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2 推しが目の前に………!


(き、気まずい………)


ゆらゆらと馬車に揺られながら、チラッと目の前を見ると、目を伏せながら腕を組んでいる男が目に入った。

寝ているのか、ただただ目を閉じているだけなのか分からないが、会話が無い二人だけの空間はもの凄く気まずい。


(マジで気まずい………ああ、早く着かないかなあ……)


昨日、私は男の養子として迎えられることが決まった後、部屋で一休みしていた私に女性が嬉しそうに教えてくれた。


『明日の早朝に迎えが来るみたいだよ。今日のうちに荷物をまとめておきな』


教えてくれた後、部屋から出る間際にボソッと『これで孤児院の支援金が増える……ふふふっ』と悪い笑みを浮かべていたのを覚えている。

そして今朝、孤児院の目の前に高貴な馬車が止まった。昨日と同じ軍服を身に纏っている男が馬車の中から降りて来た。男は私に手を差し伸べ、そのまま馬車の中に乗せてくれた。

女性は『幸せになるんだよ〜』と胡散臭い笑顔と共に送り出してくれ、今に至る。


(やっぱり、何度見てもロゼリアと似てる気がするんだよな…………)


乙女ゲーム『光を君に』の悪役令嬢、ロゼリア・リビア。

ロゼリアは艶のある漆黒の髪に、つり目の奥にルビーのような赤い瞳を纏っているザ・悪役のキャラであり、私の推しだ。

そんなロゼリアに目の前の男は酷く似ているのだ。

だが、前世の記憶を遡っても乙女ゲームにこんなキャラは登場していなかったはずだ。


「ーーーそろそろ着くぞ」

「!」


男の目が薄らと開き、馬車内に声が通る。

馬車の窓に顔をくっつけ外を見ると、馬車は丘を登っており、目線を丘の上をっ見上げると「え…………?」と無意識に声が漏れるくらいの、大きな豪邸が聳えていた。

馬車が豪邸の門を潜り、敷地内に入って行く。

豪邸の目の前に馬車が止まり、男が先に馬車を降りていく。そして、私の両脇を掴み、抱き下ろした。

ふと男を見ると、男はどこか満足したような表情をしており、私の頭の中は混乱状態に陥る。

そのまま抱えられたまま、男は豪邸の中に入って行く。


「お帰りなさいませ。公爵様」

「ああ………」


ホール内に入ると、目の前には白い髭を生やしたおじさんが立っていた。上半身を四十五度に曲げ、まるでこちらに敬意を払っているように見えた。

男はそっけなく短く返事をする。

おじさんの後ろにはメイドが数人立っており、おじさんと同じように上半身を四十五度に曲げていた。


「あ、あの!」


二人の間に勇気を振り絞って声をかけると、男は目線を私に向け、「なんだ?」と低く冷めた声がホール内に響き渡る。


「お、おじさんは、だれ、なの?」


そう言うと、目の前のおじさんは瞠目し、勢いよく男の方へと顔を向けた。


「まさか、名乗りもせずに連れて来たのですか!?」

「嫌…………」

「お可哀想に、申し遅れました。私はこの公爵邸の使用人の統括長をしております。執事長のパイドゥン・シャルドアと申します、どうぞよろしくお願いしますね」

「は、はあ…………」


パイドゥンと申したおじさんは、私に優しい笑みを浮かべた。

そして、すぐさま男へ顔を向け、先程とは打って変わって違う、黒い笑みを向けていた。


「では、公爵様の番ですよ」


パイドゥンが言うと、男は困った表情をしながら私を抱え直した。そして、私の目と男の目が交わった。


「俺は、レオルド・レビス」

(レビス…………?)


どこかで聞いたことある名前に首を傾げていると、遠くから甲高い声がホール内に響き渡った。


「お父様!誰ですの、その穢らわしい子供は!」


聞き馴染みのある声に勢いよく振り向いた。


(え、え、ええーー!?!?!?)


