序章
弱気で優柔不断、世間知らずの皇子ナゴムがゆっくり成長していく物語です。
その日、ナゴムは中々寝付けなかった。
明日は自分の誕生日であると同時に王位継承者としての資質を試す儀式が行われる日だ。誕生日は嬉しいが、儀式は正直なところ嫌だった。
「うぅ…風にあたって来ようかなぁ」
独り言を呟きながら、寝室を出て、テラスへと繋がる大きなドアを開いた。
爽やかな風が吹くテラスは満月の明かりで神秘的な雰囲気がある。
「ん〜気持ちいいなぁ…」
深呼吸をしながら夜空を眺めていると、儀式の事で落ち込んでいた心が少しだけ軽くなった気がした。
「くよくよ考えてても仕方ないかぁ。明日も早いし、もう寝ようかな。」
寝室へ戻ろうと踵を返すと、階下で話し声がする事に気づいた。
(誰だろう?)
手すりから身を乗りだし様子を伺う。夜陰に紛れて顔は見えないが、声色からして父のようだ。
「…まぁ、お手柔らかに頼むわ。」
「加減をすれば後継の資質があるか判断出来ぬ。」
「そう来ると思ったよ。
だが頼む!怪我だけはさせないでくれ!」
「やれ、相変わらずの子煩悩よ。そんな事は本人が注意深く行動すればよいだけの事、我は知らぬ。」
どうやら父の話し相手は明日の儀式の担当者のようだ。
(どんな人なんだろう?)
もっとよく見ようと体を乗り出した瞬間にバランスを崩してしまい、テラスから落下してしまった。
手すりから手を放さなかった為、地面への激突は免れたが、「うわぁ!?」と大きな声を出したおかげで父に気付かれてしまった。
「ナゴム!?何やってんだお前は!!」
父は慌てて宙ぶらりんになっている息子を抱き止める。
「ごめんなさい。父上の話し声が聞こえたから、気になって…」
「気になるからって、こんな危険な真似をしたらダメだろう。お前に何かあったら、俺は人前でも憚らず泣きわめくぞ。」
「それは…色んな意味で困るから止めて。」
苦笑しながら辺りを見渡すが、父の話し相手はとっくに姿を消していた。
「父上、先ほど一緒にお話されていた方は?」
「んあ?あぁ、帰ったみたいだな。」
「帰った…って、目の前に王子が降って来そうな状況だったのに?」
「アイツはそういうヤツなんだ、気にするな。それより、明日は大事な儀式があるんだ、早く寝なさい。」
寝室まで着いていくからと父に促され、ナゴムは歩き出した。先に帰ったという人物と何を話していたのかを聞くと「明日の打ち合わせだ。」としか答えてくれなかった。
寝室に戻ると忘れていた眠気が襲ってくる。
「明日になれば色々分かるよね?深く考えるの止めようっと。」
誰に言うわけでもなく呟くと、そのまま眠りに落ちてしまった。