9・沙羅双樹の花の色一
遅れました。今回から起承転結の『承』にあたる部分です。
いよいよアカツキが動き始めます。
マーク。あんまり進め過ぎるとノクターンのネタをバラしてしまうので、ちょっと更新に悩み気味。
マークの方が書いてて楽しい部分も多いんですけどね。
インフルエンザにはお気を付けて。
咳が止まらなくてヤバいです。
来週はノクターンの更新。
でも体調次第ではまた遅れるかも……
今回は最終見直しと編集、アップだけだったから楽にいけたけど、ノクターンはまだちょっと弄る部分がありますから。
では、『沙羅双樹の花の色』をどうぞ。
『ちっ、もう来やがったっ! アカツキ、ヤバいぞっ! そろそろズラかる準備をしてくれ』
トランシーバー越しに年長の仲間のそんな声が聞こえ、辺りでブツを漁っていた仲間達はハッとしたように身をすくめた。
どことなく怯えたように見えるのは、やはり今している『行動』に罪悪感があるからだろう。もちろんその『行動』が『どういった相手』の怒りに触れるものかという事も関係しているに違いない。
「思ったよりも時間がなかったな。もうちっといけるかと思ったんだけど……仕方ないか。ミヤビの首尾は?」
『ミヤのヤツなら、今頃やっこさんらの親玉んチにテロった帰り道だろうさ』
「……ふん、田舎ヤクザの親玉にしちゃ度胸が座ってんな。ミヤビに遠距離から襲撃されたら、鉄砲玉を警戒して子分共を周りに張り付けるんじゃないかと思ってたのに。とりあえずアカツキ、了解。オーバー」
そう言って通信を切ると、周りにいた仲間達に撤収の合図を送る。
今俺達『無銘』は、聖祖とも繋がりがある地元の暴力団が管理する『倉庫』に襲撃をかけているのだ。
これは件の列車差し止め事件以来、鰻登りに過激化する連中の暴挙に対する抗議の意味と、ウチの蓄えを増やす一石二鳥の作戦なのだが、仲間達は気が進まないのか運び出し作業は難航していた。
聖祖の連中としても一応は宗教団体なのだから、ヤクザと繋がりがある事は広言出来ないし、あの連中は相手が変種だとみれば強盗じみた真似すらしてくるのだから、こちらが遠慮する事もないとは思うのだけど、やはり倫理観といったものが邪魔しているのかもしれない。
それだけじゃなく、相手が相手だという事で尻込みをしている部分もあるのだろう。
『剣匠』ことミヤビが連中の親玉の家に剣の爆撃をかけ(もちろんやり過ぎないように、と口を酸っぱくして言い含めてある)、相手の目を長の護衛に向けた間に作業をこなすという段取りは説明したのだけど、やはりそんな言葉だけでは完全にマイナス思考を払拭は出来なかったようだ。
「さって、んじゃお暇するかね」
──予定の半分ほどしかいってないのに。
そう愚痴りたくはなるがそれはなんとか抑え……一応大義名分を立てた以上、意地汚い事は言えない……浮き足立った仲間達に撤収命令を出す。
その仲間達の中には、いかにその筋の方々とは言え既存種の者よりも、身体能力だけならば上回っている者が何人かいる。
ただし、能力を持っている事と戦える事は全くの別物だ。
今のウチの仲間達の中で戦いに長けた者は決して多くない。最近加入したばかりのミヤビにも勝てる者はいないだろう。
あいつの場合、敵対者には容赦とか躊躇いといったものが少ない分、その能力を生かしきれているというのはあるだろうが。
今回の場合、相手は場慣れしたヤクザ者。しかも聖祖とのつながりからこちらを殺しても構わないつもりで来ている、と考えるだけで仲間達は震え上がって戦いにすらもならない。
もちろん、いざという時の備えはある。その辺りに抜かりがあるほど間抜けなつもりはない。
ウチで二番目に戦いに長けた雪代……ミヤビも、生まれ持った特殊能力だけなら彼女にも劣らない非常に高い攻撃力を持つクロネコもここにはいない。雪代は襲撃兼陽動班を率いているし、クロネコには色々と大事なデータが詰まったメインマシンを置いてある本部を防衛してもらっている。
他の数少ない戦闘班のメンバーも、裏で暗躍している聖祖の実働部隊との暗闘を日夜繰り広げており、他に回せる余裕などありはしない。
