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1・祇園精舎の鐘の声一






「言っておく。俺はまだあんたを完全に信用したワケじゃない」


 淡々と──


「あんたの言葉にそれほど大きな期待を持っているワケでもない」


 朗々と──


「ここまで付いてきたのは、単に色々と聞きたい事があるからでしかない」


 深々と疲れを滲ませて、目の前の少年は語る。

 俺の仲間に周囲を囲まれていながらも、寸分もそれを気にした素振りを見せず、ただ真っ直ぐに。


「話を聞いてくれるだけでも十分さ。こっちは君が何を聞きたいのかも分かっているしね。比良野悠莉君」


 周りは全く眼中にない様子で、ただ気だるげに俺を見やる少年は、その言葉に初めて僅かに感情を覗かせた。

 その深い漆黒の瞳が揺らめくように細められ、それに合わせて零度を下回るような寒気が体を包む。


「……最初に二つほど言っておく。一つ目は俺の『力』が完全に制御下にあるワケじゃないって事だ。あんまり俺の気持ちを逆なでするような物言いはやめた方がいい」

「そうかい。二つ目は?」

「俺はフルネームで呼ばれるのが好きじゃない。その名前の意味を知らないヤツが気安く呼ぶな」


 それだけ言うとフンっと詰まらなさそうに鼻を鳴らし、目の前の少年は視線を逸らした。

 途端に冷たい汗が背中を流れ落ちる。粘つくような、嫌な汗が。


 黒髪黒瞳、やや背が高い痩身。頼りなさげな風貌でありながら、その少年にはどこか周りに威圧感を与えるような、不思議な存在感があった。

 なにより俺と変わらない年齢でありながら、信じられないほどに冷たい視線をしていた。

 いや、これはもう冷たい視線なんて生易しいモノじゃない。『虚ろな瞳』をしているのだ。プラスもマイナスも温度自体を感じない、そんな瞳だ。


「あんまり気持ちを逆なですると……どうなるんだろうな? 俺は殺されるって事かな?」

「あんただけじゃない、ここにいる全員をだ。それが俺には出来るって事を忘れないで欲しいってだけさ」


 淡々と語る声にも覇気はなく、どこか虚ろなその瞳は、深く底の見えない(うろ)を思わせる。


 『新皇』と呼ばれる存在があった。

 人の新たなる可能性、変化した種、どこまでも同じ存在でありながら、僅かに違う人の変種。その『新』たな種の『皇』。そう自らを呼ばわる者達。

 目の前の少年は、その『新皇の一角』で、中心だった存在だ。

 圧倒的でどこまでも反則的な力を持った、人の肉体と精神の可能性が持つ極限。純正種とも純正型とも呼ばれる人の変種の中でも、格別に別格で特別な存在。

 変種と人の争いが日常化するこの国でも、一番最初に人々を惹きつけ、関東地方をその力で席巻し、この国の中心を狂わせた最強の存在。

 そんな存在が目の前にいると思えば、体が緊張に強張るぐらいは仕方がないだろう。

 今いるこの場所は、関東で起こった変種の革命による経済破綻の余波を受け、廃棄されたビルの一室に過ぎないが、その部屋はたった一人の少年が持つ威圧感に包まれていたと言っても過言ではない。

