25.アッシュベリ家の人々
「姉上が屋敷を飛びだしていったそうです」
アッシュベリ公爵家から届いた手紙を読み終わり、リーランドは暗い顔で言った。
「それは、心配ですね……」
「あ、いえ、心配は無用です」
リーランドのいないうちに、アッシュベリ家でも何かあったのだろうか。ここでリーランドがいなくなるのは心細くなるが、ホレスベルへ戻るのなら仕方がない――。
そんなことを考えながら言ったフレデリカに、リーランドはどこか目を泳がせつつ答えた。
「先日、父上にフレデリカさんのことを手紙を書きました。メルクスで不本意な立場に立たされていて、手助けがしたい、と。姉はその手紙を見て、自分にも手助けができるかもしれないと言って飛びだしていったそうで。手紙より早く移動していれば、すでにメルクスに入ったかも……」
「それは……」
リーランドがここまで力を貸してくれているだけでもありがたいのに、その姉までが義憤にかられて大陸を渡る決意をするとは、アッシュベリ公爵家の人々は曲がったことが大嫌いらしい、とフレデリカは思った。
が、リーランドはフレデリカの心のうちを見抜いたかのように、首を左右に振る。
「フレデリカさんが考えているような理由ではないです。姉は遊撃手というか切り込み隊長というか、ぼく以上の自由人なので……面白がっているだけでしょう。姉がいないタイミングを狙ったつもりだったのですが、たまたま屋敷に戻っていたらしく」
トラブルでないのならなによりだが、なんだかすごい言われようだ。
そのとき、カチャン、と物の跳ねる音がして振り向けば、手に盆を持ったレイトが青ざめた顔で立っていた。
「ヘルミーネ様がいらっしゃるのですか……!?」
さっきの物音はショックで手が震えてしまったらしい。盆の上に置かれたティーセットとケーキは無傷だが、レイトが動揺することなどなかなかない。
リーランドも頬に手をあて、はあとため息をついた。
「姉上には魔力はないのですが……絶対に敵にまわしたくないが味方にしても時限爆弾のようなお人でね……ぼくに〝放蕩令息〟なんてあだ名がついたのも、姉上には言えないから、その分がこっちに来ているというか」
(リーランド様、本当は苦労人なのかもしれない……)
やれやれと肩をすくめ、もう一つため息をつくリーランドに、フレデリカは内心で呟いた。
同じ宿に泊めてもらうようになってからというもの、噂だけでない本当のリーランドの人となりを知ることができた。
強引かと思えば、やさしく、従者に弱いところもあるし、なぜかバゼルとこぜりあってみたり――意外と〝普通〟のリーランドに対して、フレデリカは親しみを感じている。
(――でも、リーランド様は私を不憫に思ってくださっているだけだもの)
自分と同じように強い魔力を持ち、それが周りの人間に理解されないせいで噂を立てられているフレデリカに同情し、リーランドはあれこれと世話を焼いてくれているのだ。
リーランドは面白がっているだけだと言ったけれど、ヘルミーネもそんな弟を見ていたからこそ、自分も手助けをすると言ってくれたのではないだろうか。
やはりアッシュベリ家の人々はやさしくて、まっすぐな性格なのだろう。
思いあがらないようにしなければ、とフレデリカは自分を戒める。
「姉上の話題のせいでますます対象外に追いやられた気がする……」
「まあ、そこは、ヘルミーネ様だけのせいというわけでも……」
「?」
ぼそぼそと囁きあう主従にフレデリカは首をかしげた。
「それより、今夜の晩餐会のことです」
こほん、と咳払いをして、リーランドが言う。
「行かないとは言えませんからね。フレデリカさん、時間になったら着替えを」
「はい」
フレデリカは頷いた。途端、待ってましたとばかりにノイラとセレネが部屋に飛び込んできて、両脇に立つ。
「今日はッ、今日はフレデリカ様を、晩餐会のドレスに着付けてよろしいのですねッ!?」
「心躍りますね……」
「待て待て待て、時間になったらと言っただろう。今はお茶の時間だ」
頬を紅潮させて叫ぶセレネ。ノイラは冷静な表情をしているが、両手がワキワキと動いている。
そんな二人を手をあげて制し、リーランドは壁にかけられた時計を見やった。
「姉上の話題のせいで時間が押している……」
「それは、ヘルミーネ様のせいかもしれません」
レイトが手際よくテーブルにクロスをかけ、お茶の支度を始める。
今日のケーキはパイ生地のミルフィーユだ。サクサクの生地の歯ごたえを想像しながら、フレデリカはレイトが茶葉を蒸らすのを眺めた。
リーランドの言ったとおり、お茶のあとには着替えが待っている。
数時間後にはリーランドとフレデリカはネリガン公爵邸の晩餐会に参加する予定だ。
フレデリカが当主となる正統性を主張するにあたり、ネリガン公爵は推薦人を買ってでてくれ、国務院に発破をかけてくれた。
そのネリガン公爵が、「当主となる前に、不名誉な噂を払拭したほうがよろしいでしょう」と連絡のつく限りの貴族に声をかけ、フレデリカのための晩餐会を催してくれるという。
もちろん本当の狙いは、今夜ばかりは眼鏡なしで出席するだろうリーランドを、自分の客人として紹介することだ。
「ま、あとは自分が噂話の中心にいたいという欲求もあるかもしれませんね」
リーランドは苦笑する。
しかしそうした思惑を抜きにしても、ネリガン公爵の言うことはもっともだ。
当主になったあとのことを考えれば、フレデリカの〝魔性の悪女〟の印象は少しでも訂正しておいたほうがいい。
そんなわけで、今夜のフレデリカは実に何年かぶりに、〝悪女〟ではない姿で晩餐会に参加するのだった。




