5 ꫂၴႅၴ 私の妹
ーー最初に彼女を見た時、『小さなヒヨコ』だと思った。
父に抱き抱えられて現れた少女は、月のように美しい長い金髪にその奥に光る神秘的な緑色の瞳を持っており、とても可愛らしく思えた。
ホールの中央階段の上から父と少女を見下ろしながら、声をかけた。父から「ロゼリア…………」と呼ばれ、思ってもいない言葉が口から溢れた。
「お父様、まさかそんな下賤な子供をこの公爵邸で囲うつもりですか?」
(違う、こんなことを言いたくはなかったの………)
目の前の少女は服が少し破けていたり、古びていて汚いが、下賤と言う程ではない。なのに、思ってもいないことを勝手に口にしてしまうのだ。
父があの少女を「囲うではない。レビス家の一員になるのだ」と言い放ち、目を見張った。心の中には、なぜこの少女が。という気持ちと、ただ単に嬉しい。といった気持ちが混ざっていた。
自分でもわからない感情を落ち着かせ、少女を見下ろす。
少女は父の腕の中で困惑の表情を浮かばせていた。
私は「ふんっ」と鼻息を吐いた。
「お父様がお決めになったのならば、仕方ないですわね。ですけど、私の視界に二度と映らないよう、教育はお願いしますわね」
また、思ってもいない言葉が口から溢れ、私は申し訳ないという気持ちになりながら、もう一度少女を見て、その場を立ち去った。
あの日から一週間が経ち、私は度々癇癪を起こしては寝込む日々を過ごしていた。
ふかふかのベッドに体を沈めて、天井を眺めていると、部屋の外から聞き馴染みの無い声が微かに聞こえてきた。
「すみません。ロゼリア、様に会えませんか?」
「申し訳ありません………。ロゼリア様は、今、お休みになられているのです」
「そ、そっか………」
私よりも高い声に耳を寄せる。その声の人物はきっと、あの少女なのだろう。
先ほどまで感じた不快感が、何事も無かったかのように晴れていて、とても軽く感じた。
(ーー……もっと、聞きたいな)
それから数時間が経ち、再び部屋の外から声が聞こえてきた。一つは聞き馴染みのある執事のパイドゥンの声、そしてもう一つはあの少女の声だ。
「こちら、ロゼリア様にお持ち致しました」
「ありがとうございます、ロゼリア様に渡しておきますね」
パイドゥンとメイドの会話が聞こえ、私は心の奥底で、あの少女は喋らないのかと思った。
「実はね、このお花、私が選んだんです!」
少女の弾けるような明るい声が聞こえ、口元が微かに綻んだ。
パイドゥンと少女の声が聞こえなくなり、部屋の扉が開いた。
そこには、冷めた目をしたメイドが扉の奥に立っており、そのまま部屋の中へと踏み込んで来る。
「こちら、パイドゥンさんからの贈り物です。ここに置いておきますね、はあ………面倒くさい」
メイドは軽く私を睨み、そのまま部屋から出て行った。
メイドが出て行ったことを確認し、ベッドから抜け出し、花瓶が置かれた方へと向かう。花瓶の前に立ち、オレンジ色をした花を一撫でする。
この花の名前は、確かカランコエだったはずだ。オレンジに白、ピンクに赤の様々な色をしたカランコエを見つめる。
先ほど、メイドはパイドゥンからの贈り物と言っていたが、この花を選んだのはあの少女だ。花を見るからに、あの少女はとても明るい性格なのだろう。そして、可愛らしい子なのだろう。
ーー私と、違って。
********
あれから二週間が経ち、あの少女から贈り物が毎日届くようになった。
一昨日はいい焼き加減をしたクッキーが贈られ、昨日は可愛らしいアクセサリーが届いた。
あの少女から贈られる物を待つのが、最近の日課になってしまった。貰った贈り物は大事に大事に引き出しの中にしまっている。
今日は何が届くのか、ベッドの中で包まりながらあの少女のことを考える。
すると、部屋の扉が『ギィッ……』と開かれた。
(? 誰かしら……)
毛布の中から顔を出し、扉の方を見ると、メイドが立っていた。
「何かしら。私は呼んでいないわよ」
「………うる……い」
「?」
メイドは何か小声でブツブツと喋っているが、はっきりとは聞こえない。メイドは呟きながら花瓶が置かれている方へと歩みを進める。
私はそれを眺めていると、メイドは花瓶の前で立ち止まった。
「用は何?私、気分が優れないの。早めに済ませてくれるかしら?」
「ーーー………うる……さい………うるさいうるさい、うるさい!!!!」
ーーーガッシャーン!!!!