 たった一人、俺と変わらない年齢の少年に、数人の仲間達全てが圧倒されていたのだ。


「あんまり殺気立たないで欲しいな。俺達はまだ荒事にはそんなに慣れていないんだ」

「そうかい。それは何よりだったな。こっちは今まで平和だったみたいで羨ましいよ」

「……なんでそんなに不機嫌なのか、突っかかってくるような物言いなのか、聞いてもいいかい?」


 正直な話、新皇などと言っても、変種としての能力──普通の人が持ちえない異能力に頼っただけの存在だと思っていた。

 他人より高い身体能力と、人の持ちえない超常能力じみた力、それによる自信が過信に変わっただけの、薄っぺらな存在だと思っていたのだ。

 だが、目の前の少年は違った。

 この少年には、どこまでも孤高で孤独たりえる、『皇』という言葉からイメージする通りの存在感があったのだ。

 皇、あるいは王とは、本来孤独なモノだと思っている。人々の先頭に立つ者とは、すべからく孤独たりえる者だ。

 先頭に立つという事は、前には誰もあらず、横にも誰かが並び得ない。そういう事だから。

 そういった意味で言えば、目の前の少年が『新皇』だというのは、規定事項に近い感覚で自然と認識させられる。

 そんな存在が目の前で苛立っていれば、自然と体が竦んでしまうのも仕方がないだろう。

 その雰囲気に、周りを囲む仲間達が青ざめるのも無理はない。

 最初は『所詮はただのガキ一人』……そんな認識すら仲間達にはあったのだろうが、今の時点でもそんな認識を持続させている者はいまい。


「単に話を聞きにきただけで、こうやって囲まれたらいい気はしないだろ」

「俺が言った『お前の世界(力)を抑えこんでやる』という言葉が単なる餌で、ここに誘い込まれただけだったんじゃないか……そう落胆してるワケだな?」

「……それもある」

「それがほとんど、だろ? これっぽっちの仲間で囲んだところで、あんたが脅威を感じるハズもない。そうだろ?」


 俺の言葉に図星を指されたのか、ムスッと黙りこむ少年──比良野悠莉という名の元新皇に、俺はニカッと笑いかける。

 その異様で威容な雰囲気を裏切って、随分と分かりやすいヤツだと思った。そんなところだけは年相応だと感じられたのだ。

 周りの仲間達──新皇を警戒してこの場に付き合ってくれた連中も、少し戸惑ったような雰囲気を滲ませる。

 一瞬だけ見せた年相応の若さに、呆気に取られたのかもしれない。


「言っておくけど、俺は嘘を付いちゃいない。ここの連中は、単に珍しいモノ見たさで付き合っているだけさ」

「……興味本位の眼差しを向けられるのは好きじゃない。俺みたいなヤツが見たいなら、関東(向こう)に行ってみればいい。あっちじゃそこら中に溢れてるよ、絶望ってヤツがね」

「悪いね、気分を害するつもりはなかったんだ。でもここにいる連中はみんなこれから仲間になるんだからさ、あんまり固く考えんなよ」

「まだ仲間になるかは決めていない。その為の条件が揃っていない」


 そう言って、その深い虚のような漆黒の瞳を真っ直ぐに俺へと向けてくる。

 色白な肌に映える黒い瞳でありながら、その何処か『蛇』を思わせる冷たい視線を。


 彼が何を言いたいのかはわかる。その条件が何を差しているのかも。

 人としては持ち得ない、純正型として圧倒的な『力』を抑えて欲しい──それが彼の願いである事を俺は聞いていたから。


「あぁ、そうだな。まずは俺の能力──純正型としての俺の『世界』を見せておこうか」


 しかし、その為に必要な言葉を口にしながらも、脳裏には初めてこの少年に出会ったあの時、あの場所での事が思い返されていた。

 あそこで出会うまでに様々な紆余曲折を経て、色々画策して、その果てに結局は偶然に味方されて出会ったあの瞬間の事を。






 ──Mark Of Black-Metal──






「じゃあ『彼』がこっちに流れてくるのは間違いないんだな?」

「えぇ。あの人は父親に連れられてこの関西に堕ちてくる。抱えきれないほどの絶望に苛まれながら、ね」


 目の前に座る、季節柄としてはやや外れた感のある涼しげな和服……浴衣を着た女性の言葉に、興奮にも似た高ぶりを覚える。

 涼しげな容貌と怜悧な視線を持つ彼女に、その内面の高ぶりを隠せていたとは思わないが、それでもなんとか普段通りを装って言葉を続けた。


「……やっと会えるってワケか」

「会えてからの方が苦労すると思うわよ? そこからはあなた次第、ってところかしら?」

「気難しいヤツの相手は慣れてるさ」


 肩をすくめてみせる俺にも、彼女は小さく笑みを浮かべるだけで、そっと顔にかかる藍色の髪を軽く払ってみせた。

 そんな普通の仕草にすら、どこか気品じみたモノを感じさせるのだから、ひょっとしたら彼女は結構いいところの生まれなのかもしれない。

 もちろんそんなプライベートに無闇に立ち入って、彼女を怒らせるつもりは毛頭なかったが。



 『レン』とだけ名乗ったこの女性に出会ったのは、もう一月近くも前の事だった。俺が立ち上げた携帯用の情報収集サイト……情報屋『AKATSUKI』の個人サイトに連絡が入ったのが始まりである。

