SS①:四人の騒がしい午後、それぞれの恋心
学期末の試験も終了し、もうすぐクリスマス休暇。
校内には少し浮き足だった雰囲気が漂っていた。
ミラ、ピクル、リリアナ、ルシアンの四人は、
リリアナの部屋に集まっていた。
「ミラちゃんは、休暇は何して過ごすの?」
リリアナが尋ねると、ミラはにっこり笑って答える。
「村に帰ろうと思ってるんだ」
ミラは元々、山奥の村で暮らしていた。
そこは、十五歳までの子供が魔法修行を行う場所だが、
身寄りのないミラは、村卒業後も戻ってきていいと言われていた。
住んでいた家もそのまま残してくれていている。
「ミラちゃんにとっては故郷みたいなものなのね」
リリアナは目を細める。
「ぴーちゃんも一緒に帰るんだよ。楽しみ!」
「へ〜、楽しそうでいいね」
ルシアンも微笑みながら優しく相槌を打つ。
そんな緩やかな空気の中、リリアナはふと疑問を口にした。
「その……ミラちゃんのお家には、使用人はいるのかしら……?」
リリアナは少し頬を赤らめ、聞きづらそうにしている。
「え? いるわけないよ〜。リリちゃんちじゃないんだから」
「あたりめーだろ」
ミラもピクルも驚きながら否定する。
「あ、あの……ということは、家では”二人っきり”……ってことよね?
”恋人同士”になった二人が」
ミラはピクルの了承を得て、リリアナに二人が「恋人同士」になったことを報告していた。
「うん、そうだよー」
ミラはきょとんとした顔で答える。
「その……ということは、やっぱり”何か”あるのかしら……?」
リリアナの言葉に、空気が一瞬ピリッと張りつめ、静寂が訪れる。
――そして、ここから一気に、想定外のドタバタ劇が始まった。
最初に静寂を破ったのはピクルだった。
「は? てめー、何言い出すんだよ! エロ女!
お前、俺とミラが”そういうこと”すると思ってんのか!?」
ピクルは顔を真っ赤にして動揺し始める。
そこに、ルシアンが、すかさず割って入った。
「ピクルくん、リリアナ様になんてこと言うんだよ?
リリアナ様がそんなこと考えるはずないだろ?」
ルシアンが珍しくキツめに注意するが、ピクルも負けじと言い返す。
「いや、だって、どう考えてもそういう意味だったろ?」
「リリアナ様は純粋な方なんだよ。変な知識を入れないでくれよ」
ルシアンは眉をひそめる。
抑えてはいたが、怒りが滲んでいた。
その二人のやり取りを横目に、ミラがにこやかに口を挟んだ。
「大丈夫だよ〜、リリちゃん、結構えっちなやつ、いつも読んでるから」
そう言ってミラは、1冊の小説を取り出してルシアンに見せた。
「ちょっ! ミラちゃん、何やってるの!!!」
リリアナが止めに入ったが、すでに遅かった。
──『愛の逃避行2 〜Endless Love〜』
「この小説なら、前にミラちゃんと一緒に見たよね?
登場人物はちょっと不躾だったけど、
そんないやらしい内容ではなかったっと思うけど……」
ルシアンは首を傾げる。
「違うよ! あれは一つ目で、こっちは続きなんだ!」
『愛の逃避行2 〜Endless Love〜』 は『愛の逃避行 〜Love Memories〜』の続編にあたり、濃厚なベッドシーンが多くて有名だった。
「これは、えっちなシーンがいっぱいあるんだよ!
だから心配しなくても大丈夫!」
ミラは嬉しそうにキッパリとルシアンに答えた。
「え……本当に……?」
ルシアンの瞳が戸惑いで揺れる。
そのそばでは、リリアナが膝をついてガックリと項垂れていた。
「終わった……私のイメージが……私の初恋が……」
心のダメージが大きすぎて、もはや再起不能だった。
ピクルにも動揺が走り、慌ててミラに確認する。
「ちょっ……いっぱいあるって……ミラも読んだのか?!」
「うん。読んだよー。リリちゃんが読んでって言うから」
「えっ……ちょっ……マジか……」
頭が真っ白になる。
いや、待て。ミラはそういうの、まだ何も分かってないはずだ。
分かってない、よな……?
「……これ、どこまで書いてんだ?」
そして、本の中身を確認しようとした瞬間──
「見ないでー!!」
──スパーン!!!
