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7・諸行無常の響きあり三






「……あいつって不思議なヤツだな」


 器用な手捌きでナイフを扱い、クルクルとジャガイモ回転させながら薄く皮を剥いていくエプロン姿の男は、そう言って小さく肩をすくめてみせた。

 『小さな小料理屋の台所で』皮を剥いているのが、トラブルメーカーに寝起きから浚われた男……この国で起こった動乱の中心で、変種の皇の一角と目された男だという時点で、それはそれは余りにも摩訶不思議で、非常識過ぎる光景だと言える。

 こんな光景を特警の連中に見せ、『こいつが関東の新皇です』と言ってみせても、『情報屋・暁もヤキが回ったか』と鼻で笑われてしまう事だろう。


「気が付いたら人混みの中で、しかもメイド服を着た女に背負われているって時点から、かなり特殊な一日の始まりだって言えるだろうけど──」


 ……嫌すぎる一日の始まりだ。

 さぞかし視線を独占した事だろう。悪目立ちは困るんだけど、なんと言っていいかコメントにも困る。


「まさかメイド喫茶で店内を掃除させられた後、こんな小料理屋に貸し出されて野菜の皮むきをさせられる、なんて思いもしなかったよ」


『良くいくお店が、手が足りないっていうから途中から貸し出した』

 とはあいつに聞いていたけれど、まさか本当に貸し出されていて、黙々とジャガイモの皮むきをさせられている様を見る羽目になるとは思わなかった。

 噂に聞く『新皇』のイメージからも、こっちに来てからのイメージ──夜、悪夢にうなされる度に、アジトを破壊しまくってくれたイメージからも、とことんかけ離れ過ぎている。


「悪かったな、雪代──あいつも悪いヤツじゃないんだけど、ちょっと変わったヤツでさ」

「ちょっと変わったヤツ、か。

 ……あれでちょっとなのか」


 なかなか痛いトコを突いてくれるけれど、その口元には笑みが刻まれていた。

 本当に小さく……口元を僅かに緩める程度だけれども、シャクナゲは確かに笑みを浮かべていたのだ。

 それが俺に対して見せた初めての笑みで。

 こっちに来てから初めて見せた表情で。


 ──やっぱり俺は、やり方を間違えていたんだと……そう理解させられる。

 それをあの雪代に解らされた事が癪であり、それでもすごく納得も出来て。

 俺も小さく笑みを漏らした。


 大事にし過ぎる事が、決して人の為になるワケではないという当たり前の事を、俺はこいつに対して接する時には忘れていたのだ。

 こいつが皇だから。

 俺じゃ想像も出来ない経験をしてきたから、と。


「夕飯はまかないが出るって聞いてるから、食べてから朝のビルに帰る」

「それだったら、俺もここで一緒してもいいだろ? もちろん俺は客としてだから、席は確保しておくからさ」

「……好きにしろよ」


 そう言って、またも皮むきに戻るシャクナゲに笑みを返し、こっそり雪代も誘っておいてやろうと計画して、ニヤリと口元を歪めてみせた。

 多分雪代の遠慮のなさと、底抜けのポジティブさは、こいつにとっていい影響だろう……そんな事を考えて。


 時刻は昼を過ぎ、すでに夕方に近くなっていた。こんな時間帯まで、俺がこいつと会えなかったのには理由がある。

 もちろんそれは改めて言うまでもなく、あのトラブルメイカーの仕業であるが、今になって考えればあいつがこの時間まで引っ張っていたのにも、それなりの理由があるんじゃないかと思えた。

 あいつはよく分からない考えを持っているけど、決して考えナシのバカではない。

 俺なんかより、ずっとまともに考えられる頭がある。俺よりも柔軟で人を差別しない真っ直ぐさがある。

 それを反省しつつ今後に生かす為に──同じ間違いを繰り返さない為にも、今日一日の事を振り返ってみる事にする。







「お帰りなさいませ……ってあんたか、ご主人様」

「仕事熱心なのか、そうじゃないのか、良く分からん出迎えご苦労さん」


 喫茶『メイディ』。

 何から何を助けて欲しいのか、あるいは五月の労働者の日を現しているのか、良く分からない店名のドアをくぐると、にっこり笑った栗色の髪を持つ女性が出迎えてくれた。

 ツーサイドアップに整えられた髪を揺らしつつ、その表情は見事なまでの朗らかスマイル。

 にっこり笑顔はそのままでも、それとなく口調には素を交えながら。

 『ご主人様』という背中がかゆくなるような言葉を使いながらも、らしさも見えるその物言いは、件のトラブルメイカーによるモノだ。

 服装は朝も見たそのままで、頭にはレースのついた独特のカチューシャと、右の一房に巻かれた白いリボンを装備し、小柄で愛くるしい仕草を包んだ、レースが無駄に付きまくったエプロンドレスが似合い過ぎている。

