ご対面
ナゴムの中で儀式の担当者は老人のイメージがあった。話し方が尊大で、どこか古めかしさを感じたからである。
しかし、目の前に現れたのは自分と同じくらいの男の子だった。
(この子が儀式を仕切るのかな?…無理じゃない?)
夜を思わせる漆黒の髪と白い肌、瑠璃色の瞳。およそ人とは思えない雰囲気に鳥肌が立つ。
白い水干を着た少年は無表情でこちらを見つめるとゆっくりと話し出した。
「外見で判断してはならぬ。こう見えて我はそなたよりも永き時を過ごしておる。」
「な、なんでわかったの?」
心の中を読まれ、激しく動揺するナゴム。そんな彼の姿をカナメは不思議そうに眺めていた。
「…ナゴム様、先ほどからどなたとお話しされているのですか?」
「誰って…カナメにはこの子が見えないの?」
「…!まさか、そこにミコト様がいらっしゃるのですか!?」
「…ミコト様…?」
「我の名よ。我の姿を確認できるのはカウン・アルヒの王族のみだ。残念だが、カナメには我が見えておらぬ。」
ミコトはカナメの目前まで近づき手を(袖に隠れてみえないが)ひらひらと振ってみせるが、まったく気付いていない様子である。
「本当だ…君、いったい何者なんだい?」
「…我は生命の樹より生まれし精霊なり」
「生命の樹の…精霊?」
「左様。我は生命の樹が地上に出でし時より存在し、全ての命の流れを見届けてきた。」
「そんなに長生きしてるのかい?すごいなぁ…でも、生命の樹の精霊が何でカウン・アルヒの儀式に関係してるの?」
「…そなた、些かモノを知らなすぎるな。真に王族なのか、疑問を隠せぬ。」
「な…!失礼じゃないか、ボクは本物の王子だよ!」 ミコトの言葉にカチンと来て、思わず声を荒げる。
「落ち着いてくださいナゴム様!ミコト様、何をおっしゃったのかは存じませんが、万物を見通す貴方ならばナゴム様の事もお分かりになるはず。あまり底意地の悪い質問はお止めください!」
「親ばかりか周囲まで甘やかした結果がこれか。箱入りも大概にいたせ。」
「こ、これからだもん。父上も『子供は遊んで感性を育てるのが仕事だ』って言ったもん!」
「部屋に籠って絵本を読み耽る以外にも感性を育てる方法はある。外に目を向けようとしなかったナゴムも、向けさせる事をしなかった周囲も愚かしいわ。」
抑揚なく容赦ない言葉を浴びせられ、ナゴムは項垂れた。悔しさと情けなさで握りしめた拳が小さく震えている。目頭が熱くなり視界がぼやける。
「ひ、ひどいよ。ボクは知らないから聞いただけなのに、説教されるとか。」
「ナゴム様、泣かないでください。ナゴム様の知識不足は、教育係である私が至らないせいです。これから少しずつ学んでいきましょう。」
泣きじゃくるナゴムの背中を優しく撫でながら、ゆっくりと宥めた。
二人の様子を眺めていたミコトが語り出す。
「ナゴムの教育方針は後日決めるがよかろ。とりあえず話を進める。」
「話って…あぁ。」
先程までのやり取りで、自分の質問―何故、生命の樹の精霊がカウン・アルヒの王族の儀式に関係するのか―を失念していた。
ミコトに対する怒りがまだ残っているのか、口を尖らせながらそっぽを向いて話を聞くナゴム。ミコトはそれを気にする風でもなく、言葉を続けた。
「生命の樹は地上と天界を繋ぐ存在。地上の願いを神に届け、神の声を地上へ伝える役割を持つ。しかし、普通の者は我らの声を聞くことは出来ぬ。」
「…どうして?」
「…縁の違いよ。カウン・アルヒの王族は我らの姿を確認出来る唯一の一族。
我らに変わって地上の者達に神の声を伝えるには、私利私欲に走らず、民のために誠心誠意を持って政を行える人物でなくてはならぬ。」
「…だから王位継承の資質があるか見定めるって事なの?」
「左様。」
ふぅ…と大きく息をつくと静かに目を閉じ、動かなくなったミコトを横目に、ナゴムは考える。
(正しく神様の声を伝えるって…そんなに難しいのかな?私利私欲に使うってどういう事なんだろう?)
