支部での会話・よくある展開
「………つまり、あの店は【カジーフロット】が裏で手を引いていたって訳か。……商業区の中心に近いあの場所にまで、奴らの手が及んでいたって事か…」
【明光騎士団・閃鈴】の拠点である商業区の支部。その中の支部長室で、カルスはタメ息混じりに呟いた。騎士団の象徴である白銀の甲冑ではなく、それぞれの部隊オリジナルの隊服に身を包んでいる。【閃鈴】の隊服は紺と黄を基調とした配色で、一閃の黒い筋が浮かび上がっているのが特徴だ。基本的に甲冑は遠征時や有事の際のみ着用し、普段はこの隊服を着用している。
乱雑に書類が散らばる大きな事務机に片肘をついて不貞腐れているかの様に憮然としているカルスの正面には、険しい面持ちのメリシアが立っている。
「……残念ながら、その様ですね」
苦々しげに告げるメリシア。当然だろう。何せ仇敵とまで言える敵対組織が、自分達の活動範囲内に堂々と居を構えていたのだから。いくら少々裏路地へ入った場所にあったとはいえ、目の届く範囲内だったのは変わらない。そんな店を今まで見過ごしていたのだ。穏当にはいられないだろう。
「……チッ、もう少し早く気付いていれば、あのガキ共があんな場所に囚われる事も無かったってのに……」
「…証拠固めに少々手間取られましたからね」
「…唯一の救いは、ガキ共が絶望する前だった事位か…」
実際もう少し助けが遅かったら、子供達の何人かは世界に絶望して生きる気力を失っていたかもしれない。
「だが癪なのは、ガキ共の心を救ったのがあの犯罪者もどきだってトコだ」
「…アルさんですね」
何処か遠くを見るかの様に、メリシアが遠い目をしながら呟いた。
「おかげさまでガキ共の説得に骨が折れたぜ…。」
カルス達が騎士だと分かると、何故かアルを逃がす様に自分達を身体を張って止めてきた子供達。その説得に四苦八苦している内に、アルに完全に逃げられてしまったのだ。そしてアルが逃げた後も警戒されてしまい、支部から数少ない女性騎士を派遣してもらう羽目になった。
彼女達の尽力によってどうにか警戒心をほどき、なんとかあるべき場所に返す事が出来たのだ。…半数以上が孤児院の子供なのは、考えても仕方がない。
「アルさん、ぶっきらぼうに見えてその実、面倒見が良いんですかね?」
「ま、ただの悪人ではないのは確かだな。…それに、ただの一般人でもないな」
現在確認出来ているモノだけでも、《天系統》《地系統》《邪系統》と3つの魔法系統を扱える事が分かっている。更に、まだ未確定ではあるが《聖系統》をも扱えるかもしれない。つまり、4つの魔法系統を持つ者の可能性がある。
4つの魔法系統を持つ者など、この東大陸においては今現在、たった二人しか確認されていない。
(…しかし、アルはそのどちらでも無い……。…考えられるとすれば、アルは別の大陸の人間だという事だが……)
4つの魔法系統を持つ者が、そんなに気軽に別の大陸へ行けるのか?それに、その目的は何だ?
「……まぁ、こんなトコで考察したって分かりっこねぇか」
「隊長?どちらへ?」
「行きたかねぇけど、我らが【明光騎士団】の団長サマに呼ばれてるんでね、ちっと早いけどもう向かっとこうと思ってな」
【明光騎士団】団長。それは組織のトップであり、この国でも国王と宰相に続いて三番目に権力を持つ存在だ。騎士団の全てを統括するネルディ王国最強の騎士である。
「遅れると機嫌悪くなるからな、団長サマは」
「隊長とは正反対に清廉潔白で質実剛健な方ですからね」
「………おかしいな、部下に遠回しに蔑まれているぞ?」
目から透明な液体を滴らせながら、カルスは立ち上がる。
「いえいえ、誰も隊長が時間を守らないとか風紀を乱しているなんて言ってませんよ」
「追い討ちをありがとう。後でお仕置きな」
「訴えますよ?」
「理不尽!!」
わりとよく交わされる軽口の応酬を終えて、カルスは支部長室を出る。残ったメリシアは少しだけ机の上を片付けたあと、必要な書類だけを持って支部長室を出た。
◆
商業区南西、居住区との境付近にその建物は建っている。薄いクリーム色の外壁の四角いその建物は洗濯館。その名の通り洗濯をする館である。内部には多数の洗濯用魔道具が置かれ、それなりの人数の客で賑わっていた。
そんな客を避ける様にひっそりと洗濯終了を待つ人物が一人。藍色の服に身を包み、乾いた血の様な赤黒い頭髪、気だるそうな暗い茶の瞳の青年だ。陰鬱な雰囲気を漂わせながらじっと魔道具を見ている姿はそこはかとなく不気味で、誰も近寄ろうとはしない。暗い表情のその青年は、ただただぼんやりと魔道具を見ていた。
と、周りからは見えている筈だ。しかしその正体は俺だ。アル・レーベンだ。