ホールの中央階段の上に優雅に立っていたのは、幼いロゼリアだった。

私より背は高く、背筋はまっすぐしており、顎をわずかに上げ、階段の上から見下ろす姿は完璧な令嬢のようだ。

確認のため、レオルドとロゼリアを見比べる。

漆黒の髪は光によって青く輝き、目元は同じでつり目だが、瞳の色は違った。レオルドは海色の青い瞳をしているが、ロゼリアはルビーのような赤い瞳をしている。

レオルドの瞳はサファイアで、ロゼリアの瞳はルビーをしている。そんな二人が、先程よりも輝いて見えた。

しかし、何故目の前にロゼリアがいるのか分からない。

ヒロインの父はレオナルドの弟なのだ。ヒロインルートの終盤、ロゼリアが断罪された後、その事が世に露わになり、ヒロインはレオナルドの養子として公爵令嬢となるのだ。

だから、まだこの場面が来るはずがない。


「ロゼリア…………」

「お父様、まさかそんな下賤な子供をこの公爵邸で囲うつもりですか?」

「囲うではない。レビス家の一員になるのだ」

(はあ!?)


真剣な目でロゼリアに話すレオルドに凝視する。

レビス家の一員になる。それはつまり、家族になるということだ。


(やったあ………!って、無理無理無理!つまり、推しと四六時中同じ屋根の下で過ごすってこと!?心臓もたないよお………!)


頭の中がパニック状態に陥っている中、ロゼリアは私を見定めるかのような目を向けていた。私はそんな目線に気づくことなどなく、レオルドの胸の中に抱かれていた。

ロゼリアの眉がピクリと動き、ふんっ、と鼻息を吐く。


「お父様がお決めになったのならば、仕方ないですわね。ですけど、私の視界に二度と映らないよう、教育はお願いしますわね」


ロゼリアは軽蔑するかの目で私を睨んだ後、去って行った。

レオルドは「はあ………」とため息を吐き、パイドゥンは額に手を当てていた。

玄関ホール内は異様な空気が漂っており、メイド達もどうしたら良いのかわからない状態になっていた。

そんな中、私の脳内は―――。



(ロゼリアたん、めちゃくちゃ可愛かったあーー!!!!)

 


ゲームが開始してからのロゼリアしか見ていなかったが、幼少期の頃のロゼリアはプルプルの白い絹のような肌に漆黒の髪がより際立っており、赤い瞳が魅惑的だ。

まだ幼いという事もあり、子供らしく声は高く、背も低い。

ニヤニヤが抑えられず、レオルドの胸に顔を疼くめる。

ロゼリアの姿を思い出そうと頭をフル回転させる。その反動で、体がプルプルと震えてしまう。


「なんと、酷く震えておらっしゃる………!よほど、ロゼリア様が怖かったのでしょう」

「パイドゥン、部屋の準備は出来ているか?」

「はい、完璧にしてあります」

「なら、いい。ロゼリアには、俺から話しておく」

「かしこまりました」



********



レビス家に来てから、早一週間が経った。

あの日以来、私はロゼリアに会えていない。

まだいいのだ。私のような者が、神のような存在(ロゼリア)に近づいてはいけないのだと理解しているから。


「聞いた〜?ロゼリア様、また癇癪を起こしたらしいわよ」

「またあ〜?もう、後処理するこっちの身にもなって欲しいわよね」

(何も知らないで…………!)


部屋の外から聞こえるメイドの話に、思わず拳に力が入る。

前世では大学生であった為、一応自制心を取り備えていた。その為、勢いのまま部屋から出てメイド達を殴りに行こうとした自分を止めることができた。

公爵邸内でロゼリアの評判は悪い。

乙女ゲーム『光を君に』の悪役として、その方がゲーム上都合がいいのはわかっている。だが、ヒロインルートを完全クリアした者にだけ現れる、裏ルートである悪役令嬢ルートでは、ロゼリアの過去が知ることができた。

ロゼリアは幼い頃から、王族である第一王子の婚約者候補として淑女教育をしてきた。ロゼリアは、最有力婚約者候補として社交界で有名だった。ロゼリアはその期待に応えようとすべてを完璧にこなそうとしてきた。だが、完璧にしていくにつれ、期待はどんどん高まっていき、『ある事件』により、ロゼリアは壊れてしまったのだ。


(そういえば、あの時のロゼリアはまだ髪が長かったよね………)