リリアナは素早い動きで手刀を繰り出し、ピクルの手から小説を弾き飛ばす。
「は、早い……!」
「リリちゃん、たまにめちゃくちゃ早くなるよね……」
ミラとピクルは、驚いて目を見開く。
リリアナは、折れそうな心を何とか奮い立たせて立ち上がった。
そして、必死に頭を働かせる。
(まだ諦めちゃダメ……
私の初恋、こんなところで終わらせるわけにはいかないっ……!)
表情に力が戻り、目ががキラリと光る。
(中身さえ読まれなければ、まだ、誤魔化せる……!)
そして、リリアナは必死で白を切り始めた──
「ミラちゃんが勘違いしてるだけよ!
こ、これは二人の愛の軌跡なのよ! いかがわしい内容ではないわ!」
その言葉に、ルシアンはほっとした表情を浮かべる。
「そうですよね……リリアナ様がそんなもの読むわけないですよね」
「そ、そうよ……!」
「よかった。じゃあ、僕も読んでみようかな」
ルシアンの手には、先ほど弾き飛ばした小説が。
「え???」
刹那
──スパーン!!
リリアナの手刀が再び発動する。
「いや! ルシアンは一番読んじゃダメでしょう!?」
「え? なんで……?」
戸惑うルシアンをよそに、
弾き飛ばされた小説を、今度はミラが拾う。
「えー、すごくえっちだったと思うんだけどなぁ」
パラパラと小説をめくり、読み始める。
「もう、いいから返して!」
リリアナの顔が真っ赤になり、耐えきれなくなった感情が弾ける。
ついに、手元から魔力を放ち、小説を奪い返した。
「あ! 魔法使うの卑怯だよ〜!
授業以外で使ったらマナ・スコア減点だよ!」
「もう手段は選んでられないの!」
二人のやり取りを、ピクルは呆然と見ていた。
だが、ミラの手から本が奪われた瞬間、覚悟は決まった。
(もう迷ってる場合じゃねー……
絶対に、中身を──確認する!!!)
ピクルは一歩踏み出し、リリアナの前に立ちはだかる。
「ミラがどこまで分かってるか知りてーから、それ、よこせ!」
「嫌よ!」
「渡さねーなら、こっちも力づくで奪ってやる」
ピクルの手に魔力が集まり、空気がぴりりと張り詰める。
「これは、誰にも、絶対に──渡さないっ……!」
リリアナは小説を胸に抱き、即座に防御魔法を展開した。
──一冊の小説を巡り、ピクルとリリアナ、
それぞれの恋心をかけた戦いが、今まさに始まろうとしていた。
その瞬間。
鋭く踏み込む気配とともに、
二人の間へ、ルシアンが割って入った。
「ピクルくん、リリアナ様に手を出すなら、僕も本気でいくよ」
両腕を広げ、盾のようにリリアナを守る姿は、
まるで姫を守る騎士のようだった。
「ルシアン……♡」
「ルシアン、そのエロ女の前からどけ!」
「エロ女っていうのやめて!」
互いの力がぶつかる緊張の中、
部屋の空気が一瞬、戦場のそれに似た緊迫感で満たされる。
──だが、そんなよく分からない空気を、痺れを切らした使用人が一変させた。
「部屋が壊れるので、喧嘩なら外でやって下さい!
バーン先生に報告しますよ!」
──こうして三人はぴたりと静かになったのだった。
◇
嵐のような騒ぎの後。
リリアナとピクルには、まだ先ほどの動揺が残っていたが、
結果的に一番場をかき回したミラは、
何事もなかったようにお菓子を美味しそうに食べていた。
ピクルはこっそりミラに話しかける。
「……ミラ、あれ本当に意味わかって読んでんのか?」
ミラはきょとんとした顔で少し考えて答える。
「えー、うん。多分……?」
「ま、マジか……」
ピクルは顔が引き攣り、思わず頭を抱えた。
(くそー……やっぱり、どんな内容なのか知りてー!)
◇
その日の夜。
自室に戻ってからも、ピクルの頭の中は落ち着かなかった。
ベッドに横になって目を閉じても、頭に浮かぶのはさっきのやり取りばかり。
気になって、気になって、どうしても思考が止まらない。
何度も寝返りを打ち、枕を抱き寄せては、天井を睨む。
(結局、ミラはどこまで分かってんだよ……気になって全く眠れねー……!)
結局、その夜は一度も眠れないまま。
空が白み始めるのを、ピクルはぼんやりと眺めていた。
ー終わりー




