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10・沙羅双樹の花の色二






 災難はたたみかけるかのように訪れる。そう言ったのは果たして誰だっただろうか。

 そんな事を考えながら、今日一日で起こった数々の問題に俺は顔をしかめていた。

 余りにもたたみかけ過ぎなほどにやってきた厄介事に、内心で精一杯の悪態と呪詛を吐き、ほんの僅かな諦観に肩を落としながら。



 あの日──

 シャクナゲに『自分達みたいにはなるな』と諭されたあの時から、俺とミヤビ、シャクナゲの間にはちょっとした軋轢みたいなものがあった。

 それ故に問題が起こるだろう……俺やシャクナゲはまだしも、ミヤビのヤツが絶対に問題を起こすだろう、それぐらいの事は考えていた。

 

 ただ『運命論否定者』たる俺には、災難というヤツも遠慮をしてはくれないらしい。

 ミヤビが問題を起こすのとほぼ同時に三つも問題が起きては、さすがの俺も硬直する他ない。


「決闘状、ねぇ……」


 なんだ、これは。

 あほか、やっぱりあほなのかお前は。

 目の前のテーブルに叩きつけられた封書の上の文字をそのまま読み上げながら、隠す事もそのつもりもない胡乱げな表情を目の前の少女に向けた。


「そうよっ! このミヤビさんがあそこまでスカされて、相手にされていない見下された視線を向けられて黙ってなんていられないわっ!」


 ……そうか? 『スカされた』かどうかは分からないけれど、相手にされていないという事はなかったように思うし、間違っても見下されてなどはいなかったと思う。

 どちらかと言えば、『俺達を見上げていた』んじゃないか──と言えば穿ち過ぎかもしれないけれど。

 まぁ結果だけを見れば、相手になっていなかったのは間違いない。


「剣をあっさり砕かれて、いとも簡単に間合いも詰められて……。あの日、あたしがどれだけ悔しかったか、あんたに分かるっ!?」


 まぁ、俺もあの時の事は悔しかったけれど、それはどちらかと言えば自分に対する悔しさだ。

 作戦が上手くいって、犠牲も出なくて、その上予想よりは少なかったけれど、ちゃんと結果も出た。

 でもそれで『安易に喜んでしまった』。

 認めたくはないけれど、自分の行動が正当なものだと心の中で思っていたのだろう。

 自分の考えが、そして末の行動が、『単なる自己満足』で終わる覚悟は持っていたのに……自己中な最低野郎で生きていくつもりはあったのに、だ。


 そしてもう一つ。

 ミヤビならば、シャクナゲに対する抑止力になると思っていたのだけれど、それも甘い見積もりだったと言わざるを得ない。

 あそこまであっさりと『剣』を砕かれ、間合いを詰められてしまうなどとは思ってもいなかったのだ。

 能力を半分以上抑えたから……抑えたはずだからと、自分の考えが及ぶ範囲で見積もっていた。


 ──そう、俺は全てに置いて甘かったのだ。


 それでも彼女を前にした今は、改めて自分の甘さについて考えを巡らせる余裕はなかった。


「今から一週間後っ! あの時の借りはきっちりすっきり返すっ! これはきっかり一週間後、あいつに渡してねっ!

