おれの国葬 :約4000文字 :社会
「国葬……? おれ、いや、私がですか……?」
思わず声が裏返った。昼間、アパートの部屋で安い菓子をつまみながらワイドショーをぼんやり眺めていたところ、インターホンが鳴った。ドアを開けると、スーツ姿の男が二人、背筋をまっすぐ伸ばして立っていた。
男たちは政府関係者を名乗った。名刺を差し出され、反射的に受け取った。それから「上がってもよろしいですか?」と尋ねられ、「まあ、はい」と答えて部屋に通した。
向かい合って床に座ると、二人同時に口角を上げた。おれも笑みを作ろうと口元を緩めたその瞬間、二人ともすんと表情を戻した。そして、わずかな沈黙のあと、男たちは国葬について話し始めた。
てっきり、政府のお偉いさんが死んで、国葬をするかどうか、その是非についてアンケートでも取っているのだと思った。しかし、違った。なんと、死後におれを国葬するというのだ。
「と、いうことですので。では、よろしくお願いいたします」
男たちは膝の上に手を揃え、深々と頭を下げた。
「ははあ、どうも。いやあ、なんというか光栄というか……いや、冗談ですよね?」
それまで大人しく相槌を打っていたが、まるで話が呑み込めていなかった。というか、冗談以外にありえないだろう。
「いえいえ。ご説明のとおり、あなたには死後、国葬儀を執り行わせていただきます」
「いや……いやいや、ちょっと待ってください。あなた方、何か勘違いしてませんか。私、ただの一般人ですよ。国葬なんて……」
「ええ、承知しております」
男はそう言うと、部屋の中を見回した。汚くて狭い部屋だ。床には積み上げられた雑誌、空のカップ麺、丸まったティッシュに空き缶が散乱している。流しには洗われていない食器が重なり、生活感があるというより、だらしなさが剥き出しにとなっていた。おれの生き様がそのまま展示されているかのようで、急に居心地が悪くなった。
「だったら、どうして? 川で溺れている人を助けたとか、何か国のためになることをしたとか、そういう覚えもありませんし……」
記憶を掘り返してみたが、国葬に値するどころか、表彰状一枚もらったこともない人生だ。おれは少し虚しくなった。
「……あっ、もしかして、お金がいるとか?」
頭の中で何かが繋がった。
これは新手の詐欺だ――そう思った途端、男たちの顔つきが妙に不気味に見え始めた。まずいぞ。以前から目をつけていたのかもしれない。騙せないとわかったら、殴られて金を奪われるんじゃないか……。
おれは座ったまま、じりじりと後ずさった。だが、男は静かに首を横に振った。
「いえ、費用はすべて税金にて賄いますので」
「ああ、国葬なら、まあそうか……いや、それもどうなんだ……。でも、そんなにかからないですよね……ははは……」
「予算は二億円ほどを想定しております」
「二億!?」
「はい。それでは、よろしくお願いいたします。何かございましたら、名刺の番号までご連絡ください」
「いやいや、ちょっと! ど、どうして私なんですか!? 国葬にする理由をちゃんと説明してくださいよ!」
「国葬儀」
「え?」
「国葬ではなく、国葬儀です」
「え、はい……あの、それは国葬と何が違うんですか?」
「国葬儀です」
「は、はあ……それで、どうして私なんかを……?」
「あなたは国葬儀に値する方だからです」
男はそう言って、にこりと微笑んだ。当然、それで納得できるはずもない。おれはなおも食い下がったが、同じ説明をなぞるばかりで理由らしい理由は一切語られなかった。
やがて男たちは立ち上がり、丁寧に頭を下げると、黒塗りの外車に乗り込んで去っていった。
おれは夢でも見ているのかと思いながら、ただ呆然とその車を見送った。
だが数日が経つと、あれは本当に夢だったのではないかという気がしてきた。あまりに唐突で、現実味のない話だった。そうとも。おれが国葬されるなんて、どう考えてもありえない。おれはただの一般人だ。国葬とは本来、国のために尽くし、歴史に名を刻むような偉大な功績を残した清廉潔白な政治家や英雄に対して行われるものだろう。スキャンダルも黒い噂も一切なく、人格的にも非の打ち所がない優れた人物だ。国民が諸手を挙げて大賛成しなければ成立しないはずの、特別な儀式だ。おれが国葬だなんて、どう考えても釣り合わない。
夢でないのなら、あれはやはり詐欺だったのだ。あのときは金は必要ないと言っていたが、そのうち手数料だのなんだのを理由に金を要求してくるに違いない。
と警戒していたのだが、ある日、おれは度肝を抜かれた。
テレビで大々的に報じられたのだ。おれが国葬される、と。
『はっきり言って、税金の無駄でしょう。国葬にふさわしい人物とは到底思えません』
『いやあ、そもそも国葬には明確な基準がありませんからね。ですから、ふさわしいかどうかという議論自体が的外れなんですよ』
『広告代理店が一枚噛んでますよ。癒着ですよ、癒着。税金を流すための口実です』
『根拠がありませんね。その発言こそ、この場にふさわしくないですよ』
『反対している人はね、もっと頑張って自分が国葬してもらえるような人間になればいいんですよ。向上心が足りませんね』
