5話:価値観の違い
今日は、ミラはリリアナの部屋に遊びに来ていた。
リリアナの部屋は、ミラたちの寮とはまったく別の建物――
“王立館”と呼ばれる、豪華な部屋が集まる寮にある。
扉を開けた瞬間、ミラは思わず目を丸くした。
広さも、調度品も、空気の香りすら違う。
ふかふかの絨毯、窓辺に飾られた花、漂う紅茶の香り。
しかも、専属の使用人までいる。
「すごいなぁ〜! リリちゃんの部屋、お城みたいだね!」
「どうぞ座って。ミラちゃん」
リリアナは気にする様子もなく、優雅に微笑んだ。
ミラが恐る恐る豪華な肘掛け椅子に腰を下ろすと、使用人が静かに紅茶を注ぐ。
「私の部屋と全然違う……なんでこんなすごい部屋なの?」
「簡単よ。“たくさん寄付した”か“してない”かよ」
リリアナはにっこり笑って答えた。
(寮って本人の能力とか特性に合わせて決まる、みたいなやつじゃないの……?)
ミラは昔読んだ児童文学を思い出す。
(寄付金で決まるって……インペリアルってシビア!!……夢ないよ……!)
インペリアルの寮は三つに分かれている。
上層貴族が暮らす〈王立館〉。
特待生や優秀者が集う〈中央館〉。
そして庶民出身者が住む〈東館〉。
もちろん、ミラとピクルの部屋は〈東館〉。
木造で少し古いけど、花壇や中庭があり、落ち着いた雰囲気だ。
もちろん使用人などはおらず、掃除も洗濯も自分たちでやる。
あまりの待遇の違いに、ミラは呆然としていた。
そんなミラの反応を気に求めず、リリアナは紅茶を手に優雅に話しかける。
「ミラちゃん、学校にはもう慣れた? 学校って疲れるわよね?」
「うん! 授業も何言ってるかよくわかんないし、疲れる!」
「そうよね。椅子が固くて、ずっと座ってられないし。
使用人もいないから、飲み物も出なくて困るわ……」
リリアナは紅茶を一口飲んで、心底不満そうにため息をついた。
「気持ちが共有できて嬉しいわ」
にっこりと笑うリリアナ。
(……いや、疲れてる理由、全然違うよ!)
見た目も話し方も中身までお姫様みたい。
けれど、そんなリリアナはどこか憎めない。
上品で、ふわふわしていて、でも勉強は完璧。
不思議と惹かれる人だった。
ふと、ミラの目が本棚に止まる。
難しそうな本の中に、ひときわ目立つピンクの背表紙。
「これ、何?」
「あ……それは……」
リリアナが頬を赤らめた。
――『愛の逃避行 〜Love Memories〜』。
どうやら恋愛小説らしい。
「面白いの?」
「すっごく素敵なのよ!」
リリアナは一気に語り出した。
その小説は、三角関係に翻弄される物語だった。
主人公セシリア・ローランは婚約者エドモン・クレールを愛しながらも、
敵国の将軍アラン・ド・ヴァルセールに心を奪われていく。
「障害が大きければ大きいほど、二人の愛が燃え上がるの!」
リリアナは両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、夢見るように微笑んだ。
「特にアラン様が“国なんてどうでもいい、君さえいればそれでいい”って言うところが最高なの!」
(……え? 国、どうでもいいの?
そんな将軍のいる国やだな……?
