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悪の限りを尽くす…つもり  作者: 雷抖
東大陸編
2/51

大陸横断鉄道

ガタンゴトン。ガタンゴトン。


 景色乏しい荒野に、列車が走る。東大陸西端のオーディア王国から、東端のロア聖国までを繋ぐその列車は今日も今日とて、旅する人々を乗せて、ひた走る。


ガタンゴトン。ガタンゴトン。


 全長が一キロをゆうに越えるその列車の中程の車両。向かい合う様な席がいくつも並ぶその一角に、青年は居た。黒い髪につり気味の翠の瞳。灰と白の服を身に纏いし青年は、窓の外の荒野を呆けた顔で見つめていた。…否、只ボーッとしているだけだ。


 つい先日、悪に成る発言をし、いきなりオーディア王国の王女ヒメリアを誘拐しようと画策し、実行に移したはいいものの、先にヒメリアを誘拐しに来ていた黒装束の三人組をその場の流れで叩きのめし、その後現れた国王に計画がばれかけ、何とか逃げ出したはいいものの、何故か誘拐未遂には有り得ない額の懸賞金がかけられて指名手配となり、オーディアでの活動が不可能になって、現在逃亡中である。一応悪党の仲間入りか?

 列車はそんなしょっぱい犯罪者もどきを乗せたまま、ガタンゴトンと走りゆく。





「…こんな筈じゃ無かったんだけどなー…」


 変わらぬ荒野の景色を見ながら、そう呟く。

 俺の名は…って、言う気力もねぇや。あの出来事から今日まで、ろくに休めなかったからなぁ…。

 にしても、いくらお姫様を誘拐しようとしたとはいえ、実際にはお姫様を助けたのに、ヒーローどころかちょっとした凶悪犯罪者よりも高い懸賞金かけるとか、なに考えてんだ?って話だよな。俺、何か王様の気にさわる様な事したっけ?


 真相は、今回の件でヒメリアがこの青年に惚れてしまい、それに怒り狂った王様が大噴火しただけの、良くありがちな親バカ騒動なのだが、青年にとって不幸だったのは、相手が一国の主だった事に他ならない。つまり不運だったという事だ。合掌。


「…しっかし、この辺りは本当何もねぇなぁ…」


 現在列車が走っているのは、オーディア王国と隣国であるネルディ王国の境にあるだだっ広い荒野である。遠くに雄大な山脈が見てとれるが、それ以外に見るべきものがない、大陸鉄道にわりとある地味な走行地点だ。

 もう少し先に進めばネルディに入り、そうすれば多少は景色に変化も出てくるのだが、今はまだ退屈な景色のみが支配している。


「ハァ、こんな事なら、さっきの駅で何か買っておけば良かったぜ…」

「あの…」


 ほんの数分前に止まった駅に想いを馳せていると、唐突に声を掛けられた。


「んぁ?」


 声のもとを辿って振り向くと、白を基調としたローブの様なモノに身を包んだ少女が、青年の座る席の傍に立っていた。

 流れる様な金髪を後ろで一括りにし、穏やかながらも強い意志が込められた碧い瞳のその少女は、遠慮がちに次の言葉を発する。


「同席しても、宜しいでしょうか?」


 言われて、辺りを見回す。確かに周りの席は埋まっていたが、しかし、女性のみの席も見受けられた。わざわざこんな兄ちゃんの座る席を選ばなくてもいい様な気がするんだが…。