今までにない程頭をフル回転させてみるが、納得のいく答えが出せずにいた。「…ナゴム様、大丈夫ですか?悩んでおられるようですが…」
「うん、平気。今はわからない事ばかりだけど、これからしっかり学んでいけばいいんだよね。」
「その意気ですナゴム様!私もお手伝いさせていただきます!」
「ありがとうカナメ!ボク頑張るよ!」
二人だけで異様に盛り上がったのを見計らって、すっとミコトが目を開く。
「さて、そろそろ儀式を始めるか。」
「うん…。で、ボクは何をしたら良いの?」
今まで視界から外していたミコトに向き合う。
目の前にいる精霊は、初めて会った数刻前と同じ無表情で考えが読めず、変に緊張してしまう。
「そう構えずとも良い。そなたにお使いに行ってもらうだけだ。」
「お使い?」
意外な儀式の内容に、思わず声が上擦る。
「何だよ、お使いって。いくらボクが頼りない子供だからって、お使いはないでしょ!」
「ほう、頼りないという自覚があるのか。たいしたものだ。」
「褒められても嬉しくないよ!」
「褒めておらぬ。今のそなたの資質を確かめるに相応しかろ。」
頬を膨らませて怒るナゴムを気に止めることなく話を続けると、すっと片手を頭上へ掲げる。
何が始まるのかと見つめていると、ミコトの手のひらが光りだす。一瞬、眩く輝き光が消えると、彼は長い木の棒を手にしていた。
「それ…どこから出したの?」
「生命の樹の一部よ、気にするでない。そなたには、この棒を持ってある場所に行ってもらう。」
「ある場所?」
「カウン・アルヒの南部に水の精霊が多く集まる湖がある。そこの精霊に、この木の棒を『雨露の杖』に加工してもらうのだ。」
「…それだけ?」
「それだけよ。」
「なぁんだ、それなら簡単だよ!良かったー。」
「言っておくが、材料はそれだけではない。」
安堵したナゴムを不安にさせるのに十分な一言だ。
「え、何か言った。」
「やれ、都合の悪い話は聞こえぬか。よく聞け、材料は他にもある。一度しか言わぬから、記憶すりなり紙に記すなりしておけ。」
急いでカナメから紙とペンを借りる。最初から記憶する気はないようだ。
「残りの材料は『風読みの羽根』と『霧雨の雫』。
『風読みの羽根』は風の精霊が持っておる。
『霧雨の雫』は湖の近くにある森の中にいる精霊が在りかを知っておるから尋ねるがよい。」
「ず、ずいぶん親切に教えてくれたね。何か企んでないよね。」
「企む事などないわ。全てはそなたの行動次第だ。」
「わかったよ、お使いくらいキチンとこなせるんだからね!行こう、カナメ!」
息巻いてきびすを返すナゴム。カナメはミコトがいる(と思われる)方向に深々と一礼して、先を行くナゴムの後を追った。
そんな二人を見送って、ミコトはポツリと呟いた。
「やっと行ったか。しかし儀式に従者を伴った王子は初めてよな。今度ムゲンに会ったら放任主義も大概にせいと忠告するか。」
トンっと飛び上がるとフワリと風がおどる。そのまま生命の樹の大きな枝へと着地する。幹へ体を預けるように座り込み、そっと目を瞑った。
「さて、儀式の始まりよ。そなたの資質、見極めさせてもらうぞナゴム。」