強盗…のつもり
さて唐突だが、今回の悪事を発表しよう。
今回の悪事は、強盗だ。
昨日、宿屋を探す為だけにふらふらしていた訳じゃないんだぜ。実は次の犯行の品定めをしていたのだ!…ゴホン。
という訳で俺は、商業区に足を踏み入れていた。昨日同様活気溢れる大通りから脇道に入り、途端に静かになった路地を歩く。
そのまま歩いていると、やがて一軒の店が見えてきた。
「宝飾店・フロッカジート、ここだ」
辺りに人気は少なく、言うなれば隠れた名店的な感じだろう。チラッと見た限りでも、中々の物品を販売してるし。だが、そんな店構えが仇となったな!ここなら多少騒ぎを起こしてもすぐには騎士団も来ないだろう。…よし、やるぞ。今回こそ悪事を成功させてやる!
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、何か胡散臭げな店員が声をかけてきた。
「おやおや、初めて見るお顔ですな。誰かのご紹介で?」
「いや、よさげな品が売っていたから立ち寄った。…誰かの紹介が必要な店だったか?」
店内を見渡すと、色とりどりの宝飾品が棚に飾られていて、キラキラしていた。しかし、客は誰も居なかった。…まぁ、宝飾店が賑わっているのも違うか。
「いえいえ、私共の店はそのように格調高い店ではありません。良い品を万人に、それが信条でございます」
「へぇ……。でも、こんな立地じゃ万人っては難しくないか?」
「万人に、とは申しましたが、それもある程度目利き出来る方を対象としています。価値の分からない方に売りつける様な真似はしたくないので」
「ふぅん」
ま、確かに、品数こそそんなに多くないけど、品質は結構上等だ。それこそ、貴族街でも通用するレベルで。…良い品を万人に、されど素人には売らず。思ってたよりも良い店かもな。…けど、それはそれ。品質が良いのは好都合だ。
「ちょっといいか?」
「はいはい、何でございましょう?」
俺の声に手を擦り合わせながら、店員が応じた。…やっぱり何か胡散臭げだよなぁ。まぁいい。
「この店の品、全部寄越せ」
「………は?」
俺の言葉が理解出来ていないのか、呆けた顔の店員に、もう一度告げた。
「この店にある全ての宝飾品、残らず寄越せって言ったんだ」
今度は理解出来たのか、困惑しながらも、問い掛けてきた。
「あの…、それは全てお買い上げという事でしょうか?」
ふむ、一応の確認か。もしも俺が傲慢な貴族だったら、購入の意味でそう言ってたかもしれないけど、違う。
「いや、金は払わない。痛い目に遭いたく無かったら、さっさと渡せ」
すると、店員の雰囲気が一変した。
「ハァ、たまに居るんですよね、あんたみたいな輩。立地が立地だからやり易いとか思ってんだろうけど……、何の対策もしてないと思ってんのか?………おい」
それは今朝、俺が部屋の前の馬鹿達に思ったのと同じモノだった。店員が合図すると、店の奥から巨大な人影が。
「おい、小僧。痛い目みたくなかったら……」
「なっ、この店は改造魔獣を飼ってるのか!?」
「誰が改造魔獣だ!!俺はれっきとした人間だ!!」
明らかに俺よりも一回りも二回りも大きなツルツルヘッドの男に向かってそう言うと、巨漢はそう怒鳴った。
「えー、絶対改造魔獣だろ。だってその頭とかあれだろ?亀と合成したんだろ?」
「これは剃ってんだよ!!」
「えー、んじゃその顎は?まさか……最初から割れてる訳じゃ」
「割れてんだよ悪かったな!!気にしてんだよ指摘すんな!!」
「お、おい、相手のペースに乗せられるな!亀あた……」
「それは言うな!消されるぞ!」
「お、おう、スマン……」
気を取り直して話を戻そう。
「…まぁオッサンが人間かどうかはどうでもいいけど」
「よくねぇ!!!」
「うるさいな…。用心棒はオッサンだけか?」
「…あぁん?」
「まだいるならさっさと呼んでくれよ?一々倒すのは面倒だから」
「……おぅゴラ、そりゃテメェ一人で俺を倒すって言いてぇのか?」
「……それ以外に無いと思うけど?見かけだけじゃなくて、頭の中まで獣並みなのか?」
俺がそう言うと、巨漢は目に見えてブチ切れた。
「客じゃねぇなら手心は要らねぇよな……、死んで後悔しやがれぇぇ!!!」
「《護影装》」
「ぐがぁぁぁぁっっ!!??」
いやー便利過ぎるよな、《護影装》。何かもうテンプレ化してきたしな、《護影装》に弾かれて痛がるのが。
「なっ!?魔法士か!」
店員が叫んだ。
魔法を扱う人の事を、魔法士、または魔法使い、魔女、魔術師などと呼ぶ。今さらだな!
