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3・祇園精舎の鐘の声三





「くそったれ! くそっ、くそっ! なんだよ、なんなんだよ! あいつらはっ!」


 ひとしきりモノに当たり散らし、足元に転がっていたゴミ箱代わりのアルミ缶を蹴り飛ばす。


「あのカルト野郎共っ! よりにもよって今日からじゃなくてもいいだろうがっ!」


 室内に乾いた音を上げ、べっこり大きくへこんだそれに、さらにもう一回蹴りを入れる。

 それでもなお苛立ちは収まらず、さらに毒づきながら衝動のままにコンクリートの壁へと思いっきり拳を叩きつけた。


 ……痛い。

 ヤワな俺の拳はあっさりと壁の強度に負けるけれど、その痛みでなんとか冷静さを取り戻し、今すべき事へと思考をシフトする。

 四日間にも及ぶ駅の張り込みによる睡眠不足と、待ちに待っていたファーストコンタクトを邪魔された怒りを、なんとか脳内のダストシュートへと放り込みながら。



 ──現在、この神杜という土地には、変種の在り方を巡る三つの勢力がある。

 一つ目はSSとも揶揄される『特警』、『関西特別治安維持警備局』だ。

 これは神杜市庁と県庁の共同で発足された組織であり、変種の中でも強い力を持つ者を市や県で囲い、問題を起こした変種や、それを庇った人物の取り締まりに当たらせる為に発足した組織である。

 この組織こそが権力による擁立という背景から見ても、最も大きな力を持った組織だと言えるだろう。

 この大不況の中で、差別される側の変種達に国が立場と職を約束してくれるのだ。当然構成員も優秀な連中が集まっているし、何より局員全てが自分の立場を守る為に必死な辺りが強みだと言える。

 しかしこの特警にはまだ規範というモノがあるし、何より構成員達も自分達が変種であるという意識と、自分達の為に他の変種を取り締まるという罪悪感からか、無差別な弾圧じみた真似はしてこない。

 それが『特警は対応が甘い』と叩かれがちな理由でもあるが、もしこれが無差別な弾圧を繰り返すような組織体制だったのなら、特警の敵に回る変種達も確実に増えていただろう。そしてその分治安も悪化していたに違いない。

 のらりくらりと市民の批判をかわしつつも実績を重ね、世論に左右されまくりな県庁からの要請をも適当にあしらう女性市長は、女傑と言うに相応しいやり手だと言えるし、特警の本部長は関西でも指折りの力を持つ変種だ。

 この神杜ほど治安のいい街が近隣にないという背景には、この特警の本部があるという点が大きい。

 この特警という組織とは相反する部分も多々あるけど、構成員の中には知り合いも何人かいるし、その在り方には俺も一目置いているのだ。


 しかし、第二勢力である『聖祖真教』の連中は、この特警などよりも遥かに厄介で、比べ物にならないぐらいにタチが悪いヤツらの集まりだったりする。

 聖祖真教とは、元は一地方都市に生まれた小さなカルト宗教集団で、今の変種と既存種の争いを中心に置いた教えを背景に、今現在その勢力を増していっている新興宗教団体だ。

 人の祖としての既存種を、変種よりも完全に上位へとおいた教えを盲信する、現代の狂信者共である。

 関東で起こった変種による動乱で揺れている関西を、さらに激しく揺さぶってくれる連中なのだ。

 特警が『治安維持』を念頭に置いた集団だとするならば、この聖祖の連中の目的……主張は『原点回帰』。

 つまり変種という、近年まで存在していなかった種を排除し、今まで通りの既存種による社会を作ろう、という事らしい。


 まさに失笑モノだ。

 この時代……今のこの瞬間も、どこかで既存種から変種が生まれているであろう時代に、どこまで愚かで後ろ向きな主張をしているのだろう。

 そんなに古くからある事が大切だと思っているなら──能力や人格を抜きにして、単に祖である事を第一の教えとするのならば、精々原人の骨でも奉って隅っこにでもいてくれればいいのに、このでしゃばり共はそのイカレた頭に見合わないだけの力を持っていたりする辺りが最悪だと言えよう。

