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17話:恋人同士になっても

 実技授業の後。  


「じゃあ、また明日な……」


 そう言ってピクルは授業が終わるとすぐに、ミラの元を去って行った。


 晴れて“恋人同士”となったミラとピクルだったが――

 普段の生活は、驚くほど何も変わらなかった。


(なんか……別にあんまり変わらないなぁ……)


 ミラは少し肩を落とす。

 学校では「人前でベタベタするな」と言い聞かされているため、

 むしろ村で暮らしていた頃よりも距離を感じるほどだった。


(私のこと”好き”って言ってたけど……本当なのかなぁ……)


 ピクルは、いつも自分を子供扱いしていて、

 まともに取り合ってないように見える。


 自分を納得させるために、適当に話を合わせただけだったのかも――

 そんな考えが、胸の奥で静かにもやもやと膨らむ。


 入学してから、距離を感じる場面ばかりが増えていた。


 ――ぴーちゃんは、ずっと一緒にいてね。


 昔、ピクルと約束した言葉が胸によみがえる。

 あの時は当然のように、ずっと一緒にいられると思っていた。

 けれど今は、その確信が少しずつ揺らいでいる。


 そこへ、不意にリリアナの声が重なった。


 ――ずっと同じだと、飽きちゃうものなのよ。

 ――たまには違う刺激も欲しくなるの。


(ぴーちゃんも、飽きてきちゃったのかな……)


 胸の奥に、ぽつりと小さな不安が落ちる。



 もやもやした気持ちを抱えたまま、迎えた夜。

 部屋の扉をノックする音がした。

 開けると、そこには照れくさそうにしたピクルの顔。


 ”恋人同士”になってからは、

 こうやって毎夜、ミラに会いに来てくれるようになった。

 

 この時間だけが、ミラにとってピクルに甘えられる安らぎのひとときだった。


 ミラはぎゅっとピクルに抱きつく。

 見つめた先のピクルはいつものように、少し困ったような顔でその頭を撫でた。


(嬉しい……けど。いつも私からばっかだなぁ)

 ピクルの胸に顔を埋め、考えに耽る。


(相変わらず、私が言わないと、抱きしめてもくれないし……)


 その小さな不安が、何日も頭から離れなかった。

 楽しいはずのこの時間でも、つい考えてしまう。


「ねー、ぴーちゃん」

「なんだ?」


 ミラは少し躊躇いながらも、ピクルを見上げる。


 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 本当は、聞きたいことがある。

 けれど、それをそのまま口に出す勇気がなかった。


 一瞬、迷って――ミラは別の言葉を選ぶ。


「ぴーちゃんは、甘いものをずっと食べてると、

 しょっぱいものも食べたくなるタイプ?」


「は? 何だそれ?」

 ピクルは何のことかさっぱりわからない顔をしている。


 核心はすぐに聞けなかった。

 それでもミラは、胸の苦しさを押し込めて、思い切って言葉を続けた。


 なんてことないように、いつもの調子で。


「……ずっと同じだと、飽きるタイプ?」


 その一言に、胸の奥がぎゅっと痛む。


「……なんの話だ?」

「いいから答えて!」


 ミラは、心の奥を悟られないように、いつも通りの笑みを作る。


「えー……」


 ピクルは困惑しながらも考えを巡らせている。

 その間じゅうミラは胸の鼓動が速くなるの感じていた。

 もしそうだと言われたらどうしよう——と、喉の奥がひりついた。


 ピクルは必死にミラの意図を探るように考えた後、ポツリと答えた。


「俺、甘いの好きだから、別にずっと同じでもいいけど……」


 ――その瞬間。

 ミラは、ほんの一拍、言葉を忘れた。


 胸の奥に引っかかっていた不安が、

 ゆっくりと溶けていく。


 気づけば、自然と口元が緩んでいた。


「ずっと同じでもいいんだ!」


 ミラは笑顔を弾ませ、再びピクルの胸に顔を埋めた。

 抱きしめる腕に力が入る。


「だからなんの話だよ……!?」


 ミラの質問の意図が全くわからず、ピクルはただただ困惑していた。



 ピクルは大きく息をつき、ミラの方に視線を落とす。


 腕の中で、ミラは安心しきったように身を預けている。

 その重みと温もりに、ピクルは一瞬だけ言葉を失った。


(……相変わらず、何考えてんのかわかんねーな)


 ピクルもまた、答えの出ない思考に沈んでいた。


 ピクルの胸に顔を埋めて嬉しそうにしているミラは、

 まるで親に甘える小さな子供のようで――

 とても自分に“恋愛感情”を抱いているようには見えなかった。


 けれど、頭の片隅で、あの夜の言葉がよみがえる。


 ——でもね、火事のとき、私、ぴーちゃんと一緒に死んでもいいって思ったよ。

 ——これが好きじゃないなら、何かわかんないよ。


 ミラの静かな、けれど切実な声が、ピクルの胸を締め付ける。


(……大事に想ってくれてんのは、間違いねーんだよな)


 そっとミラの顔を見つめる。

 ミラもピクルを見上げ、柔らかく微笑んだ。


(……もう、どっちでもいいか。ミラが笑ってるなら、それで)


 ピクルはそっと手を伸ばし、ミラの頬に触れた。

 その様子にミラは不思議そうにしながらも笑みを返す。


 一度触れてしまえば、愛しい想いが溢れ出す。


 心臓が跳ね、息が詰まりそうになる。

 それでも、手は離せなかった。


 ほんの一瞬だけ迷いが胸をかすめる。

 

 それでも目を閉じ――

 そのまま、唇を重ねた。


 離した瞬間、ミラは息を忘れ、ただピクルを見つめた。


「……なんで?」

 ポツリとつぶやく。


「え? お前がこっちにしろって言ったんだろ?」


「だって、私、何も言ってないのに……」


「え? 言われた時だけしろって意味だったのか?」


 ピクルの戸惑いに、ミラは一瞬だけ唇を結び、

 次の瞬間、真っ赤な顔でぽつりとつぶやいた。


「……違う……」


「嬉しいってことだよ……!」


 ミラはそっと腕を回し、今度は自分から唇を重ねる。

 ピクルは少しだけ驚いた表情を浮かべたが、

 拒むことなく、そのまま目を閉じる。


 唇が離れたあと、

 二人は目を細め、照れたように笑い合った。


 触れ合う額、近い距離、離れたくない気持ち。

 言葉で伝える代わりに、何度も唇を触れ合わせる。


 静かな夜の部屋で、息づかいが静かに溶け合う。

 互いの存在を確かめるように、温かい時間がゆっくりと流れていった。

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