16話:ずっと同じだと飽きる?
放課後。
ミラは、リリアナの部屋に遊びに来ていた。
リリアナの部屋は相変わらず花や紅茶の香りが漂い、
気品溢れる空気に包まれていた。
「なんでインペリアルに来たか……?」
リリアナはきょとんとしている。
「そう!」
ピクルと仲直りできたはいいけれど、
インペリアルにいる意味や自分の進む道は、まだはっきりしない。
同級生たちは、それぞれ目的を持っているように見えるのに……
焦りにも似た気持ちが、胸の奥でざわついた。
「うーん。うちは代々インペリアルだから、考えたこと、なかったわ」
リリアナはカップをソーサーに戻し、考えを巡らせる。
「そうなんだ……」
「インペリアルに入って、卒業したら王国のヒーラーとして働く――それが決まりだし」
王国のヒーラー――
病気の人や、戦争・災害で傷ついた人を助ける仕事。
いわば、国の“回復役”。
「え!? そこまで決まってるの?!」
「そう。だから何か自分の考えがあって、ここいいるわけじゃないのよ」
「みんな、そんなものなのかな……」
ミラは戸惑い、視線を手元のカップに移す。
「そうね。意外とみんなそんな感じじゃないかしら?
自分の意思でここを選んだ子の方が少ないと思うわ。
でも……」
リリアナはミラの方をじっと見つめて答える。
「ここにはいろんな生徒がいて、刺激的よ。
はっきりとした目的がなくても、
ただここで過ごしているだけで、意味があるんじゃないかしら?
そうやって過ごしているうちに、何か見つかるかもしれない……」
リリアナは、優しく微笑み、だがはっきりと続けた。
「だから、今すぐ答えが出なくても大丈夫。
焦る必要はないと思うわ」
リリアナの力強い言葉に、ミラの緊張はほぐれていく。
「そっか。リリちゃん……ありがとう……」
ミラに笑顔といつもの調子が戻る。
顔をあげ、リリアナに向かってまっすぐに言葉をかける。
「リリちゃん、恋愛のこと以外はすごく頼りになるね!」
「ぐっ……痛いところを……」
「でも、ミラちゃんには言われたくないわ」
リリアナもおかしそうに笑みを返した。
「とにかく! あまり考え込むのは良くないわ!
そんなことより! これを読んで”恋愛”について勉強しましょう!」
リリアナ一押しの恋愛小説『愛の逃避行 〜Love Memories〜』を手渡される。
リリアナなりに、ミラを元気付けようとしているらしい。
「えー、またそれー?」
ミラは渋々ページをめくる。
「やっぱり、よくわかんないなぁ……」
主人公セシリアは婚約者エドモンがいながら、敵国の将軍アランにも心を寄せてしまう。
エドモンに愛を囁かれれば揺れ、アランに強く迫られればそちらへ傾く。
――『愛の逃避行 〜Love Memories〜』は、そんな三角関係を延々と繰り返す物語だった。
「えー! 素敵じゃない!? 色んな男性に好意を寄せられて!」
「うーん。でも……なんでこんなにフラフラしてるの?」
“好きだ”と言いながら、また別の人に惹かれるセシリアの行動が、
ミラにはどうしても理解できなかった。
リリアナはクスリと笑う。
「ミラちゃん、子供ね。やっぱりこれを読んで勉強すべきよ。
揺れ動く乙女心がわからないなんて……」
リリアナはうっとりと目を細める。
「なにそれ?」
「好きな人がいても、別の刺激を求めるものなのよ。
情熱の火を絶やさないためにね」
リリアナは夢見るように語るが、ミラは首をかしげたままだ。
「分からない? ふふ、子供ね。――ずっと同じだと、飽きちゃうものなのよ」
「ずっと同じだと……飽きる?」
ミラは腕を組んで考える。
「甘いものばっかり食べてたら、しょっぱいものも欲しくなる感じ?」
「え? ちょっと違う気もするけど……まあ、そんな感じかもね」
リリアナは苦笑しながらも、余裕たっぷりにうなずく。
ミラはうーんと腕を組み、そしてリリアナに向かってキッパリと言った。
「私は飽きないけどな。
ぴーちゃんとずっと一緒にいるけど、全然飽きてないもん」
「……えっ?」
一瞬、リリアナの目がまんまるになる。
次の瞬間、慌てて咳払いをして取り繕った。
「ミ、ミラちゃんは、そういうタイプなのね……」
言いながら、視線が泳ぐ。
「恋愛ってもっと情熱的で刺激的なものだと思ってたわ。……本当は違うのかしら」
ポツリと本音を漏らす。
「そういうタイプって、そうじゃないタイプの人もいるってこと?」
ミラが不思議そうに問い返す。
「え、それは……」
ミラに突っ込まれてしどろもどろになるリリアナ。
視線が泳ぐ。
「で、でも、同じ人をずっと好きでいられるなら、きっと……そっちのほうが素敵よ!」
リリアナは胸の前で両手をぱんと合わせて、勢いよく言った。
「……それって難しいの?」
ミラの表情が一瞬険しくなり、素直な疑問を口にする。
リリアナは慌てて手をぶんぶん振った。
「い、いや、その……! 私、恋愛は小説でしか知らないから!
だいたいどのお話も、“刺激がない=つまらない”みたいな感じで……
だから、”そういう人が多い”のかなって、思ってただけで……!」
言いながらどんどん声は小さくなり、顔が赤くなっていく。
「ちょっと知ったかぶりしちゃったっていうか……
ごめんなさい……」
必死に弁解するリリアナだったが、ミラの表情は硬いまま。
「そういう人が多い……」
その言葉が、静かにミラの胸に落ちる。
胸の奥に、言葉にならない重みが広がった。
自然と、頭の中でピクルの顔を思い浮かべる。
(……ぴーちゃんは、どっちなんだろ……)
その疑問が胸の奥で小さな棘のように痛み、じわりと広がっていった。