 つまりこの聖祖真教の連中には、既存種の中でも富裕層や政財界に古くから携わってきた家が関わっており、なかなかの勢力を持っていたりするのだ。

 関西の政治家の間でも、『特警派』と『聖祖教派』に別れ、火花を飛ばしているというのが現状なのである。



 そしてこの二勢力に続くのが、『無銘』と呼ばれる変種と既存種の関係を対等に置いた、新たな社会を模索する集団である。

 まぁ実際はそんなに大したモノなどではなく、冤罪で特警に捕まりかけた連中や、聖祖の連中に迫害された連中が集まっただけの寄せ集め集団でしかない。

 そう、社会からあぶれてしまった──混迷する時代に迷ってしまった俺達こそが、名前も持たず、ただがむしゃらに前へと進む『名無し共』だ。




 レンの言っていた『皇』を、俺達が迎える準備は万端だった。俺なりに打てる全ての手を打ったつもりだったのだ。

 約束の期限である今日は、既存種だけで組んだ数名ずつのチームがいくつも駅近くに張り込み、少し離れた辺りには万が一に備えて強い能力を持つ仲間達が警戒にあたっていた。

 ツテと金を使って特警の連中の目を反らしたし、集めた金や仲間内からの援助で得た資材も、その為に盛大にバラまいた。

 レンならば、特警や聖祖の連中に気づかれるようなヘマをしてはいないだろう。

 俺がそれを崩すワケにもいかない。

 だから出来うる限りの手は打ち、出来うるだけの警戒はしてきたつもりだった。


『あたしはちっとバイトが入ってるからさ』


 仲間内で一番頼りになる雪代が『バイト』で忙しく、時々しか参加出来ない点が多少気がかりではあったけれど、それでも彼女ならば何かあったなら『飛んできてくれる』だろう。

 そう自分を納得させて、出来うる限りの手を打っておいたのだ。


 ……もちろん正直なところでは、バイトどころじゃないと言ってやりたいのは山々だった。

 だけど、それを口にするワケにはいかない理由があるのだ。

 正直な話、雪代ほど希少で特殊な能力があったならば、こんな不況の中で普通にバイトなどしなくても食い扶持に困る事はない。

 彼女は、無銘に多くいる『単にちょっとした能力があるだけの弱い変種』ではないのだから。

 雪代雅(ゆきしろみやび)……無銘が誇る最大戦力である『ソードメイカー』の能力は、物質形成能力とその形成した物質を自在に操る念動力を併合したような非常に特殊なモノなのだ。

 それはもう『物質支配能力』と言ってもいい。自らの意志一つで物質を自在に結合させて形成するだけではなく、その形成した物質を完全に支配下へと置く能力なのだから。

 確かにその能力にも制限はある。一度に形成出来る数も一定の範囲内だし、支配下……つまり意識下から外した物質は、その形を保ってはいられず、簡単に崩れてしまう。

 しかし、それを差し引いて考えても間違いなく希少で、使い方によっては強大な戦力になりえるモノだと言えよう。

 その能力が知れ渡れば、アングラな組織は彼女に破格の好待遇を約束してくれるであろうし、変種にとって一番の優良職である特警にだって簡単に入れるだろう。

 研究機関関係だって、大枚をはたいて彼女を雇い入れたいという連中はいくらでもいると思う。

 それでも雪代が俺達と共にいてくれるのは、『無銘』が彼女が求める彼女らしい生活に干渉しないからだ。

 普通にバイトで生活をして、そこで稼いだ金でたまに仲間とバカ騒ぎをする……力があるからこそ叶わないそんな望み、そんな平凡を受け入れられるモノが、現代では俺達ぐらいしかいないからだ。

 それが分かっているからこそ、喉元まで這い上がってきた言葉をなんとかこらえ、何かあった際は応援を頼む事を伝えるに留めたのである。


 もちろん雪代の件以外にも不安がなかったワケではない。

 その最たる理由が第二勢力である『聖祖』の連中である。

 この俺でも、あの連中にだけはなかなか渡りを付けられないのだ。変種を排除する事を目的とするあの連中は、ちょっと過敏に過ぎるぐらいに情報の出入り口が狭い。

 関東から広がった混迷の余波を受け、動きが活性化してきたあの連中がどう動くか。それが一番の憂慮だったワケであるが、結果としてその憂慮は的を射ていたと言える。

 もちろんその憂慮ゆえに、俺自身もずっと駅の正面口を張っていたのだが、結果としてそれもあまり功を奏さなかった。運と間が悪かったと言ってもいい。

 そこまで準備してきたというのにあの気違い共は、ちょうど俺が食事休憩の為に場所を外した瞬間に行動を起こしたのだから。

 しかもヤツらは、関東から逃れてきた人々が乗る東からの電車を、今日この日から差し止めようとしてきたのだ。

 たかだか時勢に味方され、勢力を増しただけのカルト集団のクセに、数を頼みにレールと駅を塞ぎ、乗っていた人々を勝手に検閲しているらしいと、特警にいる知り合いから話が回ってきた瞬間、思考が一瞬完全にストップしてしまった。


