魔法系統と系統枠
「そっかー、お姉ちゃんが言ってたアルさんって、貴方だったんだねー」
「……メリシアは、俺を何て言ってた?」
「え?…んとね、何かよく解らない人だって」
「……まぁ、そうだな」
今日で二回…いや、今日のは含めずにだと一回しか会ってないもんな。…むしろ何で一回しか会ってない奴の事を話すのかが分かんねぇけど、それは別にいいか。
あと、俺が気になったのはリーナの口調だ。この口調は、メリシアと初めて会ったあの時に、メリシアが喋っていた口調と似ているのだ。恐らく、俺の警戒心を和らげさせる為のモノだったのだろう。確かにリーナは人懐っこそうで、俺の警戒心もわりと静まっている。…三馬鹿はむしろ、ちょっと危ない感じになってるけど。あとゲンドウ、俺を睨むな。殴り散らすぞ。
「…それにしても」
リーナがまじまじと俺の顔を見つめてくる。
「どうした?」
「いや、お姉ちゃんが警戒していたからどんな人かと思ったけど、意外とカッコいいね」
「は?」
「うん、正直顔は結構タイプかも」
瞬間、俺は振り向き様に《痺縛》を放つ。すると、かなり洒落にならない形相のゲンドウに寸分違わずぶち当たり、ゲンドウは勢い良く床に倒れる。
「うわっ!?」
リーナが驚きの声をあげたが、構わず俺はゲンドウの傍に寄って話し掛ける。
「……ゲンドウ、お前が誰を好きになっていようが信奉しようがそれは構わない。…だけど、俺に殺気を向けるな。ましてや襲い掛かろうとするな。……次は、ねぇぞ」
《痺縛》のせいなのか、俺の底知れぬ怒りの一端を垣間見たせいなのかは分からないが、ゲンドウは血の気の引き切った顔を緩慢に上下させて俺の言葉を理解した。
「………ゴリダン」
「はいっ!!」
「ちゃんと、手綱を握っとけ。連帯責任でお前も折り潰すからな」
「は、ハイ!!!……え?俺のが処分重くないですか?」
「連帯責任で、監督責任だからな。お前が手下共のリーダーなんだから、しっかりやれ」
「って、俺がリーダー何ですか!?」
「………嫌か?」
「身命を途して頑張らせて頂きます!!」
「おう」
ゲンドウの拘束を解いて席に座り直す。すると、僅かに怯えた感じのリーナが、一つ席を挟んだ席に座りながら俺を見ていた。
「…アル、お前、荒事なんざ一切関わり無さそうな顔して、その辺の連中よりよっぽどその筋のモンっぽいな」
ベアンドが驚きつつも何処か呆れた感じにそう言った。
「…何か事あるごとにそう言われるけど、そんなに俺って悪党に見えない?」
「何だ?お前さん、悪人なのか?」
「まだ駆け出しだけどね。…っと、いい加減腹も減ってきたし、何か食べさせてくれよ」
「お、おぉ、そいつはすまなかった。なんにする?」
「…ん、オススメとかある?」
「む、ウチのオススメはパルモだな。それも、ヴェラパルモだ」
パルモとは小麦粉を捏ねた生地に具材を混ぜて焼き上げた食べ物で、中の具材によって名称が変わる。野菜が入るとシヴェパルモ。肉が入るとヴェラパルモ。果物が入るとリジェパルモ。何も入れないモノはただのパルモ。東大陸ではわりとよく食べられている食品で、だからこそ様々な試行錯誤がなされている食品でもある。
パルモが無ければケフス(お菓子の一種)を食べれば良いじゃないとは、何処の王族が言った言葉だったか。それはいいか。
「んじゃ、ヴェラパルモを…」
頼もうとした時、我に返ったリーナが口を開く。
「あ…、私としてはパルモよりピエタの方がオススメかな」
「ピエタで」
「………あいよ」
若干哀しそうなベアンドは三馬鹿の注文を聞きにいった。…うん、次は食べるからな、パルモ。
因みにピエタだが、こちらは野菜や肉を香辛料等で味付けし、煮込んだ料理だ。濃い茶色のスープに肉や野菜の旨味が溶けだして深い味わいをもたらしてくれる一品だが、処理を間違えると途端に劇物になる代物でもある。故に、提供してくれる料理屋はそれほど多くは無い。香辛料は、素人は迂闊に手を出さない方がいい。………特殊な香辛料は、だが。
「…いいの?パルモじゃなくて」
見ると、リーナは不思議そうな顔をしている。…勧めたの君だよね?
