カースメイル邸
「いや……、これはない。いくらなんでもこれはない」
眼前に広がる光景を必死に否定する。しかし辺りを見渡しても、他にそれらしい建物は見当たらない。眼前のあり得ない建物以外に、ロンウェンが示す建物は無い。
「どうなさいましたかな?ジオ殿」
不思議そうにロンウェンが問い掛けてくる。
「……なぁロンウェンさん。もう一度だけ聞くぞ?」
「はい、なんでしょう?」
一拍置いて、深呼吸をして、身構えて、問う。
「……目的地って、何処だ?」
するとロンウェンは先ほど聞いた時と同様に、何の躊躇いも無く、眼前の建物を指し示し、答えた。
「あちらのお屋敷で御座います」
「……聞き間違いじゃ、ないんだな…」
心底脱力しながらタメ息を吐く。何故なら、眼前の屋敷が貴族街でも最大級に大きい上に、騎士団の連中が何人も警護しているのだ。木っ端貴族どころか王国一なんじゃないかって思える屋敷だったのだ。そりゃ現実逃避もしたくなるさ。
「……そういやカースメイル家とか言ってたよな。…よくよく思い出してみれば、カースメイルって【明光騎士団】の団長の家名じゃん。確か」
セインス・カースメイル。それが今の騎士団の団長の名前だったと思う。…あぁ、とてつもなく面倒な事になりそう…。
「ささ、ジオ殿こちらへ」
「……あの、やっぱり急用を思い出し……」
「遠慮なさらずにさぁ!」
「……あぁ、もうダメなのね…。もう避けられないのね…」
ロンウェンにグイグイ引っ張られながら、カースメイル家の敷地内に入る。…もう、どうにでもなれ……。
「おや、執事長殿、おかえりなさいませ」
「おぉ、騎士の皆様、お疲れ様でございます。…私などに畏まる必要はありませんぞ?」
「いえいえ、執事長殿のご活躍は我らも耳にしております。敬うに値する立派な方ではないですか」
「ウウム、若気の至りをそこまで誉め称えられてもむず痒いだけなのですがね」
「………。」
あれ?ロンウェンってもしかしなくても凄い人だったのか?騎士団の連中が軒並み羨望の眼差しでロンウェンを見ているんだけど…。あとロンウェンって執事長なんだね。
なんて思っていると、騎士の一人が俺に気付き、物凄く顔をしかめながら問い掛けてきた。
「……ロンウェン殿、そちらの方は?」
至極嫌そうに俺の存在を問う騎士。…あからさまに歓迎されてないな。
「おぉ、そうでした!こちらの方はジオ殿と言って、私の命の恩人なのです」
瞬間、騎士連中の間に電撃が迸った。
「ろ、ロンウェン殿の命の恩人!?」
「まさか…、しかし本人の言葉だし…」
「こんな陰気なガキが…?」
「……にわかには信じがたいな」
わー、散々な言われよう。確かに今の見た目は完全にアレな感じだけど、目の前で堂々と言うかね。
なんてのほほんと考えていると、俺が身の危険を薄く感じる程の殺気が、ロンウェンから吹き出した。…老いて尚これほどの殺気を出せるとは…、思っていた以上に凄腕の様だな。
「…貴様ら、私の恩人相手に随分な口のきき方だな?…消し飛ばすぞ」
「…う……ぁ…」
ロンウェンの殺気をまともに浴びて、騎士連中の血の気がみるみる引いていく。…あ、一人倒れた。
「…仕置きが必要か?」
「そこまでだ、爺」
切り裂く様な殺気を穿つ声が響いた。それは、屋敷から出てきた一人の男の口から放たれたモノだ。
「……これは、セインス様。お見苦しい所を…」
…そうか、この人がセインスか。艶やかな金の髪。全てを飲み込む様な藍の瞳。スラッとしているが、力強さを感じさせる体躯。…これが、【明光騎士団】の団長、セインス・カースメイルか。
「…何があった?爺があれほどの殺気を放つなど、尋常な事ではないだろう」
凛とした声が響く。
「…申し訳ありません。年甲斐も無く、少々猛ってしまいました」
「………ふむ」