「すぐに仲間達を集められるだけ集めてくれ。俺も直接出る」


 その情報提供に感謝しつつ、なんとか平静を保ったまま通話を終えるだけでも一苦労だった。

 そしてひとしきりあの気違い共を罵って、部屋をメチャクチャにした後、すぐさま携帯で仲間達に指示を飛ばす。

 さっき食事休憩で交代してもらったばかりではあったが、そこに文句を付けても仕方がない。

 空きっ腹を簡易携帯食と栄養ドリンクで黙らせながら、濃紺のニットキャップとグラスの大きいサングラスを身につけ、愛用の原付へと跨った。

 今にも止まりそうなアイドリングと、角張った古臭いデザイン。そこに俺とそう変わらないだけの齢を感じさせるその愛機は、今日は珍しくご機嫌らしく、一発でエンジンに火が入った。

 太く鈍い今にも止まりそうな音を立てながらもなんとか起動するそんな愛機に、喝を入れるように軽く拳を当ててからアクセルを吹かす。

 仲間達はもう乗り換えるべきだと言うし、俺もたまにそう思ったりもするのだが、何故かこいつに対する愛着がなかなか捨てられないのだから仕方がない。


『いますぐにでも燃え尽きて、消えてしまいそうだから流星号って感じ?』


 そう雪代にもからかわれていたりするのだが

『上手い事言うな、こいつ……』

 と言われた自分自身が感心してしまった辺りが、ひょっとしたら救いがないのかもしれない。


 そんな雪代命名の流星号に跨って、駅に向かってひた走る。

 ひっきりなしに回ってくる連絡、提供される情報に頭がぐるぐると回りそうだ。

 気持ちばかりが焦ってしまい、思わずアクセルを握る手に力が入ってしまう。

 首に引っかけただけの半ヘルが風を受け、紐が首に軽く食い込むのを感じながら、片手でサイト『AKATSUKI』へと携帯からアクセスする。

 目的は一つ。うちの虎の子とも言える連中、数少ない実戦的な能力を持った仲間達へのSOS。

 もし、聖祖の連中が強硬な手段を取って、関東から逃れてきた人々の中にもいるであろう変種達を傷つけようとしたのなら、こちらとしても黙っているワケにはいかない。

 数でも経済力でも、そして政治力や発言力ですらも、あのカルト野郎共に負けてはいるが、そんな理由で引き下がれるぐらいなら、最初っから俺達は聖祖を向こうに回すような真似はしない。


「頼むから、これ以上余計な真似はしてくれるなよ……」


 しかし俺が最も危惧している事は、堕ちてくる元新皇に聖祖の連中が手を出してしまわないかという事だ。

 レンの従う新皇を聖祖のアホ共が殺してしまわないか、などと危惧しているワケではない。あの連中にそんな義理など欠片もない。

 むしろあいつらは、一回ぐらい痛い目にあってみた方がいいと思うぐらいだ。

 だけどそれにも限度がある。ちょっとヤツらを小突くぐらいなら全然推奨するが、『辺り一帯を巻き込んでしまう』となれば話は違ってくる。


 そうなれば、彼の存在を隠し通す事は難しくなる。

 いや、はっきり言って不可能になるだろう。

 『東より堕ちてくる最初の混沌の一人』

 ……その存在が公になってしまえば、今は三竦みで小康を保っている情勢に火が着きかねない。

 着きかねないどころか、十中八九火が着いてしまうであろうし、その火も小火程度では済まないだろう。

 関西の地は、不満がくすぶる変種達によって掲げられた新皇を中心に、次なる革命の烽火にさらされるに違いない。

 そこに新皇自身の意志があるかどうかは問題ではないのだ。

 『新皇が中心に立った』という風聞だけで、そこら中に潜んでいるであろう不満分子達が雲霞のごとく集まってくるだろう。

 それは新皇という存在は皇というよりも、むしろ『力の象徴』として認識されている部分が大きいからだ。もっと正確に言えば、今は不満分子を抑えつけている特警をも超える力だと認識されているから……である。