 そう思っていると、沈黙を肯定と受け取ったのか、「それでは、失礼」と言って少女が向かいの席に腰かけた。


「…俺、まだ何も言ってないけど?」

「でも、嫌なら抗議するでしょ?そして貴方はそれをしない。なら、それは肯定と同じでしょ?」

「…なんだかなぁ…」


 まぁ、別に、相席が嫌とかではないから、それに関しては別に良いんだけど…。


「…何で、この席なんだ?」

「えっ?」

「いや、他にいくらでも候補はあるのに、何でこの席なんだ?」


 別に聞かなくてもいいけど、何となく聞いてみた。


「んー、勘…かな?」

「勘?」

「うん。何となく、この席に座っていた方が良い気がしたの。だから、ここ」

「…勘、ねぇ……」

「こういう勘で、悪い事が起きた事無いんだよねー、私」

「なら、初めてのハズレになるかもよ?」


 なんとなしにそう言うと、少女は僅かに目を見開き、やがてカラカラと笑い出す。


「あはは!そういう返しをする人、初めてだよー」


 ひとしきり笑った後、少女は何かに気付いた様に口を開く。


「自己紹介、まだだったね。私はメリシア。あなたは?」

「ん?あぁ、俺はアル……」


 と、言いかけて気付く。別に自己紹介する必要は無い事に。


「アル?アルさんって言うの?」


 しかし、バッチリ聞かれていた様だ。


「…あぁ、アルだ」

「ふぅん、アルさんか…。宜しくね!」

「…つーか、最初に声掛けてきた時とキャラ変わってるぞ」

「ん?そう?」

「…ま、別にいいけど」


 少女から視線を外して、窓の外を見る。相変わらず、見映えの無い景色だ。


「………」


 チラリと横目でメリシアを見る。手荷物の中から棒状の菓子を取り出し、それを頬張る。そして、花が咲いた様な笑顔を浮かべる。


 こちらを窺いながら。


 気付かれない様、自然に振る舞ってはいるが、俺の察知能力を嘗めるなよ?バレバレという程稚拙ではないが、まだまだ挙動にぎこちなさが残っている。

 とはいえ、それでも普通の人相手なら、まず気付かれない程度には完成している。

 しかし、となると、この少女は何者だろうか。俺の見た目は、言っては何だが平凡だ。特に目を引く様な所はない。筈。

 そんな俺だ、こんな娘が注視する様な人物ではないと、自分で言えるんだけど…、んー。


「ふーん、ふふーん」


 お菓子を食べて上機嫌になったのか、少女はふんふんと鼻歌を披露している。


…こちらを窺いながら。


……………。


「…なぁ」

「ん?どうかした?」

「いや、何で…」


そんなに俺の様子を窺ってるんだ?と言おうとした時だ。


『あー、あー、…おい、これもう聞こえてんのか?』

『へい、聞こえてやす』

『そうか』


 唐突に、そんな声が、車両内に取り付けられたスピーカーから聞こえてきたのは。


「…何だ?」

「…シッ、静かに」


 そんな声に少女を見ると、真剣な表情でスピーカーを睨んでいた。


『あー、乗客乗員に告ぐ。この魔導列車アースハルフィナーは、俺達【カジーフロット】が乗っ取らせてもらった。…ま、要求だの何だのは後で言うが、とりあえず、無駄な抵抗はしないように。大人しくしてればこちらも特に干渉はしねぇが、抵抗した場合は列車から突き落とすんで、このスピードで落とされても問題無い奴だけ暴れてろ。…まぁ、そういう奴は普通に殺すけど。とりあえず、以上だ。諸君の賢明な沈黙を期待してるぜ』


 スピーカーからの声が消えた。

 車両内を変な静寂が支配した…のも束の間。状況を理解した人々が怒号を発した。


「ふ、ふざけるな!!何の冗談だ!!」

「おい!警備はどうなってんだ!!」

「訓練だとしても悪趣味だぞ!!」

「…強化魔法使えば、いけるか?」

「ちょっと!列車止めなさいよ!!」


 ふむ、怒号の大合唱だな。…つか、誰か飛び降りる気の奴いないか?いくら強化魔法で底上げしても、普通に死ぬと思うぞ。


「…アルさんは、動揺しないんだね」


 そんな事を考えていると、メリシアが問い掛けてきた。…疑いの眼差しで。


「…なーんか、疑われてるみたいだな」

「…そんなに平然としてたら、疑われてもおかしくないと思わない?」

「それ、君にも言える事だよな?」

「…!」


 そう、俺はともかく、メリシアも、目付きは鋭くなってはいるが、あまり動揺していない。


「俺からすれば、君の方が怪しいぜ?」

「…っ、それは…」


 言い淀んで、沈黙。さらに怪しさ倍増だけど分かってるのかね?


「…なんてね。そんな冗談は置いといて」

「…あまり、趣味がいいとは言えないわね」

「気にすんな。俺は気にしてねぇ」

「いや気にしなさいよ」

「ともかく、この話は一旦置いとくぞ。…今の、どう思う?ネルディ王国の騎士さん」

「そうね……、…えっ?」

「ん?どうかしたか?」

「何で、私がネルディ王国の騎士だと?」

「あぁ…、それか。いやだってそのローブの下、【明光騎士団】の甲冑だろ?」

「………貴方、何者?」

「ん?んー…、悪党希望かな?」

「…答える気は無いのね」


 事実なんだけどなー。


「それで?大陸横断鉄道を乗っ取ったとか言ってる奴らがいるけど、騎士様はどうするんだ?」

「…もちろん、制圧するわ」

「…ふぅん、一人で?」

「えぇ」

「そりゃちょっと無謀じゃね?」

「…なら、貴方は手伝ってくれるのかしら?」

「お断りだね。変な連中に目ぇつけられたくねぇし」

「あら、思ったより度胸が無いのね」

「ハッ、敵の全貌も分かってねぇのに戦いを挑むなんざ、馬鹿にやらせとけばいいんだよ」

「…それは、私を侮辱しているのかしら?」

「さぁね」


 おっとからかい過ぎたか、すげぇ怒気を感じる。でもまぁ、言った事に嘘は無い。ただでさえオーディアで指名手配されてるのに、この上更に目をつけられそうになる様な事を、わざわざするメリットは無い。さっきも言ったけど、敵の情報も全然ないしな。