彼らには、不当に聖祖から迫害を受けている同朋や、その家族達の保護といった一番大事な役割がある。それをないがしろにするワケにはいかない。
「出番、か」
それでも今の俺には彼らに代わるだけの『備え』があるのだ。
ミヤビを始め、他の賑やかな仲間達との交流によって、ほんの少し──簡単な仕事ならこなせる程度には、精神的にも安定してきた俺達『無銘』の新たなる仲間。
俺の『アカツキ』という呼び名と同じように、本名に代わる『コードネーム』だけを持った徒花の銘を持つ鬼札。
無銘が誇る『剣匠』との二枚看板の壱。
空圧の弾丸を放つオートマチックを持った、黒衣の少年が。
「頼む。適当に足留めをしてくれるだけで構わない。むしろ足留めだけに専念してくれ」
倉庫の入り口で手持ち無沙汰な様子をみせながら壁に背を預けていた彼は、その言葉に返答もなく背を向けて歩き出す。
首肯も了解の言葉もなく、その薄手のオーバーを翻して。
そんな少年に小さな苦笑を漏らし
「さぁ、俺らは撤退だ。殿は俺と山川。あとのみんなは持てるだけ持っていってくれよ」
残る仲間達にそう指示を飛ばす。
今回の計画はアンダーグランドの連中を相手取ったものだけに、狙いのブツも相応にヤバいものが多い。
数はそう多くないが、銃器や銃刀法に引っかかる刃渡りの刃物、禁制の薬物などまである。
もちろん法に引っかかるブツに手を出す事が危険な事ぐらい百も承知だ。しかし、それに見合うだけのリターンも約束されているのだ。
今はこういった武器などが必要な時期にきているし、普通に手に入れるには大金が必要な上、金を払っても危険が全くないワケではない。法に引っかかるという時点で十分以上のリスクがかかっている。
特に変種に対する風当たりが強くなっている今現在では、法に引っかかるというリスクだけでもかなりデカい。
そういった事を考慮すれば、タダで手に入れられる分だけ、アンダーグランドの連中を相手取る方がまだマシだと考えた。
つまり、今の『彼』と『ミヤビ』が入った俺達ならばイケると判断したのである。
貴重な資金はもっと真っ当な物資をかき集める事に使った方がずっと有意義だ。それを買い集めるだけでも、計算上ではカツカツ……というより、予算のアウトラインを何歩か踏み越えている。
そういった事情からも、真っ当じゃない敵性組織から略奪する事が一石二鳥だったのである。
また、違法なものほど付加価値がつくのは人の世の常だ。それは禁止薬物然り、非合法な重火器然り。予算面がどうしようもなくなれば、そういったものも資金に変わってもらう事になる。
そういった伝手も『AKATSUKI』にはある。
人道だの倫理だのといった事を言っている余裕はないのだから、俺が流した薬が原因で薬物に溺れる連中が生まれる事には目を瞑る。
……瞑ると決めた。
俺一人でそう決めた。
そういった人々の人生を切り捨てて、見知らぬ他人の今後を勝手に切り売りして、俺の中で優先順位の高い人達の為に動くと決めたのだ。
「さぁ、行こう。さっさと行かないと、足留めをしてくれているあいつが逃げられない」
俺と共に最後の荷物を抱え、止めておいた車両に向かう連中の最後尾についた仲間にそう呼びかけ、気持ち急ぎ足で歩を進めていく。
ぐちゃぐちゃに腐りきった、人の道から外れた外道へ至る道へと。
極少数以外を切り捨てて先を見据える非道の道を。
犯罪に手を染め、人から奪い、いざとなったら『誰か』の零れ落ちる命すらも、俺の勝手な考えで見捨てて進むとそう決めて。
──地獄に落ちる覚悟ならとっくに決まっている。
皇の供をすると決めたあの時から、俺が行きつく先はそこ以外には有り得ない。
深淵のさらに深くからまだ見ぬ未来を夢見ているだけでいい。
いつか今とは違う明日に笑う事が出来るのなら……その可能性を遺せたなら、俺はそれだけで構わないのだ。
「でね、でね、『にゃ〜っ!』と行って、『しゃ〜っ!』といったのよ。あの見るからに悪どく儲けてそうな豪邸がさ、それだけで大混乱さぁ」
にゃ〜っ!の部分や、しゃ〜っ!の部分がよく分からなかったけれど、ミヤビはかなり興奮していた。
まぁ、その気持ちは分からなくもない。