 そうなってしまえばもう収集は付かない。不満分子達が一つにまとまれば、それだけでも一大勢力であるのに、新皇までがついてくるからだ。

 レンが言うには、今はなんとか力の衝動と諦観に狂った変種達の皇ではなく、人としての理性があるらしい彼ももう保たないだろう。

 彼はこの神杜という街と関西という地に失望し、この壊れゆく国に絶望してしまうかもしれない。

 そして人の浅はかさと壊れてしまった現実に、諦めを覚えてしまうかもしれない。

 そうなってしまえば、この国の未来は塗り潰されてしまう。

 なにしろ新皇達は、不況下ではあったが全盛期でもあったこの国の中心都市を、その変種としても異常な力であっさりと落としたような連中なのだ。

 最終防衛ラインを敷かれた議事堂前で、守備側であった国軍のほとんど全てと、歴史ある議事堂そのものが連中に壊滅させられた事件はいまだ記憶に新しい。

 レンが従う『彼』がそれをやったのかは分からないが、『彼』にもそれぐらいなら出来ると考えるべきだ。

 それほどの力を持つ新たなる種の皇が、絶望のままに最初に壊す街……それがこの神杜市となる。

 壊れゆく未来への置き石、この先へと道を繋ぐ『切り札』となるハズだった存在が、現在に終止符を打つ事になるのである。

 つまり希望が絶望に変わる。そういう事だ。


「くそっ、くそったれ共! 俺がようやく掴んだ希望の種を、その歪んだ狂信で刈り取るなよ、人をちょっとした違いで分けて考えるような汚さで汚すなよ!」


 最後の希望が、最後の絶望に変わるかもしれない。

 そんな焦燥感が、年代物の原付を限界以上の速さで走らせる。


 力の弱い俺。たった一つしか取り柄がなく、自らの力で守りたいモノを守れない俺。

 そんな俺が出来る事はと言えば、純正型として生まれた自身の立場と、純正型としての俺が持つたった一つきりの力に、狂ってしまわない事を示す事だけだと思ってきた。

 それが現状に苦しむ全ての同朋達の道標になるだなんて、そんな大それた事を考えていたワケじゃない。

 たった一人でも共感してくれればいい。そいつも俺と同じように考えてくれれば最高だ。

 俺に出来ない事はそいつがやってくれるだろう。代わりにそいつが出来ない事は俺がやればいい。

 俺はその皇ってヤツとそんな関係を築けたら、とそう考えていたのだ。そんな関係になるにはどうすればいいか、そんな事をああでもないこうでもないと、会う前から考えてきたのである。

 自分自身で戦う力を持たない俺は、それ以外のモノを賭ける。命や尊厳、誇りや知恵の全てを懸けて、力を持つ苦しみに喘ぐ彼を救ってやろう。

 力で失ってしまった居場所を作ってやろう。

 その居場所を作る為に必要な(モノ)は、俺の『たった一つ』で創る事が出来る。


 ──純正型としての俺が持つ、たった一つきりの力……『物質にあらざる力を付与する力』で。


 それを使って求めたモノが、あの『未来を壊すノーフェイト』とは違った力。

 誰かを殺す為に全てをかける……そんな似合わない事を考えて作ったアレとは違う、どこまでも甘ちゃんな俺らしい力だ。

 その俺らしい力を付与された物質を使う為に、賭けるべきモノももう決まっている。

 俺が力を付与した物質を使うには、それに見合うだけのペイ(代価)が必要なのだ。そのペイに見合うモノは、俺が覚悟を示す為にも元皇である男と対等である為にも、たった一つしか思い浮かばなかった。

 その覚悟を四日かけてようやく決めたというのに。


「俺の相棒になるヤツに手を出すなよ。そいつは俺の相棒になるんだ。俺が作ったモノを守る為には絶対に必要なヤツなんだよ!」



 新皇。まだ見ぬこの国最初の革命家。レンから話を聞いて思いを馳せた存在。

 そんな男に対する俺の思いを嘲笑うかのように、運命は流転し、そして収束していく。

 散々引っ掻き回し、弄んだ上で、運命なんてクソくらえだと罵った俺に、まるでその存在を知らしめるかのように。

 そう、まるで出会うべき場所で出会えず失意に落ちる事ですらも、劇的を演じる為の脚本であったかのように、俺はあいつと出会ったのである。







もう最近は予約更新じゃ間に合わなくなってます。

今回もかなり苦戦しました。

あぁ、近々一週間休み入れて書き溜めすべきかな。

でもまだ三話ずつぐらいしか更新していないという、純然たる事実に気がひけます。


来週更新予定はノクターン二部です。よろしくお願い致します。

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