一日目の出会い
(春は出会いの季節だと言うけれど、どうせならかわいい女の子とかの出会いが欲しかった※ただし、人間に限る)
その夜の俺は機嫌が悪かった。
働いている薬屋で変な客にいちゃもんをつけられたからだ。
薬屋にボックスティッシュ置いてないからと言って何故にあそこまで罵られねばならないのか。
鼻水かむのに使うんだから置かないのはおかしいだろうから始まり
お前なんかどうせ≪ピー(自主規制)≫で≪ピー(自主規制)≫してるクソ野郎なんだろ!!
なんて、最後には決め付けで俺の人格が否定されていた。
声が大きくすごい形相で、その姿は一言で言うとヤバい奴だ。
そんな人間に関わりたくないと他にいたお客様が即座に出て行き、入ってこようとしたお客様も踵を返すと言うとんだ営業妨害だった。
そんなにボックスティッシュ欲しいなら隣のスーパー行ってとっとと買って来いっての!
もしくは置いてあったポケットティッシュで我慢しろ!!
警察でも呼べばよかった。ああ、腹が立つ。
ていうかあれ、違法薬物か合法薬物かキメてたんじゃねぇの。
なーんか、苦いような独特の匂いしてたし目の焦点合ってなかったし。
店長が気にすることないよと慰めてくれたけれど、落ち込むというよりイライラが収まんねー。
気分を晴らそうと家に買い置きしてあったビールや梅酒を飲んでテレビを見ながらぶつぶつ愚痴を吐き出してなんとなく怒りは収まってきた。
たぶんその光景を見た人がいればドン引きだろう。自分でもたまに客観視してしまって凹むときがある。
だけど、その時はだいぶ酒に酔っていて正気に戻ることはなく良い感じにできあがっていた。
しかし、ここからが楽しい所だって時に酒がないことに気がついた。
しょうがねぇなと、足りなくなった酒を買おうと近くのコンビニに出かける。
足元は多少ふらつくけれど問題はない程度だ。ビール3本とつまみにポテトチップスを買って自分家に戻ろうとすると、さっきまでなかった石が落ちているではないか。
しかも俺の進行方向を邪魔する形で。
収まっていたイライラがむくむくと湧き上がって来る。石ころの癖に俺を馬鹿にしやがって。
俺は思い切り石を蹴り上げた。
「いっ……」
「いってぇ」
硬い。石なんだから当たり前だ。あまりの痛さに酔いがさめる。
何馬鹿なことやってんだ、俺。
自分の行動に後悔しながら、蹴った石を睨んだ。
「こんなとこに漬物石捨てるなよな」
「漬物石とは何たる侮辱」
くぐもった低い声が聞こえた気がした。
どこから聞こえたのかと辺りをキョロキョロと見渡してみるけれど、誰もいない。
まだ、酔いが残ってんな。
家に帰って寝よう。飲みなおす気分じゃなくなった。
「おい、逃げるな無礼者」
またもくぐもったような声が聞こえた。
それは気のせいじゃなければ、漬物石から発せられているようだ。
そんなわけはないと思いながらも、しゃがんで石をつつんと突いてみる。
「突くでない」
「わぁっ」
い、石がしゃべった。驚いて尻餅をついてしまう。
よく考えろ俺。常識的に考えて石はしゃべらない。
「間抜け面をしていないで我に謝れ小童め」
常識で考えたらしゃべらないはずなのに明らかに石から声が出てる気がする。
酒に幻覚作用なんてあったけ? 変なもの食べた覚えはないし。
「……分かった。おもちゃか!」
そうか。そうだよな。この後ろにふたが付いていて電池で動いて話をしているのだ。
ちょっと重いなと思いながらも持ち上げて裏側を覗いてみる。
つるつるだ。蓋がない。
「誰がおもちゃだ。軽々しく扱いよって」
「ぶへっ」
怒った声と共に石は俺の顔へクリーンヒットして地面に着地した。
鼻いたぁ。
