夢だと思いたい二日目
白昼夢か。疲れてるな、俺。
「変な夢だった」
起きたら、部屋だったので昨日の出来事はやっぱり夢だったのだろう。
きっとあまりにイラつきすぎて深層心理が混乱を起こして混ざり合ってあんな変な夢を見てしまったのだろう。うん。
夢のことなんてよく知らんけど。
起き抜けだからか、床で寝てしまったからか、頭がすっきりしなくて重ダルい。軽く振って、顔でも洗うかと立ち上がると視界の端に変なものを見た気がした。
気のせいだということにして、洗面所に行くと鏡に映った顔には鼻血がカペカペとこびり付いていた。やっぱり現実でもぶつけたみたいだな。
まだ少し痛い。でも、折れてもいないようだからいいか。ほっときゃ治るだろう。
顔を洗おうと思ったけど、昨日風呂に入ってないことを思い出し、シャワーを浴びることにする。
目覚まし時計がなってないから、まだ早い時間かな。
今日は十二時出勤だから、二度寝でもしようか。
でも、昨日缶とか片付けないで寝たから片付けないと。
つらつらと考えながら体を洗う。
綺麗に全身を洗うと、すっきりした気分になった。
服を着て、ふんふんと鼻歌を歌いながら台所に、向かう。
冷蔵庫を開けて牛乳を取りコップに注ぐ。そして、腰に手を当てて一気に煽った。
やっぱ風呂上りはこれだよなぁ。
「おい、何を呑んでおる? 我にも寄越せ」
ブハ――――――、ゴホッゴホッ。
突然聞こえてきた声に驚き、飲んでいた牛乳を吹いてしまった。しかも、器官に詰まったし。
じゃなくて、目の前に昨日夢で出てきた袴の男がいる。
「な、な、なんで居んだよ!!」
「行き成り寝始めた貴様を運んでやったのは我ぞ。居るに決まっておろう」
妙に偉そうな感じで男は言った。
あれは夢だったはずなのに。
起きたときも何かいるような気がしてたけどもさ。
見間違いだと思うだろ。
だけど、男はしっかりと目の前に立っていた。
俺が今も寝てて夢を見てるってことはないだろう。
シャワーもちゃんと浴びてる感じあったし、さっき咽たし。
いやでも、待てよ。
もしや、これが白昼夢と言う奴だろうか。
確か疲れていると見るとこがあると聞いたことがあるようなないような。
改めて、男を観察してみる。
日の光に浮かび上がるような夜色の髪に、透けるような白い肌をした美貌の男だ。切れ長の目がきつめな印象を与えるけれど、十人中十人がかっこいいと言うだろう。
けれど、怖そうなので仲良くしたいかと聞かれたら七人くらいはいいえと答えそうだけど。
というか、どうせ夢なら綺麗な男より女のほうが良かった。
夢なのに、ままならないものだ。
「昨日から思っておったのだが、貴様は我の言うことをちっとも聞かん」
ごちゃごちゃ言っていた男を無視して考えていのだが、その言葉で思考は遮られる。
「聞きたくないけど聞こえてる。現実逃避だ、ほっとけよ」
「逃避しても事態はよくなったりせん。しっかりと聞け」
何故こうもこの男は偉そうなのか。
正論だが、人の部屋に勝手に入って居座っている男に言われたくない。
しかも、さっきから耳に入ってきていた単語はどう考えても頭イカレてる様にしか思えない。
「あんたの言葉なんて聞いてられるか。自分が神だとか、馬鹿じゃねえの」
「馬鹿ではない、失礼な奴め。我は神だ」
「あーはいはい。何の神様ですかぁ」
「信じておらぬな。××××山に奉られた偉大なる神だぞ」
うまく聞き取れなかったけど聞いたことのない山の名前だった。胡散臭い。
「で、何で家にいるんだよ」
「貴様を運んだからだ」
「それは、ありがとうございました」
「うむ」
「それで? 俺を運んでくれるだけだったらもう終わったんだから自分家にでも帰れば良いじゃん。他になんかあんの?」
「貴様の血を寄越せ」
「はあ!?」
外国にいるって言う吸血鬼の話にでも感化されたのだろうか。
何、それ。こっわ。
新手の宗教の人だった。
早く追い出さなきゃ。
「俺は、あんたに血なんかやらない。帰ってくれ。他の奴にでも貰えよ」
「貴様でなければ駄目だ。今はもう、これほど力に溢れた人間はごく僅かしかいなくなってしまった。それを探すのは難しい。我はすぐに力を取り戻さなければならないのだ」
あなたは神に選ばれた人なんですよ系の勧誘だ。そんなのに騙されるわけねえだろ。
「俺、ホントそういうの興味ないから」
「そういうのとは、何を指しておる。まるで話が通じん。やはり頭が悪いのか」
「何でそうなるんだよ。あんたが可笑しなことばかり言ってるだけだろ。自分が神だとか宗教団体の教祖とかそういう人しか言わないんだよ」
「人であるなら神ではないだろ」
「そうだよ。本物じゃないんだよ。あんたもそうだろ」
「我は、人ではない」
「じゃあ、なんだよ。吸血鬼なのかよ」
「何故そうなる。××××山の神だ」
また、出てきた変な山の名前。これじゃ堂々巡りだ。
どうしたもんかと、奴から目をそらしふと時計に目を向けた。
十一時三十五分
…………
「遅刻する――――!」
だっと、部屋着から仕事に着ていく服に着替える。
「おい、行き成り叫びおって、何を急いでおるのだ」
「仕事に遅れそうなんだよ」
「そうか。それでは、我もついて行こうかの」
「来んなよ。と言うか、ホント自分の家にでも帰れ」
カバンの中身を確認しながら男に言う。
「今は帰れん」
「とにかく、俺の家からは出てってくれ」
腕時計に目をやると四十三分。
これは、急がないと。
でも、この男をそのままにしておく訳にはいかないので、玄関口までぐいぐい押した。
「こら、押すでない」
「いいから、出た出た」
ようやく玄関から出して、すばやく鍵を掛けてしまう。
「おい」と男が焦った声を出したのに「ちゃんと帰れよー」と返して、俺は、店まで走った。
裏口から休憩室に入って白の制服を着て、タイムカードを押す。
間に合ったー。
時刻は十一時五十七分。
ギリギリだった。
安心して、息を整えてから店の方に出る。
「おはよーございまーす」
「おはよう、九十九君。今日はギリギリだったねぇ」
「うわっ、ばれました?」
「だって君、店の前通ってここに来るでしょ。レジ打ってると見えるんだよね」
「すみません店長。でも、何とか間に合いましたから」
「ああ、怒ってるわけじゃなくて珍しいなって思っただけだよ。九十九君は真面目だねー。別に一分前くらいについても間に合ってるんだから謝る事なんてないのに。加賀美君は、五分遅刻してもしらっとした顔して挨拶してくるよ」
穏やかな顔でニコニコと笑って言う店長を見て思う
相変わらず、ゆるい店だなぁ。
このゆるさが良いわけだけど、経営とか大丈夫なんだろうか。
毎月給料支払われているから大丈夫なんだと思うけど。
「店長、今日は何しましょう」
「今日も特にする事ってないんだよね。取り合えず、はたき掛けといて」
「はい」
やっぱり、ゆるいよなー。
帰ってまだあの男がいたらどうしようと思いながら仕事をしていたらすぐに閉店の時間になってしまった。
「ご苦労様、九十九君。また明日もよろしくね」
「はい、お疲れ様です店長」
挨拶をしてから、足取り重く自分の家に向かった。