もともと感情の起伏が激しい……もっぱら上方面に……ヤツである事は差し引いても、今回彼女が大活躍だった事は間違いないからだ。
その報告は、ともに行った仲間達からも聞いている。『その筋の方』の本邸を襲撃する陽動の役割は、もっぱら彼女一人の活躍で成功したようなものらしい。
自らの能力で精製し支配する剣を、爆弾を投下する爆撃機のごとく降り注がせて屋敷を大混乱に陥れただけではなく、業界語で『長ドス』やら『チャカ』やらを持って警戒に出てきた相手を、その卓越した身体能力と夜の闇を味方にして翻弄し、全員きっちりと伸して帰ってきたらしいから。
『そんな大人達は修正してやるぅ!』
とか
『汚物は消毒だぁ!』
とか、どっかで聞いたセリフを吐きながら意気揚々と出て行ったから、もっとメチャクチャをするかと内心憂慮していただけに、彼女の頑張りは嬉しい誤算だと言える。
「ちょっとっ! アカツキってば聞いてる!? このミヤビさんの武勇伝を聞けないってのっ!?」
「違うって。ただ──」
──まだ帰ってきていない『あいつ』がちょっと心配で。
そう返事を返そうとして、ちょうどその時に開かれた扉の先に、その『あいつ』が姿を現した事で俺は言葉を途切れさせた。
きっちりと足留めを果たして。
同行した俺達強奪班を、全員無傷で帰還させて。
彼に望まれた『役割』を完璧にこなしてみせて。
それでも何故かいつもより濃い諦めの色を見せる無表情で佇む年下の少年に、言葉を途切れさせざるを得なかった。
「お帰り。……で、なんかあったのか?」
「別に」
別に──で済むような表情では決してなかった。
ここ一ヶ月近く、彼がこんな何かを含んだ表情を見せた事はほとんどない。こんな表情を見せるのは、だいたいが『悪夢』にうなされた朝ぐらいのものだ。
彼は……『シャクナゲ』となった彼にはこんな表情は似合わない。
「何かあったなら教えてくれ。俺には今回の作戦を立案した責任があるんだ。報告はしっかりして欲しい」
だから少し無理矢理でも、作戦立案者という立場を利用してでも話を聞き出そうとして。
「別に今回の作戦で言うべき事は何もない」
拒絶される。
少なくとも俺には拒絶されたように感じられた。冷たくそう言い放った彼に『お前には関係ない』と言われた気がしたのだ。
それに少し呆然として。
そんな俺をそっちのけで、隣にいた少女が暴発する。
俺よりもあらゆる感情の沸点やら臨界点やらが遥かに低い、『剣匠』と呼ばれる少女が食ってかかる。
「ちょっと、あんた! なんか嫌な事があったんだとしてもさっ、もう少し言い方ってものを考えられないワケっ?」
「おい、雪代──」
「おシャラップっ!」
食ってかかるミヤビに、ついうっかり今までの呼び方で呼びかけるも、ペシンっとおでこを叩かれて黙らさせられる。
単に軽く叩かれただけでも、彼女の腕力でやられては洒落にならない。『ペシン』ではなく『ベシッ』と聞こえ、視界が一瞬ブラックアウトして星が散る。
──『おシャラップっ!』というのはひょっとして『お黙りっ!』という意味だろうか?
そんな取り留めのない事を考え……目の前で鼻息荒く身を乗り出しているミヤビと冷たく見つめ返すシャクナゲを見やる。
彼の事情を知る仲間達のほとんどが彼を避ける中で、ミヤビだけがその過去に憚る事なく接している。
彼もまたミヤビにだけは話し掛けられた時には、面倒くさそうな色を見せながらも返答をしていた。
まぁ、話し掛けているのに返事をしなければ、ミヤビの場合容赦なくグーが飛んでくるから……という理由もあるだろうが。
しかし今の彼には、ミヤビと接していた時だけはほんの僅かに解放していた『他者を拒絶する壁』が、高く堅固に築かれたままだった。
それは断じて勘違いなんかじゃない。何故なら、俺に対してはいまだ開かれていないその壁を、今までずっと焦燥感に苛まれながら見上げてきたのだから。
それを僅かに開いてみせたミヤビを、羨ましく思ってきたのだから。
「ほら、なんかあったならキリキリ言うっ! 何人かで何か行動する時には、ちょっとした事でも『ホウレンソウ』ってのは常識でしょうが!?」
「……ホウレンソウ?」
ほうれん草ってあれだろうか?
