17話:恋人同士になっても
実技授業の後。
「じゃあ、また明日な……」
そう言ってピクルは授業が終わるとすぐに、ミラの元を去って行った。
晴れて“恋人同士”となったミラとピクルだったが――
普段の生活は、驚くほど何も変わらなかった。
(なんか……別にあんまり変わらないなぁ……)
ミラは少し肩を落とす。
学校では「人前でベタベタするな」と言い聞かされているため、
むしろ村で暮らしていた頃よりも距離を感じるほどだった。
(私のこと”好き”って言ってたけど……本当なのかなぁ……)
ピクルは、いつも自分を子供扱いしていて、
まともに取り合ってないように見える。
自分を納得させるために、適当に話を合わせただけだったのかも――
そんな考えが、胸の奥で静かにもやもやと膨らむ。
入学してから、距離を感じる場面ばかりが増えていた。
――ぴーちゃんは、ずっと一緒にいてね。
昔、ピクルと約束した言葉が胸によみがえる。
あの時は当然のように、ずっと一緒にいられると思っていた。
けれど今は、その確信が少しずつ揺らいでいる。
そこへ、不意にリリアナの声が重なった。
――ずっと同じだと、飽きちゃうものなのよ。
――たまには違う刺激も欲しくなるの。
(ぴーちゃんも、飽きてきちゃったのかな……)
胸の奥に、ぽつりと小さな不安が落ちる。
◇
もやもやした気持ちを抱えたまま、迎えた夜。
部屋の扉をノックする音がした。
開けると、そこには照れくさそうにしたピクルの顔。
”恋人同士”になってからは、
こうやって毎夜、ミラに会いに来てくれるようになった。
この時間だけが、ミラにとってピクルに甘えられる安らぎのひとときだった。
ミラはぎゅっとピクルに抱きつく。
見つめた先のピクルはいつものように、少し困ったような顔でその頭を撫でた。
(嬉しい……けど。いつも私からばっかだなぁ)
ピクルの胸に顔を埋め、考えに耽る。
(相変わらず、私が言わないと、抱きしめてもくれないし……)
その小さな不安が、何日も頭から離れなかった。
楽しいはずのこの時間でも、つい考えてしまう。
「ねー、ぴーちゃん」
「なんだ?」
ミラは少し躊躇いながらも、ピクルを見上げる。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
本当は、聞きたいことがある。
けれど、それをそのまま口に出す勇気がなかった。
一瞬、迷って――ミラは別の言葉を選ぶ。
「ぴーちゃんは、甘いものをずっと食べてると、
しょっぱいものも食べたくなるタイプ?」
「は? 何だそれ?」
ピクルは何のことかさっぱりわからない顔をしている。
核心はすぐに聞けなかった。
それでもミラは、胸の苦しさを押し込めて、思い切って言葉を続けた。
なんてことないように、いつもの調子で。
「……ずっと同じだと、飽きるタイプ?」
その一言に、胸の奥がぎゅっと痛む。
「……なんの話だ?」
「いいから答えて!」
ミラは、心の奥を悟られないように、いつも通りの笑みを作る。
「えー……」
ピクルは困惑しながらも考えを巡らせている。
その間じゅうミラは胸の鼓動が速くなるの感じていた。
もしそうだと言われたらどうしよう——と、喉の奥がひりついた。
ピクルは必死にミラの意図を探るように考えた後、ポツリと答えた。
「俺、甘いの好きだから、別にずっと同じでもいいけど……」
――その瞬間。
ミラは、ほんの一拍、言葉を忘れた。
胸の奥に引っかかっていた不安が、
ゆっくりと溶けていく。
気づけば、自然と口元が緩んでいた。
「ずっと同じでもいいんだ!」
ミラは笑顔を弾ませ、再びピクルの胸に顔を埋めた。
抱きしめる腕に力が入る。
「だからなんの話だよ……!?」
ミラの質問の意図が全くわからず、ピクルはただただ困惑していた。
ピクルは大きく息をつき、ミラの方に視線を落とす。
腕の中で、ミラは安心しきったように身を預けている。
その重みと温もりに、ピクルは一瞬だけ言葉を失った。
(……相変わらず、何考えてんのかわかんねーな)
ピクルもまた、答えの出ない思考に沈んでいた。
ピクルの胸に顔を埋めて嬉しそうにしているミラは、
まるで親に甘える小さな子供のようで――
とても自分に“恋愛感情”を抱いているようには見えなかった。
けれど、頭の片隅で、あの夜の言葉がよみがえる。
——でもね、火事のとき、私、ぴーちゃんと一緒に死んでもいいって思ったよ。
——これが好きじゃないなら、何かわかんないよ。
ミラの静かな、けれど切実な声が、ピクルの胸を締め付ける。
(……大事に想ってくれてんのは、間違いねーんだよな)
そっとミラの顔を見つめる。
ミラもピクルを見上げ、柔らかく微笑んだ。
(……もう、どっちでもいいか。ミラが笑ってるなら、それで)
ピクルはそっと手を伸ばし、ミラの頬に触れた。
その様子にミラは不思議そうにしながらも笑みを返す。
一度触れてしまえば、愛しい想いが溢れ出す。
心臓が跳ね、息が詰まりそうになる。
それでも、手は離せなかった。
ほんの一瞬だけ迷いが胸をかすめる。
それでも目を閉じ――
そのまま、唇を重ねた。
離した瞬間、ミラは息を忘れ、ただピクルを見つめた。
「……なんで?」
ポツリとつぶやく。
「え? お前がこっちにしろって言ったんだろ?」
「だって、私、何も言ってないのに……」
「え? 言われた時だけしろって意味だったのか?」
ピクルの戸惑いに、ミラは一瞬だけ唇を結び、
次の瞬間、真っ赤な顔でぽつりとつぶやいた。
「……違う……」
「嬉しいってことだよ……!」
ミラはそっと腕を回し、今度は自分から唇を重ねる。
ピクルは少しだけ驚いた表情を浮かべたが、
拒むことなく、そのまま目を閉じる。
唇が離れたあと、
二人は目を細め、照れたように笑い合った。
触れ合う額、近い距離、離れたくない気持ち。
言葉で伝える代わりに、何度も唇を触れ合わせる。
静かな夜の部屋で、息づかいが静かに溶け合う。
互いの存在を確かめるように、温かい時間がゆっくりと流れていった。