『葬式なんですから、反対とかそもそも不謹慎ですよ。みんなで静かに悼みましょう』
ワイドショーは連日のように、おれが国葬されるに値する人物なのかをテーマに議論を繰り広げ、アンケート結果を発表し、街頭インタビューを流した。もともと政府寄りのコメンテーターは肯定的な意見を述べていたが、その態度がかえって国民の反感を煽った。税金の無駄遣い、前例のない暴挙、国民感情の軽視――そんな言葉がネット上を飛び交い、荒れに荒れた。また、どの番組も肯定派と否定派を露骨に対立させるという、視聴率を稼ぐための造りだった。
その煽りを最も食らったのが、当然ながらおれである。
スーパーへ買い物に出ただけで、視線が刺さる。人々がおれの顔を見て、ひそひそと囁き合うのだ。ときには、面と向かって「国賊!」「税金泥棒!」などと罵声を浴びせられることさえあった。
『ご安心ください。ご自宅前には警官を配備しておりますし、外出の際も常に警護がつきます』
「いや、そういう問題ではなくてですね……」
おれは恐ろしくなり、震える手で名刺に記された番号へ電話をかけた。コール音のあとに繋がった声は、あの日アパートに上がり込んできた男と同じものだった。
「私の国葬を中止していただきたいんですよ……。そもそも意味がわからないじゃないですか。どうして私なんですか」
『あなたは……国葬儀に値する方だからです』
「溜めて言われても説得力ありませんよ」
『式が終わりましたら、改めて丁寧にご説明するとお約束しますから』
「終わりましたらって……私、その時もう死んでるじゃないですか」
『お気持ちはよくわかります。確かに、世間には批判の声も多い。ですが、気にする必要はありません。やる前から騒ぎ立てる連中の声など、無視していいんです』
「いや、でも、やっぱりいい気はしませんよ……。当日、デモとか起きるんじゃないですか?」
『その点もご心配なく。警備は万全です。それに、やっている最中に批判する連中の声など無視してしまえばいいんです』
「いや、無視とかそういう話では……」
『では、葬儀後のことがご心配ですか? 大丈夫。問題ありません。終わったことを、いつまでもグチグチ言う連中の声なんて、無視していいんです』
「結局、無視しかしてないじゃないですか」
『どうしてもご不安でしたら、少し予定を早めますか……』
「縁起でもない!」
おれは電話を握ったまま、思わずその場で跳び上がった。
『ははは、冗談ですよ』
「はあ……あの、どうにか中止できないんですか。自分で言うのもなんですけど、税金の無駄だと思いますし……」
『もう、やると決まっておりますので。多くの方々が関わっており、個人の一存で取りやめることなどできないんですよ。会場もすでに押さえてあります』
「当人が嫌だって言ってるのに……。せめて規模を縮小するとか。二億はさすがに……」
『ああ、費用の件でしたら、諸々膨らみまして、現在は十六億ほどになっております』
「じゅ、十六億!? いったい何にそんな金を使うんですか! 内訳はどうなっているんですか!」
『ははは』
「いや、はははじゃなくて……」
『■■■■』
「……え? 今なんて?」
『なんでもありませんよ。すべてこちらにお任せください』
「ええぇ……。そもそも、誰が参列するんですか。私、友人なんてほとんどいませんよ」
『ご心配なく。各国の要人など、きっと多数お見えなることでしょう』
「来るわけないでしょ」
『外交上、非常に良い機会になりますから。そういった意味でも、お得ですね』
「来ないと思うけどなあ……」
釈然としないまま時間だけが淡々と流れ――そして、おれは死んだ。
一部では『一般国民の代表として選ばれたのだ』などという前向きな意見も見られたが、批判の声は結局、最後まで止むことはなかった。
それでも国葬は粛々と執り行われた。
しかし、式壇は横から見れば張りぼて同然で、飾られた花も青々とした草を寄せ集めただけの代物だった。警備費用や海外の要人の接遇費が含まれているとはいえ、とても十六億もかかったとは思えなかった。
国葬のことが気になりすぎたせいか、おれは死後も成仏――そんなものが本当にあるのかは知らないが――することなく、現世を漂い続けた。
そして、その後も国葬は定期的に執り行われるようになった。
ただし、その対象となるのは、おれと同じく『ふさわしい』とは到底言いがたい者ばかりだった。死刑囚、元犯罪者、ホームレス、生活保護受給者――国葬が行われるたびに、その層に向けた締めつけのような厳しい政策が決まり、後追いで実施された。つまり、死刑囚の国葬のあとは死刑の即時執行。おれのときは、高齢の独身者への重税が課された。
ともすれば、『国民の代表』というのは、あながち間違いではなかったのかもしれない。
あれは供養であり、そして儀式だったのだ――人柱という名の。
『ねえ、そう思いませんか?』
おれは死後に出会い、友人となった男に問いかけた。
『ノーコメントで。死人に口なし、ですからね』
元総理は腕を組み、にかっと笑った。