「だがな…、こっちだって魔法は使えるんだぜ?」
「へぇー、なら、使ったら?」
「この、調子に乗っていられるのもここまでだ!《熱波》!!」
「下級魔法じゃねーか」
「馬鹿な!?」
下級の熱魔法《熱波》。熱魔法はその名の通り、熱を操る魔法だ。そして《熱波》だが、高温の熱を放つ魔法だ。けど、精々火傷する程度の熱だ。炎でもないから服も燃えないし、正直何もしないのと変わらないな。…あぁ、洗濯物を乾かすのには使えるかも。……傷むか。
「んで?他にはねぇの?まさかあれだけ自信満々だったんだから、もっと強いのあるよな?」
「ぐ、ぐぅぅっ……!!」
「…えー、終わりかよ」
思わず脱力すると、それを待っていたかのように―待っていたんだろうな―店員は叫んだ。
「馬鹿め!!油断したな!これでも喰らえ!《烈覇》ァ!!」
「む……」
中級の気魔法か。…超使える《護影装》だけど、気魔法には弱い。《護影装》が防ぐのは物理攻撃や魔力の通った魔法だけで、魔力が別の力に変換された気魔法は防げないのだ。
「く…、《護影装》が…」
「ハハハッ!!俺様を相手に油断するからだ!ハハハハハハ!」
「《静拍》、《痺縛》」
「カッ……!?」
「……たかが《護影装》を突破した程度で思い上がるな。こんなの、奥の手でも何でもないんだ」
《静拍》で気魔法を吹き飛ばし、《痺縛》で封じる。
「だって強化魔法は、扱える魔法の中で一番練度が低いしな」
まぁ、他にも同程度の魔法はあるけど。
「あ、そうだ。《幻夢》」
「もふぉ…」
未だに踞っていた巨漢を《幻夢》で沈黙させ、ポーチから皮袋を取り出す。
「んじゃいただき~」
そして片っ端から宝飾品を皮袋に詰め込む。店員が物凄い形相で睨んでいるけど、無視無視。
「…こんなモンか」
やっぱりちょっと少ないなー。けどまぁ、いっか。
「さて……ん?」
ふと、奥へ続く扉が気になった。巨漢もそこから入ってきたよな。
「……金庫とか、あるかも」
俺は奥に向かった。店員の顔が青白くなったけど何だ?
「……んー、特に目を引くのは…」
扉の向こうは事務室の様で、机の上に乱雑に書類とかが散らばっているだけで、金庫の類は無かった。……怪しい。
「って、これは…」
少し中を進むと、部屋の端に地下室へ続く扉があった。いかにもだな。
「……調べても良いけど、時間がなー…」
そう。さっきの騒ぎを聞き付けた騎士連中がいつ来るとも分からない。さっさと去るのが一番だけど…。
「ちょっとだけ確認させて貰うか」
扉に手を掛ける。鍵がかかっている。ぶち壊す。
「お邪魔~…」
「な、何だテメェ!?上の奴らは何して…」
「あ、そういう…。とりあえず《幻夢》」
「ぽへぇ……」
ツルツルヘッド二号を黙らせて中に入る。そこには、檻に入れられた子供達の姿が。
「おーう、宝飾店の裏の顔…てか?」
「だ、誰……?」
俺が呟くと、子供達の中で最年長らしき子供が問い掛けてきた。皆ボロ切れだけを纏っていて、身を縮込ませながら俺を見ていた。
「んー、…強盗さんだよ」
「え?」
檻の中には、男の子が三人の女の子が五人居た。歳は一番上でも十歳程度だろう。下に至っては四、五歳程度の子も居る。
「あ、あの…!助けて下さい!」
最年長らしき男の子が、声を震わせながら言ってきた。その目には怯えと、ほんの少しの希望が垣間見えた。…ふむ。
「残念だけど俺は強盗であって救世主では無いんだよな。」
「えっ?」
「ま、すぐに本当の救世主が来ると思うから、それまで頑…」
頑張れと言おうとした時、店中に声が響き渡った。
「悪党共!お前達は既に包囲されている!!大人しく投降せよ!!」
…どうやら騎士様の登場の様だ。
「…安心しろ。救世主が来たぞ」
すると、八歳くらいの女の子が寄って来て、問い掛けてきた。
「……おにぃちゃんは、ちがうの?」
「ん?俺は救世主なんて高尚な存在じゃないさ。ただの強盗さんだよ」
「こうしょう?」
「まだ難しかったか」
首を傾げる女の子の頭を撫でる。女の子は一瞬びくついたけど、不思議そうな顔で俺を見ていた。
「………。…投降する気配は無いな…、では、突撃!!」
その声と共に、店の一階部分にドタドタと足音が響いた。さて、潮時だな。逃げるか。
そう決意して女の子から手を離すと、不思議そうな顔のまま、聞いてきた。
「いっちゃうの……?」
「おう。また…会えるとは限んねぇか」
「……うぅ」
「おいおい、泣くなよ」
「ここは…、地下室か!隠れても無駄です!」
あーあ、逃げるタイミング失っちゃった。……つーか、何か今の声聞いた覚えが…。
「覚悟!!」
その言葉と同時に、誰かが地下室に突入してきた。
「さぁ観念しなさ………アルさん?」
「ゲッ…、お前か…」
そこには、【明光騎士団】の甲冑を身に纏った、メリシアが立っていた。
「…これはっ!?……説明して下さいますか?アルさん」
「ん?断る」
言ってメリシアの横を抜けて逃げようとしたけど、
「ほい、変わらずの通行止めだ」
「またかよ…」
カルスが道を塞いでいた。ハァ、めんどくせぇ感じになってきたな。




