忠告
スラムを進む。大通りとは違って道は舗装されていない土のままだし、建っている建物も倒壊しそうな程ボロボロだ。
そんな風景を見ながら、獄鳴亭を目指す。するとその途中で、いかにも荒くれ者ですよと主張している三人組が立ち塞がった。内訳は、筋肉ゴリラとヒョロ長身と筋肉ゴリラその2。
「へっへ、おい小僧。痛い目に遭いたくなかったら金目のモン出しな。」
筋肉ゴリラその1が下卑た顔でそう告げた。
「………。」
「オーイオイ、ブルッちまって声も出せねーぇか?」
「ゲヒャハ!大人しくしてりゃ、命までは取んねぇよ!」
ヒョロ長身と筋肉ゴリラその2も続く。…うん、ここまで典型的だとむしろ戸惑うな。
「あー、一応聞くけど、もし断ったらどうなるんだ?」
分かりきった事だけど、一応聞いてみる。
「…ああん?そうなったら、まず手足をぶち折って動けなくしてから指を一本一本丁寧に折りつつ背中の皮を剥いで背筋を切り取って腕の皮を焼いて剥がしてまた焼いてそのまま足の先から切り落として平行して髪の毛をむしりつつ耳の中に……」
「聞いた俺が悪かった、許してくれ。……てかえげつないな!?ただの恐喝とは思えねぇ!?」
何がお前らをそこまで駆り立てる!?
「さぁ、そんな目に遭いたくなかったら、大人しく金目のモン出しな!」
「え?嫌だ」
「………おい、話聞いてたよな?」
「おう、だけどさ、それは俺がお前らに勝てなかったらだろ?」
おおう、一瞬でぶち切れたな。
「なら死ねやオラァァァァ!!!」
「さぁいつもの《護影装》」
「いぎゃぁぁ!?」
「お、おい!大丈夫か!?」
格下相手に超便利、《護影装》先生。習得が馬鹿みたいに面倒だったけど、そのぶん絶大な効果を持つね。
「こ、こいつ魔法使いか!」
「や、ヤバくねぇか!?」
「……さて、たまには違うのも使ってみるか。」
いつもいつも《護影装》とか《痺縛》に《幻夢》じゃつまらないしな。
「という訳で《影撃》」
「ぐばっ!?」
下級闇魔法《影撃》。その名の通り影で相手を打つ魔法だけど、下級だからちょっと耐性のある奴には効かない。だけどこいつらみたいなゴロツキ程度には丁度いい魔法だ。
「そして《石撃》」
「あぎゃっ!?」
こっちは下級土魔法の《石撃》。掌に余る大きさの石を造り出して放つ魔法だけど、これも耐性のある奴にはただの小石をぶつけるよりも効果が無い。消費魔力が少ないから使い易いけど、ちょっと鍛えた奴にはあまり効果の無い魔法。それが下級魔法。正直無いよりマシ程度。それでも、まったく魔法を覚えていない奴には効果抜群。
「…コイツら、ロットの配下ではなさそうだな」
獄鳴亭の近くで襲われたからちょっと警戒したけど、もしもロットの配下だったら、少なくとも俺が魔法を使う事は知っているだろう。けどコイツらは知らないっぽかった。…ロットがこの辺を支配している訳じゃねぇのか?
「…ま、別にいいか」
どちらにせよ、今の所は特に被害は無い。なら、気にし過ぎるのは馬鹿らしい。そう結論付けて獄鳴亭を目指す。
そう歩かない内に辿り着いた。扉を開くと、相変わらずオッサン達が酒場で酒を煽っていた。…意外と金はあるのか?
そして入口近くにある宿屋の受付らしきカウンターに、ロットが居た。昨日は誰も居なかったのに。
「おやおや、これはお客様、お早いお帰りで」
変わらぬ作り笑顔で告げるロット。
「…おう」
「如何でしたか?お客様。収穫はありましたか?」
短く答えて部屋に戻ろうとした時、唐突にロットがそう言った。…収穫?
「……何の話だ?」
「それはもちろん、お客様のお仕事の話ですよ」
作り笑顔のまま、だけど鋭く細い眼で俺を見るロット。…こいつ、何を知っている?
