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35.宮廷裁判 後編

「認めよう」と裁判官が頷く。

 

 部屋の扉が開き、ロングス伯爵たちはすごすごと出ていった。

 入れ替わりで入室した二人の人物を見て、エイベルの顔が青ざめた。

 

「お母様……! セルシオ……!」

 

 フレデリカも、声をあげそうになるのをようやくこらえた。

 サラとセルシオは兵士に挟まれ、両腕を後ろ手に縛られていた。犯罪者の扱いだ。

 

「セルシオはごろつきどもを雇い、ぼくらの匿っていたフレデリカ嬢の誘拐を企んだ。結局は一人で暴走し、フレデリカ嬢に拒絶されるや命を奪おうとしたわけだが……」

「そ、そんなこと、あたしに関係ありませんわ! セルシオがやったことでしょう!?」

 

 焦って声をあげるエイベルに、顔をあげたセルシオが仄暗い視線を向ける。

 

「そうだね。たしかに君が命じたわけでもない、セルシオが勝手にやったことだ。だが……セルシオをそそのかし、ごろつきどもを雇わせたのは、サラ夫人だ」

「!? お母様が……!?」

 

 フレデリカも目を見開いた。

 セルシオの背後にサラがいたことは、フレデリカには知らされていない。

 

「違うわ! わたくしはセルシオをさがして酒場にいただけ……娘の婚約者を心配するのは当然でしょう?」

「残念だけどね、あいつらの証言も取れている。うちの使用人たちは怖いから、すぐに話してくれたよ」

 

 リーランドが肩をすくめる。

 けれども、次の瞬間には、冷静だったまなざしには凍てつく氷のような怒りがまじっていた。

 

「それに――あなたにはもっと重い罪がある」

 

 そのとき、裁判官のもとへ一人の部下が近づき何事かを耳打ちした。

 裁判官は頷き、リーランドへ視線を向ける。

 

「リーランド殿。貴殿の証人がもう一人、到着したようだ」

 

 答えを待たずに扉が開く。

 

 振り向いて、フレデリカは悲鳴をあげそうになった。

 

 もう何年も会っていなかった、けれども忘れるわけがない。頬から鼻にかけての大きな傷に、苦労をしのばせる皺の数々。それでも、やさしい表情は当時のまま。

 ゴードン・ヴェルチェ――亡くなったと思っていた、フレデリカの父親だ。

 

 サラもエイベルも、そしてセルシオも、驚きの表情でゴードンを見た。

 

「お父様……!!」

「フレデリカ!!」

 

 涙をあふれさせ駆けよるフレデリカを、ゴードンはきつく抱きしめた。

 

「すまない……長く一人にさせてしまった」

 

 自分も涙を流すゴードンに、フレデリカは首を振る。

 

「いいの、生きてくれていたなら……それより嬉しいことはないわ」

「リーランド様が教えてくださったのだ。お前が危機に陥っていると」

 

 リーランドが言っていた証人とはゴードンのことだったのだ。

 魂を嗅ぎ分けるという精霊バゼル――落胆するかもしれないからと詳細は言わなかったリーランド。

 

「ありがとうございます、リーランド様!」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。話を聞いて、遺体がないのならもしかしたらと思ったのです」

 

 泣き濡れる父娘に感謝の言葉を送られ、リーランドは気恥ずかしそうに笑った。

 

「ああ、そうだった。わしは自分の役目を果たさねばならない」

 

 涙をぬぐったゴードンが、裁判官に向かって立つ。

 

「わしがここへきたのは、証言のためです。商談のため隣国へ向かう途上で、わしは襲われました。盗賊に、ではありません。……()()()()()()()()使()()()()()()()()()、です」

 

「!!!」

 

 信じがたい父の言葉にフレデリカは絶句した。

 

 父がいてくれたら、サラとエイベルは本性を見せることもなく、今とまた違った状況だったのだろうと考えたことは何度もあった。

 けれど今の状況が、サラによって作りだされたものだとは考えもしなかった。

 

