7話:距離とすれ違い
ルシアンが男だということは、ようやく理解した。
……が、胸のモヤモヤは消えなかった。
ピクルは相変わらず、ルシアンとばかり一緒にいる。
授業が終われば談笑しながら帰り、休憩中もよく並んで歩いていた。
(……楽しそう。私といるときよりずっと……)
胸の奥でモヤモヤが広がって、消えなかった。
ミラは、自分でもよくわからない感情を持て余していた。
◇
今日は、ルシアンの部屋で勉強会。
リリアナがよく体調を崩して休むため、ミラもピクルとルシアンの勉強会に混ぜてもらっていた。
――名目は“テスト対策”だが、どこか落ち着かない。
「ここ違うよ、ミラちゃん」
ルシアンが穏やかにミラの答案を指さす。
「この式だと魔力の流れが反転しちゃう。だから、こっちの式を使うんだ」
「あ、そっか! 確かにそうだ!」
ミラはぱっと顔を明るくした。ようやく一つ理解できたらしい。
「ルシアン、教えるの上手いよな。おかげで俺もだいぶ分かってきた」
ピクルが満足げに笑い、ルシアンも微笑みを返す。
魔法使いと使い魔、両方のカリキュラムに詳しい彼は、二人の橋渡しのように的確な説明をしてくれた。
「ふーん、まぁ……そうかもね」
ミラは口ではそう言いながら、表情が固い。
ペンを置く音が、やけに大きく響いた。
「今日はもう終わりにする」
「え? もう?」
ピクルが顔を上げる。
「だって、十分やったもん。……疲れたし」
ミラはそっぽを向いて立ち上がる。
ピクルは少し考えたあと、穏やかに声をかけた。
「そうだな。ミラもだいぶ分かるようになったよな。これなら大丈夫そうだな」
優しく微笑みながら言う。
「……よく頑張ったな」
「うん!」
褒められた瞬間、ミラの表情が少し和らいだ。
だが――
「ほんと、全部ルシアンのおかげだよな」
ピクルはルシアンの方を振り返ってそう言う。
(……またそれ!?)
「そんなことないよ」
ルシアンは柔らかく笑う。
「二人とも飲み込みが早いんだ。実技が得意だから、理解も早いんだよ」
「いや、でもやっぱルシアンって教え方上手いよ。 な、ミラ?」
「……そうかもね」
短く答えると、ミラはそのまま扉に向かって歩き出した。
バタン、と音を立てて出ていく。
(もー、ルシアンくんの話ばっかり。 つまんない……!)
◇
しばらくの静寂。
ピクルは肩をすくめた。
「なんだよ、あいつ。 感じ悪ぃな。 めちゃくちゃ世話になってんのに」
「まぁまぁ」
ルシアンが苦笑する。
「寂しいんだよ、きっと」
「寂しいって……おもちゃ取られたガキみたいなもんだろ?」
ピクルが呆れたように言う。
ミラにとって自分は、まだ“小鳥のぴーちゃん”のままで止まっている。
頭を撫でて、抱きしめて、くっついてきて――
まるでペットを可愛がるみたいに。
そんな自分が、最近はルシアンとばかり一緒にいる。
きっとそれが気に入らないのだろう。
ピクルはそう、思い込んでいた。
「そう言わずにさ」
ルシアンは軽く笑って、ペンを机に置いた。
「新しい環境で頑張ってるんだし。 もう少し優しくしてあげなよ」
「……まぁ、そうだけどな」
ピクルは腕を組み、考えるように天井を見上げる。
「とりあえずテストまでは気抜けねぇし」
「逆だよ」
ルシアンが軽く指を立てた。
「テストを乗り越えるために、少し甘やかすんだよ。
飴と鞭のバランス、大事だろ?」
「……うっ、確かに。すげーな。これが“人心掌握術”ってやつか?
……お前、めっちゃモテそうだな……」
「はは、そうでもないよ」
ルシアンは軽く笑い、窓の外に目を向ける。
夕陽が校庭を金色に染めていた。
「むしろ、君たち二人のほうが羨ましいよ。すごく仲良くて」
穏やかにそう言う声に、ほんの少しの寂しさが混じる。
「まぁ、長い付き合いだしな」
ピクルが少し照れたように目を逸らすと、ルシアンは少しだけ目を細めた。
「僕たちは……なかなか距離が縮まらなくて」
「そうなのか?」
「というより、もしかしたら、あまり好かれてないのかもしれない」
ルシアンは一瞬だけ表情を曇らせた。
ピクルはなんと声をかけていいか分からず、言葉を失う。
けれど次の瞬間、ルシアンはいつもの穏やかな笑みを浮かべ、明るく声をかけた。
「だからさ、二人はせっかく仲がいいんだから、喧嘩するなんてもったいないよ。
ミラちゃんに優しくしてあげないと」
「……たまには会いにいってあげたら?」
(”優しく”か……)
ルシアンの言葉と、拗ねたミラの横顔を思い出しながら、ピクルは静かに考え込んだ。




