風の章 15
兵士が入ってきた。
その後ろについてきたのは、ケガをした小僧を連れて飛び込んだ時に部屋にいたじいさんだった。
兵士はじいさんを中に入れると、物言わず目礼をしてガシャリと古臭い扉を閉めた。
そして兵士はじいさんを残して立ち去った。
兵士の足音が遠ざかるのを聞きながら、小僧がじいさんに話かけた。
「大司祭様?どうなさったのですか?」
そんな事はお構いなしに、じいさんは俺を見据えてこう言った。
「これはこれは白い精霊殿。先日はケガをしたスィーンをここまで運んで下さって、心から感謝しております。本当にありがとうございます」
そしてじいさんは姿勢を正して胸の辺りで互いの袖に手を入れ深々と頭を下げた。
それからこうも言った。
「しかしながら白い精霊殿、このような所でいかがなされたのですか?」
俺は答える。
「通りがかっただけだ。それよりじいさん、白い精霊殿なんて変な呼び方するな。俺はヴィェーティルだ」
「なるほど。ヴィェーティルといえば古の言葉で風を表す言葉。
白い精霊殿は風神殿であらせられたのか。さすればあの竜巻も納得じゃ。ふむふむ」
と、じいさんは納得している。
――どうも調子が狂うな。。
じいさんも小僧も淡々とした話し方をしやがる。
シェイマ、つぅのは皆こんな話し方なのか?
俺がじいさんを観察していると小僧が口を開いた。
「大司祭様、どうなされたのですか?」
じいさんは微笑してこう言った。
「うむ。ワシがあんまりスィーンを弁護しておったから、ワシも魔物に取り付かれているという疑惑がかかったらしい」
「僕のせいですか?」
「なあに対した事ではない。スィーンは気にせんでも良い。明日になれば誤解も解けよう。
それよりスィーンは大丈夫なのかい?傷口が開いたりはしてはいないかい?」
「僕は平気です。大司祭様の方こそ大丈夫ですか?」
「ワシも平気じゃ。スィーンも平気なら、今はそれで良しとしようではないか」
――よくわかねぇけど、人間には人間の混み入った事情があるようだ。
それで俺が聞いてみた。
「ふうん。それで小僧はここで何やっているんだ?」
小僧は淡々と答える。
「魔物に憑かれているそうなんです」
「ふうん。」
「それで明日裁判にかけられるんです」
「そりゃ大変だな」
と、答えながら、俺はグロームの言葉を思い出していた。
“人間にとりつく魔物がいるんだ”
――グロームの探している魔物だろうか。
そこで俺は聞いてみた。
「小僧は魔物にとりつかれているのか?」
小僧は一瞬変な顔してから含みのある微笑を浮かべてこう言った。
「僕に憑いているのは、竜巻を起こす魔物らしいですよ。見た人がいるのだそうです」
大司祭のじいさんも小僧と同じ含みのある微笑しながら俺を見ている。
――な、なんだとぉ?!
「それって、もしかして俺の事なのか?」
と、聞き返すと、小僧の口元が緩んだ。
「ちょっと待てよ!俺は人間にとりつくなんて真似しないぞ!」
と、俺は真面目に言っているのに、小僧と大司祭のじいさんが二人そろって、くつくつと笑いをかみ殺している。
「どこのどいつがそんな馬鹿げた事を言っているんだ。俺が話をつけてきてやる!」
俺の周りで空気が動き出した。
「ヴィー、いいですよ。何もしないで下さい。これ以上、話がややこしくなると困ります」
と、小僧が言い、
「そうじゃの。風神殿が出てこない方が丸く収まるのぉ」
と、大司祭のじいさんが言う。
――人間はよくわからねぇな。
俺のせいみたいだから俺が解決してやろうと思ったのに。まぁいっか。
そして俺の周りの空気は穏やかになった。
そこで俺は話をかえた。
「なぁ、不安・疑心・憎悪いう暗い気を好んで、人にとりつく魔物の話をを何か知らねぇか?」
「暗い気を好んで人に憑く魔物・・・神殿の書物の中に書いてあったかもしれんのう・・・」
と、じいさんは何か考え込む。
「何でもいいから、とっとと知っている事を教えろ!」
空気がぐわっと動いたら、小僧に言う。
「ヴィー、落ち着いて下さい」
「俺は落ち着いているぜ?」
「人の弱い心につけ込んで人にとりついてしまう魔物の話は神殿の書物に出てきます。人間は一生に一度二度はそういう魔物と共生している時期があるとも言います。誰の心にもいるし気をつければすぐにいなくなってしまうような弱い魔物です。が、稀に心のバランスを壊した者が、魔物に体をのっとられてしまう事があるらしいとか、そんな話だった筈じゃが」
「ふうん。そいつは超自然界の生き物ではないな。俺達とは理が違う」
俺はグロームの役に立つかと思って聞いてみた。
「そいつを見つけたい時はどうすればいい?」
「それは書いてなかったかのう」
「ふうん。その魔物が持って行っちまったモノを取り返したい時はどうすればいいんだ?」
「それも書いてなかったかのう」
――けっ!使えねぇな!
その時ガチャリと重厚な音を立てて再び古臭い扉が開いた。