祠の中で
街を出て約2時間、小さな森を越えて生命の樹がある丘が近づいてきた。
「はぁ…生命の樹って近くで見ると本当に大きいんだねぇ。見上げ過ぎて、首が痛くなっちゃった。
それに丘も…丘っていうか、小山って感じだね。」
「えぇ、相変わらずの存在感ですね。ああ、祠が見えてきましたよ。」
カナメが指差した方向を見ると、丘の下に小さな洞穴があった。入り口には不釣り合いに思えるような頑丈な扉がついている。
「えっと…祠?」
「はい、見た目は少々アレですが、由緒ある祠でございます。」
「…ただの洞穴にみえるのは気のせいかな?」
「気のせいではありませんが、カウン・アルヒの王族にとっては大事な祠でございます。さあ、あと少しです。頑張ってください。」
「…儀式…あそこでするんだ…」
忘れていた不安に再び襲わるナゴム。先程まで軽快だった足どりが重くなってしまった。
目的地に近づくにつれて、風に揺れる草花の音や大樹の枝葉のざわめきが一段と大きくなる。
「何だか、空気が変わった感じがするね。」
「おそらく聖域に入ったのだと思います。」
「聖域…?」
「生命の樹が放つエネルギーの影響を色濃く受けている場所の事です。生命の樹が衰えない限り、邪な心を持つ者は近づくことすら出来ないんですよ。」
「そうなんだぁ…。何だか胸の奥がスッキリする感じだ…うまく言えないけど、モヤモヤしたモノが無くなったみたいだ。」
「生命の樹のエネルギーは浄化作用もあると聞いたことがあります。それのおかげかもしれないですね。」 カナメの説明にウンウンと頷きながら鮮明に見える景色を眺めた。
ここへ来る途中の街道では聞こえていた鳥のさえずりや、動物の鳴き声も聞こえない。
(邪な心を持つ人…っていうよりも、人間を含めた動物が何となく入ってこれないって感じだよね。)
そんな思いを抱きながら歩を進め、ようやく祠の前にたどり着いた。
遠目で見れば小さな洞穴だったが、目の前に来ると中々の大きさだった。
「うーん、意外と大きかったんだね。あれ、そういえばカギ持ってるの?」
「はい、ムゲン様からお預りしてます。」
そう言ってカギを鍵穴に差しこむ。
ガチャンと重々しい音が辺りに響いた。
「ではナゴム様、その扉を開いてください。」
「…何か怖いなぁ…カナメが先に行ってよぉ。」
「それはなりません。本来ならば、王族のみしか入ることが許されない場所なんです。私はムゲン様から特別に許可をいただいて同行しているだけですからね。ナゴム様、張り切ってどうぞ!」
「どうぞ!じゃないよぉ!うーん…どうしよう。」 まごまごと扉の前で悩むこと数分、ようやく意を決したナゴムはゆっくりと扉を押し開いた。
洞穴の中はしっとりとしたていたが、不快感は感じられなかった。壁や天井は土や岩がむき出しになっているが、足元は歩きやすいように整えられている。
等間隔に壁に埋め込まれた丸い石が仄かに光り、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
ナゴムは後ろにいるカナメの服を掴みながら、そろそろと歩き続けた。
人が一人通れる幅の道から急に開けた空間が現れた。壁一面にゴツゴツした岩があり、それらは淡い青色を帯びた光を優しく放っていた。
奥の方は暗くてよく見えないが、何か太くて大きな柱のようなものが見える。
「こんなキレイな場所は初めてだぁ…」
「すごいですね…。位置的には生命の樹の真下になるみたいですが…。」
二人とも眼前に広がる光景を呆然と見つめていた。
所々キラキラと輝いている天井を見上げていると、何処かから視線を感じる。
(誰か居るのかな?そういえば、儀式の担当者ってここで待ってるんだよね?)
キョロキョロと辺りを見渡すが人影はない。
「ナゴム様、どうされたのですか?」
「ん…儀式の担当者ってここに居るんでしょ?何処に居るのかなぁーって思ってさ。」
「そういえば人の姿は見えませんね。…気配はするのですが…」
「え、そうなの?ボク何も感じないよ?」
ナゴムは首を傾げて考え込む。
「我を探しておるのか?」
「うわぁ!だ、誰?」
突然の声にナゴムは動揺し、慌てて姿を探すが見当たらなかった。
「何かあったんですか、ナゴム様?いきなり大きな声をあげられましたが。」
「今、ボク達以外の声が聞こえたでしょ?」
「いえ、何も聞こえませんでしたが…」
「そんな…確かに聞こえたのに…」
急に怖くなってカナメの後ろに隠れる。
「挙動不審が過ぎる。」
ため息混じりの声が頭上から降ってきた。
はっと見上げると空中に人影があるのを確認した。
「だ、誰なの?そんな暗い所に居ないで出てきてよ」
「やれ仕方ない。」
ふわりと空気が動いて、ナゴムの前に舞い降りた。