子羊食堂
子羊食堂の扉を開く。
「いらっしゃい」
開いた先に熊がいたので閉める。…おかしい、子羊食堂の扉を開いた筈なのに、大熊が居た。大熊食堂では無い筈だ。もう一度看板を確認し、確かに子羊食堂で合っているか確かめる。
「どうしやした?アルの旦那」
「…いや、大丈夫」
確かに子羊食堂だ。こじんまりとした店、子羊食堂と書かれた看板。うん、大丈夫。さっきのは気のせいだ。そう無理矢理思い込んで、再び扉を開く。
「いらっしゃい」
やっぱり熊が居た。大熊が服を着てカウンターの向こうに立っていた。
「………」
「………」
俺と熊との間に、妙な沈黙が流れる。それを破ったのはゴリダンだ。
「アルの旦那、そこに立たれちゃ俺達が入れないですよ」
「あ、あぁ…悪い」
中に入って少しよける。そして三人が入ってきた途端、大熊の表情が変わった。
「よ、大将」
「誰かと思えば三馬鹿共か。何しに来た」
「三馬鹿……、何しにって、飯食いに来たに決まってるだろ」
すると大熊はハンッと鼻を鳴らして口を開く。
「またツケでか?いい加減、誰か一人置いていって貰うぞ?」
「うぐ……」
お前ら…
「ツケで食ってんのかよ…、三馬鹿」
「アルの旦那まで!?」
ゴリダンの言葉に、大熊が俺をジロリと見た。
「む?おい新顔のアンちゃん、コイツらの知り合いか?」
「…一応な。今急速に他人になりたくなってきてるけど」
「そ、そりゃないぜアルの旦那!」
「どういう関係だ?」
「……まぁ、一応コイツらを手下にした」
「手下…?なら、お前さんがこの馬鹿共の親分って事か」
「あんまり、親分って呼び名は好きじゃないけどな。…アルだ、よろしくな」
スッと手を出すと、大熊も大きな手を出して俺の手を握る。
「そうか。俺はこの食堂の店主をやってるベアンドだ」
大熊改めベアンドが、強面をニカッとさせながらそう言った。そして、俺の手を握ったまま告げる。
「あんたがコイツらの親分になったんなら、コイツらのツケはあんたが払ってくれるんだよな?」
「…やっぱそうなる?」
「そうなるな」
ハァ、仕方無いか。払わなきゃ手を離してくれそうにないし。
「…分かった、いくらだ?」
すると、俺がそう言うのが意外だったのか、大熊と三馬鹿が驚き目を見開いた。…おい、何でお前らまで驚く。
「……本当か?本当に払うのか?」
「とはいっても、あんまり高過ぎる場合はその限りじゃないけどな」
「……お前ら…、ずいぶん良い人に拾われたな」
「へへ、まぁな」
「…あぁもう、そういうのはいいから、いくらだよ!」
何となくむず痒くなって、叫んだ。おいやめろ、生暖かい目で見るな!
「おう、少し待ってくれよ………」
そう言ってベアンドはカウンターの下でゴソゴソやり始めた。恐らくあの下に色々とあるんだろう。…いつまでも立っているのもなんだし、座るか。
「っと、席は…」
店内を見回す。外から見た通り店内はこじんまりとしていて、カウンター席が5つとテーブル席が2つしかない。テーブル席は一応四人掛けの様だけど、筋肉ゴリラが二人もいるから、四人で座るのはちょっとやだ。因みに、他の客はいない。
「…よし、んじゃお前らテーブル席な。俺はカウンターに座るから」
「ウッス!」
三人がテーブル席に向かい、ギムドとゲンドウが並んで座り、その向かいにゴリダンが座った。俺はカウンターの一番端、テーブル席のすぐ近くに座る。
店内の造りは、扉を開けるとすぐ目の前にカウンター席があって、右奥にテーブル席。カウンターの向こう側に厨房がある様だ。といっても厨房が見える造りではなく、仕切りがしてある。フロア、壁、厨房って感じだな。
「……フム、計算し終わったぞ」
「ん、いくらだ?」
「今までのツケ全部引っくるめて、128イースだな」
「………おい、三馬鹿」
「あ、あれぇー……?そ、そんなにいってたかな……」
「お、おかしいなぁ~……」
「……ピスー、ピスー…」
凄まじく挙動不審になる三馬鹿。あとゲンドウ、吹けてないぞ。
…しかし128イースか…。
「……分かった、ちょっと待ってくれ」
仕方無い。まがりなりにもコイツらの頭だからな。…ハァ。心の中でタメ息を吐いて、ポーチから東大陸用の貨幣入れを取り出す。そして、銀貨一枚と銅板五枚を取り出す。
そういえば前に貨幣の説明をしたけど、その時にちょっと説明し忘れがあった。それが銅板だ。銅板は一枚10イース。銅貨十枚で銅板一枚であり、銅板十枚で銀貨一枚である。