「馬車が襲われたと証言した使用人たちを調べ直してください。そうすればわしの言うことが事実だとわかるはずです」

 

「サラ夫人。なにか言っておくことはあるか」

 

 裁判官の鋭い視線がサラにそそがれる。

 サラに狼狽する様子はなかった。むしろ、サラもまた先ほどのエイベルと同じように、どこか現実味のない視線をあちこちと彷徨わせている。

 

「……だって、仕方がなかったんです。エイベルはこんなにかわいいのだもの。誰よりも幸せになる権利があるでしょう? 旦那様がいて、フレデリカがいたらエイベルが幸せになれないのですもの……」

 

「……それは、自白だと受けとっていいな」

 

 裁判官はため息をついた。

 

「嘘……本当にお母様が……? あたしのために、そんな……」

 

「今の君は、想像の世界に逃げることを禁じられているから。事の重大さが理解できるはずだ」

 

 リーランドの言うとおり、嫌々をするように頭を振るエイベルの体からは何度も魔力の光が立ちのぼるのだが、それらは首にかけられた魔法陣が輝くたび、エイベルの周囲に留まることができずに霧散していく。

 今のエイベルには、事実の重さも、この先に待ちかまえているだろう運命も、わかってしまう。

 

「うう……いやあ……!!」

「どうしたの、わたくしのかわいいエイベル。大丈夫よ、これまでもうまくいってきたじゃない」

 

 目を見開き頭をかきむしるエイベルへ、サラは心配そうな声をかける。

 

「知らなかったとはいえ……自分の母親を〝魅了〟してしまったとは。だが、フレデリカ嬢を貶めようとせずに自分を磨いていれば、君も今ごろ幸せになれていたはずだよ」

 

 エイベルは黙り込んで涙を流すだけ。

 

 痛ましくもある光景に、フレデリカも眉根を寄せて父の手を握った。

 フレデリカの両親は、彼女を特別扱いしなかった。叱るときは叱り、善悪を教えてくれた。だからフレデリカは気弱ながらもまっすぐに育つことができた。

 フレデリカが無意識に発していたであろう〝魅了〟の魔力を、両親は娘の未来を思い、振り払っていたのだ。

 

「……事実が明らかになったところで、判決を言い渡そう」

 

 裁判官の重々しい声が響く。

 

「ヴェルチェ家の相続については、当主存命のため係争中止。ただし、サラ・ヴェルチェ、セルシオ・マコールはフレデリカ・ヴェルチェ嬢の誘拐計画およびゴードン殿、フレデリカ嬢それぞれに対しての殺人未遂の罪で、禁固刑に処する」

 

「そんな、どうして……」

「うう……っ!!」

「いやああ!!」

 

 三者は三様の叫びをあげてくずおれた。

 サラとセルシオを衛兵が引き立てていく。エイベルのもとへも兵が近づいた。

 のばされた手を、エイベルが振り払う。

 

「嘘よ……こんなの……全部嘘だわ……!」

「おい、抵抗するな!」

 

 暴れるエイベルを衛兵が押さえつけようとしたときだった。

 

「お姉様が……お姉様が悪いのよ!! あんたさえいなければ――!!」

 

 エイベルの体からどす黒い魔力が立ちのぼる。それは魔法陣の効果に従い空中に霧散するのだが、すぐにまた次々と湧きあがってくる。

 やがて、ピシリという音とともに鎖はちぎれて床に落ちた。

 

「これは……!」

 

 フレデリカは声をあげる。

 湧きでる黒い魔力を止めるものはなくなり、凝縮された怨念のような魔力がフレデリカに襲いかかった。

 

「きゃああ……っ!」

「フレデリカさん――!」


 黒い靄で埋め尽くされた視界に、煌めく金の輝きがよぎった。

 それがリーランドだと気づいたときには、彼の背中は魔力の中に呑み込まれ――。

 

「ギャアアアアアッッ!!」

 

 ひときわ大きな悲鳴が響き、フレデリカは身をすくめた。

 けれどもそれは、

 

