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7話:距離とすれ違い

 ルシアンが男だということは、ようやく理解した。

 ……が、胸のモヤモヤは消えなかった。


 ピクルは相変わらず、ルシアンとばかり一緒にいる。

 授業が終われば談笑しながら帰り、休憩中もよく並んで歩いていた。


(……楽しそう。私といるときよりずっと……)


 胸の奥でモヤモヤが広がって、消えなかった。

 ミラは、自分でもよくわからない感情を持て余していた。



 今日は、ルシアンの部屋で勉強会。

 リリアナがよく体調を崩して休むため、ミラもピクルとルシアンの勉強会に混ぜてもらっていた。

 ――名目は“テスト対策”だが、どこか落ち着かない。


「ここ違うよ、ミラちゃん」

 ルシアンが穏やかにミラの答案を指さす。

「この式だと魔力の流れが反転しちゃう。だから、こっちの式を使うんだ」


「あ、そっか! 確かにそうだ!」

 ミラはぱっと顔を明るくした。ようやく一つ理解できたらしい。


「ルシアン、教えるの上手いよな。おかげで俺もだいぶ分かってきた」


 ピクルが満足げに笑い、ルシアンも微笑みを返す。


 魔法使いと使い魔、両方のカリキュラムに詳しい彼は、二人の橋渡しのように的確な説明をしてくれた。


「ふーん、まぁ……そうかもね」


 ミラは口ではそう言いながら、表情が固い。

 ペンを置く音が、やけに大きく響いた。


「今日はもう終わりにする」

「え? もう?」

 ピクルが顔を上げる。


「だって、十分やったもん。……疲れたし」

 ミラはそっぽを向いて立ち上がる。


 ピクルは少し考えたあと、穏やかに声をかけた。

「そうだな。ミラもだいぶ分かるようになったよな。これなら大丈夫そうだな」


 優しく微笑みながら言う。

「……よく頑張ったな」


「うん!」

 褒められた瞬間、ミラの表情が少し和らいだ。

 だが――


「ほんと、全部ルシアンのおかげだよな」

 ピクルはルシアンの方を振り返ってそう言う。


(……またそれ!?)


「そんなことないよ」

 ルシアンは柔らかく笑う。


「二人とも飲み込みが早いんだ。実技が得意だから、理解も早いんだよ」


「いや、でもやっぱルシアンって教え方上手いよ。 な、ミラ?」


「……そうかもね」


 短く答えると、ミラはそのまま扉に向かって歩き出した。

 バタン、と音を立てて出ていく。


(もー、ルシアンくんの話ばっかり。 つまんない……!)



 しばらくの静寂。

 ピクルは肩をすくめた。


「なんだよ、あいつ。 感じ悪ぃな。 めちゃくちゃ世話になってんのに」


「まぁまぁ」

 ルシアンが苦笑する。


「寂しいんだよ、きっと」


「寂しいって……おもちゃ取られたガキみたいなもんだろ?」

 ピクルが呆れたように言う。


 ミラにとって自分は、まだ“小鳥のぴーちゃん”のままで止まっている。

 頭を撫でて、抱きしめて、くっついてきて――

 まるでペットを可愛がるみたいに。


 そんな自分が、最近はルシアンとばかり一緒にいる。

 きっとそれが気に入らないのだろう。

 ピクルはそう、思い込んでいた。


「そう言わずにさ」

 ルシアンは軽く笑って、ペンを机に置いた。

「新しい環境で頑張ってるんだし。 もう少し優しくしてあげなよ」


「……まぁ、そうだけどな」

 ピクルは腕を組み、考えるように天井を見上げる。

「とりあえずテストまでは気抜けねぇし」


「逆だよ」

 ルシアンが軽く指を立てた。

「テストを乗り越えるために、少し甘やかすんだよ。

 飴と鞭のバランス、大事だろ?」


「……うっ、確かに。すげーな。これが“人心掌握術”ってやつか?

 ……お前、めっちゃモテそうだな……」


「はは、そうでもないよ」


 ルシアンは軽く笑い、窓の外に目を向ける。

 夕陽が校庭を金色に染めていた。


「むしろ、君たち二人のほうが羨ましいよ。すごく仲良くて」

 穏やかにそう言う声に、ほんの少しの寂しさが混じる。


「まぁ、長い付き合いだしな」

 ピクルが少し照れたように目を逸らすと、ルシアンは少しだけ目を細めた。


「僕たちは……なかなか距離が縮まらなくて」

「そうなのか?」

「というより、もしかしたら、あまり好かれてないのかもしれない」

 ルシアンは一瞬だけ表情を曇らせた。


 ピクルはなんと声をかけていいか分からず、言葉を失う。


 けれど次の瞬間、ルシアンはいつもの穏やかな笑みを浮かべ、明るく声をかけた。


「だからさ、二人はせっかく仲がいいんだから、喧嘩するなんてもったいないよ。

 ミラちゃんに優しくしてあげないと」


「……たまには会いにいってあげたら?」


(”優しく”か……)


 ルシアンの言葉と、拗ねたミラの横顔を思い出しながら、ピクルは静かに考え込んだ。

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