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11・沙羅双樹の花の色~殺人者、二人~






「こりゃまた……」


 黒髪の少年は廃墟と化したビルを前に思わず立ちすくんだ。

 少年ほどの力を持った変種であっても立ち竦まざるを得なかった、と言うべきか。


 神杜市の港湾区、その中でも最も荒れている地域、通称『第三区』。

 そこに今は一人、仮住まいをしている男に会いにやってきただけなのに、対面前に度肝を抜かれ唖然としてしまったのだ。


「たしかに第三は、治安のいい神杜の中で爪弾きにされたバカがはしゃいじゃってるトコだけどさ、ここまでボロボロなビルとか見た事ないよ」


 神杜で爪弾きにされている者達の中に、自分が入っている事を彼は自覚している。

 爪弾きにされるだけの理由……鮮やかな緑の瞳を見る度に、自分が変種なんだと少年は思い知らされてきたのだから。

 もちろん『混迷にはしゃいじゃっているバカ達』の中には入っていないつもりだ。

 それでもこの第三区という場所にはそれなりに馴染みがあり、普通の人々ならば近寄りもしない場所でありながらも、彼にとっては特に恐れる場所でもない。今いる通りも何度となく通った事のある道だ。


 だからこそ知っている。

 この第三区と呼ばれる場所であれ──可愛いものであれば恐喝やひったくり、可愛げのないものであれば強盗や殺人といった事が日常茶飯事で起こり得る場所であれ、ここまでボロボロになったビルなどなかった事を。


「これがアカツキの言ってた『癇癪』、かな。最近はよっぽど『夢見』が悪いらしいね」


 鉄筋コンクリートのビルの中には、無惨な落書きだらけになっているものがいくつもある。

 全てのガラスが破られたものや、乾いた血がこびりついたもの、なんの匂いかは分からないが、ひどい悪臭が立ち込めるビルもこの区域にはいくつもある。

 それでも、穴あきだらけになっている鉄筋コンクリートのビルは他にはないだろう。

 ひび割れはあれど、綺麗にいくつもの穴が開けられたビルは、いっそ建てられた頃からそのデザインだったのではないか、そう思いたくなるほどに異常だった。


「……これだけの力を持っている変種、かぁ。皇と呼びたくなる気持ちも分からないではないかな」


 それを個人で──しかも産まれもった能力だけでやってのけた存在がいる。

 しかもやった本人は無意識で、『夢見が悪かった事に対する逃避じみたもの』として、結果的に穴あきビルが出来ただけだというのだから笑えない。

 少年の仲間である『剣匠』と呼ばれる少女ならばやってやれない事はないだろう。彼にもビルを壊すだけならば出来なくはない。

 しかし、それは本気でビルを壊す為だけに能力を使った場合だ。

 これをやった人間にそんなつもりなどさらさらなかったという点こそが、このビルを異質に見せているのだ。


「昔の同僚が何人も暗殺に向かって、その全てが返り討ちにあった『新皇』。

 やっぱ大袈裟な話じゃなかったんだなぁ」





 彼は昔、『黒虎(ヘイフー)』という台湾系のマフィアに暗殺者として所属していた。いや、物心つく前に彼の意志とは無関係で『所属させられていた』というべきか。

 組織に拾われたのか、浚われてきたのか、はたまた親に売られてきたのかは分からない。

 売られてきたのではないかと思っているが、それは少年の瞳が深緑色で物珍しい色をしていたからだ。変種についてよく知られていなかった時代に、この瞳の色は不気味なものに思えたであろうし、高く売れるセールスポイントにもなっただろう。

 組織で変種特有の能力を見いだされ、変態や見せ物小屋に売られる事はなかったが、代わりに暗殺者としての道を選択せざるを得なかった。選択肢が一つしかなかったのだから、『選択した』とは言い難いがそれしか道はなかったのだ。

 その黒虎という組織は、関東の横浜に拠点を置いていたのだが、そこが新皇が起こした革命によってモロに影響を受けた。彼等の縄張りは縄張りと見なされず、アンダーグラウンドな組織である黒虎は利益を上げるすべを奪われた。

 そこでまだ首都圏で国軍と争っている最中だった新皇を暗殺すべく、所属する凶手達に指令が下った事があったのだ。


 結果だけを言えば失敗した。

 真っ向からやり合う能力は持っていても、暗殺という不正規戦には慣れていないだろう……そう組織の上層部は判断し、なおかつ国軍と争っている最中である事から、国軍の動きを利用して接近出来ると踏んで行動を起こしたのに、作戦に加わった凶手達は誰一人として帰ってこなかったのだ。