 まぁ実物は、それらでしっかり『擬態した』栗毛の小悪魔、剣の群れでテロを行う、名前は雪代雅という猛獣であるけど。


「こんの誘拐女。あいつは一体どこだよ? 言っとくけどな、今回はさすがに笑って許せるような事じゃねぇぞ」


 思わず『ご主人様呼ばわり』に背中をかきむしりたくはなったけれど、それはなんとか苦心の末に我慢して、うすら笑いに崩れそうな表情もどうにか引き締めると、目の前にいるエセメイドに向けてそう告げる。


「お席の方へご案内致しますね♪」

「おい!」

「なんでしょう?

 ……仕事の邪魔したら蹴り出すかんね」


 まぁ、俺が凄んでみせたぐらいでどうにかなる相手じゃないって事を、確認しただけで終わったのだが。


「ったく、あんたって暇なの? 実はこういう店好きだとか? まさかとは思うけど、あたしを変な目で見てないよね? にゃ〜、そういう趣味に偏見はないけど、あんたの場合はどん引くわ、このクールぶったエセゴールドマン」

「……お前なんか大っ嫌いだよ、こんちくしょう」

「まぁまぁ、一応お(カモ)だし、散々注文して売り上げに貢献だけはしていってよ」

「くそっ、この店に来るメイドさん好きは、絶対に現実を知るべきだ」


 さりげなくカモ呼ばわりされてるし。


「あら、あたしって超絶可愛いメイドさんだと思うけどにゃ〜。よく『ミヤちゃんがこの店で一番可愛いよね』って言われるもん」

「それは被りまくった猫の着ぐるみが可愛いだけであって、中身は別物だろうがよ」


 そんな昔馴染み同士の心温まる会話を小声でかわしながらも、ファンシーな店内の一角へと案内される。


「着ぐるみが可愛いって事は認めてくれるんだにゃ〜」

「着ぐるみ『だけ』はな」


 席を引かれ、座った俺のそんな言葉を気にした様子もなく、雪代はニヤッと(ニコではない)笑うと、居住まいを正してから片手だけスカートの裾をちょこんと摘み、可憐にクルッと回ってみせる。