メイドは声を荒げながら、花瓶を投げ飛ばす。
花瓶は床にぶつかった衝撃で割れ、カランコエが床に散らばる。
床に散らかる花瓶を見て、体が勢いよく起き上がる。
メイドがこちらを振り向くと、メイドの目は吊り上がっており、私を酷く睨みつけていた。その顔には狂気的な笑みを薄らと浮かべていた。
だが、私の目線はメイドではなく、割れた花瓶にへと向いていた。
(あれ、確か……あの少女が、選んだ、花………)
私はベッドから飛び出し、床に散らばっているカランコエの方へと向かう。カランコエの前に跪き、一輪手に取る。
カランコエの花弁が一枚落ち、茎は折れ曲がっている。花はもう、美しさを放っていなかった。
「あんたがいけないのよ。あんたの専属のメイドになってから、私は全てを失ったわ!あんたの傲慢さのせいで、私は仲間も金も、地位も全てを失ったのよ!!」
メイドの甲高い声が耳を劈く。
このメイドは、私の専属メイドになる前は子爵令嬢だった。
小さなパーティーが開かれた際、私のドレスに茶を溢したのだ。淑女として完璧で見せるために必要なドレスを汚され、私は子爵に責任を取るように命じたのだ。後日、お詫びとして子爵から新しいドレスが届き、子爵が令嬢を罰としてメイドとして仕えるように命じたらしい。
それからメイドは私の専属メイドとなり、主人に対する態度は悪いが、そのような態度には慣れているため無視していた。
メイドは私の横を通り過ぎ、引き出しを開けた。
その引き出しには、私が大切にとっておいたあの少女の贈り物が入っている。
メイドはそれを手に取り、歪んだ笑みを浮かべた。
「こんなもの、あんたに必要ないのよ!」
メイドは手に握りしめていたクッキーとアクセサリーを思いっきり床に叩きつけた。
クッキーとアクセサリーは床に叩きつけられた衝撃で粉々になり、もう原型を失っていた。
私は急いで立ち上がり、クッキーとアクセサリーの残骸を腕の中に抱え込む。
(私の、大切なもの………)
「あんたも、私みたいに全てを失いなさい!」
メイドは私の髪を乱暴に掴み、その反動で私は顔を上げさせられる。目の前には刃物が突きつけられ、呼吸が浅くなり、息が詰まる。背筋は凍りつき、顔が真っ青になっていくのがわかる。
そして、その瞬間。
「ロゼリア!!!!」
ーーザシュッ!!!!
メイドは私の髪から手を離す。目の前には、私の漆黒の髪の一部を手に握りしめているメイドがどこかを見ていた。
私は軽くなった頭に触れる。そこには先ほどまであった長い髪はなく、髪は肩あたりまで短くなってしまっていた。
目の辺りが熱くなり、視界が歪む。
気づいたら、私は大粒の涙を流していた。
(私の、大事な髪が………私の、象徴が………)
淑女として大事な髪を切られてしまった。
私は第一王子の婚約者候補として、将来の婚約者となる者として常に淑女として完璧を求めていた。第一王子に相応しいと思われるように、第一王子に恥をかかせないように、常に完璧にしていた。
それなのに、私の完璧の一部が、壊されてしまった。
(私の……象徴が………)
心が暗い方へと向かっていき、目の中の光がどんどん薄れていく。
そんな時、目の前に月のような金色の髪がひらりと落ちていくのが目に入った。
そして、突然誰かの腕に抱かれた。
私よりも細くて、骨骨しい腕は温かく、先ほどよりも視界が歪み、頬に滴が落ちていく感触がした。
「いやあーーーー!!!!!!」
悲惨な声が部屋の中に響き渡る。
私の視界は涙によって歪んでおり、目の前のものを捉えることができない。
ドタドタとどこかへ向かおうとする足音が聞こえるが、私の目線は粉々になったクッキーとアクセサリーにあり、その音を気にする余裕は無かった。
音が聞こえなくなり、あの少女の声だけが部屋に響いた。
「………ーー公爵、様」
「ーーこいつを捕えろ」
父の声が微かに聞こえるが、私の意識は粉々になったクッキーとアクセサリー、そして短くなった髪にあった。
(私の、大切なもの……)
短くなった髪を強く握りしめる。だが、根本まで握りしめていたのか、頭が痛い。
「強く握りしめたら、髪が傷んじゃいますよ」
「ーー………っ」
私の手が、小さな骨骨しく温かい手に包み込まれ、髪から手を離された。
何度も心が温かい気持ちになる。けど、この気持ちがなんなのか、自分でも理解できない。
すると、目の前に影が落ちた。
「ロゼリア、顔を見せてくれ」
父の声だった。
私は顔を上げると、父の顔を見えず、涙のせいで父の顔が歪んでいた。私は少女の腕から抜け、父に抱きついた。
父は私の体を力一杯抱きしめ、先ほどまで押さえていた声が漏れ、泣き叫んだ。
涙が治まってきたと同時に、眠気が襲ってきた。私は、父の温かい腕の中に抱かれながら、意識を手放した。
********
髪を切られた後日、私はあの少女と共に父が手配した散髪師に髪を整えてもらった。
髪を整えた後、散髪師に渡された手鏡で短くなった髪を見た。肩付近で綺麗に整っている髪に、眉が歪む。
チラッと横を見ると、あの少女は目を輝かせながら手鏡に映る自分を見ていた。
(……なんで、あんな笑顔になれるの?)