 若手ながら最高の使い手と呼ばれた少年は、その作戦に加わらなかった。

 加わるはずだったのだが、関西で入ったビジネスを優先させるように通達され、難を逃れたのだ。

 その依頼とは、とある新興宗教組織に敵対するまだ若い少年少女からなるグループのリーダーの暗殺。

 本来ならばその程度の仕事など彼に回ってくるはずがなかった。しかし、関東の情勢が危うい中で、関西での後ろ盾となりうる依頼主とのパイプは、組織からすれば大層魅力的だったのだろう。

 新興宗教団体から大枚を得た黒虎は、万全を期して組織最高の暗殺者を派遣する事にしたのである。


 それが少年が、『アカツキ』と呼ばれる男と出会う事になった出来事。


 依頼主は新興宗教だった『聖祖新教』。

 ターゲットは変種、既存種の垣根を越えて人々をまとめ始めていた『アカツキ』。

 かつては最高の暗殺者だった、今では『クロネコ』と呼ばれる男は、最初で最後の暗殺失敗によりクロネコとなり、アカツキという初めての友を得た。

 その友の為に彼はこの異様なビルへとやってきたのである。

 かつて『アカツキ』の代わりに暗殺へと向かっていたかもしれない相手。

 この国で最初と最強を共に冠し、最高たりえる変種。

 新皇の一角だった少年に会う為に。






「出ていけ」


 部屋に入ったクロネコを迎えたのは、簡潔過ぎるその一言のみだった。

 汗が蒸れた匂いと、乱れに乱れた寝具。グチャグチャに荒らされた部屋。

 その中で部屋の隅に座り込んでいた少年は、顔を上げる事なくそれだけを告げたのだ。

 荒い息はどこか悲鳴じみた掠れた響きで部屋に木霊して、頭を抱えこんでいる手は指先が真っ白になるほどに血の気がない。

 それでもその一言は、抗い難い圧迫感を持ってクロネコにのしかかる。


「出ていけ、と言われてもねぇ。ここはあんたの所有地かい?」


 そんな軽口が出ただけで、クロネコは自分を自賛したくなる。

 目の前の少年の機嫌は、どう見てもいいようには見えない。それどころかいっそ『最悪』と言った方がいいだろう。

 ただの少年ならば問題ないが、目の前の少年の力を思えば、その最悪の機嫌は容易に死因へと化けかねない。

 彼はそれだけの力を持っているし、その力を完全に制御しきれていない事も聞いている。


「俺はアカツキの友達のクロネコって言うんだけどさ、ちょっと話をさせてもらってもいいかな?」


 ──『友達』。

 アカツキの友達だと口にするだけで、クロネコは僅かな高揚感を覚えた。

 友人など持つべくもなかった自分。

 友人など持てる環境になかった自分が、初めて得た対等な人間。

 その存在が彼にとってどれほど大きなものか。

 きっと真っ当に生きてきた人間には到底理解出来ないだろう。出来るはずがないとすら思える。

 その高揚感が竦みそうになる気持ちを強くしてくれた。僅かに怯んでいた心を平常なものへと導いてくれたのだ。


「……お前、ジョブ・キラーか」


 その言葉による冷水を投げかけられるまでは。

 僅か上げた少年の顔に、相反する感情を見るまでは。


「……隠していても分かる。お前みたいな気配を持つヤツは何人も知っているんだ。向こうでは毎日のように俺達の命を狙ってきていた連中だ。忘れるわけもない」


 気配だけで『ジョブ・キラー』、『凶手』を見破れる者などまずいない。

 彼らも普通の人間であり、気配とてそれに準じたものを持っている。何より、気配なんてあやふやなもので職業を見破られていては仕事にならない。

 もしそんな真似が出来る人間がいるとすれば、よほどその類の人間に縁があるか、あるいは自身も同じ立場であるかだ。

 もしくは『殺し屋』と呼ばれる人間以上に、不当な人間の死を見てきたならばあるいは分かるかもしれない。


「その年で俺みたいなのに狙われるなんて、よっぽど日頃の行いが悪かったのかい?」

「日頃の行いは悪かったな。地獄でも受け入れ拒否されそうな程度には、な」


 動揺を隠しながらのクロネコの言葉に、軽口を返しながら少年はジッと彼を見やる。

 最初に感じた『絶望』と『歓喜』という、相反する二つの感情を宿した瞳で。


 絶望はわかる。

 アカツキの知り合いの殺し屋が来たならば、自分を危険視したアカツキに裏切られたと思うのが当たり前だ。

 だが歓喜は?