「……ご主人様。わたし、今日もご主人様専用の可愛いメイドさんでいられてますか?」

「ぶっ!?」


 そしてそんな事を猫なで声で言うと、その大きな瞳をキラキラと潤ませつつ、上目遣いで見やってくる。

 オプション装備として、計算され尽くしたかのような角度で傾げられた小首が小憎らしい。

 なんというか、うん、メイド服による補正からか、一瞬だけクラッときてしまった事は否定しない。


「あっははははっ♪ 可愛くなかった? 結構ドキッとしたでしょ? 顔赤いしさ。にゃ〜、あたしって罪な女の子だにゃ〜」

「……地獄に落ちろ、エセメイドめ」


 そんな調子のまま俺の向かいに平然と座る彼女に、思わず毒づくとそっと辺りを見渡す。

 俺と同じく、先ほどの猫被りメイドにクラッと来たらしい客と、苦笑を浮かべる雪代の同僚達、そして何故かウットリ顔でサムズアップしてくるオーナー……通称マダム。

 こんなノリでいいのかと他人事ながら心配なってくる。


「サボってていいのかよ? まだバイト中だろ?」

「今からお昼取ろうと思ってたからさ、一緒していいっしょ? 話もあるしさ」

「俺はいいけど、自称店一の売れっ子さんが男と店内で普通に飯なんか食ってていいのかい?」


 案内したまま座り込み、平然とメニューを見やる目の前のエセメイドには、チラチラとこっちを見やるお客が見えていないらしい。

 しかし、誰も何も言ってこない事から考えれば、案外問題はないのかもしれない。


「あぁ、いいのいいの。あんただったらマダムも何も言わないし、あたしお昼は馴染みのお客さんと食べる事もあるから」

「なんていうか、すっごい緩いよな」

「そ? あっ、あたしはナポリタンね。飲み物はレモンティーで。ここは当然あんたの奢りでしょ?」

「なんで奢りで当たり前な雰囲気が出来てんだよ」


 しかも奢ってもいいか、と思ってしまっている辺り、こいつは天性の奢られ上手だろう。


「にゃ〜、それが男の甲斐性ってやつさぁ」

「……男とか、女とか頭に付く言葉は嫌いなんだけどな」


 大抵が男には不利で女は得する言葉な気がするし。


「ま、あいつ……あ〜っと、比良野、じゃなかった、シャクナゲだっけ? あれの事とか話したいしさ、これぐらい奢ってくれてもいいでしょ?」


 ──あんたがえらくご執心らしい男の事だし、あの騒動ん時はウチも一応手を貸したしさ。


 そう言いつつも、通りかかった同僚に、平然と俺の分……彼女の好みでミックスピザとアイスコーヒー、極めつけにティラミスとチーズケーキまで注文を通し、軽い調子で肩をすくめてみせる。

 当然俺のピザもちょこちょこ摘むつもりなのだろう。デザートは二つとも雪代が食う事は言わずもがなとして。


「あのな、確かにあの時、特警の目を逸らせとは頼んだけど、特警の車両を目についたはしから破壊しろとは言ってないぞっ!?」

「いや、目を引けるし、行動不能にもなるし、一石二鳥かなぁ〜って思ってさぁ」


 あっはっはっ、と雪代は至極軽快に笑って見せるけれど、付き合いの長さは伊達じゃない。その頬を流れる一筋の汗は見逃さない。

 恐らく途中から特警に邪魔でもされたのだろう。当たり前だ、自分の所属する機関の車を破壊されて、黙って見ているワケもない。

 それでこいつが熱くなっていった事は明らかだ。


 『特警の車両を次々と破壊し、所属能力者数名を撃退して逃げ延びた変種』の情報は、最高ランクの報酬で情報を求められている。

 まさか『俺の仲間です』とも言えないから、適当に流しつつ、『その変種』に対する手配の解除をお願いしたけれど。

 正直な話、特警のトップとも目される知り合いには、その辺りでかなりの借りを作ってしまっただろう。神杜の女傑こと、神杜市長にも同様だ。


 ……嫌だなぁ。まぁたなんだかんだ言われて、代わりに『虎の子』の情報を提供しなきゃならないかもしれない。持ちつ持たれつとは言え、俺には落ち度なんかないのに。

 ……まぁ、慌ててた余り、雪代にやり方を一任した以外は。


「と、ともかくっ! 最近どうなのよ? デイトレードは辞めたんだっけ? 資金集めは上手い事言ってんの?」


 ジトっと半眼で見やる俺の視線に耐えきれなかったのか、はたまた単なる逆ギレか、いきなり雪代はそう話題を転換する。

 一度しっかりと腰を据え、もっと深くまで突っ込んで会話をすべきかと悩んだけれど、取りあえずは後に回す事にした。

 さっさと話を終わらせて、シャクナゲと合流を果たすべきだと思ったからだ。


「デイトレードはもうダメだ。ここまで景気がどん底で世界中が混乱していたら、期待出来るペイの割にリスクが高過ぎる。今は集めておいた資金で色々と買い溜めている段階だけど、物価の上昇が予想以上でな。手持ちが全然足りない」

「ウチも結構経営が厳しいらしいしねぇ」

「だろうな。でもここはまだマシだよ。この辺りにあった店も、ほとんどがとっくに店畳んでるんだから。俺も情報の切り売りでどうにかやっていってるけど、それでも最低限の資材が集められるかはギリギリなトコだ」


 メイディと名付けられた喫茶店は、オーナーであるマダムが資産家であり、趣味で経営しているような店だからこそ、まだ気楽に経営していられるのだろう。

 治安が悪化しても店員に『無銘』の核弾頭がいるし。


「あははっ。あたしもそろそろ日常にしがみついてはいられない、かな」



 俺の言葉に、軽くそう言ってはみせるけれど、いつもの底抜けに明るい笑みじゃなく、陰を感じさせる笑みこそが雪代の心情を語っていた。

 誰よりも日常を、平穏を愛しているのは、間違いなく目の前の少女だ。底抜けに笑って、毎日を明るく過ごしてはいても、俺みたいに『未来が壊れる事』を覚悟している人間などよりは、よほど今の現状を悲しんでいる事だろう。

