風の章 6
その後しばらく俺は村の外から小僧を見ていた。どうでもいい事だがこの村は村全体が暗い貧しい気で覆われている。嫌な気だ。俺はあまり近づきたくない。
それでも小僧のする事に少しばかりの興味がある。
だから俺は風に乗って流れてくる音と大気の動きで小僧の様子を伺っていた。
小僧は村のはずれの一際みすぼらしい家に向かっていった。
家の中は一際暗く沈んだ薄ら寒い気で溢れている。
「こんばんは」
小僧がドアを叩く。
「はい、どちら様ですか」
家の中からやつれた顔をした女が出て来た。
女は日が暮れてからやってきた来客を胡散臭そうな目で見ている。
「私は、東の都ツェーントルから来た者です」
と、小僧が挨拶しても女は警戒心を解かない。すると、
「司祭様!こっちこっち、おとうはこっち!」
小さな女の子が飛び出てきて、小僧の手を引っ張った。
「こら!知らない人にいきなり、この子は…」
と、たしなめる母親の言葉を遮って、
「知っているもん。おとうの事を治して下さいってお願いしたんだから」
と、女の子は答えている。
母親は驚いて聞き返す。
「いつお願いしたの?」
女の子は嬉々として答える。
「夢で会ったの!」
母親がキリキリとした気を放って声を荒げた。
「何を言っているの!この子は!夢で見たからって本当にくるわけないでしょ!」
そこで女の子が泣き出した。
そして小僧が口を開く。
「純粋な願いが僕の所まで届きました」
すると母親のキリキリとした気が小僧に矛先を向けた。
「貴方が司祭だという証拠はあるの!」
小僧は静かに息を吸い込み、自分の言葉に自分の穏やかな気を含ませてゆっくりと話かけた。
「僕は司祭ではありません。神殿の中で世の中の理を学んでいるシェイマの一人です。しかし、僕には人を治癒する力があります」
そう言って母親に向かって手をかざすと、小僧の穏やかな気が母親のキリキリとした気を包み込んで自分の穏やかな気に同調させてしまった。
「・・・あら?・・・私・・・今ずいぶん苛立っていたみたいだわ。主人の看病であまり寝ていなかったから心身ともに疲れてしまって・・・」
と、母親は夢でも見ているかのように小僧を見ている。
小僧は泣いている女の子の方を向いてしゃがみ女の子と同じ目の高さになって話始めた。
「お父さんの具合はどうですか?」
小僧が頭を撫でると、泣いていた女の子は泣きやみ、
「早く早く!おとうが、死んでしまうよ」
と、小僧の手を引っ張った。
そこで母親は我に返って言いにくそうに言葉を濁した。
「あの、・・・その、・・・うちにはお金が・・・」
小僧はにっこり笑う。
「お金はいりません。僕はシェイマですから」
「そうだよね!こっちよ!こっち!早く!」
女の子は無邪気に小僧の手をひっぱって家に招き入れる。
パタンと玄関のドアが閉まった。
暫くして、子どもの歓喜と母親の泣き声と今まで寝ていたであろう男の感謝の声が聞こえてきた。
家の中はさっきまでの薄ら寒い気が消し去り、明るい太陽のような温かい気で溢れている。
俺は思わず、ヒューと口笛を吹いた。
――数千年に一度現れる本物のシェイマだな。
そして俺はスェーヴィル村を後にした。