 さぁて、修行だ、修行だぁ!」


 そう言って、俺の言い分も効かずにミヤビは部屋をあとにした。

 『シャクナゲに渡すように!』

 と言って、達筆で『決闘状』と書かれた左前に封をされた封書を残して。

 一応俺を頭にした集団に所属しているはずなのに、便利な小間使いのごとく俺にご用を言いつけて。

 指揮系統に乱れどころか、一本筋の通ったところすら見受けられない『剣匠』の様子にこそ、俺は頭を抱えさせられていた。






「比芙美がやられた!? 誰にだよっ!」

『分かりませんっ! 連絡を受けて何人かで連れ立って行ったら、焦げた地面に遠藤さんが倒れてて……』


 そんなミヤビの様子に唖然としたその日の夜の事だ。

 渡された封書をどうすべきか一通り悩み、とりあえず保留した後の事である。

 俺に──『無銘のアカツキ』に緊急の連絡が入ったのは。

 その連絡は内容からすればさして珍しくもない……こんな風に言いたくはないが、よくある『仲間が誰かに攻撃された』という報せだった。


「で、無事なのか!?」

『えぇ、綺麗に気絶だけさせられたみたいで、大きな怪我はありません。ただ──』

「ただ……なんだよ?」

『……少し錯乱しています。いえ、心が折れてる、と言った方がいいかもしれません』

「心が折れてる?」

『はい。気がついた時からずっと震えているんです。暴れる様子はないんですが、完全に怯えてしまって』


 ファイヤースターター(発火能力者)遠藤比芙美。

 我が無銘に所属する発火能力者達の中では、『飛炎』こと飛坂緋室(とびさか・ひむろ)に次ぐ力を持つ変種である彼女がオフの最中に襲撃を受けたとの連絡に、さしもの俺も相当慌てさせられた。

 今までそういった『襲撃』をメンバーが受けた事はあった。それこそ日常茶飯事に近い範囲で。

 しかし今回の襲撃事件にはおかしな点がいくつもある。不可解な点がありすぎて、俺の理解が及ばないのだ。


 まず『比芙美』は、戦闘能力といった面だけでみれば、我が無銘でも十指に入る能力者だという事だ。そしてその性格も、襲撃されて熱くなり下手を打つようなタイプではない。

 ウチのメンバーを襲撃する輩といえば、まず間違いなく『聖祖』の連中なのであろうが、よっぽど不意を打たれたか遠距離からの狙撃でもされたかしない限り、比芙美が聖祖に所属する既存種に1対1で遅れを取る事はないはずだ。

 もし襲撃してきた者が大人数であれば、比芙美はあっさりと背を向けて逃げられる性格なのだから、よくある聖祖の襲撃であれば『戦いになる事すら稀』であると思えたのである。


「とりあえず無事は無事なんだな?」

『はい。怪我は背中に擦り傷がある程度で、大事には至らないかと思われます』

「そうか……」


 何より念を入れて改めて聞いた言葉。これこそが一番の不可解の元であり、今回の襲撃が普通ではない点だろう。

 ウチのメンバーが敵対組織に襲撃されたのに『五体満足で発見される』。

 今まであった『襲撃』からみれば、この点だけ見てもかなり異常な事態だと言える。

 聖祖の連中に攻撃を受けたなら、まず間違いなく『殺される』。ただ変種だと、変種の仲間だというだけで、聖罰という唾棄すべき名前の私刑でもって殺されるのだ。

 ウチの仲間達の何人が、自己中なファッキン野郎共のクソッタレな理屈でもって殺されたか、仲間以外でも何人が『無銘と間違われて殺されたか』。

 数えるだけでも憂鬱になる。

 犠牲者の名前を記憶に刻む作業は、いつも吐きそうになる。


 それらを考えると、今回の襲撃は『まだ全然笑える』範疇なのであろうが、それだけに余りにも不可解なのである。

 その不可解さは不気味さと同義なのだ。


 間違いないのは、ミヤビの事で悩まされているというのに、もう一つ悩みの種が上乗せされたという事だけだった。






 とりあえず比芙美には明日会いに行くと連絡をして、今休んでいる本部の中にある休憩所に足を運んだ。

 もう夜も更け、丑三つ時を回っている。本当ならば明日に備えて眠っておくべきだろう。

 それは分かっていても、いろいろと考える事が多すぎて眠気がやってきてくれないのだから仕方がない。寝よう寝ようと、いつやってくるか分からない眠気を待つのは性に合わないし、そんな無駄な時間を過ごすぐらいなら眠る前に一仕事片付けておいて、眠気がやってきたらゆっくりと眠る方がずっと効率的だ。