思わず手で押さえると、ぬるっとした感触がある。
鼻血がでてる。
血が、出ている。
それは、次から次へと溢れて
押さえている手から滴り落ち
ぽた、ぽた、と
地面へ
――石へ、落ちていく。
「おぉ、これは」
感嘆の声が聞こえる。
それと同時に石はほのかな光を放つ。
次第に光は大きくなっていき、
俺は鼻を押さえた間抜け面でそれを眺めているしかできない。
自販機くらいの大きくなった光は、一瞬、目も眩むほど輝いてから夜空へと筋を作って飛び立って行った。
「すげぇ」
まるで流れ星のようだ。
はっ、もしかしたら願い事したら叶うかも。
今からでも間にあうか
「宝くじが当たりますように宝くじがあっぐは!」
「我を無視するな! 意味分からんこと呟きおって!」
「いってぇな。何すんだよ!」
弁慶の泣き所に強い衝撃を受け、たぶん俺に蹴りを入れたであろう人物のほうを向いた。
いつから居たのか分からないが、長身の男が居た。
夜空に同化するような紺色の背まで伸びた長い髪に時代はずれな袴姿が印象的な男だ。
「……コスプレ?」
「コスプレとは何だ? 食べ物か?」
「は? 今変な格好してるだろ。それだよ、それ」
「変だと!? この格好のどこが変なのだ。変と言うならお前の顔のほうが変であろう」
言われて見れば、俺は鼻血を出してそのままだった。
もう血は止まっているけれど顔には乾いた血がこびり付いていて酷い有様だろう。
「こ、これはしょうがないだろ。石がぶつかってきて大変だったんだからな!」
……そういえば、石はどうしたのだろう。
目の前には男が居るだけで、他にいつもと違うようなものはない。
人の目線を遮るように高いブロック塀が続き、少し遠くにある薄汚れた電灯が申し訳程度に道を照らしているだけである。
目の前の男に視線を戻してみる。
見れば見るほど、変な格好だ。
よく見ると男の左頬の下から首のほうに掛けて水色で細かく鱗のようなものが描かれていて、目はカラコンを入れているのか水色で、猫のように縦長ですっとすぼまった瞳孔をしている。
変な格好だったが、つり目で日本人らしい顔をしたその男に妙に似合っていた。
が、何故こうも細かなところが見えるのだろう?
いつもだったら向かい合っていれば大体どんな服きてるかとか髪型だとか、もっとしっかり見ていれば顔も分かるけれど、
瞳の色だけじゃなく瞳孔だとか、水色の模様が鱗のようだとか判断できるない。
何故見えるかっていったら、そりゃ、光ってるからだよなぁ。
至極当然な結果に落ち着いた。
男は、光っていた。
…………。
「あー、頭痛いな。実は酒飲みたいと思って寝てるだけなんじゃねぇの、俺」
床に寝てるから、頭痛いんだよ。
鼻は、テーブルにでもぶつけたのかな。
朝起きて鼻血出てたらテンション下がるわ。
誰かが話しているような声が聞こえる。
テレビでも付け忘れてるのかな俺。電気代もったいないから消さなきゃいけない。
早く起きろよ。
話し声が大きい。耳元で怒鳴られているような音量だ。
リモコンでも間違って押してしまっているのだろうか。
騒音で苦情が出るかもしれない。
ほんと、夢の中で突っ立ってないで早く起きないと。
「おい! 我の話を聞け!!」
怒鳴り声と共に、視界がぐらりと揺れた。
強い力で肩を掴まれたからだ。
そう、コスプレ男に肩をつかまれた。
触れるということは……
「現実!?」
「何だ。呆けておると思うたら寝ておったのか。寝ぼけるのも大概にしろ」
馬鹿にしたように、コスプレ男は笑う。
まさに後光の差す笑顔だった。
その笑顔を尻目に俺の体はふらりと後ろに倒れ。
意識は闇の中に落ちた。
主人公は情報が頭で処理しきれないとブラックアウトしちゃいます。