 狂喜と言ってもいい、渇望するかのようなその瞳が何故なのか、それがクロネコには分からない。


「お前が何をしにきたのかは分からない。でも、もし俺を殺しに来たのなら……それは諦めた方がいい」

「大した自信だね」

「これは自信なんかじゃない。経験による確信だよ。今の俺でも『お前じゃ勝てない』」


 それでもその瞳に映る感情は、絶望の方が大き過ぎて。

 僅かな歓喜はあっさりと諦観に塗り潰され、絶望へと染められていって。


「アカツキがよこした相手だ。ひょっとしたら……って期待したけど、どうやらお前も違うみたいだ。

 だって俺の世界は、『お前に脅威を感じていない』んだから」


 そう言って、彼は再度『出ていけ』と通告を繰り返す。

 上げていた顔を俯け、頭を両手で抱えるようにして、もはやクロネコにはなんの興味もなくなったかのように、視線を向ける事すらしない。



 世界という言葉にクロネコは聞き覚えがあった。

 それが純正種と呼ばれる変種が持つ、異能の源である事は知っていた。

 そして純正種と呼ばれる人種が、産まれ付き持っている力がどれほどのものなのかも理解していた。

 それは昔、彼が何度か純正種をターゲットとした事があったからだ。

 もちろんアカツキを相手とした最後の時まで、ターゲットが誰であれただの一度たりとも仕事をしくじった事などなかった。

 純正種が相手であっても、そこに例外はない。だからこそアカツキ暗殺を任されたワケであり、そこに今の境遇へと至る布石がある。


 そんな彼だからこそ、純正種と呼ばれる相手がターゲットとしては最悪の部類に入る相手である事を知っていた。

 十歳にも満たない純正種に……敵対組織に養育されていた子供相手に、手練れの暗殺者が何名も返り討ちにあった事がある。

 組織のシマを荒らした純正種のストリートチルドレンを、制裁として殺した事もある。

 同じ境遇の仲間で、組織を抜けようとした純正種を、ターゲットとした事すらもある。

 その全ての仕事を、瀕死の重傷を負いながらもなんとか完了してきたが、その全てが紙一重であり、幾多もの幸運に味方された末の結果だと理解しているのだ。

 彼らは産まれついての人外であり、超越種と呼ばれるに足る力の持ち主ばかりであり、他の人種では勝負を挑む事自体が無謀な事なのだ。


 そんな純正種の力の源泉が、『世界』と呼ばれる固有の理を宿した領域だ。

 目に見える現実世界に干渉し、あらざる現象を引き起こす異界を創造するなのである。


 目の前の少年は、そんな純正種達の中でも最高の理を宿した世界を想像しえる、この国では皇と呼ばれた者の一人だ。

 圧倒的に反則じみた力を、産まれつき持っている相手だ。

 そんな相手に、ただのしがない『元暗殺者』風情が勝てるなどとは思っていない。かつて持っていた『最高』の称号を誇れるほど傲慢にはなれない。


 ──でも世界が脅威を感じていない、ってのはどういう意味かな?



 世界が脅威を感じていない。その言い方だと、『世界という領域に意志がある』という風に聞こえてしまう。

 単に純正種という人種が作る領域が、他者を判別し、敵となりうるかどうかを見極める能力があると言っているように聞こえてしまう。


「話す事はない。帰れ。今は気分が悪いんだ」


 しかし、今の少年がそんな疑問をぶつけられるような状況にない事ぐらいはわかった。

 彼の機嫌は最悪で、今のクロネコとの僅かな会話で、よりその機嫌は悪化した事だろう。


「まず君は勘違いしてるよ。俺はジョブ・キラーじゃない。元ジョブ・キラーさ」


 それでも確認しなければならない事があった。だから必要以上に軽い調子で、今の自分の立場を明らかにしてみせる。

 まずは少年の誤解を解き、アカツキと自分には彼に害意などない事を理解してもらう為に、両手を軽く掲げて何も隠し持っていない事を示す。

 もちろん俯いていた彼に、そんな仕草が見えない事ぐらいはわかっている。しかし、そんな無防備な姿を晒す事により彼に対する誠意を示したかったのだ。

 恐怖はあったが、それ以上に友人から自分に任された仕事をこなさなければ、という意志の方が強い。


 ──でもまずは懐に入り込まないとね。同じ『人殺し同士』ってだけじゃ繋がりも薄いし。


 そう考えて、ここに来るまでに考えてきたプランを実行すべく言葉を重ねた。




「俺はね、クロネコっていうんだ。今は君の同僚さ。良ければ今日はここで泊まっていってもいいかな?」


アカツキ視点ではない番外編。

でも繋がってます。

なぜか予約更新できないんですけど。

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