「あぁ。…なんでだ?」
「いや、店長がヴェラパルモがオススメって言ってたのに、何でピエタにしたのかなって」
「ん?ここのピエタは美味しくないのか?」
「そんな事ないよ!スッゴイ美味しいよ!」
「なら、問題無いだろ?」
「………。…お姉ちゃんが言った通り、何かよく解らない人だね、アルさんって」
「……誉められてる気はしねぇな」
「あはは」
そう一笑いした後、リーナが席を詰めてきた。隣同士だ。
「…それにしても、アルさんって魔法使いなんだね」
「ん?…あぁ、さっきのか」
「あれって、状態魔法?」
「ああ。下級状態魔法の《痺縛》って魔法だ。対象を麻痺させる使い勝手のいい魔法だよ」
「そっかー…。でも状態魔法はねー…」
「ん?状態魔法がどうかしたか?」
「状態魔法って、邪系統の魔法でしょ?私系統枠を聖系統と天系統にしちゃってるから、もう覚えられないなーと思って」
「………リーナは、系統枠は2つなのか?」
「うん。お姉ちゃんは3つなんだよねー。こればかりは変えられない事だから仕方無い事なんだけど、それでも、いいなーって思っちゃうよね」
さぁ、魔法講座の時間だ。今日のテーマは《魔法系統》と《系統枠》だ。
魔法系統とは、付随魔法じゃない、単体で効果を発揮する魔法をそれぞれに分けたモノで、全部で5つの魔法系統がある。
熱魔法、水魔法、気魔法は《源系統》。風魔法、雷魔法、流動魔法は《天系統》。土魔法、鉱石魔法、強化魔法は《地系統》。光魔法、治癒魔法、精神魔法は《聖系統》。闇魔法、魂魄魔法、状態魔法は《邪系統》。この五系統十五の魔法が、現在習得可能な魔法である。この他にも別の魔法系統と魔法があった様なのだが、それらは時の流れの中に埋没し、途絶えた。
そして系統枠なのだが、これは自分がどれだけの魔法系統を覚える事が出来るかの目安だ。ある人は1つの系統しか覚える事が出来ず、またある人は3つの系統を覚える事が出来る。それは生まれた時に完全に決定されていて、自分の系統枠を越える数の魔法系統は覚える事が出来ない。もしも無理に覚えようモノならその身は砕け散り、この世から完全に消滅する。
また系統枠の他に魔法枠というのも存在していて、魔法枠というのは、どれだけの魔法を習得出来るかの目安だ。と言っても、1つ1つの魔法をどれだけ覚えられるかではなく、何種類の魔法を覚えられるかである。
つまり例として、系統枠が2で魔法枠が4だったら、《聖系統》と《天系統》、その中から光魔法、治癒魔法、風魔法、雷魔法を習得出来るという事だ。風魔法ではなく流動魔法でもいいし、雷魔法ではなく精神魔法でもいい。選んだ魔法系統の魔法なら、どの種類の魔法を選んでもいいという訳だ。
しかし、魔法枠の最大は系統枠の三倍まで。即ち系統枠が1なのに魔法枠が5、という事はあり得ない。
また個人個人に魔法適性があり、得意な魔法と不得意な魔法もある。それも踏まえて、どの系統にし、どの魔法を覚えるかが、魔法を扱うモノにとって一番大事な事なのである。
以上が簡易版魔法講座、《魔法系統》と《系統枠》でした。解り難かったらごめんな。
「…でも、2つでも充分凄いじゃないか。大抵の人は1つか、そもそも魔法を覚える事すら出来ないのに」
そう、系統枠が0というのも珍しくなく、もしろ系統枠がある人の方が少ない位だ。その中でも大半の人が系統枠を1つしか持たない。2つ以上持つ者は、本当に少ないのだ。…俺?さて、俺は別に気にするな。
「…そうなんだけどね。でも私、魔法枠は3つだけだから、2つの系統枠があってもあんまりねー…」
魔法枠の最大は系統枠三倍だが、最低は系統枠と等倍だ。だから場合によっては、系統枠が5つの人よりも系統枠が2つの人の方が魔法枠が多いという事もあり得る。…それは、キツいよね。
「…でも結局、どれだけ魔法を覚えられるかじゃなくて、どれだけ魔法を使いこなせるかの方が重要だぜ?」
「……お姉ちゃんも、そう言ってたけど、私より枠が多い人に言われても、あんまり納得出来ないよね」
「…それもそうか」
上の人間が下の人間に何言っても、嫌味にしか聞こえない事もわりとあるよな。例え相手が心底心配していたとしても。
「あぁー…、やだやだ。新しい魔法の習得に行き詰まってるから余計にトゲトゲしちゃうし……。……お姉ちゃんを嫌いたい訳じゃないのに…」
カウンターに突っ伏して弱々しく告げるリーナ。
「…新しい魔法?」
「うん、私こう見えても中級魔法使いなんだよね」
「中級魔法使い…、それは凄いのか?」
するとショックを受けたらしいリーナが俺の腕をツンツンしながら拗ねた様に言う。
「……そりゃあさ、お姉ちゃんみたいな上級魔法使いとか
【明光騎士団】のトップの特級魔法使いに比べたら、中級魔法使いなんて塵芥みたいなモノだけどさ…」
「いや、そこまでは言ってないぞ?」
「だけどさ、私だって、王立学院でトップクラスの成績なんだよ?それをさ……」
「あぁもう分かったゴメン!俺が考えなしだったし口が過ぎた。相談位なら乗るから、イジイジするなよ」
「…ほんとう?」
するとリーナは上目遣いで俺を見る。破壊力抜群のその仕草は、一般人なら簡単にコロッといっちゃっていたであろう。相手が俺でなければな。
「相談料は貰うけど」
「お金取るの!?」
「ま、相談内容によるけどな」
「……何だろう、いつの間にか攻守が逆転してる…」
残念だったな。ただで何かしてやるほど甘くは無いさ。