短く告げて、セインスが周りを見回す。ロンウェンの姿、顔面蒼白の騎士連中、そして、陰鬱な雰囲気の俺。全体を見回したあと少しだけ考え、セインスは口を開いた。
「…状況から察するに、団員がそちらの少年を非難なり中傷なりして、それに激怒した爺が威圧した…といったところか?」
まるで見ていたかのような解答。…要注意だな。
「ご明察、感服致します」
「世辞などいい。…君」
ロンウェンの言葉を軽く流して、セインスが俺を呼ぶ。
「……はい」
「私の部下が失礼した。謝罪を受け入れてくれ」
言って、頭を下げようとするセインスに、ようやく再起動した騎士連中が慌てる。
「だ、団長!?」
「な、何も貴方が頭を下げずとも…」
「悪いのは我らで…」
「黙れ、部下の失態は上司である俺の責任だ。」
騎士連中にそう告げ、セインスは俺に頭を下げた。
「申し訳ない。二度とこんな事にはならないように充分に言い聞かせる。…どうか、許してくれ」
………これが、団長か。…一緒だな。
「…別に、気にしていないから、頭を上げてくれ」
「…温情、感謝する」
頭を上げ、真っ直ぐ俺を見るセインス。…ただ見ているだけじゃないな、俺の真意を読み取ろうとしている。…やっぱり要注意だな。
「…それで、爺。そもそも彼は何者だ?」
ん、さらっと許したから若干扱いが雑になった。
「…セインス様、まずはこちらを」
そう言って、ロンウェンが小包みを取り出した。
「これは…、完成したのだな…!」
小包みを受け取って中身を確認したセインスは、少し高揚した声で呟いた。……結局、あれはなんなんだ?
「ご苦労だった、爺。…それで?このタイミングで渡してきたという事は、彼がこれに何かしら関わっているということか?」
「はい。…実はそちらの品なのですが、私の不注意で、一度不埒者の手に渡ってしまったのです」
「何だと!?……そうか、そういう事か」
団長ともなると、理解力が半端じゃないな。あれだけでもう事件の顛末の予想がついたんだろう。
「…はい、その奪われた品を取り戻して下さったのが、こちらにいるジオ殿なのです」
ちょっと待って過大評価。俺がしたのは突進してきたバカを弾いて吹っ飛んだ小包みを確保しただけだぞ。
しかしそんな事は知らないセインスは、確実に誤解した。
「…ジオ君…、いやシュトルク殿。感謝する。これは私にとってとてつもなく大切な物なのだ。…本当にありがとう」
「…あぁ、いや、まぁ…。何事もなくて良かったよ。…あと、ジオでいいよ」
シュトルク殿とか、むず痒いどころかちょっと苛つく。…俺の勝手な感覚だけど。
「…ジオ君、君に最大限の感謝を。…お礼がしたい、よかったら上がっていってくれ」
「おぉ、そうですぞ!私からもお礼を差し上げたいので、是非とも!」
「え、いや、それはちょっと…」
もうすでに厄介な事になってるけど、これが致命的な事になる前に帰りたい。そう思って断ったけど、二人ともわりとしつこかった。
「そう言わずに」
「さぁさぁジオ殿!」
「……もうほぼ強制に近いじゃねーか」
それでも何とか帰ろうと断っていると、セインスが顔を寄せてきて、俺にだけ聞こえる様に言ってきた。
「………上がっていってくれれば、詮索はしない」
「……え?」
思わずセインスを見る…いや近いよ。
「……その魔法についてだ」
「っ!!」
反応してしまった。…そうか、セインスには上級程度じゃ誤魔化せないのか。…正体がバレたら完全に致命的だからな…、仕方無い。
「…そこまでいうなら、お言葉に甘えさせて貰うよ」
俺がそう告げると、セインスはスッと身を引いて口を開く。
「そうか、それは良かった。爺、案内を」
「かしこまりました。それではこちらですぞ、ジオ殿」
「…あぁ」
こうして、非常に不本意ながら、カースメイル邸へ入る。…穏便に事を済ませたいね。