「…仕事?どういう意味だ?」
「隠さなくても結構ですよ、騎士団に通報したりはしませんから。……ねぇ?お客様」
これは、バレてるな。しかも、隠しても無駄みたいだ。
「…ずいぶん、耳が早いな」
そう、早すぎる。さっきの今起こった事を、何故知っている?……いや、何故かは知っているけどさ。
「この様な場所に店を構えておりますので、自然とそういった情報が必要となってきますし、私達はこの辺りで一番の勢力ですからね。耳も早くなるのです」
「…へぇ。そのわりには、躾のなってないゴロツキがのさばっているようだが?」
「……おや、何かありましたか?」
「この店のわりと近くで、かなり猟奇的なゴロツキに襲われてな。あれがお前の配下にしろ違うにしろ、治安は良くないみたいだな。……ま、こんな場所で治安もなにも無いけどさ」
するとロットの笑顔が僅かに消えた。
「……ほう、まだこの辺りで馬鹿をする度胸のある輩がおりましたか。………不愉快な」
瞬間、ロットから切り裂く様な殺気が立ち込める。…気魔法を使っている訳でも無いのに、周りのオッサン達が一斉に静かになった。
「………。…まぁ、それはいいんだけどさ」
とはいえ、気魔法で無ければ俺にはあまり効かない。へらっと流す。
「……おや、想像以上のお方のようですね。…ところで、お客様が本日押し入った宝飾店なのですが、あれ、【カジーフロット】が背後にいるようですよ」
「【カジーフロット】? 確か、この辺りで一番の盗賊団だっけ?」
「はい。宝飾店フロッカジート。入れ替えれば【カジーフロット】ですからね。分かり易過ぎて逆に騎士団も気付かない、奴らの収入源の一つです」
あぁ、なんかおかしいなと思ったら、そういう事か。確かに、バカみたいに分かり易過ぎて、俺も気付かなかったな。
「……なぁ、ちょっといいか?」
「おや、なんでしょう」
昨日から、ちょっと引っ掛かっていたんだけど、今の話でわりと確信した。
「俺さ、【カジーフロット】の頭に会った事があるんだよ。カジーフって言うんだけどさ」
「………ほう」
ロットの作り笑顔は変わらないけど、周りのオッサン達の様子が一変した。それじゃ、俺の考えを肯定しているようなモンだぜ?
「【カジーフロット】の頭領がカジーフ。そして、そいつらが裏で糸引いてる宝飾店を知るあんたが、ロット。…カジーフとロット。………さて、これはどうなんだろうな、ロットさん?」
安易過ぎるが、それが尚更怪しい。
「…フフ、答えはもう出ているのでは?」
「まぁな。だからこれは、確認だ。…お前は誰だ?俺に何を求めている?」
いくら迷惑を掛けたとはいえ、対応が下手に出過ぎだ。…疑うなという方が無茶だ。
「………。………私は、獄鳴亭の店主のロットですよ、お客様。…今は……ね」
変わらぬ作り笑顔で告げるロット。
「…あっそ、なら別にいいさ。俺に危害を加えなければ、あんたらの正体は問題じゃない。…今はな」
「…フフ、お客様とは気が合いそうですね」
「そうかい。そりゃごめんだね」
「つれないですねぇ」
ロットから視線を外して、酒場内を見回す。オッサン達の顔を一人一人確認して、目的の人物を発見する。そしてその人物に向かって歩いて行くと、ロットがほんの僅かに、本当に微かに動揺し、その人物は不自然に顔を逸らした。
「ようオッサン」
「…何の用だ?」
そのオッサンはあくまでも知らない振りをしていたけど、動揺しているのは目に見えている。
「別にさ、オッサンが何をしていようと、誰の命令で動いていようと、標的が俺ならいいんだよ」
「……な、何の話だ…?」
「……だけどもしも俺の知人に手を出したら、誰の命令とか関係ない。………殺すからな?」
このオッサン、実は俺がこの宿を出てから帰ってくる途中までずっと、俺を尾行していた。…恐らくロットの命令で俺の動向を見張っていたのだろう。だからこそロットは俺の行動を知っていたんだ。…そしてこのオッサンは、俺がゼビュンにペンダントを渡す所も見ていた。
「…な、……あ」
オッサンが目を見開く。よほど自分の隠密スキルに自信があったんだろう。相手が俺じゃなきゃ、気付かれなかったかもな。
「…分かったか?……あいつに手を出したら……」
そこで一旦言葉を切って、こっそり下級強化魔法の《腕昇》を発動して、テーブルの上の酒瓶へ腕を振り抜く。すると、酒瓶は見事に真っ二つに割れた。
「…お前がこうなるからな?」
「………!!?」
「お客様、その辺りで勘弁してあげて下さい」
顔面蒼白となったオッサンを見かねて、ロットが歩いて来た。
「お前も、よく考えて命令しろよ?」
「ご忠告痛み入ります。もちろん、お客様の逆鱗に触れる様な事は致しませんので」
「……ま、とりあえず信じてやるよ」
言って、宿の入口に向かう。
「おや、お出掛けですか?」
「あぁ、忠告に戻っただけだし、ここ飯は出ないんだろ?」
「えぇ、残念ながら」
「腹も減ってきたし、飯食ってくるわ」
「おぉ、ではいってらっしゃいませ」
ロットの言葉に手だけで応じて、獄鳴亭を出る。まだまだ太陽は沈みそうに無い。