ある事件。

それは、メイドが無理やりロゼリアの髪を切ってしまう事件だ。

淑女は美が求められる。作法の美、優雅さの美、容姿の美。

ロゼリアはどれもが完璧だった。だが、淑女として、大事な髪を切られてしまったのだ。

ロゼリアは泣き崩れ、そのまま心が壊れてしまい、さらに我儘で傲慢な性格になってしまったのだ。

ロゼリアは元々は心優しく、誠実な淑女だった。だが、完璧を求めるがあまり、自分を無理やり律してしまい、傲慢な性格になってしまったのだ。


(あの日のロゼリアは、傲慢だった………けど、我儘ではなかった)


ロゼリアが我儘になってしまったのは、髪を切られてしまった後からだ。完璧を求めるがあまり、色々なものが欲しくなってしまい、我儘になってしまったのだ。


(つまり、まだロゼリアの事件は起こっていない!)


可愛い可愛いロゼリアには、幸せになって貰いたい。絶望など知らなくていい、ただただ幸せになって貰いたい。

その為には、事件が起きる前にロゼリアを助けるしかない。



(ーーなら、まずは仲良くならないと!)



と、思ったのも束の間。


「申し訳ありません………。ロゼリア様は、今、お休みになられているのです」

「そ、そっか………」

(まさかの会えない…………!)


ロゼリアの部屋の前で立っていたメイドが、申し訳なさそうに言う。

ロゼリアの部屋の中は静かで、本当に休んでいるのだろう。


(一刻でも早く、仲良くしたいんだけどなあ………)


私は仕方なく、ロゼリアの部屋の前から離れ、自分の部屋へ戻ろうと廊下を進んでいく。すると、目の前からパイドゥンが美しい花瓶を持ちながら、こちらへ向かってきた。


「パイドゥンさん、こんにちは!」

「これはこれは………えーっと」


パイドゥンが困った表情を見せ、こちらを見てくる。


(そういえば、私、名前を名乗ってなかったな…………)


口を開けようとした瞬間、私の頭の中にある案が浮かび上がった。

それは―――。


(乙女ゲームでヒロインなら、自分の好きな名前に出来るんじゃない?)


乙女ゲームでは、ヒロインの名前を変えて自分の好きな名前にすることができる。ヒロインの元の名前はアリシアだったが、よくよく思い出してみれば、孤児院にいた時も女性に名前を呼ばれてなかった気がする。


(つまり、もし名前を変えられるなら、推しから名前を呼ばれる可能性があるってこと!?)


脳内の中にロゼリアが私の名前を呼ぶ姿が浮かび、脳内の私が灰になっていく姿が想像できる。


(ものは試し!)

「ヒカリって、言います!」

「ヒカリ様、素敵なお名前ですね」


言えてしまった。

本当に、ヒロインの名前がヒカリになってしまった。

これは、やってはいけないことをしてしまったようだ。


「パイドゥンさんは、今からどこに行くのですか?」

「ロゼリア様の部屋に飾る花を選びに行くのです」

「花瓶を持って………?」

「はい。花を選んだ後、花瓶に入れて飾るんです」


パイドゥンは優しい笑みを浮かべながら答えた。


「ヒカリ様は、どちらに行かれていたのですか?」

「え、えっと、ロゼリア様に会いに!」


そう言うと、パイドゥンは申し訳ない表情を浮かべていた。


「申し訳ありません。ロゼリア様は………少し、ほんの少し、気が難しい方でして………」

(は?気が難しい方ですって…………?)


確かに、今のロゼリアは少々傲慢だろうが、本当はそんな子ではない。

それを知っている私は、パイドゥンの発言に腹を立ててしまった。


(と、取り敢えず、どうやったらロゼリアと関わりを持てるかな………?)


なんとか気持ちを落ち着かせる。

パイドゥンを見ると、パイドゥンは今、綺麗な花瓶を持っている。


「………パイドゥンさん、私がロゼリア様の花を選んでもいいですか?」

「え、は、はい………よろしいですが…………」

「ありがとうございます」


パイドゥンは一瞬目を見開く。だが、すぐさま目元が柔らかくなった。

私はそんな姿など眼中になく、心の中で決意した。


(ロゼリア、待ってて!すぐ幸せにしてあげるから…………!)



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