血の流れをサラサラにするという、おひたしにしたら美味い緑黄色野菜……だとしたら、今の状況になんの関係が──。
そう思ったのは俺だけではないらしい。
シャクナゲもミヤビの言葉に小さく首を傾げながら、その外套の襟首をガシッと掴まれていた。
「『報告』! 『連絡』! そう……そう、なんだっけ?」
「繋がりからすれば相談とかじゃないか?」
「『相談』! で『ホウレンソウ』よっ! 常識でしょっ!?」
常識とか言う割に忘れてたっていうのはどうなんだろうな。やっぱりその辺りはつっこんだらマズいんだろうか。
……マズいんだろうな。
「別に報告も連絡も相談する事もない」
「嘘つけっ! このミヤビさんの目は騙せないかんねっ!」
あぁ、取りあえず吐いた方が身の為だと思うな。俺も気にはなるけど、それは差し引いて考えても素直に話した方がいい。
……そう、出来ればミヤビがこれ以上熱くなる前に。
しかし、そんなてんやわんやの騒ぎの中でも──ミヤビにその襟首を掴まれてガンガン前後に振られながらも、シャクナゲは面倒くさそうに、でもどこか虚しさを感じさせる表情で彼女を見返していた。
それはミヤビが持つ天性の明るさでも照らせない、深い深い場所から見上げてくるような表情で。
宵闇よりも真っ暗な場所から見据えてくるような瞳で。
関西に来てからもよく見せていた暗い表情だ。
「報告も連絡もないよ。嘘じゃない。相談するまでもなくあらかじめ分かっていた事を再確認して……勝手に再確認させられて、改めて虚しくなっただけなんだから」
「何が言いたいのよ? いい加減はっきりしないと──」
脇に置かれたままだったスチール製の椅子がパキパキと乾いた音を立て、『錬成』されていく音が響く。
それははっきりしないシャクナゲの言葉に……どこか暗い表情で自分を見据えてくるだけの少年に、苛立ったミヤビがその能力を解放していく音だ。
それを『マズい』とは不思議と思わなかった。
『彼』ならなんとかするだろうとたかを括っていた。こんな場でも平静なままでいられてしまった。
それが今までの『俺らしくない』考えだとは──他人を傷つける為の力を、安易に用いる事を嫌うはずの俺らしくない考えだとは不思議と思わなかったのだ。
後になって考えてみれば……その時平静でいられた俺自身にゾッとする。
ミヤビのいつもの癇癪だろう。
彼だから大丈夫だろう。
『思わせぶりな態度を取っておいて、はっきりしない少年が悪い』んだから、彼女が少しばかり力を使ってみせて口を開かせても問題なんてない。
そこまで考えていたつもりはなかったけれど……そんなつもりはなかったはずだと思いたいけれど、俺らしくない態度だった事は間違いない。
「言うべき事なんて何もない。何もないんだ。だって、当たり前の事なんだから。知っていた事で……今まで何度も見てきた事なんだから」
そして彼の言葉に。
俺達が想像も出来ない『地獄』を見てきた男の言葉に、背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
「人は簡単に慣れる。能力を使って誰かを傷つける事にも、他人を力でもって抑えつける事にも……びっくりするぐらい簡単に慣れてしまうんだ。そんな事を今更改めて確認した、なんて言う必要ないだろ?」
「……あっ、いや、これは今までもあたしってこうだったし」
部屋の隅に突き立った、椅子に施された塗装の黒とスチールの銀でまだらになった剣を彼は見ていた。
諦めてしまったような表情で。
でも悲しみも秘めた表情で。
「少なくとも俺はあんたに『能力』を向けられた事なんてないよ。ぶん殴られそうには何度もなったけれどな。
少なくとも、今まではこの程度の事で能力を使って脅しに走るような人だとは思ってなかった」
「……」
「初めての強攻策が上手くいって、このまま上手くいき続けて。
いつかあんたも──『あんた達も』人を傷つける事に慣れてしまったら、なんて甘い事を考えてしまっただけさ。
人は簡単に慣れる。他人を殺す事にも慣れてしまう。そんな事は今までずっと見てきたんだから……そんな事は知っていたはずなんだけどな」
そう言って、彼は虚空から現れた鎖であっさりミヤビの剣を打ち砕いた。
なんの所作も見せていない。その視線を僅かに細めてみせただけで、『彼が支配する世界』の端末が支配者の意思を汲んだ……それだけに過ぎないのだろう。
いとも簡単に剣匠の連結した剣を微塵に砕いてみせて、少年はジッと少女を見据える。
襟首を掴んでいた手を払い、呆然とするミヤビをその深い闇色の瞳で真っ直ぐに見つめる。
「あんたは人を傷つけた。死者出ていなくても、あんたの『力』をまともにぶつけられたなら、後遺症ぐらいは残ったヤツもいるだろう」
「……っ」
「それに気付いていないなら──あんたはもう戦わない方がいい。その力はいつか仲間を傷つけるだろうから。
気付いていてそれでも笑えるなら──」
──バンっ!
左手の人差し指を立てて拳銃に見立てると、ミヤビの額に向けて引き金を引いてみせる。
無表情で。
あくまでも無表情のままで。
でも何故か泣きそうにも見える表情で。
「いつか俺達は袂を分かつだろう。
忘れるなよ、あんた達は人を傷つけた。傷つけたんだ。『殺してはいない』『これなら少ない犠牲だ』なんて言い訳を自分に許すな。全部忘れずに抱えていけ。
あんたは──」
──あんた達は、俺や『彼女』みたいにはなるな。
そう呟いて。
そのまま踵を返し、彼は部屋を出て行った。
呆然しているミヤビと唖然としている俺もその場に残して。
その言葉に込めた、深い想いと一瞬放たれた鋭い殺気じみたものだけを部屋に残して。