また貨幣の大きさなんだけど、銅貨や銀貨等の硬貨は、親指と人差し指で輪っかを作ったぐらいの大きさで、銅板や金板等は硬貨が2つ並んだぐらいの大きさだ。補足説明終了。
「ほい、代金」
「本当に払ってくれるとは…。…って、おいアンちゃん、銅板が二枚ほど多いぞ」
「あぁそれ?どうせコイツら、他にもベアンドさんに迷惑を掛けているだろ?その迷惑料とでも思ってくれ」
「だ、旦那……!」
「俺達の為にそこまで…!!」
「うぅ、眩しくて旦那が見えないっス!」
「…ホント現金な奴らだな」
わざとらしく泣くな。鬱陶しい。…あと恥ずかしい。
「………。アルと言ったか?」
「ん?あぁ」
「俺の事は呼び捨てで良い。…何か困った事があったら俺に言え。力になってやる」
ドンッと胸を叩いてそう告げたベアンド。…ん?何か気に入られたな。
「お!じゃあ大将!あの…」
「テメェらは自分でどうにかしろ!!俺が気に入ったのはアルだけだ!」
「…ちぇー……」
「ハハ…。…んじゃ、何かあったら遠慮なく相談させてもらうわ」
「おう!」
そう言ってベアンドは豪快な笑みを浮かべた。…でも、ベアンドにどこまでの力があるか解らないから、愚痴聞いて貰うとかそんな感じの事で頼らせてもらおう。
「…そういや大将、今日はリーナちゃんは休みか?」
ん?誰?と思った瞬間、ベアンドから殺気が…!?
「…休みだが何だ?…ちょっかいかける気なら、刻んで炒めるぞ……!!」
「お、おぉう……」
「…なぁベアンド、リーナって誰?」
「…フム、お前さんになら教えても良いか。リーナはウチのもう一人の従業員で、この店の看板娘だな」
「へぇ」
「リーナちゃんが休みだからこんなにガラガラなん……うぉわ!!?」
「ウルセェぞ穀潰し!ミンチにしてこねて焼くぞ!!」
「…ベアンドの脅しは相手を料理する事なんだな」
その料理は食いたくないな。そんな事を思っていると、店の扉が開いて、一人の少女が入ってきた。
「やっほー店長!」
「む?リーナか?どうした、今日は休みだろ?」
この子がリーナか。淡い金髪を左右で縛り、元気そうな碧い瞳が特徴的な少女だ。若干幼さが感じられる顔立ちだが、それなりに起伏に富んだ体つきをしている。少なくとも服を押し上げる程度には主張している。…何処がとは言わないけど。
「えへへ。ちょっと暇だったし、店長一人で大丈夫かなー?って思って」
「そうか。心配してくれて嬉しいが、この通り客は殆どいないからな、大丈夫だ」
「リーナちゃーん!久し振りー!」
「げっ、三馬鹿じゃん」
「おう辛辣!だがそこがいい!」
「うわぁ…」
おいゲンドウ、引かれてるぞ。…お前、そんなキャラだったのか。
「ま、あの馬鹿共は放っておいていい」
「うん。……あれ?貴方、見ない顔だね」
リーナが俺を見て聞いてきた。……何だろう。この子と面識は無い筈なんだけど、何か見覚えがある様な…。
「ん、今日初めてここに来たからな」
「あ、そうなんだ!私、ここでお手伝いしてるリーナ、よろしくね!」
煌めく笑顔で言うリーナ。…後ろでゲンドウが倒れたな。…それにしても、何か記憶を刺激するな…。面識は、無い筈。
「ん、アルだ。……なぁ、何処かで会った事あったっけ?」
「お、ナンパかな?ふふ、その手には乗らないよん」
「いや違うから…、おいベアンド、怒気鎮めろ、違うって言ってるだろ。あとゲンドウ、殺気を向けるな、後でお仕置きな」
「って確定!?」
ゲンドウが何か喚いているけど無視。
「…何か、何処かで見た様な気がするんだよな……」
「…え?うーん、私は見覚えないけどなー…」
何かこう、何かが足りない様な、逆に多い様な………。…あ。
「えっと、リーナ…でいいか?」
「え?……まぁ、良いけど?」
「んじゃリーナ、もしかしてだけど君、お姉さんとかいない?」
金髪、碧眼、そして何処かで見た気がする顔立ち。つまり似ている顔立ち。…まさか。
「もしかして、お姉ちゃんの知り合い?」
「てことはいるんだな?」
「うん。結構有名だよ?」
有名…。確定か?一応確認してみよう。
「もしかしてリーナのお姉さんって……、メリシア?」
恐る恐る聞いてみると、リーナはあっさり肯定した。
「そうだよ。私はリーナ・テトラス。【明光騎士団】のメリシア・テトラスは私のお姉ちゃんだよ」
「………」
世界は、狭いね。