 しかもご丁寧に管理者専用の管理ページに入り込んで足跡を残しただけではなく、ページに隠してあった仲間達用の連絡スペースを見つけだし、わざわざそこに書き込みがあったのだ。

 このサイトの管理ページにはパスを幾つも設け、個人サイトとしては異常なほどのファイアウォールで覆っていたのに、だ。

 しかもその書き込み自体も、意味のよく分からない内容だった。

 曰わく──


『深い絶望を抱えた東の皇、西へと下る。その絶望が膨らみ、零れ落ちる時、あなた方が羽根を休める神の社は灰燼に帰すだろう。そしてこの国は新たな皇達の狂える楽園と化す。

 私はいまだ人である、最後の皇の心を守ってくれる場所を探している。その場所がいずれ皆の希望を繋ぐ始まりの地となるだろう。

 私はあの方を迎え入れてくれる者を探している。私一人ではあの人を救う事が出来なかったのだから』


 ──そう書いてあった。

 当然その言葉の意味は全く分からなかった。普段なら……今の御時世でなければ、この書き込みにある言葉の一つにすら意味を見いだせなかっただろう。

 あるいはこんな御時世だからこそ蔓延している、カルトな宗教の回し者と思ったかもしれない。


 俺が情報屋でなければ……あるいは変種と既存種の争いに関心がなければ、この書き込みは発信者の所在を確かめて、然るべき対処と対策を施した後、すぐさまゴミ箱行きだった事だろう。

 しかし、この書き込みには、俺の興味と情報網に引っかかる言葉が幾つもあったのだ。

 まず関心を引いたのは『東の皇』、新たな皇『達』、『神の社』、この三つの言葉だ。

 東の皇、そして新たな皇達とは、おそらく関東にて混乱を撒き散らす『新皇』の事だろう。それはすぐさま予想がついた。

 しかし、この時点で新皇の呼称を知っている事からも、この書き込みをした人物がかなりの情報通である事が窺えた。なにしろ関東で革命を起こした連中の中心、『新皇』という人物に対する呼称は、メディアでは報道されてはいないのだ。

 おそらく情報規制がかかっているのだろう。日本のような民主主義の立憲君主制国家では、『王』の存在は象徴以外では有り得ない。ましてや革命を起こす側に『皇』を認めるワケにはいかないのだろう。諸外国に対するメンツとか、大人の事情ってヤツが深く関係しているんだと思う。

 つまり『新皇』の存在、その呼称自体が、この国にとって最大の禁則に近い。


 そして『皇達』という呼び方。

 『新皇』という存在を知っている者はまだいるだろう。いくら隠してあっても、そういった情報ほど流布しやすいモノだ。

 人の口に戸は立てられない。噂の流れを変えるスイッチを押すには、今の状況じゃ遅すぎる。

 しかし、新皇という存在が『複数の変種からなる者達』だと知る者は、おそらくほとんどいないハズなのだ。

 情報を扱う者としては凄腕を自認する俺でさえも、この情報には確信を持てていないのに、この書き込みにはそれを匂わせる記述がある。

 それがまず俺の興味を惹いた。


 しかし連絡先は記されておらず、連絡のしようがない。

 クラッキングされて入り込まれた様子はなく、その手並みは鮮やか過ぎるほどだ。

 この手並みからしても、簡単に尻尾は掴ませてはもらえないだろう事は間違いない。

 そう考えて……俺はその書き込みを詮索する事なく放置する事に決めた。

 下手に所在を突き止めようとしても、あっさり気付かれてしまうだろう。それに警戒して、連絡をしてこなくなったのでは、この謎かけのような言葉の真意は分からないままだ。



『このサイトのどこかにアドレスを記載する。連絡を待つ。AKATSUKI』


 だからこれだけを返答して、返事を待つ事にしたのだ。

 その仲間達専用ページに入れるヤツらは、みんな俺のアドレスを知っていたし、もし誰か他にも見ているヤツがいても(まず有り得ないだろうとは思っている)、俺が隠したアドレスを見つけるのは一苦労だろう。