「ま、応援くらいはしといてやるよ」

「…結構です」


 あらら、つれないねぇ。

 と、再びスピーカーから声が発せられた。


『あー、乗客乗員に告ぐ。とりあえず最初の要求だが……、金品全部差し出せ』


 瞬間、全車両から凄まじい怒号があがった。


『おーう、ここにいても聞こえてくるとか、すげぇ声だな。…でもまぁ、要求を撤回するつもりはねぇ。今から回収員を送るから、そいつに金と装飾品、宝飾品とか諸々預けろ。…言っとくが、抵抗しない方が身の為だぜ?そんじゃ、諸君の賢明な判断を期待しとく』


 声が消えた。と同時に、車両同士を繋ぐドアから、ソレは現れた。


「フルルルル……」

「ハーッハァ!!つー訳で、金目のもん全部出しなぁ!抵抗したら、こいつの餌だぜー!カッハハァー!!」


 軽薄そうな顔、派手な服装、三下臭漂う発言。こいつ一人だけならば、この車両内の男達だけで制圧も可能だったろう。…傍らに、軽薄男を一呑み出来そうな獣がいなければだが。

 唸り声をあげるその獣は、虎の様な体躯に、ゴリラの上半身をくっつけた様な、異形の姿をしていた。ゴリラの頭部には巨大な一つ眼のみがついていて、ゴリラの胸部から虎の前足の付け根付近まである巨大な口からは、赤黒い液体で染まるおぞましい牙が無数に並んでいた。


「さっき、抵抗したバカを数人喰ったけど、まだまだ腹を空かせてるからなァ。俺が止めなきゃ、どうなるかねぇ?」

「ゴガルァァァァ!!!」

「「「ひ、ヒィィィィ!??」」」


 軽薄男の言葉と、獣の咆哮に、乗客は完全に怯えきっていた。…なるほど、確かにこんなのが居たら、金とか装飾品、宝飾品ぐらいなら、渡しちまうかもな。…あんな化け物と対峙するとか、バカのやることだし。


「…で?貴方の手札はそれだけなのかしら?」


 だから、メリシアはバカなのだろう。そう言って、軽薄男と獣の前に立ち塞がるのだから。


「…あぁん?何だ姉ちゃん、喰われたいのか?」

「…もしまだ何か持っているなら、早めに出す事ね」


 言って、メリシアはローブを開く。するとローブの下からは、白銀と柔らかな黄色で彩られた美麗な鎧がその姿を現す。


「なっ…!?まさかテメェ、【明光騎士団】の騎士か!?」

「えぇ、そうよ。【明光騎士団】第二部隊【閃鈴(せんりん)】。そこに所属しているわ」

「クソッ!よりにもよって矛の【閃鈴】かよ!!」


 明光騎士団。ネルディ王国が誇る最強の軍団であり、東大陸の三英団の一角である。三英団とは東大陸にある全ての軍団の頂点にいる軍団で、オーディア王国、ネルディ王国、ガルフェイク帝国がそれぞれ三英団の一柱を有している。

 さて、そんな明光騎士団にはいくつかの部隊があるのだが、その中でも有名なのが、第一部隊【護封(ごほう)】、通称盾と、第二部隊【閃鈴】、通称矛だろう。

 【護封】は守り特化の部隊で、【閃鈴】は攻撃特化の部隊だ。だからこその、盾と矛である。


「さぁ、断罪の時間です。神へ祈りを捧げなさい」

「ふざけんな!…つーか、テメェ一人か?なら、こっちのが有利じゃねぇか」


 確かに、いくら【閃鈴】が攻撃特化の強者揃いとはいえ、相手は凶悪な獣と三下だ。…いや、こう言うと何か勝てそうだな。…ともかく、一人ではきつい気がするけど…。


「…なら、試してみなさい」

「へっ、その強がり、いつまでもつかな?…おい、やれ」


 軽薄男が獣を解き放つ。獣は餌としか認識していないメリシアに向けて一直線に駆けた。その速度は異常なほど速く、瞬きの間にメリシアに接近すると、無数の牙をぎらつかせながらメリシアを喰らいにかかった。血飛沫があがる。


「へっ、俺様に逆らうからこうなるんだ」


 軽薄男はにやりと口角を上げつつ呟いた。…それ言うとか、アウトじゃね?


「ほう、どうなると?」

「は?」


 軽薄男が獣を見る。そこには、獣がメリシアを喰らっている光景は無く、メリシアが獣に壮麗な剣を突き立てている光景が広がっていた。


「…どうやら改造魔獣の様ですが、位階はかなり低いですね。大方、粗悪な機材と拙い腕で改造したのでしょう。…まったく、大口を叩くなら、せめてBランクの改造魔獣を連れてきなさい。これでは倒した私の方が恥ずかしいじゃないですか。」


 おぉう。まさかのダメ出し。これはキツイなー。軽薄男が。


「なっ!?ば、馬鹿な…、俺の獄魔虎猿牙獣(ごくまこえんがじゅう)が……」

「…何ですその名前。恥ずかしくないんですか?…というか、私の方が恥ずかしいじゃないですか。獄魔虎猿牙獣を倒したとか、完全に痛い人になるじゃないですか!そういう攻撃ですか!?」


 ブフッ、獄魔虎猿牙獣を倒した者。最高の称号じゃん。ブフフッ!


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