もっとちゃんと仕事して欲しいな……)
リリアナはうっとり夢見ていたが、ミラはまったく理解できない。
(休んでたから友達がいないと思ってたけど……多分それだけじゃない気がする……)
それでも、彼女と話しているのは楽しい。
ちょっとズレてるけど、そこが面白い。
ミラは呆れながらも、自然に気持ちが緩んでいくのを感じていた。
「……あ、そうだ。勉強するんだったわね!」
「うん! 全然わかんないから、教えてほしい!」
リリアナは頷き、ノートと羽ペンを机に並べる。
説明は的確で、例え話も上手。
ミラの頭の中でバラバラだった知識が、少しずつ繋がっていく。
「なんか、分かってきた気がする!」
「ミラちゃん、飲み込みが早いもの。きっとすぐ追いつけるわ」
「ありがとう、リリちゃん!」
二人は顔を見合わせて笑った。
窓の外では、夕陽がゆっくりと沈みかけている。
(こんな友達ができるなんて……思ってなかったな)
◇
それから二人は、放課後は図書館で勉強するのが日課になった。
豪華なリリアナの部屋よりも、木の机と静けさに包まれた図書館のほうがずっと落ち着く。
そんなある日、聞き慣れた声がした。
「……あ、ミラ」
「ぴーちゃん!」
顔を上げるとピクルと目が合った。
ミラが笑顔で手を振ると、ピクルは本を片手に近づいてきた。
「お、勉強してんのか。真面目じゃねーか」
「でしょ! 頑張ってるんだよ!」
嬉しそうに報告するミラに、ピクルは小声で言う。
「……しかも友達も出来たんだな」
「うん! ほんとに”お姫様みたいな友達”できたよ!」
ドヤ顔のミラに対し、ピクルは少し引き気味。
「だな……どんな手使ったんだよ……こえーよ」
でもどこか安心したように微笑んだ。
「よかったな。……俺も頑張んなきゃな」
そう言って立ち去るピクルを、リリアナはじっと見送る。
「あの方が、ミラちゃんの使い魔?」
「うん、そうだよ!」
「……すごく仲良いのね。驚いたわ」
「だってぴーちゃんが生まれた時からずっと一緒だもん!」
「え? 幼体の頃からってこと? ……嘘でしょう?」
リリアナは目を見開く。
使い魔は、卵の状態で召喚され、孵化すると幼体と呼ばれる小動物の姿になる。
その後、幼体はサナギとなり、羽化して人型の成体へと成長する。
学校で見かけるのは、すべて成体の姿だ。
「使い魔は召喚したら、あとは使用人が世話するのが普通よ。
魔法使い本人が育てるなんて聞いたことないわ」
衝撃を受けるリリアナに、ミラは思わず身を乗り出す。
「そんなの変だよ!」
卵の頃から片時も離れず一緒にいたピクルを思えば、
その“当たり前”のほうが、ミラにはよほど理解できなかった。
「そうかしら? 戦力として扱えるのは成体になってからだし、別におかしくないと思うけど」
「じゃあ、成体になるまでは、会ったことなかったの?」
「サナギの時に魔力を注ぐくらいはしたかしら?」
「信じられない……」
ミラは呆然とする。
(ただの”戦力”としか思ってないなんて……そんなの、寂しすぎるよ……)
リリアナはふとつぶやく。
「もしかして“他の使い魔”もいないのかしら……?」
「他?」
「普通三体くらいは並行して育てるものなんだけど」
「えっ……三体も?」
あまりの文化の違いに、ミラは驚く。
(確かに、羽化がうまくいかなくて死んじゃうこともよくあるけど……)
それでも、スペアを用意するそのやり方が、
使い魔を物のように扱っているように思えて、ミラにはどうしても受け入れられなかった。
(なんか……世界が違いすぎる……)
リリアナはふっと寂しそうに笑った。
「でも……羨ましいわ。
私も幼体の頃から一緒にいられたら、もっと仲良くなれてたのかも」
「リリちゃん、使い魔の子と仲良くなりたいの?」
リリアナの予想外の反応にミラは驚いて顔を上げる。
リリアナも使い魔を”道具”扱いしていると思っていたからだ。
「えっ!? そうね
……でも仲良くというか……もっと、女性として見てもらいたいというか……」
リリアナの頬が一気に赤く染まる。
リリアナの反応を見て、ミラはどういうことかと考え込む。
そして閃いた。
「分かった! リリちゃん、その人のこと好きなんだ!!」
ミラの大声が静かな図書館に響いた。
「ちょっ……ミラちゃん声が大きい!」
リリアナは慌てるがミラは気にすることなく続ける。
「恋人になりたいの?」
「“まだ”、そこまでは言ってないわ!」
「”まだ”ってことは”いつかは”なりたいの?」
「やだ! ミラちゃん! そんなはっきり言わないで!」
ふたりの声がどんどん大きくなり、周囲の冷ややかな視線が集まる。
「だって、すごく素敵なのよ……! 王子様みたいで!」
リリアナは夢見るように天井を見上げる。
「淡い銀色の髪は、月明かりを溶かしたみたいに静かに輝いて……
動くたびに星が零れるみたいなの。
なのに瞳はルビーのように鮮やかで、見つめられたら心まで燃やされそうで……」
(なんかポエムが始まった……)
図書館の空気が、そっと静まり返った。
恋するお嬢様と、理解が追いつかない庶民少女。
二人の温度差だけが、図書館の静けさの中にぽつんと残った。
(リリちゃんの使い魔って、どんな人なんだろう……)




