風の章 9
遠くに目をやると、川の水がキラキラ光っている。この時期の水は、山からの雪解け水だから一際冷たくて気持ちがいい。水浴びしようと、ひゅんと川までひとっ飛びした。
川に近づいて、そこで気がついた。
――見慣れたモノが流れている?!
近づいてよく見ているやっぱりそうだ。
昨日、スェーヴィル村に送ってやったシェイマの小僧だ。
「よう」
俺が声をかけやっても、小僧はちらっとこちらを見るような素振りしただけで何も言わない。
「おいおい、いくらなんでも水遊びするには人間には寒いんじゃないか?」
俺はふわっと飛んで小僧の首根っこをつかんで川から引き上げた。
「ほらみろ。川の水と同じ温度になっている・・・」
――あれ?なんかこいつ、昨日と顔が違うぞ?
よく似た他の奴か?いやでもこの気は小僧には間違いないし・・・人間って子どもから大人になると姿が変化するけど一日でそんな変化するもんなのか?・・・顔が真っ赤になって膨張して瞼だって膨らんで片目なんか全然開けねぇんじゃね?それになんかあちこち体の成分が流れ出しているぞ?
俺は思わず確認してみた。
「お前は昨日の小僧だよな?」
「……」
小僧は何にも言わない。
「おい、どうしたんだよ?」
「……」
「寝ているのか?おい、なんか答えろよ」
「…う」
小僧の唇がかすかに動いた。
「…そ…えば」
「どうした?」
「…名前…聞かなかった」
「名前?」
そういや人間って個別に認識するためにそれぞれ名前あるんだっけ?
「…ぼ、僕はスィーン…貴方は…」
俺の名前か・・・グロームが俺を呼ぶ時のアレでいいのか?
「俺のはヴィェーティルだ。短くしてヴィーって呼ばれる時もあるぜ」
「…そっか…」
小僧の放つ気がすっと弱まった。
――あれ?!もしかしてこいつって死にそうなのか?
人間って本当に弱いな。もう死んじまうのか。
そこで俺は小僧をまじまじ眺めた。
小僧の放つ気が体の成分と一緒に流れ出していく。
・・・
・・・
・・・それにしても良い気を放つ奴だった。こんな気を放つ奴は後何千年も出てこないだろうな。
・・・
・・・
・・・俺、人間じゃないけどたまには人間の理に従っても悪くは無いよな。
・・・
・・・
・・・俺って何すりゃいいの?俺、シェイマみたいに気を使って人間を治す事なんかした事がないぜ。
・・・
・・・
・・・そうか!シェイマにやらせりゃいいんだ!
――名案だ。シェイマのいる所に連れて行って、シェイマに小僧を治させればいい。
で?シェイマってどこにいるんだ?東の都ツェーントルの神殿か。行けば後はなんとかなるだろ?
「おい小僧。ちょっとの辛抱だからな。がまんしろよ」
そして俺は東の都ツェーントルの神殿を目指した。