私は目を逸らし、少女を置いて部屋を去った。
それから三日が経ち、私は窓際で茶を嗜んでいた。
この三日間、あの少女の笑顔を思い出すたび、胸元がモヤモヤと疼いた。
(ーー……また、モヤモヤした)
胸元に手をやり、一つ息を吸い込み、不思議な感覚を落ち着かせる。
そして、ティーカップを手に取り、茶を喉に通す。
ティーカップを置くと、部屋の扉が開かれた。扉の方を見ると、私の新しい専属メイドのリンが扉の前に立っていた。
「ーー何かしら。リン」
「はい。ヒカリ様がロゼリア様にお会いしたいと申しております」
「!」
ヒカリ。それはあの少女のことだろう。
「入れて頂戴」
「かしこまりました」
リンはニコッと口角を上げ、部屋を出る。
それから再び扉が開かれ、そちらを横目で見た。
そこには、月のような金髪に引き寄せられる神秘的な緑色の瞳をした光、そのものがいた。
「し、失礼します………」
ヒカリが部屋に入ってくると私の目線は一瞬、彼女の髪へと向けられる。短くなったのにも関わらず、彼女はずっと笑っている。
私は閉じていた瞼を開き、ティーカップを置いた。
「よくお越しいただきましたわ。どうぞ、お掛けになって」
「は、はい」
ヒカリはよそよそしく、私の向かいにある椅子へと腰をかけた。
リンがヒカリに茶を淹れ、頭を下げて部屋を出て行く。私は再びティーカップへと触れ、口元へ運ぶ。一口喉を動かし、そしてそのまま置いた。
「あなたは、最近どうですの?」
「え、あ、最近………とは?」
私が聞きたいこと。それは、髪を切られて以来、何も無かったのか。
淑女として大事な髪。それを切られてしまった私はもう、完璧ではない。だけど、ヒカリは自ら髪を切った。そのことについて何か思っていることはないのだろうか。
どう説明したらいいのか分からず、頭の中がこんがらがる。
「そ、それは………その、あの日以来、元気でしたの………?」
(ああ……また、素直になれなかった)
素直になれず、遠回しで聞いてしまった自分がとても恥ずかしい。耳が熱くなり、赤くなる。
目の前にいるヒカリもきっと気づいているのだろう。
「はい。ロゼリア、様もお元気でしたか?」
「え、ええ。何ともなかったわよ………」
ヒカリからの突然の問いに一瞬動揺してしまうが、何とか持ち堪える。だが、あからさまに動揺してしまったため、ヒカリは気づいているかもしれない。
「そ、それで、今日は何のようかしら?」
「あ、それは………」
「?」
ヒカリが何かを口にしようとするが、言い止まる。
不思議に思い、首を少し傾ける。ヒカリの目線は私に向いておらず、私の後ろの先にへと向いていた。
「ーー………あの、花冠………」
「!」
ヒカリの目線の先にへと、振り向く。
そこには、花弁がない部分があり、歪んでしまっている花冠があった。
あの日。髪を切られ、父が部屋を出て行った後、床に無造作に落ちていた籠を見つけたのだ。無心でその籠に近づき、覗き込むとそこには、歪んだ花冠があった。歪んだ花冠を直すことは出来ず、一部の花弁はなくなり、形は歪みきっていた。直せないのならばこれ以上壊れないように維持しないといけないと思った。
そんな花冠は、もう美しいと言える姿ではなくなってしまっていた。
だが、私には、そんな花冠が美しいと思ってしまった。
(何で、あの時、私は美しいなんて思ったのかしら……)
花冠をじっと見る。
その花冠は歪んでいるのにも関わらず、美しさを誇ろうとしているかのように見えた。
(ーーああ、そっか。私に、似ていると思ったんだ……)
私は花冠から目を背け、ヒカリへと目を向けた。ヒカリの神秘的な緑色の瞳を見つめる。
「なぜ、あの時、あなたは自分の髪を切ったの?」
短くなった髪を一つ掬い、毛先を弄る。
髪に触れる度、私は完璧では無くなってしまったのだと、実感してしまう。
「あのメイドを逃さないためには、時間を稼がないといけませんでした」
「でも、髪を切る必要はなかったのでは?」
「え、あ、それは〜………そのぉ〜……」
ヒカリは私から目を逸らし、斜め下を見つめている。ヒカリの瞳は揺れており、動揺しているのが分かる。
ヒカリをじっと見つめていると、勢いよく顔を上げ、私の目を射抜く。
「ーーロ、ロゼリア様とおそろいにしたかったからです!!」
「…………」
ヒカリの言葉に、目を見開く。
淑女の大事な長い髪を失ってしまった私とおそろいにしたかったからというヒカリの発言に、困惑してしまう。
(それだけのために、髪を切ったの……?)