 そうして待つ事一週間、直接連絡をしてきたのが、『レン』と名乗る彼女だったのだ。


 会う為に指定してきた先は俺の故郷、『神杜市(かみもりし)』にある建設中に破棄されたビル。

 まさに神の社を冠する街の一角だった。

 彼女には俺の所在地ですら分かっていたのだろう。これが三つ目のワードに引っ掛けられているのは間違いない。


『あなたは単なる好奇心が過ぎる猫さんかしら? それとも私が探しているような人かしらね?』

『……好奇心は猫をも殺す、って事かい。物騒だね。どう判断してくれてもいいけど、簡単にはいかないと思うよ』


 会って早々、そんな物々しいやりとりから始まった話し合いは、重い沈黙がしばらく停滞した。

 彼女……レンは、俺とそう変わらない年齢でありながら、冷気にも似た冷たい殺気じみたモノを放っていたし、見知らぬ人物に会う事になった俺の身を案じて、文句を言いながらも付いてきてくれた仲間──少し離れた場所にいる剣匠(ソードメイカー)と仲間内で呼ばれる少女は、それに呼応して派手に殺気立つしで、あまりにも心臓に優しくなさすぎる空気が充満する。

 それが緩和したのは、五分だか十分だか、あるいは数秒に過ぎないかもしれない時が経った頃。

 レンと名乗った彼女がやんわりと微笑んだ事により、その冷たい空気は霧散した。


『お友達想いな後ろの彼女に免じて合格にしておくわ』


 そして彼女は深々と頭を下げてみせる。

 睡蓮の描かれた白い浴衣に映える藍色の髪──無造作に切り揃えられただけの綺麗な髪をサラサラと流しながら。


『初めまして。私は道の一人にして、今では『灰色の皇』と呼ばれるお方に仕えるガード、名前はレンと申します。あなた方みたいな方々にお会い出来てとても嬉しいわ』


 そう言って、新皇の一角である『灰色の皇』の側近中の側近にして、藍色の髪を持つ『ガード』を名乗ったレンは、ニッコリ笑ってみせたのだ。





 ──これが俺、非合法な情報屋兼何でも屋である『AKATSUKI』と、関東で革命を起こした変種達の中心、『新皇・比良野悠莉』との出会いへの一幕。

 そして関東から広がった混迷の渦が、俺達の故郷へもその手を伸ばした時期の始まりの物語。

あとがきだけどはじめに。

この物語は、『黒鉄色のノクターン』を書く上で作っておいた設定、過去の状況などを物語風にしたモノです。

つまり単なる設定としてあっただけで、陽の目を見る予定はなかった話です。

読みたいと言って下さった方がいましたので、公開する事には致しましたが、逆月のノリで書いている部分も多々あったりします。

目標は……うーん、半年完結で。

あくまでも努力目標です。


一応この話だけでも補足なく読めるように書いてあるつもりです。多分問題なく読めるかとは思います。

それでもわかりにくい方とか、深いところに興味を持たれた方がいましたら、この物語の約四年後のストーリー『黒鉄色のノクターン』をお読み下さい。

そちらは一部は完結で、二部に入っています。一部だけでも読み応えはあると思いますので、よろしくお願い致します。


あと、感想や誤字、表現のおかしな箇所がありましたら、ご指摘下さいますようお願い申し上げます。

感想があれば……更新スピードは結構いっぱいいっぱいなので、上がりはしませんが、ストーリーの出来や誤字脱字への注意力は変わるかもしれません。

最近は誤字脱字も減ったかと思うんですけどね。


毎週月曜日に黒鉄系のどちらかを更新致します。

次回はノクターン二部本編……の予定です。


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