 そこでシャクナゲを──新皇だった彼を恨み、現在の混迷を身近にいる彼だけのせいにしてしまわない点だけを見ても、雪代の芯の強さは計り知れないと思う。

 その心底は分からないけれど、これだけ明るく振る舞っていられるのは、彼女が間違いなく俺なんかより強いからだろう。

 とっくに諦めて、最悪の未来に備えている俺などより、その最悪を思慮に入れて俺に協力しておきながらも、『現実(いま)』を楽しめているのだから。


「──悪いな。いざという時になっても、お前なら一人でそれなりに生きていけるんだろうけど……正直に言えば頼りにしてる。俺達の事は気にするな、なんて言えそうにない」

「いいよ、あたしが今みたいな日常を送ってこれたのはあんたのおかげだしね。その時が来たら、あたしもあんたの理想に乗っかってあげる」

「……悪い」

「謝んなよぉ。あたしは謝罪の言葉よか、お礼の言葉のが嬉しいにゃ〜」


 パタパタと手を振ってみせる雪代を見て、フッと軽く息を吐く。

 ──あぁ、なんか文句を言いにきたハズなのにな。

 見事に思考を外れた位置に誘導されている気がする。しかも何故か、俺の方が礼を言うべき立ち位置に立たされてる。さらに言うなら、それでも全く後味が悪くない。


「……ありがとう」

「ま、この雅さんに任せときなさい」


 本当に雪代雅という少女は破天荒で、気持ちのいいヤツだと思う。

 運ばれてきた俺の分であるハズのミックスピザまで、ほとんどペロリと食べてしまったその食いっぷりも含めて。


 ちなみに6分割にされたピザの内、俺が食べたのはたった一切れだけで、後は皿ごと奪われてしまった件に関しては、一応文句を付けておいた。

 まるっきり応えた様子はなく、食後にダージリンまで頼みやがってくれたけれど。







「んで? なんだかんだと引き伸ばしてくれたけれど、そろそろいいだろ? 労働の対価をよこせ」


 ──その食後、何故か店で皿洗いを手伝わされ、続いて裏に積まれた荷物の整理までさせられた後、さらにおやつを奢らされたところでようやく休憩……そして本題へと入る。

 まぁこの場合対価と言っても、誘拐犯に対しての身の代金に類似したモノではあったが、そこまでツッコむつもりはない。

 優に三時間はこき使われたワケであるが、俺は勝てない勝負(口喧嘩もガチンコの喧嘩も)を挑むほど、マゾな趣味は持っちゃいないのだ。


「あぁ、そろそろいっかな。あ、でもその前にさ」

「なんだよ、まだ何かやらせるつもりか?」

「ちゃうちゃう。でも、まだやりたいってんなら仕事回すけど?」

「遠慮しとく。で?」


 促した俺の言葉に、雪代はチラッと休憩室の机の上にある灰皿へと視線を向ける。


「あんたってタバコ辞めたの? ちょい前まで、あのキッツいタバコ吸ってたじゃん?

 ──ストレスが溜まってるから、これぐらいキツいヤツじゃなきゃ保たないんだぁ〜、とかオッサンみたいな事言ってさ」


 タバコ。確かに吸っていた。

 そしてその話題も、いつかは出るだろうと思ってもいた。

 平和を冠した銘柄。名前が気に入って吸い出したその銘柄の中でも一番キツいもの。それを吸わなくなった事を指摘したのは、彼女が初めてだった。

 元より未成年の身であるし、立場上吸う時と場所は選んでいたからだ。

 それを辞めた事を初めて指摘され、思わず息を呑んでしまう。

 値段がバカみたいに上がったから禁煙をした、というありがちな理由じゃないからだ。

 もっと別の理由があって……他の人は絶対に持たないであろうワケがあって、例え僅かであれ健康に気を使う必要があって……俺は辞める事にしたのだから。


「……辞めたよ。金がかかるし、いずれは手に入りにくくなるだろ?」

「似合わない事言っちゃってさ。あんたなら上手く買い占めて、裏で流したりとかしそうじゃん?」


 なかなかに鋭い指摘に苦笑が浮かぶ。たしかに嗜好品の類は、税金と材料費の高騰でバカみたいに値段が上がる事が分かっていたから、色々と買い占めていたりするからだ。

 タバコだけじゃなく、ボトルウィスキーから日本酒、紅茶にインスタントのコーヒーまで。あらゆるモノを『壊れゆく未来を予感した、ずっと子供の頃から』俺は買い溜めている。