(リーランド様の声じゃ、ない……)

 

 おさるおそる視線をあげると、リーランドはフレデリカを庇い両手を広げて立っていた。

 その表情はこわばっているけれども、苦痛に歪んではいない。

 

「痛いっ! 痛いいいい!!」

 

 不意に黒い魔力が晴れた。

 床を転がり、のたうちまわっているのは、エイベルだった。

 着飾ったドレスは汚れ、アクセサリーがぶつかりあって耳障りな音を立てる。

 

「捕らえよ! ここは王宮だぞ! 罪がさらに重くなるのがわからんのか!」

 

 怒号とともにエイベルは部屋の外へと連れだされた。喚き声が遠ざかっていくのをフレデリカは呆然と聞く。

 おそらくはこれが、エイベルとの最後の別れになる――そんな気がした。

  

「もうあの子、魔法は使えないわ……アッシュベリ家の者を害してはいけないと、誓約させていたの」

 

 ため息交じりに告げたのは成り行きを見守っていたヘルミーネだ。

 こうなる予感があったから、エイベルに誓約の指輪をつけさせた。ヘルミーネに先見の明があったわけではない、尋常でないエイベルの様子を見れば、誰だってそうするだろう。

 

「ああ、でも、フレデリカさん? あなたも対象だったのよ。リーランドが守らなくても」

「え?」

 

 フレデリカは目を瞬かせた。ヘルミーネとフレデリカは初対面だ。

 

「あなたはもうアッシュベリ家の一員のようなものだもの。ね?」

 

 ヘルミーネはフレデリカに笑顔を向け、リーランドにウィンクした。

 

(ど、どういう意味!?)

 

 アッシュベリ家の人々は正義の心にあふれている。だからヘルミーネも親身になって考えてくれた、ということかもしれないが……。

 

(その言い方は、まるで……)

 

 図々しい想像にフレデリカは頬を赤らめる。

 その隣で、リーランドが呆れたようにため息をついた。

 

「また手紙を斜め読みしたでしょう。最後まで読んでもいませんね? ぼくは、フレデリカさんをアッシュベリ家に迎えるつもりはありません」

「!」

 

 声をあげそうになって、フレデリカはぐっと唇を引き結んだ。

 

 わかっていたことだ。リーランドがやさしさや同情心からフレデリカの味方をしてくれたことは。それだけでも十分にうれしいのに、それ以上を願っていいわけがない、と自分に言い聞かせる。

 

 しかしリーランドは、平静さを取り戻そうと苦心するフレデリカの手をとり、肩を抱きよせた。

 

(えっ?)

 

 予想外の行動にフレデリカがリーランドを見る。

 アクアブルーの瞳は、フレデリカではなくヘルミーネを見ている。

 

「ぼくはここに残って、ヴェルチェ子爵家に婿入りします」

「――え?」

 

 今度の声は抑えられなかった。

 疑問をたっぷり含んだ声に、リーランドが慌てて振り向く。

 

「あっ、もちろん、フレデリカさんと……ゴードン殿が許してくださったら、ですよ?」

「えっ、え、それは……どういう、意味で」

「そういう意味です」

 

 またじわじわと顔が熱くなっていくのを知りつつも、フレデリカは驚きのままリーランドを見つめた。

 フレデリカのそんな反応に気持ちを察したのだろう、リーランドはくすぐったそうに笑う。

 

「結婚してください、フレデリカさん」

 

(――まだ、ノイラとセレネのかけた魔法が続いているのかも)

 

 フレデリカはそんなことを思った。

 だって、リーランドの周囲の空気がキラキラと輝いて見えるし、フレデリカの胸も妙にふわふわとしている。

 湧き上がってくるよろこびに突き動かされ、口は勝手に言葉を紡いでいた。

 

「はい、リーランド様」

 

 答えてしまってから慌てて父を見れば、ゴードンも泣きながら何度も頷いている。

 

「どうぞ、娘をお願いいたします……!」

 

 魔法みたいに、信じられないくらい幸せだった。

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