表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/27

18話:再生魔法ー②

 翌朝。

 目を覚ますと、ピクルはすでにいなかった。

 それでも、ベッドに残る温もりが、昨日ずっとそばにいてくれたことを教えてくれる。


 その優しさに、ミラの心は少しだけ前を向けた。


(やっぱり、こんな中途半端で終わりたくない……)


 ミラは決意を胸に、アレクの部屋へ向かった。



 出迎えたアレクは淡々とした表情で、口を開く。


「昨日、校長のところに行ったんだってな?」


「最初から、全部知ってたの?」

 ミラは鋭い目つきでアレクを睨む。声には怒りが混じっていた。


「手順があると言っておいただろう? 

 勝手に動くから、余計な衝撃を受けることになる……」


「もしかして他にももっと知ってるんじゃないの? やたら意味深だし。

 知ってることがあるなら、全部教えて」


 普段は能天気なミラの口調は、今は苛立ちで震えている。

 語気は鋭く、怒りと焦りが入り混じっていた。


 ため息をついたアレクは、机の引き出しから分厚い封筒を取り出し、

 そっとミラの前に置いた。


「これは、お前の両親が作った、“魔力汚染地域修復作業”の資料だ。

 ……極秘扱いだ、取り扱いには注意しろ」


「え……」


 アレクは言いづらそうに口を開いた。

「俺の父上は、政府側の人間として、この修復作業に携わっていた」


 その言葉に、ミラは一瞬言葉を失う。


「……彼らとも、親交があったそうだ」

 アレクは視線を伏せる。


 ミラは封筒を握りしめ、息を詰めた。

 苦渋に満ちたアレクの表情に、怒りや困惑、悲しみがせめぎ合うのを感じる。


「偉大な人たちだったと聞いている。

 父上も、ずっと後悔していると言っていた。

 だからそれは、せめてもの詫びだ」


 一拍おき、アレクは続ける。


「お前には知る権利がある。

 俺は……知らされずにいたことが間違いだと思っている」


 その横顔はいつもの尊大さとは違い、どこか寂しげだった。


 ミラは封筒を抱きしめるように持ちながら、小さく唇を噛む。

「ありがとう……」


 少しだけ沈黙が流れ、ミラは静かにアレクの部屋を後にした。


 ◇


 夜。

 ミラの部屋。

 隣には、心配そうに見つめるピクルがいる。


 アレクから受け取った資料を手に、ミラはゆっくり息を整えた。

 ページの端には、確かに父と母の字が残っている。


 ――魔力汚染地域修復作業

 それは、魔法による戦争や災害で荒れた土地を癒し、

 失われた人々の暮らしを、もう一度取り戻すための試みだった。


 魔法を、傷つけるためではなく、癒すために使う。

 攻撃でも征服でもない。

 人々が、また当たり前の毎日を生きられるようにするための魔法だった。


 両親が事故に遭ったのは、

 魔法戦争で汚染された土地の修復作業に取り組んでいた最中だった。


 その汚染は、通常の荒れ地とは桁違いだった。

 毒のように周囲を侵し、立ち入れば人体に悪影響を及ぼすほど。

 もし手をつけずに放置すれば、汚染はさらに広がり、

 いつかは世界中を覆い尽くすかもしれなかった。


 資料をめくる指が、ふと止まる。

 欄外には、走り書きのような文字が残されていた。


『魔力汚染が広がるスピードが速くなっている』

『このままでは、汚染範囲が急拡大していく』

『いつかは世界中に……』


『今日は魔力の一部が暴発した』

『いつか大きな事故が起きるかもしれない』

『成功率は低い』

『それでも、誰かがやらなければならない』


 几帳面とは言えない文字、何度も書き直した跡、滲んだインク。

 研究の難しさ、焦り、迷い、そして覚悟――そのすべてが伝わってくる。


 危険な作業だった。

 それでも、二人は諦めなかった。


 ――汚されたものを、もう一度取り戻すために。

 二人は、そこまで覚悟していたのだ。


 そして最後に書かれた文字を目にする。

 

『ミラが安心して暮らせるような世界にしてあげたい』


 思わず息をのむ。

 その文字に、涙がにじみそうになった。


 物心ついた頃から、自分には両親はいなかった。

 魔族討伐で行方不明――

 そう聞かされていた頃から、ずっと心のどこかで、

 自分は蔑ろにされていたのではないか――

 置いてけぼりにされたような、そんな孤独を抱えていた。


 だけど今、この文字を目にして、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 命をかけて取り組んだ仕事の意味が、ようやく見えてきた。


 世界を救うため、失われた土地を取り戻すための行動は、

 確かに自分のためでもあったのだ。


 そして何より、自分のことを忘れずに考えてくれていた――その事実に、心が満たされる。


 昨日まで空っぽだと思っていた場所に、

 小さな光が静かに戻ってくるのを感じた。


(ちゃんと、私のことも見てくれてたんだ……)


 ミラは、両親の書いた文字をそっと指でなぞる。

 その指先から、胸の奥に静かな熱が伝わってくる。

 しばらく、言葉にならない思いが胸の中を満たしていった。

 両親があれほどまでに考えて、自分のために命をかけていたこと――

 その重みを噛みしめながら、ミラは静かに決意を固める。


 資料を閉じ、ミラは小さく息をついた。

「私も……こんなふうに、魔法を使いたい」


 ピクルはミラの顔を覗き込む。

 その顔には決意が表れていた。


「やっぱり……私、インペリアルで頑張る。

 再生魔法のこと、もっと知りたい」


 一拍置いて、ミラは続けた。


「ママやパパが、どんな気持ちでこれを残したのか……

 少しでも、分かりたいから」


「……そうか」

 ピクルは小さく笑って、わざと軽い調子で言った。


「やる気があんのはいいけど、あんま、無茶すんなよ」


「うん、大丈夫だよ

 だって、ぴーちゃんが止めてくれるでしょ?」


「人任せかよ」


 いつものようにイタズラっぽく笑うミラに、

 ピクルも思わず吹き出した。


 ミラの笑顔が夜灯に照らされ、柔らかく揺れた。


 外では、静かに風が吹いていた。

 芽吹く草木のような気配が、夜の向こうから届いてくる。


 壊れていた心も、癒えていく。

 ミラはもう一度、自分の足で前を向いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