよ。メンドいなこの娘。
と、そこで、応接間の扉がノックされる。
「紅茶をお持ち致しました」
そしてロンウェンが応接間に入ってくる。
「ム?ティアナ様、まだセインス様はお越しになられていないようですが?」
ロンウェンは床に転がっているカチューシャとティアナとを見やり、そう問い掛けた。てことはティアナのメイド姿はセインスの命令?それともお願い?
「やぁ、待たせたね」
と、そんなタイミングでセインスさん登場。これで、役者は揃ったな。…つっても、別段何が始まる訳でもないけどな。




