27.募る想い【リーランド視点】
ネリガン公爵邸からの帰り道、馬車の中で黙り込んだままのフレデリカを、リーランドは心配そうに見つめていた。
今夜の晩餐会で、フレデリカは堂々と、かつ誠実にふるまった。
ネリガン公爵がエイベルの話題を出したときも、こちらの味方についてくれとは言わず、冷静さと中立を要請した。
そんなフレデリカの態度に心打たれた貴族は多かっただろうし、フレデリカの語らない部分はネリガンが嬉々として語ってくれるはずだ。
こうしたときの噂というのは、自分から宣伝するよりも、他人に語らせたほうがかえって広まるのだということをリーランドは知っている。
リーランドやフレデリカは主な出席者に挨拶をすると、長居はせずに晩餐会をあとにしてきたのだった。
(フレデリカさんの様子が変わったのは、ぼくと義妹の話が出たとき……)
リーランドがエイベルを見初めたなどという信じられないことを、エイベルが吹聴していたらしい。
「……フレデリカさん?」
「あ……ごめんなさい」
思わず覗き込むように声をかけると、フレデリカはハッとして顔をあげた。
「あのご婦人に言われたことを気にしているのですか? ……ぼくがあなたの妹を見初めたなんてありえません。だって顔もよく知らないのに」
「え?」
フレデリカが目をぱちくりとさせる。
「顔を知らないんですか?」
「ええ。見初めたとしたら、晩餐会でですよね? でもフレデリカさんのご覧のとおりぼくはいつも壁の花……どころか壁の捨て犬でしたし、眼鏡をとった夜は人が多すぎてわかりませんでした。この人かな、というのはありますが……」
婚約破棄の夜。バルコニーから広間へ入ったリーランドに、多くの貴族が押しよせてきた。
そのなかで、ベージュの髪をした令嬢がぴょんぴょんと飛び跳ねながら「リーランド様! リーランド様!」と手を振っていた気がする。
しかしその印象は、貴族令嬢としてはマイナスにしかならないだろう。
(それにしても、あれだけのことで見初められたなどと言いだすのは……もしかすると)
「……ふっ」
考え込みかけたリーランドの耳に、軽やかな息の音が届いた。振り向けば、フレデリカがくすくすと笑っている。
「申し訳ありません。まさか、顔も知らないとは思わなくて……私も少し、心配しすぎていたのかも」
安堵の表情を浮かべ、フレデリカはそう言った。
フレデリカの笑顔にリーランドの胸もほっと温かくなる。
「……これまで、エイベルの言ったことは本当になってきたのです」
小さく息をついて、フレデリカは語る。
継母サラがヴェルチェ家の実権を握っていたから、当然といえば当然なのだけれども。
フレデリカを庇いエイベルの怒りに触れた者は、「あんたなんかクビよ!」というエイベルの言葉の翌日には、本当に解雇されてしまった。
フレデリカが誘った令息たちもエイベルの話を信じ、フレデリカが〝悪女〟だと言った。
そして――。
――セルシオ様も、お姉様なんかよりあたしといっしょにいたいのではなくて?
その言葉どおり、セルシオまで、エイベルの言ったとおりになった。
フレデリカの表情はふたたびこわばったものになる。
「エイベルがリーランド様のことを口に出したと聞いて……リーランド様もエイベルに奪われてしまうのではと、不安になって……」
座席の上で握った手が、細かく震えている。そのことに気づいた瞬間、リーランドの体は考える前に動いていた。
フレデリカをきつく抱きしめる。
「……ッ!?」
腕のなかのフレデリカが息を呑む気配を感じながら、リーランドは言葉をさがした。
「信じてください。ぼくは、あなたの味方です。ほかの誰かに心を惑わされたりはしません」
思いを告げてしまえればどんなにいいかと思う。
しかし、まだ手紙の返事がない――リーランドの身分はいろいろと厄介だ。ホレスベル国王の許可なしに、フレデリカに未来の約束はできない。
だから、リーランドに言えるのは、心変わりなどしないという、それだけ。
「リーランド様……ありがとうございます」
フレデリカの瞳が潤む。頬を染めたフレデリカは、唇をゆるめて笑みを作った。
リーランドにとってみれば言葉足らずな想いでも、これまで味方のいなかったフレデリカには十分すぎるのだ。
そのこともまた、リーランドの胸を苦しくする。
幼い頃から見目麗しく、そのうえ魔力も強かったリーランドは、常に人々に取り囲まれていた。
なにも言わなくても令嬢たちは見惚れ、令息たちには疎まれた。使用人たちも、リーランドが末の三男ということもあり、彼を最も贔屓した。
どんなに訴えても、人々はリーランドを構うのをやめなかった。
おそらくはフレデリカも似たような境遇だったと思う。だから彼女は、怯えやすく気弱な一面を持っている。
しかしリーランドにとって幸運だったのは、ホレスベルには魔法知識が体系化されて存在し、魔力のない両親やきょうだいたちにもそれなりに知識があったということだ。
彼らは家の中でリーランドを特別扱いしなかったし、外に出れば守ろうとしてくれた。リーランドは魔道具を開発し、自分の姿を人々の意識から消すことも覚えた。それでも、しばらくすればどこかで噂が立ち、手紙や贈り物の攻勢にあってしまうが。
リーランドの地位や魔力の強さを思えば、あだ名が〝放蕩令息〟ですんだのは奇跡と言える。
だからこそ、フレデリカの境遇は、リーランドの胸を締めつけたし、そんな境遇のなかで健気に育った一輪の花のようなフレデリカにリーランドは惹かれた。
(彼女のために、なにができるだろう……)
腕の中のフレデリカを抱きしめ、リーランドは眉根を寄せた。