おそろいにしたかったという理由で髪を切ったヒカリが、信じられない。
私は足の上に置いていた両手を眺める。
そして、俯いたまま口を開けた。
「ーー……淑女として、髪はとても大事なものよ。長くて美しい髪が淑女の象徴。私は、それを失ってしまったのよ………」
目元がどんどん熱くなっていく。瞳が揺れ、視界が歪んでいき、涙を溢さないように必死に堪える。
「ロゼリア様、確かにあなたは淑女としての象徴を失ってしまったのでしょう。でも、私から見たロゼリア様は、とても美しく見えます」
「ロゼリア様がどんな姿になっても、私は必ず言います。あなたはーーー世界で誰よりも美しく、完璧なんです!」
ヒカリの、嘘偽りない声色の言葉に心が揺れる。
淑女の象徴を失った私は、もう誰にも認めてもらえないと思っていた。レビス家の顔を汚してしまい、父の評判が落ちてしまうと、何度も考えた。
そんな私は、誰にも認められないと思っていた。
だが、私の向かいに座るあの子は、こんな完璧ではない私を認めると言ったのだ。
ヒカリは椅子から腰を上げ、私の元へと来る。
私の背後へと周り、私の短くなった髪へと触れた。
それから数十秒経ち、ヒカリの手が私の髪から離れた。
「はい。ロゼリア様、今日はこちらを持ってきました。ぜひ見てください」
毎日贈られてきた、贈り物。実は今日も楽しみにしていたのだ。
私は光から手渡された手鏡を手に取る。
そして、鏡を見ると、鏡に写る自分を見て、瞠目する。
そこには、薔薇色の紐で結ばれている私の髪が見えた。窓から刺す光で薔薇色の紐が輝き、今までで一番美しいと思った。
「………これは」
「やっぱり、ロゼリア様には赤が似合いますね」
ヒカリはそう言い残し、再び椅子へと腰を掛けた。
私は手鏡を手放さず、鏡に写る自分を眺め続ける。
「気に入ってくれましたか……?」
「………ええ。とても、可愛いわ」
紐にへと触れ、口元が綻んだ。
私の赤い瞳と同じ色をしている紐がとても愛おしく思い、優しく撫でた。
「ーー……ねえ、今日からあなたのこと、『ヒカリ』と呼んでもいいかしら?」
「え、あ………え!?」
私の問いかけにヒカリは目を見開き、硬直する。
そんなヒカリがとても愛おしくて、「ふふっ」と口元を緩ませてしまう。
口元に手をやり、口を開く。
「実は私、昔から妹が欲しかったの。だから、本当はヒカリに会った時、嬉しかったのよ」
レビス家の跡取りは私しかいない。
弟や妹が欲しかったがそれは叶わず、私は一人で過ごしていた。だから、父がヒカリを連れてきた時、本当はとても嬉しかったのだ。妹が出来るって。
「ねえ、ヒカリ。私のーー妹になってくれる?」
ーー………バタン!!!!
私が問いかけたすぐ、ヒカリが鼻血を出したまま倒れてしまった。
私はヒカリの元へと駆け寄り、膝をついた。
「え、だ、大丈夫!?鼻から血が出てますわよ!?」
「だいじょうぶでしゅ〜…………」
「大丈夫なように見えないわよ!?ちょっと、誰かいらっしゃる!?」
私は扉の方へと目をやり、廊下に聞こえるように叫んだ。
そして、ヒカリへと目をやるととても幸せな顔を浮かべながら、胸元で手を強く握りしめていた。
五話を読んでいただきありがとうございました!!
今回は四話に書いた物語のロゼリア目線になります!
ロゼリアの気持ちとか、いっぱい乗せました!
これからも気長に投稿していくので、お待ちください!




