次の目的地
「おら、出来たぞ」
厨房に篭っていたベアンドがそう言いながら、料理をカウンターへ置いた。
「随分タイミングがいいな。見計らってたのか?」
「んな面倒な事はしとらん。…おら、お前らの分だ」
「おっ、待ってました!」
「へへ、待ちかねたぜ!」
「飯!飯!」
ベアンドが三馬鹿のテーブルに料理を置くと、途端にはしゃぎ出す三馬鹿。
「…んじゃ、頂くぜ」
「うん、召し上がれ」
貴族や教会の連中は食べる前にお祈りだの何だのをする必要性があるけど、俺には関係ないからさっさと食べる。
「……ねぇアルさん」
「んむ?」
スープを木匙で掬って口に運びながら反応を返す。
「アルさんって、この国の人じゃないよね?」
何だ突然。
「まぁそうだけど、何で?」
「……この国の外には、私なんかじゃ足元にも及ばない魔法使いが沢山いるのかな…」
そう言って僅かに俯くリーナ。…ここは、励ますのが正解か?
「うん、そうだな」
「否定しないどころか即答で肯定した!?」
励ますのが正解なら、励まさない。それがアル・レーベンだ!
「だってリーナはまだ中級魔法しか扱えないんだろ?そんなの、外に出るまでもなくこの国の中でさえ上はゴロゴロいるだろ」
「まったくをもってその通りだけど直接的過ぎない!?」
「ん?そんなことはないよとでも言って欲しかったのか?…言っちゃ悪いが中級程度で落ち込むのは凡人だぞ」
「凡人…」
「上級の奴だって特級の奴だって落ち込む事はあるけど、そこで止まったらもう先には進めないぞ」
ただでさえ魔法の習得には多大な労力を使うんだ、一旦やる気が萎えたら二度と立ち上がれない。…そんな奴が溢れている。それでも奮起して進み続けた者にのみ、その先へ向かう権利を得られるんだ。…まぁ、大抵はそこまで辿り着けないけど。
「中級程度で躓いていると、大成出来ないぜ。…君の目標は何なんだ?ちょっと魔法を扱えれば満足なのか?」
「私は………。…私は、もっと強くなって、お姉ちゃんみたいに皆を守りたい。それも、騎士団とは別の強さで」
「……リーナは、騎士団に入るつもりは無いのか」
「うん。お姉ちゃんがいれば騎士団は心配ないから、私は騎士団では護りきれない、騎士団では踏み込めない部分で大事な人達を守りたいの」
騎士団では踏み込めない……、スラムなんかがいい例だな。…それに、組織に入っていると余計なしがらみも増えて、思うように行動出来なくなったりもするしな。…それはいいんだけど。
「…それ、俺に言う必要性あったか?」
「………何となく、アルさんには知っていて貰いたかったの。…アルさん、不思議な貴方に」
…メリシアも言ってた勘か?よく分かんねぇな。
「……でも、騎士団に入らずに守るって言っても、個人じゃどうしようもないだろ」
「…フフ、その為のこの店なんだよ」
「んぁ?」
ベアンドへ視線を向けてからリーナは言う。
「店長…、ベアンドさんはスラムの人達を纏める顔役の一人なんだよ。それだけじゃなくて、商業区や居住区の長とも知古の間柄なんだよ」
「……このオッサンが?」
「聞こえとるぞアル!俺はまだ32のお兄さんだ!」
「……その年齢は見た目でどっちにもなれる歳だと思うけど、ベアンドの見た目だと確実にオッサン寄りだろ」
すると、ベアンドのこめかみに青筋が。
「…お前、随分と肝が座っとるな」
「あと喋り方も」
「よし表に出ろ。伸ばして刻んで茹でてやる!!」
「俺は麺類じゃなくて人類なんで却下で。…まぁつまり、このオッサンは騎士団の連中とは違う方向で顔が広いから、お前はベアンドの下に居ると?」
