風の章 3
「・・・あの、大丈夫ですか?」
風でもみくしゃにされた衣服を整えながら、人間が近づいてきた。
――なんだよ!まだいたのか?!
俺は人間に目をむけた。人間は俺が思っていたより小柄だった。灰色のフードから金色の髪の毛がこぼれている。俺はフードの中を覗き込んだ。金色の髪の毛が縁取る顔はソバカスが残るあどけない顔だった。
――なんだと!小僧じゃねえか!?!
――俺は人間の小僧なんかに助けられたのか?!
――認めたくねぇ・・
へこむ俺に構わず、
「キズを見せてください。もしかしたら治せるかもしれないですから」
とか抜かしてやがる。
これが大人だったら“近づくな!”と一喝しておしまいにするんだが、俺はこう見えても自然界の小さな生き物には優しいんだ。
「平気だ。もう治る。人間の小僧ごときに助けられるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇ」
と、風圧で下がらせた。
すると小僧があんまり軽いから後ろの木まで吹っ飛んだ。
――あっ、わりぃ。
「すみません」
と、自然界の小さな生き物はつぶらな瞳が悲しみをたたえている。
――な、泣くな、小僧。
ひ弱な小動物には優しくしてやれと本能が訴える。
「・・・お前には無理かもしれねぇが、もしかしたら治せるかもしれねぇな。まぁ、ちっとぐらいなら試されてやってもいいぜ」
すると小僧は鳩が豆鉄砲を食らったみたいに驚いて目をぱちぱちさせた。
「そうですか。それじゃあ、僕でよろしければ是非やらせて下さい」
そこで伸ばしかけた手をふと止めてこんな事言いやがった。
「・・・あの・・・僕の事・・・食べたりしないですよね?」
――な、なんだと!
「俺は人間なんか食わないぜ!」
俺がそういうと小僧はカラスが水鉄砲を浴びたぐらいに驚きやがる。それからふっと口元を緩めた。
それから頭に被っていたフードをとり、俺の腹をまじまじと覗き込んでいる。俺の腹は千切れて俺の体を構成する気が滲み出している。でも、もうけっこうくっついている。
俺もまじまじ小僧を観察した。年の頃は十から十五ぐらいか?もうちょい下か?いや上か?正直、あんまり人間には興味がないかったから大人じゃない事ぐらいしかわからない。ただとても澄んだ空色の瞳をしている。そういう空の色は好きだぜ。
小僧は自分の手を俺の腹のキズにかざした。傷口に暖かいものが伝わって来る。すぐに気が滲み出て行くのが止まった。
――人間のくせになかなかやるじゃねぇか。
本来、人間には俺らは見えない。体を構成する理が違うからな。ちょっと感のいい奴でも何かいるような気がするというぐらいのものらしい。しかし稀に俺らでもびっくりするぐらい超自然的な能力を持っている奴が現れる。確かこの辺りじゃシェイマとか呼ばれているはずだ。それでも自分の気を使ってキズを治すなんて、修練を積んだシェイマでもなかなか出来ないと聞く。すげえな、この小僧は。難なくやっている。俺は思わずひゅうっと口笛をふいた。それから確認するように俺は聞いた。
「シェイマか?」
「はい、まだ一人前でありませんが、シェイマの端くれではあります。・・・あの、どうですか」
と、心配そうな顔をしている。
俺は体を動かしてみた。すっかり元通りだ。
「ふうん、ありがとうよ。人間の中にも奇特な奴がいるもんだな」
小僧はにっこり笑った。
「お役に立てたのなら良かったです」
「つぅか。なんで人間のシェイマが俺を助けるんだ?正直助けなんぞ必要ないけどな!」
小僧はにっこり笑うと淡々とした口調で答えた。
「普通は助けますよ。目の前で倒れたんですよ。できる事があれば何かしてあげるものでしょ」
――そうか?
俺らの常識では放っておくもんだぜ。
まぁ、か弱い生き物は助け合わないと生きていけないんだろうな。
すぐ死んじまうもんな。大変だな小動物は。
ま、俺には関係ねぇな。
「ふうん。でもさっきは俺の事を怖がったよな?」
「はい、貴方のような超自然界の方とお話しするのは初めてなので、正直怖かったのです」
「今は怖くないのかよ」
「はい。人間を食べたりしないとおっしゃいましたから」
「ふうん」
それから、小僧は俺の横に腰を下ろした。そして自分の足首に手をかざし始めた。見ると、足首が赤く腫れ上がっている。
「どうしたんだ?それ?」
「馬から落ちた時に」
と、小僧はぽつりと言った。
「他のキズを治す前に、自分のキズを治せよ」
と、俺が言うと、
「貴方の方が大怪我でしたから」
と、小僧は答えた。
「大怪我で動けなくても俺達、超自然界の奴らは死んだりしねえぜ」
「そうなんですか。知りませんでした」
「俺達はそういう存在だ。だから次から放っておいていいぞ」
「そんな事言われても、僕の目の前で倒れたまま動かなかったら、そのまま通りすぎる事なんか出来ませんよ」
と、小僧はにっこりと笑った。
――自然界の小僧と超自然界の俺とはやっぱり何か違うもんなんだなぁ。
と、俺は再認識した。