 少なくとも俺はそう考えて夜更けにこの休憩所を訪れる事がたびたびあった。

 そこに今夜は先客がいた。


「あれ、アカツキじゃん」

「あぁ、クロか。お疲れさん」

「ま、警備主任としちゃ夜は気が抜けないけどねぇ。そこまでお疲れでもないよ」


 ──少なくとも、あんたよりは疲れてないと思うよ。


 そう言って、先客たる男は茶目っ気溢れる視線を向けてきた。

 音使いの通称『黒猫』と呼ばれる仲間である。

 鴉の濡れ羽のような黒髪に、線のように細めた目蓋の奥には深い緑の瞳を持った『無銘』の古株だ。

 ミヤビやシャクナゲよりも仲間になったのは早く、シャクナゲが聖祖の囲みを突破した時に俺に連絡をくれたのは彼だった。


「あぁ、確かに今はお疲れだよ。新入り達──特に『剣使い』の方は好き勝手やってるし、東から来た方は気難しいしでさ」

「あはー、俺はそういう神経使うのは苦手だかんねぇ。助けらんないや」


 そう言ってひょいと立ち上がると、クロは保温用のポットから温めのお湯を淹れ持ってきてくれる。

 そのポットは俺が──『体に気遣っている俺』が、夜中にはお茶もコーヒーも飲まない為に置かれているもので、他の仲間達が使っているところは見た事がない。


「んっ」

「ありがと」


 湯のみを受け取り、軽く礼を言うと嬉しそうに目を細める辺り、本当に猫じみた表情をしていると思う。その猫のような身の軽さは、変種の中でも高い身体能力によるものであるけど、彼の神懸かり的な直感は果たして人間が本来持っていた野生のものなのかどうか。

 特に相対した相手の力量を読む事や、罠や待ち伏せに対するものはもはや予知じみたものにすら感じる。

 それは一時期、俺の興味の対象になっていたほどで、ひょっとしたら今後の出来事な中で彼が持つ音の力より『直感』の方が、俺達を救ってくれる事が多いんじゃないだろうかと思っていたりするほどだ。


「あぁ、東の方から来た新入りで思い出した」

「あいつがまたなんかやらかしたか?」


 そんな風に『黒猫の直感』に対して思考を巡らせていると、彼はふと思い出したかのような様子で口を開いた。


 東から来た新入り──シャクナゲの場合、置いてきた環境に違いがあるから……余りにも違い過ぎるから、それが原因で問題が発生する事が多々ある。

 身に纏う空気も独特で、人の目を惹きやすいタイプである事も否定出来ない。

 つまりそれが原因で問題が起こる事は多々あり、あいつに原因がなくとも俺の溜め息の原因になるには事欠かない存在だと言えるだろう。

 それを心配しての言葉だったが、クロは軽く首を振って否定してみせると、細めた視線を笑みの形に変えてみせた。

 まぁそれは、微笑ましいものを見るような笑みではなく、イタズラを思い付いた黒猫のような表情だったけど。


「ちゃうちゃう、あいつさ、一回俺に見極めさせてくんないかなぁ?

 ん? 見極めるって言い方は違うかな、なんか今まで会った事のないタイプだからさぁ、ちょっとねぇ」

「……こうやって確認するって事は、いまさらダメと言っても聞いてくれないって事だよな」


 この黒猫、作戦を無視したり、俺の意思に反した行動を勝手に取ったりはしない男だ。

 その性格は強い力を持つ変種としては異様と言ってもいいほどである。強い能力を持つ変種は、そのほとんどが今までの生活環境……既存種の嫌悪に晒されて歪んだところがあるものだけど、クロにはそう言ったところが見受けられないのだ。

