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まな姫の胸にひそむ潮騒―成長そして責任  作者: れんれん


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第七話 桜との対面

その人は、想像していた姿とまるで違った。

(……え?)

まな姫は、思わず瞬きをする。

廊下の先。

父の隣に立つ――いや、立っているというより、ちょこんとそこにいる存在。

小さい。

とても小さい。

(……子ども?)

年の頃は、五つかそこら。

髪はきちんと結われ、着物も整っている。

だが、それでも――

(桜、様?)

噂の“理の人”。

戦をせずに勝つ者。

その正体が、目の前の幼子だとは。

「まな」

父――里見義堯が声をかける。

「こちらが、桜だ」

「……は?」

口に出してはいけない言葉が、喉まで上がる。

まな姫は慌てて膝を折る。

「は、はじめまして……」

(どうしよう、どう話せばいいの)

子どもに?

それとも、“桜”に?

頭が追いつかない。

桜は、まな姫を見上げた。

じっと。

瞬きもせず。

(……見てる)

その視線に、なぜか背筋が伸びる。

五歳の子どもの目ではない。

澄んでいる。

けれど、底が見えない。

「……こんにちは」

声は、静かだった。

高くもなく、甘くもない。

(落ち着いてる……)

八歳の自分より、ずっと。

「噂は……聞いています」

言いかけて、まな姫は止まる。

(噂? 何を?)

戦?

理?

線?

(この子に?)

混乱する心の中で、言葉が迷子になる。

桜は、首を少し傾げた。

「噂は、嘘が多いです」

淡々と。

(……今、なんて?)

「でも、役には立ちます」

「人が、どう動くか分かるので」

(……五歳だよね?)

まな姫は、心の中で必死に確認する。

指を折って数えてみる。

五歳。

どう考えても、五歳。

(なのに……)

大人と同じ言葉を、同じ重さで使っている。

怖い、とは少し違う。

(分からない)

それが一番近い。

「桜はな」

義堯が言う。

「考えることをやめぬ」

「それが、この子の武器だ」

(武器……)

剣よりも?

兵よりも?

まな姫は、桜を見る。

小さな手。

細い腕。

(この手で、国が動く?)

信じられない。

けれど。

(信じたくないわけでも、ない)

桜は、まな姫を見て言った。

「姫は、よく歩いていますね」

「……え?」

「城下」

「港」

「人の声」

淡々と並べられる言葉。

(見てたの?)

「それは、良いことです」

「今を、見ている」

褒められたのかどうか、分からない。

でも。

胸の奥が、少しだけ温かくなる。

(見られてた)

噂の人に。

理の人に。

「でも」

桜は続ける。

「今だけを見ると、遅れます」

その一言で、温かさが引く。

(……やっぱり)

理の人だ。

線を引く人だ。

「姫は、どちらを選びますか?」

突然の問い。

「今と、先」

(そんなの……)

答えられるわけがない。

まな姫は、唇を噛む。

「……分からない」

正直に言う。

桜は、少しだけ目を細めた。

「それで、いいです」

「分からない人は、止まります」

「止まる人は、踏み間違えません」

(……変な子)

でも。

(嫌じゃない)

対面は、短く終わった。

桜は、静かに頭を下げ、父の後ろへ下がる。

まな姫は、その背中を見送る。

小さい。

なのに、不思議と記憶に残る。

(あの子……)

桜。

花の名を持つ、理の子。

(きっと、また会う)

理由はない。

でも、そう思った。

八歳のまな姫は、まだ知らない。

この小さな出会いが、

里見領の未来だけでなく、

自分自身の進む道にも深く関わっていくことを。

ただその日、確かに心に残った。

「分からない」と言ってもいい

そう教えられた、最初の瞬間だった。

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