 いくら賞味期間が書かれたラベルを『偽造』しても、品質の関係から値を下げざるを得ないが、それでもかなりの利益が出るだろう。


「だからこそなおさら無駄には出来ないだろ?」


 でも俺が愛用していたタバコを辞めたのは、そんな利益面を苦慮したからではない。


 俺には新しい力が必要だった。

 そしてそれを得る為には賭け金となる代償がいる。俺の世界は、代償なき力を与えてはくれない世界だから。

 全てはその為。

 必ず代償を持って──繋がりを身体や精神に強いて、在らざる力を与えてくれる世界なのだから。

 その為に、僅かでも……一分一秒の寿命や、健康な細胞の一つであれ、代価(ペイ)となりうるモノは無駄には出来ない。

 力無き存在なりに俺が戦う為には──どのような代償であれ覚悟しておかなくてはならない。

 全てはその為。『ノーフェイト(運命にあらず)』を否定したが為。

 『ノーフェイト(あれ)』に半分持っていかれた俺が、精一杯の代価を用意する為。


 今、俺が必要だと考えているモノ(ちから)は知識だ。そして情報だ。

 その中でも最高峰(ハイエンド)たる『未来の知識』、『未来の情報』が得られれば言う事はない。

 それすらも代償次第、考え方次第では与えてくれるのが俺の世界。器物に新たな運命を書き込む『付与の世界』だ。

 しかし、未来を知る為には『未来』が必要となるだろう。俺の持つ『ノルンズ・アート』という能力は、そういった力なのだから。

 与える能力に見合うモノが代償となる。存在そのものの在り方を変えるだけの代価が必要になるのだ。


「あんたもさ……ううん、あんたでもさ、これ以上捨てなきゃならないモノってあるんだね」


 そこまで語るつもりはなくとも、古い付き合いだけに何かを感じ取ったのか、雪代はわずかに瞳を閉じてみせ


「うん、やっぱそうだよね」


 そう深く頷いてみせる。

 そして『よしっ』とばかりに気合いを入れて立ち上がると、ようやく本題へと入ってくれた。

 その瞳からは、少しばっかり似合っていない陰みたいなものを感じさせるけれど、それでもなんとかいつも通りに笑ってみせながら。


「あいつ……シャクナゲはさ、行き着けの小料理屋さんに貸し出したんだよねぇ〜、なんかそこのお婆ちゃんが腰を痛めちゃって、材料の下拵えとかが大変だって言うからさ」

「貸すなよ!?」


 しんみりとした空気を潰す事が分かっていても、思わずツッコミを入れずにはいられなかった。

 まぁ、暗い雰囲気は望むところじゃなかったのだけど、それを吹き飛ばしてみせたのは狙っての事ではないだろう。

 雪代雅というヤツは、どこまでもそんな少女のままなのだと知っていたから。


「だって見たトコ手先は器用そうだったし、自炊してた事もあるって言ってたからさ」

「そういう問題じゃねぇっての!」

「あ、お給料はちゃんと出るからさ! 仲介料になんか奢ってよね」

「しかもさらにたかる気かよ!?」


 そうしてなんとか誘拐された相棒希望の少年の居場所を、半日がかりで聞き出して

『明日もちゃんとバイトに行くように!』

 という伝言まで頂いて、俺は小料理屋『トミコ』にようやく向かう事が出来たのだ。


「いってらっしゃいませ。ご主人様」


 そんな背筋にミミズか何かが這うような錯覚を覚える、エセメイドに見送られながら。


ご指摘頂きましたが、間違えて完結扱いにしておりました。

逆月は案外ヌケているので、たまにこういったポカをやらかします。

何かお気づきの際はぜひお知らせくださいませ。

もちろん、普通の感想等も大歓迎です。

『諸行無常の響きあり』などの後につく『一』などの数字は、単なる型番に近いモノなので、章によってまちまちです。祇園精舎の鐘の声は四まででしたが、今回は五くらいまでありそうです。

まだ書けてないんですけど。

次回はミヤビに拉致られたシャクナゲ視点の番外編を書こうかと思いますが、う~ん。

マークはアカツキ視点のみからなる、純粋な一人称と言ってただけに、番外編はナシかもしれません。

読んでみたいって方がいたら頑張ってみますし、自分なりに上手く書けたのなら番外編でいくかもしれませんが、次のアップまでに上手くまとまらなければ、今ほとんど書けてある『諸行無常の響きあり四』をいくと思います。

四にいっちゃうと、番外編がいまいち空気読めてない箇所に挟まりますしね。


今後ともよろしくお願い致します。

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