これが《幻変視》の効果だ。周りの奴らには俺の事は赤髪茶眼の陰鬱さんに見えている。誰も黒髪翠眼には見えていない。身元を偽るにはうってつけの魔法だけど、暗い場所や超至近距離では効果が薄れるし、上級の精神魔法を扱える奴には見破られる可能性もある。屋内だと微妙に使いにくい魔法なんだよな。…とはいえ、それなりの広さである程度の光源があれば充分だから、ちょっと大きな施設でなら普通に使える。
「……終わったか」
魔道具に突っ込んだ洗濯物を取り出す。俺が使用したのは洗濯に加えて乾燥もしてくれる魔道具だ。けど一回10イース。しかもあんまり大量には洗えない。良く使われている洗濯のみの方は一回3イースである。懐が温かくない旅人は洗濯のみの方を使うか、街の外の川で洗っている。ここ王都ネルフェティアでは、街中を流れる川での洗濯が禁じられている。居住区には井戸があるけどその井戸は住人しか使用を許されていない。無断使用が発覚すると騎士団に捕まる。というかさっき一人連行されていた。身なり的に旅の商人か?俺には関係ない。
「…さてと」
こっそり洗濯物をポーチにしまってから、洗濯館を出る。太陽はまだ空に君臨しているけど、大分日が傾いてきているな。もう少ししたら空の色も変わるだろう。…さて、次は何処に行くかな。
なんて考えていると、大通りがある方から悲鳴染みた声が届いた。
「ど、泥棒!!」
「んぁ?」
声のした方を見ると、全身を布で覆っている不審者が猛突進してきた。
「そこ退けぇ!!!」
脇に何やら小包みを抱えたその不審者は、叫びながら通行人を押し退けて向かってきた。向かってきたってかこっちに逃げてきた。
「《護影装》」
「退け…ェッブァ!!?」
不審者が俺を突き飛ばそうとしてきたからとりあえずいつもの《護影装》を使ったら、不審者は盛大に弾き飛ばされた。…この勢い的に、何かしら速度上昇系の魔法を使っていたのか?
ものすごい音がしたから不審者の様子を確認すると、突き飛ばそうとした腕が人の可動領域を無視した方向に曲がっていた。これはあれだな、自業自得だよな?あと脇に抱えていた小包みが上空に盛大に吹き飛んだけど、オレノセイジャナイヨ。
「あぁぁ!?家宝が!?」
走った。飛んだ。間一髪落下直前に確保した。…ふぅ、危なかった。難癖付けられるのは御免だからな。
「か、家宝は無事ですか!?」
そう言って大慌てで駆け寄ってきたのは、老執事だ。うん、老執事。もう老執事以外の何者でもない老執事だ。あれだな、名前はセバスチャンだな絶対。
「さぁ?確認してみれば?」
そう言って老執事に小包みを手渡す。老執事は大急ぎで中を確認し、やがて安堵の息を吐く。
「…何とか無事な様です。あぁ、ありがとうございます!これが破損していたらと思うと……。本当にありがとうございます!」
老執事が何度も何度も深く頭を下げてくる。
「いや、ちょっと、止めてくれって!視線、周りの視線が痛いから!」
「おぉ、これは申し訳ありません。ですが、貴方は私の命の恩人です。最大限の感謝を…」
「いや大袈裟だろ、命の恩人は。いくら家宝とはいえ…」
すると老執事はブンブンと首を振って否定する。
「いえ、ほんの僅かも大袈裟ではありませぬ。もしこの品が破損していたら、私は責任を取らされて命を絶たれていたでしょう」
「……中身が非常に気になるけど厄介事は御免だぜ…」
「是非ともお礼をさせて下さい!」
「やっぱりそうなるのか遠慮する!」
「そう仰らずに、お礼をさせて下さい!」
「いや、結構ですって」
「お願い致します!!」
「平伏すのは止めて!?」
だから周りの視線が痛いんだって!つーか早いトコ何処かに行かねぇと騎士団の連中とかが来そうだし。
「どうかお礼を!!」
「あぁもう分かったから立ち上がってくれよ!」
「おぉ、真ですか!」
俺の言葉に飛び上がる様に立ち上がる老執事。…それだけの敏捷力があるなら、あの泥棒もどうにかできたんじゃ…。
「ささっ、こちらです恩人殿!」
「その呼び名は止めてくれよ。俺はア……」
アルと言いかけて留まる。今の俺の姿はアル・レーベンではない。
「フム?おぉ、そう言えば自己紹介がまだでしたな。私はカースメイル家に仕える、ロンウェンと申します。以後お見知りおきを」
セバスチャンじゃなかった。…てかやっぱりどこぞの貴族に仕えてる人か。…結局面倒事に発展してる気がする。
「………。…俺は、ジオ・シュトルクだ」
やっぱり簡単には偽名なんて思い付かないな。結局こんな中途半端な名前になったし。
「おぉ、ではジオ殿、こちらです」
ロンウェンの先導に渋々ながら着いていく。…ま、こんな所にいる位だし、そこまで大きな家の人ではないか。
そうやって諦めて、俺は歩く。