 それは『黒猫』になる前の彼、身を置いていた環境に関係あるのだろうが……俺には分からない。

 クロの過去が分からないのではなく、その『過去を聞いているからこそ』分からない。


 ──クロは無銘に来るまで、台湾系マフィアに属する凶手をしていた。

 凶手とはジョブキラー、つまりは『殺し屋』の事である。

 『シャンロン』小龍と呼ばれる、狙われたら最期とまで言われたほどの殺し屋だったのだ。


「聞くよ、アカツキの言う事なら聞くだけ聞く!」

「聞くだけ聞いて聞き流すだけだろ」


 それなのにこの明るさが分からない。

 この他人の言葉を真っ直ぐに聞ける性格が分からない。

 そして素直に『今からシャクナゲにちょっかいを出すよ』と宣言し、なおかつ聞く耳持たないと暗に言ってのけるところが頭が痛い。


「アカツキは分かってるだろうけどさ……あいつは危ういよ」


 さらにクロが──絶大な信頼を置ける直感を持つ黒猫が、俺と同じようにシャクナゲの『危うさ』に気付いている辺りが怖い。


 時折覗く深い闇。

 底知れぬ奥深くから見上げてくるような瞳。

 一筋の光すら射さない深淵を、たかだか十数年しか生きていない人間の表情から見る事が出来るなんて、それは一体どれほど『怖い』事だろうか。

 その怖さが、闇が、深淵が、俺には見慣れていなくて、だからこそシャクナゲに対して危うさを感じてしまう──そう思っていたのに。

 ……そう思いたかったのに、クロが同じように『危うさ』を感じているとなれば、話は一気に現実味を帯びて感じられてしまう。


「俺はさ、何人も殺したよ。アカツキに拾われるまでは何人でも殺した。そうしなきゃ生きていられなかったから。生きる事を許されなかったんだからさ」


 黒猫は元殺し屋だ。

 凶手と呼ばれるジョブキラーで、殺しを生きる糧にしてきた男で。

 だからこそ、俺なんかよりずっと近い位置からシャクナゲを見る事が出来るのだろう。

 その音の能力は無銘に来てからほとんど見せた事がないけれど、殺しの為に力を使った過去が二人に共通してある事は間違いないのだから。


「でもね、あいつはきっと俺なんかよりもずっと多くを殺してる。自分が生きる為なんかじゃなく、もっと違う理由でね。

 それは危ういよ。本当に怖い事だと俺は思うんだ。『自分が生きる為だった』って、『仕方がなかったんだ』って自分にも殺した相手にも言い訳出来ないんだから」


 黒猫は過去を背負ってる。

 今の言い分だと自分は言い訳をして生きていると聞こえなくもないけど、それでも後ろ向きな姿勢で言い訳をしているワケじゃないと思う。

 自分が生きる為に殺してきたんだから、自分はまだ生きるべきなんだと言っているように聞こえたのだ。


 でも、その言い訳がなければどうだろう。

 殺した人々が夢に出て、口々に責められたのなら、果たしてその人々になんと返せばいいのだろう。

 それはクロが言うように、とても怖い事なんだと思う。

 殺した理由を言えず、ただ黙って責められて、ひたすらに罵られて。返す言葉もなく、納得させられる理由もなく、ただ責められ続ける悪夢。

 殺した過去を見続けるだけの夢。

 それがシャクナゲの夜中に起こす『発作』に直結している事は間違いない。

 そしてクロの言う通り、確かにシャクナゲの精神は非常に危ういところにあるのだろう。


「あいつはさ、俺がちょっと確かめてあげるよ」

「……」

「これは多分、人を殺した事のある俺にしか出来ない事だと思うからね」


 そう最後に確認の言葉だけを残して──返事も聞かないまま、クロはその場を立ち去っていった。

 きっと止めても聞いてはくれないだろうな、そう思わせるだけの言葉の強さが俺に引き止める事を躊躇わせた。


 黒猫はとても素直で。

 どこまでも真っ直ぐで。

 でも自分の考えを曲げる事はしないヤツで。

 人を殺した事のある唯一の仲間。

 今はまだ、本当の『汚れ』を知らない無銘にあって、シャクナゲと本当の意味で過去を共有出来るヤツがいるとすれば、それはあいつを置いて他にはいないのかもしれない。

 俺はまだ、人の命を背負ったつもりになっているだけの若造に過ぎないのだから。



マークは一人称のままアカツキ視点ばかりで本編はいく予定でしたが、今回からはそれ以外の視点の話も番外編のように入れていこうかとも思っています。

例えば今回登場したクロ。

彼とシャクナゲには因縁じみた設定があるのですけど、それはアカツキ視点からでは見えてこないものです。

見せ方次第ではいけそうな気もしますけどね。隠し設定として因縁を匂わすだけとか……う~ん。

隠し設定のまま行こうかな、やっぱり。

完璧に一人称でいく事にも未練ありますね。

次回アップまでに考えをまとめておきます。

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