怒れる大熊からリーナに視線を戻す。
「まぁそういうことだね」
「……つか、今更だけど聞いていいか?」
本来ならリーナが名乗った時点で問い質しておくべき事を、今更ながらに問う。
「うん?なに?」
「…お前の姉ってメリシアなんだよな?」
「うん」
「……この店、大丈夫なのか?」
三馬鹿の言動を聞く限り、あいつらはわりとこの店に足を運んでいる様だし、あいつら以外のスラムの連中だって恐らくは常客だろう。中には騎士団に見つかるとマズイ奴もいるかもしれない。…少なくとも俺は微妙にマズイ。
俺の言葉を聞いて、最初は飲み込めていない様だったが、やがてその考えに行き着いたのか、リーナ「あぁ」と言ってから言葉を続ける。
「心配しなくても、お姉ちゃんはこのお店には来ないよ。確かにこのお店にはちょっと危ない人も来たりするけど、店長に仇なすような事は出来ないし、私狙いの人は、潰したし」
おっとこのお嬢さん以外と過激だわ。…ナニを潰したのか、気になるけど恐いから聞かないでおこう。
「…まぁ、それでも尚…というか、わざわざ潰されにくる奇特な人もいるけどね……」
あぁ、禁断の扉を開いた奴もいるのか。
「お姉ちゃんだけじゃなくて、このお店には騎士団の人はまず来ないよ。…下手にこのお店に干渉したら、国が割れる可能性もあるし」
「よし、帰るか」
何だそのありえない危険地帯。そんな恐いトコで飯が食えるか!ピエタは食べ終わったし、代金はリーナ持ち。俺、帰る。
「あれ?もう帰っちゃうの?」
「あぁ。…んじゃベアンドのオッサン、またどこかで会おう」
「いや、ここに会いに来いよ。んでパルム食ってけ。あとオッサンはやめろ」
「おい三馬鹿。……何かあったらスラムの【獄鳴亭】って宿に来い。しばらくはその宿を拠点にしてるから」
「ご、獄鳴亭!?りょ、了解致しました…」
ん?なんか慌ててるけど……、別にいいか。
「んじゃなー…。ごっそさん」
「あ、またのご来店をお待ちしてまーす」
「ふん、野垂れ死ぬなよ」
二人の声に手で返し、子羊食堂を出る。まだ青空が広がっているけど、もう少しで夕暮れになりそうだ。
「さて、次は……」
何処に行くかな。……あ、そういえば、服がまだ臭いままだな。
「んじゃ次は洗濯場にでも行くか」
こういう大きな都市や街には、旅人達の為の洗濯場がいくつかある。魔道具を用いて作られた洗濯場には、汚れを落としたり乾かしたりする魔道具が置かれている。国々を渡り歩く旅人は、総じて懐が寂しい傾向にあり、サービスの一環に洗濯を含んでいるちょっと割高な宿には中々泊まれない者が多い。そんな旅人達を中心に重宝されているのが洗濯場である。尚、有料である。
因みに、払えない人や、そもそも洗濯場が無い場所では、川で水洗いが基本だな。
「…確か、昨日一ヵ所見付けたよな……、あっちだっけ?」
それらしき建物の位置を思い浮かべながら、大通りの方角を見る。このままで行っても騎士団に見つかるだけだ。ならどうするか。変装すればいい。
「《幻変視》」
上級精神魔法《幻変視》。これは自分の周りに掛ける魔法で効果としては、周囲の認識を誤らせる。熱魔法にも似た効果の魔法はあるけど、こちらの方が自由度が高い。…その代わり、魔力の消費が激しいけど。…そもそも、俺は《源系統》は扱えないからそっちは使えないけどな。
今、端からは俺は全然違う人物に見えている。これならバレずに済む。…ただし、裏路地とかの暗い所だと効力が落ちるから、そこだけ要注意だけどな。
「うし、行くか」
大通りへ向けて、歩き出した。




